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三千世界・反転(9)

プロローグ「終夜の宴、その香よ」

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 ※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。



 時は来た。これよりは最後の戦いの引き金となった、とある救世主の話をしよう。では一つ、心得てほしいことがある。それは、正しいことは間違いであり、間違っていることもまた間違いであるということだ。全ては表裏一体、善悪の境界線はどこにも存在しないということを。

 異史・零下太陽 最始刧ハデアン
「う……ぐ……」
 アグニが人工の生温い波に打たれ、砂浜で目覚める。
「俺は……どうなって……」
 水に濡れた砂を掴んで立ち上がると、前から白と黒で構成され、赤いラインの走る鎧を身に付けた中型の竜人が現れる。
「誰だてめえは……」
 アグニが力無く拳を構えると、竜人は笑みを浮かべる。
「これはよい拾い物だ。ここまで素晴らしき闘気を宿す人間が、まだこの世に居たとはな」
 竜人は左掌を見せ、アグニの瞳から光が失せる。
「貴様は私の計画の魁となる。世界の表裏は一つとなり、全てが渾然一体の世界を導くのだ」
 触れずにアグニを浮き上がらせ、竜人はそこから去った。
 
 竜神の都・創生の社
 清かな月光が大地を満たす中、桜の舞い散る長い階段を一人の竜王種が歩いていた。彼の名はゼロ。かつてホシヒメと幾度も闘い、そしてその友となった男である。一連の事件の後、彼は帝都竜王となり、多忙を極めていた。が、その仕事の合間を縫ってここまで護衛もつけずに来たのだった。ゼロは階段を登り終え、木々に囲まれた大きな社の前に立つ。
「……」
 ゼロは左から気配を感じて、そちらに向く。
「やっほー」
 ホシヒメは周囲に響かない程度の声でそう言い、右手を振る。
「ふん」
 ゼロは返事をせず、二人は並んで社の横にある縁側に座る。
「旧chaos社の動乱はどうだった」
「どう……って言われても。ちゃんとハッピーエンドにしてきたよ」
「ならいい」
 ホシヒメがいつもと違って声量を抑えているためか、話が全く盛り上がらず、二人はしばらく黙ったまま月を眺めていた。それに耐えきれなくなって、ホシヒメが話題を切り出す。
「そういや、なんでゼロ君はここに来たの?」
「それは貴様もだ。お互い、休みなどあって無いようなものだろう」
「私はゼルとノウンがいるから大丈夫だもん。それに、政府首都とここって離れてないし。でも帝都からここは遠いでしょ」
「貴様に会えるような気がした。だから来た、それだけだ」
「じゃ、私と同じだね。私も、今日ここに来たらゼロ君に会えるような気がしてたんだ」
「ふん。貴様の勘はよく当たるからな」
 そう言うと、ゼロは持ってきていた袋から包みを取り出し、縁側に置き、開封する。中には、緑色の餅らしき物体があった。
「何これ?」
「饅頭だ。貴様なら喜ぶと思ったからな。土の都で取れる茶葉を練り込んである。ルクレツィアも旨いと言っ……」
 ゼロが言い終わるより先に、ホシヒメは饅頭を口にする。
「うん!おいしーぃ!」
 ホシヒメの声が森の静寂の中に反響し、山びこが帰ってくる。
「まあ、貴様の感想は簡潔でいいな」
「これ本当においしいよ!作った人にお礼を言いに行こう!」
「俺が作った」
「ほへ?」
「だからそれは俺が作った。土の都の土産を作れないかと打診されてな。俺が試しに作った」
「すごーい!ゼロ君って料理も出来たんだね!」
「貴様の生活力が低すぎるだけだ。饅頭程度、誰でも作れる」
 ゼロが立ち上がる。
「腹拵えが済んだら下に来い。階段の途中にある踊り場だ」
 そう言って、そこから立ち去る。ホシヒメは二個あった饅頭を一気に食べ終わると、階段を降りようとするゼロに追い付く。
「食べ終わったよ!」
「降りるぞ」
 二人は並んで階段を降りる。
「思えば、ゼロ君と初めて会ったのもここだったよね」
「俺は子供の頃から貴様に会ってはいるがな。貴様が覚えていないだけで」
「私が覚えてるのはここからだからいいの!」
「ああ、そうだ。俺にとっても、記録としてではなく、記憶として残っているのはここからだ」
 踊り場に辿り着くと、ゼロはホシヒメと向かい合うように距離を離す。
「俺の片目は貴様の友に奪われた。俺の復讐心は貴様に壊された。始まりの場所でもう一度刃を交えれば、俺はまた、貴様から何かを得られるかもしれない」
 闘気で作り出された青い刀を右手に握る。ホシヒメは思わずにんまりする。
「へぇ、そういうことなんだ」
 ホシヒメは懐から籠手を取り出し、左手に装着し、竜化している右手と突き合わせる。
「そういうことなら、もちろん相手になるよ。桜と月が綺麗な夜に戦うなんて、すごくロマンチックだよね」
「参る……」
 ゼロが軽く踏み出し、一瞬で詰め寄り、裏拳を放つ。ホシヒメはバックステップで後退し、一気に踏み込んで両者の得物が激突する。右腕と刀が衝突した音が反響する。
「技が鈍ってるよ?」
「昔のように軍団長としての責務だけを果たせばいいわけではない。それは貴様も同じはずだ」
「君と命を奪い合う瞬間の喜びは、忘れたことなんて片時もないからね」
「ふん……」
「あれ、照れてる?」
 ゼロは刀で腕を弾き返し、尻尾で薙ぎ払って次元を引き裂く。そこに空間の歪みを放ち、次元を閉じる。ホシヒメが脇から拳を振るい、ゼロは身を翻して刀で弾きつつ、腕に納刀し、瞬間に抜き放つ。常人には目視できぬ速度の抜刀術であったのだが、ホシヒメは軽々と受け止める。
「ああ、今日ゼロ君が来た理由がよぉくわかったよ」
「貴様といると気楽でいい。多く言の葉を紡ぐ必要もない」
 ホシヒメが刀を弾き、一瞬だけ足を竜化させて回し蹴りを放つ。不用意なその攻撃をゼロは腕で弾こうとする。しかし、ホシヒメは恐るべき筋力で蹴りを引っ込め、真っ直ぐ蹴りを放つ。ゼロは頭上へ瞬間移動し、抜刀しつつ急降下する。ホシヒメはスレスレで躱し、ゼロはまた瞬間移動し、刀を突き出し突進する。ホシヒメは右腕でその攻撃を往なしつつ、掌底を叩き込む。ゼロは被弾を堪え、後退する。
「運動って楽しいよね!」
「クラエス」
「んー?」
 ゼロが刀を消滅させる。
「貴様に提案がある」
「なになにー?」
「……」
 ゼロは言いにくそうに押し黙る。
「ええーっとぉ……何かな?」
 ホシヒメがばつが悪そうに訊ねる。
「いや……やはり聞かなくていい」
 立ち去ろうとするゼロを、ホシヒメが引き留める。
「ええー!?ここまで引っ張ってもったいぶらないでよ!」
「わかった……改めて言うぞ。クラエス、貴様も……たまには、帝都に遊びに来ないか」
 ゼロがボソボソと言葉を紡ぐ。ホシヒメは盛大ににやける。
「もしかして、私から会いに行かないから寂しかったとか?」
「いや、勘違いをするな。俺はただ……そう、竜神の長たる貴様に見識を深めて欲しいだけだ」
「ふふん、そうかそうかぁ~私に会いに来てほしくてたまらないんだねっ!?ならしょうがないなぁ~!」
「違うと言っているだろう……まあ、貴様がそれで帝都に来るなら構わんが……」
「でもそうならわざわざここまで来る必要なかったんじゃ?」
 ゼロがホシヒメの手を振りほどき、咳払いをひとつする。
「立場が対等の者に一方的に提案をするときは、自分の足で伝えに行くのがせめてもの礼儀だろう」
「うーん、ゼロ君はちょっと固すぎると思うんだよねー。別に適当に伝えてくれればいつでも予定合わせるのに」
「貴様が緩すぎるだけだ」
 ゼロは階段を下ろうと足をかける。
「ゼルとノウンに言っておけ」
 それだけ告げて、ゼロは去っていった。
「ふーん」
 二人のやり取りを近場の樹上から見ていたルクレツィアは、楽しそうに饅頭を頬張る。
「ゼロ兄が帝都から急いで出ていったから何事や思うたら……やっぱツンデレやな、ゼロ兄」
 ルクレツィアは立ち上がり、木々を乗り継いでその場を去った。
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