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三千世界・反転(9)
第四話 「暗い水底の理想郷」
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日本深界・志賀島
深い蒼に満たされた天井を見上げつつ、千早が巫女服で正座していた。鋼鉄のような質感の床は冷たく、ただひたすらに静寂が満ちていた。
「ストラトス様……もうすぐ、あなた様との、再会の約束は果たされます……」
千早は視線を下ろし、ゆっくりと目を伏せ、微笑む。
「その前に、空の器の助力をせねばな」
宗矩が暗闇から現れる。
「もちろん。私個人としては空の器などどうでもいいですが、遺憾ながら彼が重要なピースであることは間違いありませんから」
千早の言葉に、宗矩は笑う。
「どうしたんですか」
「いや、空の器とストラトスの扱いの差が凄まじいなとね」
「それは当然です。空の器など所詮はユグドラシルの作り出した玩具に過ぎない」
千早は目を開く。
「でもストラトス様は、不倶戴天の敵である父親でさえ認め、そして最終的にはあのヴァナ・ファキナとの戦いに決着をつけた。私はあの方を、一生支えたい」
「そうだ。それでいい。アルヴァナに振り回されるのは、俺と姉さんだけでいい。これが終われば、もうお前は関わるな」
宗矩が千早の肩に手を置く。
「お兄ちゃん……」
「俺たちがやろうとしていることは、どうやっても死が待っている。アルヴァナと違って死に方を選べるなら、それまでの過程も自分の生きたいように生きた方がいい」
「うん……」
宗矩は手を離し、再び闇へと消えた。
虚空の森林・福岡市
ゼナがしばらく飛行を続け、都市部が見えた辺りで降下し、竜化を解除する。背に乗っていた二人も着地し、装束を整える。
「よし、黒崎さんに会いに行こう」
明人が進むのに合わせて、ゼナと燐花も歩き出す。
「正直、黒崎さんに会うのは気が進まんくない?」
明人の言葉に、ゼナが続く。
「先の戦いの最終盤では主は酷い目に遭ったおったからのう。わしは奴の誘いに乗って割と楽しかったのじゃが」
「ま、結果としてああやって計画を奪われたお陰でまだ生きてられるわけだけどな」
一行は駄弁りつつも、先へ進む。
「なあ、あのデカいビルが二本並んでるのはなんだ?」
明人の視線の先には、対になるように作られた二つの摩天楼があった。燐花が反応を返す。
「あれは右がジオグラフタワー。天気予報や、天候の操作を行うものですね。そして左がクラックという複合商業施設です。日本で二番目にカジノを作った建物だとか」
「なんでそれを近場に作ったんだよ……まあいいや」
密集したビル群を抜けて、博物館を通りすぎ、沿岸に立つタワーに到着する。
「そういや福岡タワーって一回も上ったことないわ」
「門司の方にも似たような塔があるじゃろ。わしはそれとごっちゃになるのう」
一行はタワー正面のガラスの自動ドアを抜けて内部へ入る。
暗黒の塔
エントランスの中央には大穴が空いており、海風のような生温い風が吹き出していた。
「流石に黒崎奈野花の影響が濃い場所ということでしょうか、無明の闇が辺りに隙間なく……」
燐花が右掌に炎を灯し、周囲を照らす。
「エレベーターは機能してねえよな。階段で行くか」
明人がそう言うと、ゼナが続く。
「その必要はないのじゃ」
ゼナはエレベーターの扉を無理矢理抉じ開け、手招きする。
「燐花、お主は自分で飛んで来られるじゃろ。主はわしと飛ぶのじゃ」
「飛ぶっつっても、シャフトの中は狭くて竜化できないだろ」
ゼナは四の五の言う明人を抱え上げ、腰からワイヤーを発射して壁に突き刺し、巻き戻す勢いで一気に上昇する。それに続いて燐花が旗槍から炎を吹き出して上昇し、一行は展望台まで到着する。ゼナが明人を降ろし、周囲を見渡すと、窓際に奈野花が立っていた。
「黒崎さん」
明人が駆け寄ると、奈野花はゆったりとした動作で振り向く。
「杉原がここまで来るなんて珍しい。何かあったの?」
「いやいや、白々しいやん。あんたがこの状況をわかっとらんわけない」
「もちろん。でもなぁ……杉原にお願いされてもなぁ……」
「うぐぐ……ゼナ」
渋る奈野花を見て、明人はゼナを呼ぶ。
「なんじゃ」
「悪いけどさ、奈野花にモフらせてやってくれよ」
「むぅ……?それはどういうことじゃ?」
「ほらさ、俺にいっつもやるおはようさんのやつ」
「……。あれを主以外にやれと?」
明人が真剣な表情で返すと、ゼナは深くため息をつく。
「仕方あるまい。黒崎、少し屈め」
奈野花が言われたとおりに屈むと、ゼナは尻尾を奈野花の顔に当てて器用に動かす。その光景に明人は恥ずかしさを覚えて視線を逸らし、燐花は引く。
「え、これを朝にやってたんですか?どういう魂胆なんですか、二人とも」
燐花が魂の籠ってない口調でそう言い、ゼナが尻尾を引っ込める。
「もうよいじゃろ、これで満足せい」
奈野花は立ち上がり、満面の笑みを見せる。
「もうね……最高。わかったわ、しばらくは協力してあげる」
そして奈野花はエレベーターへ向かう。
「ついてきて。まずは見せたいものがある」
博物館
一行はタワーを出て、博物館へ入る。同時にラッパの音が鳴り響き、前方に見える階段が二つに割れて地下への道が現れる。地下へ進むと、そこには展示の準備をしていた絵画や彫像などが所狭しと並べられていた。
「ここは?」
明人が訊ねる。
「他の美術館とか博物館とかから運ばれてきた展示品を保管しておく場所よ。ま、結審の影響で見る人も展示する人もいなくなったから、放置されてるけど」
しばらく歩き、そして立ち止まる。奈野花は大きめのキャビネットの上に置かれたテレビを起動し、映像を流し始める。
「見せたいものってこれのこと?」
「ええ」
映像には、陰陽対極図のごとくなる骸骨騎士とゴシックドレスの幼女が映っていた。
「そんで、これを見せてなんかあるん?」
「どちらも見覚えがあるはずよ」
「んー……あ!こっちの骸骨騎士はヴァナ・ファキナか!?んで、こっちの女の子は確か、アルバとか言ってた気がする」
「その通り。これは零下太陽の、太陽の原核の映像なんだけど、ネブラたちが出払ってすぐ、アルバが零下太陽へ流れ着いたの。まあ驚くべきはそこではなく、異史でバロンと刺し違え、正史ですら、杉原の体から追い出されて、黄金の卵も破壊されたのにまだ、奴が生きていたと言うこと」
明人たちは生唾を飲む。
「どんな手段を取ろうと、もうじきこの宇宙は消えてなくなる。そしてヴァナ・ファキナは今のままでは宇宙外輪のエネルギーに耐えきれずに大きく力を削がれる。となれば、宇宙が終わるまでの僅かな間で、必ず杉原に干渉してくるはず」
「んなら、俺はどうすれば?」
「どうもしなくていい。やりたいようにやってくれれば。ただ、事前に知っておくのと、何も知らないのじゃ、いざ来たときの心構えが違うでしょ?」
「まあ、そうだな。ありがと、黒崎さん」
奈野花は鼻で笑うと、更に奥へ進む。
日本深界・海下の森林
博物館の非常口らしき扉を開けると、そこは海中であり、管のように足場が続いていた。
「なんで日本の海にこんなもんがあるんだよ」
明人が突っ込むと、奈野花が返す。
「そんなもん、結審の日とか、狐耳のアンドロイドとか、未来人も来るわ宇宙は滅ぶわ、ここまで来ればもう今さらでしょ」
「まあ、まあまあまあ……そうですわな」
海の中は謎の巨大な海竜たちが泳ぎ回っており、深淵から覗く無数の光が、えもいわれぬおぞましさを放っている。ゼナが明人を小突くと、明人は過剰に体を跳ねさせる。
「うひっ!?な、なんだよゼナ」
「いや、さっきから様子が変じゃぞ」
「いや俺さ、海洋恐怖症でさぁ……苦手なんだよなぁ、こういうの」
そこに燐花が加わる。
「じゃあ映画の白鯨とか無理なんですか?」
「見たことないから知らん」
「それなら今度二人で見ましょうか」
会話を遮るように奈野花が口を開く。
「デートで見るには渋すぎると思うけどね。さあ、ついたわ」
日本深界・志賀島
ガラス張りのドームのような空間に出ると、その中央に巫女服を纏った少女が正座していた。
「えーっと……黒崎さんの、妹さんだっけ」
「ええ。千早、お姉ちゃんが帰ってきたわ」
奈野花が歩み寄ると、千早は閉じていた目を開く。
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
「変わったことはない?」
「ありません。……。いえ、ひとつだけ」
「?」
「WorldBにて、始源世界からの干渉を確認しました」
「ああ、なるほど」
奈野花は軽く頷き、身を引いて明人たちを千早の正面に立たせる。
「こんにちは、空の器」
千早が事務的な表情で挨拶する。
「俺は黒崎さんにここに連れてこられたんだけど、なんかあるん?」
「杉原明人。今回の世界のあなた様は、まだ、失う強さに出会っていない。友との死別も、あるべき姿で捉えている」
「……。どういう?」
「こちらを」
千早が細腕を掲げると、そこに水が生まれ、映像が流れる。
――……――……――
紫紺の巨竜が尾を振るうと、凄まじいまでの冷気が爆裂する。その余波だけで金髪の女性が氷塊へと変わる。続けて、小柄ながらも女性的な膨らみが主張する少女が、手足を凍らされ、恐怖に歪んだ顔で絶叫しつつ、氷像となる。
――……――……――
地獄の悪魔のごとき怪物が、トライデントと糸を巧みに操りつつ黒く刺々しい竜と凄まじい肉弾戦を繰り広げるが、竜が強引に押しきって怪物を吹き飛ばし、竜は飛び上がって右半身が埋まるほどの力と速度で急降下し、怪物を圧殺する。
――……――……――
ヘドロ状の闘気を纏った竜と黒く刺々しい竜が死力を尽くして命を狙い合い、黒竜が闘気の竜を押し倒し、そのまま渾身の叩きつけで打ち砕く。
――……――……――
黒く刺々しい竜が急降下しつつ強靭な前足を捩じ込み、その攻撃が直撃した水色の髪の少女が粉砕される。そのまま竜は前足を地面にめり込ませ、足に生えた棘を射出し、それで傍にいた少年を吹き飛ばす。
――……――……――
「これはなんの映像なん?」
明人が訊ねると、千早は水を消し、答える。
「あなた様は、始源世界では剛太郎――もとい、王龍ニヒロの配下の一人でした。彼が次々と産み出し、廃棄する兵器や実験動物たちを、あなた様は目についたものから保護して回っていた。そしてあなた様に拾われ、一時の平穏を過ごした彼らは、あなた様のために命を散らした」
「映像で殺されてた奴らは、全員俺のために戦ってた奴らなのか……?」
千早は頷く。
「あなた様が真に望むことは承知しています。ですが、あなた様が進む未来で、誰を殺し、誰を生かし、誰の死を嘆くか。善く理解し、善く生きてください」
「……」
「既にあなた様は、友を失った」
千早は目を伏せ、そして開く。
「そこのお二方も、マレ様もトラツグミ様もアリア様も……いずれ雌雄を決することになる。真に望むことのために、全てを捨てる必要はありませんが……ね」
「わ、わかった……」
会話が終わったのを見て、奈野花が出口へ向かう。
「支度は出来たわ。さ、行きましょう」
明人は頷き、ゼナと燐花と共に奈野花についていく。誰もいなくなった空間で、千早はまた上を見る。
「アルバ、シエル……ストラトス様は、絶ッ対に渡さない……それで、全てが犠牲になっても、私にはあなた様以外に欲しいものなんて、ない……!」
指輪を握り締めて、千早は再び目を伏せて佇む。
深い蒼に満たされた天井を見上げつつ、千早が巫女服で正座していた。鋼鉄のような質感の床は冷たく、ただひたすらに静寂が満ちていた。
「ストラトス様……もうすぐ、あなた様との、再会の約束は果たされます……」
千早は視線を下ろし、ゆっくりと目を伏せ、微笑む。
「その前に、空の器の助力をせねばな」
宗矩が暗闇から現れる。
「もちろん。私個人としては空の器などどうでもいいですが、遺憾ながら彼が重要なピースであることは間違いありませんから」
千早の言葉に、宗矩は笑う。
「どうしたんですか」
「いや、空の器とストラトスの扱いの差が凄まじいなとね」
「それは当然です。空の器など所詮はユグドラシルの作り出した玩具に過ぎない」
千早は目を開く。
「でもストラトス様は、不倶戴天の敵である父親でさえ認め、そして最終的にはあのヴァナ・ファキナとの戦いに決着をつけた。私はあの方を、一生支えたい」
「そうだ。それでいい。アルヴァナに振り回されるのは、俺と姉さんだけでいい。これが終われば、もうお前は関わるな」
宗矩が千早の肩に手を置く。
「お兄ちゃん……」
「俺たちがやろうとしていることは、どうやっても死が待っている。アルヴァナと違って死に方を選べるなら、それまでの過程も自分の生きたいように生きた方がいい」
「うん……」
宗矩は手を離し、再び闇へと消えた。
虚空の森林・福岡市
ゼナがしばらく飛行を続け、都市部が見えた辺りで降下し、竜化を解除する。背に乗っていた二人も着地し、装束を整える。
「よし、黒崎さんに会いに行こう」
明人が進むのに合わせて、ゼナと燐花も歩き出す。
「正直、黒崎さんに会うのは気が進まんくない?」
明人の言葉に、ゼナが続く。
「先の戦いの最終盤では主は酷い目に遭ったおったからのう。わしは奴の誘いに乗って割と楽しかったのじゃが」
「ま、結果としてああやって計画を奪われたお陰でまだ生きてられるわけだけどな」
一行は駄弁りつつも、先へ進む。
「なあ、あのデカいビルが二本並んでるのはなんだ?」
明人の視線の先には、対になるように作られた二つの摩天楼があった。燐花が反応を返す。
「あれは右がジオグラフタワー。天気予報や、天候の操作を行うものですね。そして左がクラックという複合商業施設です。日本で二番目にカジノを作った建物だとか」
「なんでそれを近場に作ったんだよ……まあいいや」
密集したビル群を抜けて、博物館を通りすぎ、沿岸に立つタワーに到着する。
「そういや福岡タワーって一回も上ったことないわ」
「門司の方にも似たような塔があるじゃろ。わしはそれとごっちゃになるのう」
一行はタワー正面のガラスの自動ドアを抜けて内部へ入る。
暗黒の塔
エントランスの中央には大穴が空いており、海風のような生温い風が吹き出していた。
「流石に黒崎奈野花の影響が濃い場所ということでしょうか、無明の闇が辺りに隙間なく……」
燐花が右掌に炎を灯し、周囲を照らす。
「エレベーターは機能してねえよな。階段で行くか」
明人がそう言うと、ゼナが続く。
「その必要はないのじゃ」
ゼナはエレベーターの扉を無理矢理抉じ開け、手招きする。
「燐花、お主は自分で飛んで来られるじゃろ。主はわしと飛ぶのじゃ」
「飛ぶっつっても、シャフトの中は狭くて竜化できないだろ」
ゼナは四の五の言う明人を抱え上げ、腰からワイヤーを発射して壁に突き刺し、巻き戻す勢いで一気に上昇する。それに続いて燐花が旗槍から炎を吹き出して上昇し、一行は展望台まで到着する。ゼナが明人を降ろし、周囲を見渡すと、窓際に奈野花が立っていた。
「黒崎さん」
明人が駆け寄ると、奈野花はゆったりとした動作で振り向く。
「杉原がここまで来るなんて珍しい。何かあったの?」
「いやいや、白々しいやん。あんたがこの状況をわかっとらんわけない」
「もちろん。でもなぁ……杉原にお願いされてもなぁ……」
「うぐぐ……ゼナ」
渋る奈野花を見て、明人はゼナを呼ぶ。
「なんじゃ」
「悪いけどさ、奈野花にモフらせてやってくれよ」
「むぅ……?それはどういうことじゃ?」
「ほらさ、俺にいっつもやるおはようさんのやつ」
「……。あれを主以外にやれと?」
明人が真剣な表情で返すと、ゼナは深くため息をつく。
「仕方あるまい。黒崎、少し屈め」
奈野花が言われたとおりに屈むと、ゼナは尻尾を奈野花の顔に当てて器用に動かす。その光景に明人は恥ずかしさを覚えて視線を逸らし、燐花は引く。
「え、これを朝にやってたんですか?どういう魂胆なんですか、二人とも」
燐花が魂の籠ってない口調でそう言い、ゼナが尻尾を引っ込める。
「もうよいじゃろ、これで満足せい」
奈野花は立ち上がり、満面の笑みを見せる。
「もうね……最高。わかったわ、しばらくは協力してあげる」
そして奈野花はエレベーターへ向かう。
「ついてきて。まずは見せたいものがある」
博物館
一行はタワーを出て、博物館へ入る。同時にラッパの音が鳴り響き、前方に見える階段が二つに割れて地下への道が現れる。地下へ進むと、そこには展示の準備をしていた絵画や彫像などが所狭しと並べられていた。
「ここは?」
明人が訊ねる。
「他の美術館とか博物館とかから運ばれてきた展示品を保管しておく場所よ。ま、結審の影響で見る人も展示する人もいなくなったから、放置されてるけど」
しばらく歩き、そして立ち止まる。奈野花は大きめのキャビネットの上に置かれたテレビを起動し、映像を流し始める。
「見せたいものってこれのこと?」
「ええ」
映像には、陰陽対極図のごとくなる骸骨騎士とゴシックドレスの幼女が映っていた。
「そんで、これを見せてなんかあるん?」
「どちらも見覚えがあるはずよ」
「んー……あ!こっちの骸骨騎士はヴァナ・ファキナか!?んで、こっちの女の子は確か、アルバとか言ってた気がする」
「その通り。これは零下太陽の、太陽の原核の映像なんだけど、ネブラたちが出払ってすぐ、アルバが零下太陽へ流れ着いたの。まあ驚くべきはそこではなく、異史でバロンと刺し違え、正史ですら、杉原の体から追い出されて、黄金の卵も破壊されたのにまだ、奴が生きていたと言うこと」
明人たちは生唾を飲む。
「どんな手段を取ろうと、もうじきこの宇宙は消えてなくなる。そしてヴァナ・ファキナは今のままでは宇宙外輪のエネルギーに耐えきれずに大きく力を削がれる。となれば、宇宙が終わるまでの僅かな間で、必ず杉原に干渉してくるはず」
「んなら、俺はどうすれば?」
「どうもしなくていい。やりたいようにやってくれれば。ただ、事前に知っておくのと、何も知らないのじゃ、いざ来たときの心構えが違うでしょ?」
「まあ、そうだな。ありがと、黒崎さん」
奈野花は鼻で笑うと、更に奥へ進む。
日本深界・海下の森林
博物館の非常口らしき扉を開けると、そこは海中であり、管のように足場が続いていた。
「なんで日本の海にこんなもんがあるんだよ」
明人が突っ込むと、奈野花が返す。
「そんなもん、結審の日とか、狐耳のアンドロイドとか、未来人も来るわ宇宙は滅ぶわ、ここまで来ればもう今さらでしょ」
「まあ、まあまあまあ……そうですわな」
海の中は謎の巨大な海竜たちが泳ぎ回っており、深淵から覗く無数の光が、えもいわれぬおぞましさを放っている。ゼナが明人を小突くと、明人は過剰に体を跳ねさせる。
「うひっ!?な、なんだよゼナ」
「いや、さっきから様子が変じゃぞ」
「いや俺さ、海洋恐怖症でさぁ……苦手なんだよなぁ、こういうの」
そこに燐花が加わる。
「じゃあ映画の白鯨とか無理なんですか?」
「見たことないから知らん」
「それなら今度二人で見ましょうか」
会話を遮るように奈野花が口を開く。
「デートで見るには渋すぎると思うけどね。さあ、ついたわ」
日本深界・志賀島
ガラス張りのドームのような空間に出ると、その中央に巫女服を纏った少女が正座していた。
「えーっと……黒崎さんの、妹さんだっけ」
「ええ。千早、お姉ちゃんが帰ってきたわ」
奈野花が歩み寄ると、千早は閉じていた目を開く。
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
「変わったことはない?」
「ありません。……。いえ、ひとつだけ」
「?」
「WorldBにて、始源世界からの干渉を確認しました」
「ああ、なるほど」
奈野花は軽く頷き、身を引いて明人たちを千早の正面に立たせる。
「こんにちは、空の器」
千早が事務的な表情で挨拶する。
「俺は黒崎さんにここに連れてこられたんだけど、なんかあるん?」
「杉原明人。今回の世界のあなた様は、まだ、失う強さに出会っていない。友との死別も、あるべき姿で捉えている」
「……。どういう?」
「こちらを」
千早が細腕を掲げると、そこに水が生まれ、映像が流れる。
――……――……――
紫紺の巨竜が尾を振るうと、凄まじいまでの冷気が爆裂する。その余波だけで金髪の女性が氷塊へと変わる。続けて、小柄ながらも女性的な膨らみが主張する少女が、手足を凍らされ、恐怖に歪んだ顔で絶叫しつつ、氷像となる。
――……――……――
地獄の悪魔のごとき怪物が、トライデントと糸を巧みに操りつつ黒く刺々しい竜と凄まじい肉弾戦を繰り広げるが、竜が強引に押しきって怪物を吹き飛ばし、竜は飛び上がって右半身が埋まるほどの力と速度で急降下し、怪物を圧殺する。
――……――……――
ヘドロ状の闘気を纏った竜と黒く刺々しい竜が死力を尽くして命を狙い合い、黒竜が闘気の竜を押し倒し、そのまま渾身の叩きつけで打ち砕く。
――……――……――
黒く刺々しい竜が急降下しつつ強靭な前足を捩じ込み、その攻撃が直撃した水色の髪の少女が粉砕される。そのまま竜は前足を地面にめり込ませ、足に生えた棘を射出し、それで傍にいた少年を吹き飛ばす。
――……――……――
「これはなんの映像なん?」
明人が訊ねると、千早は水を消し、答える。
「あなた様は、始源世界では剛太郎――もとい、王龍ニヒロの配下の一人でした。彼が次々と産み出し、廃棄する兵器や実験動物たちを、あなた様は目についたものから保護して回っていた。そしてあなた様に拾われ、一時の平穏を過ごした彼らは、あなた様のために命を散らした」
「映像で殺されてた奴らは、全員俺のために戦ってた奴らなのか……?」
千早は頷く。
「あなた様が真に望むことは承知しています。ですが、あなた様が進む未来で、誰を殺し、誰を生かし、誰の死を嘆くか。善く理解し、善く生きてください」
「……」
「既にあなた様は、友を失った」
千早は目を伏せ、そして開く。
「そこのお二方も、マレ様もトラツグミ様もアリア様も……いずれ雌雄を決することになる。真に望むことのために、全てを捨てる必要はありませんが……ね」
「わ、わかった……」
会話が終わったのを見て、奈野花が出口へ向かう。
「支度は出来たわ。さ、行きましょう」
明人は頷き、ゼナと燐花と共に奈野花についていく。誰もいなくなった空間で、千早はまた上を見る。
「アルバ、シエル……ストラトス様は、絶ッ対に渡さない……それで、全てが犠牲になっても、私にはあなた様以外に欲しいものなんて、ない……!」
指輪を握り締めて、千早は再び目を伏せて佇む。
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