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三千世界・再誕(8)
終章 失われた地平線(通常版)
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イタリア区・Chaos社ヨーロッパ支部
「……そうか。王龍アーリマンは降臨してしまったか」
執務室にバロン、エリアル、ホシヒメ、レイヴン、アーシャ、ゼナ、マレ、アリア、アウルが集まっていた。
「はいなのです。直前まで燐花ちゃんが私にだけ殺意を向けてたからかもしれないのですけど、アーリマンさんは世界の前に私を滅ぼすとかなんとか言ってたのです。それと、淵源の底で待つとも言っていたのですよ」
レイヴンが肩を竦める。
「淵源の底?どうせまた比喩表現なんだろうが、相当クセえ名前だな」
アウルが暫し考えを巡らせる。
「王龍ですから、そんな簡単な場所だとは思えませんが……」
マレが会話に加わる。
「淵源ってどういう意味?」
ゼナが答える。
「淵源とは、最も初めという意味じゃな。スタート地点のことじゃ」
「ふーん。つまり、淵源の底って全ての始まりってこと?」
バロンが頷く。
「……積もり積もった歴史の始まりにある場所、か……」
エリアルがやおら口を開く。
「あそこしかないわ。全ての始まり、無明竜アルヴァナが生まれし場所……無明桃源郷、シャングリラ」
アウルも同意する。
「全ての始まりというなら、確かにシャングリラほどの適役は他にありませんね」
「……ならば、シャングリラへ向かうとしよう」
「ところで、シャングリラへどう行くかはご存じですか?」
アウルの一言に、その場にいる全員が黙り込む。
「まあ、ご心配なさらぬよう。私が案内いたします」
アウルがそう言うと、バロンは立ち上がる。
「……準備を整えろ。すぐにも起つぞ」
中国区 民族保護特別区
広い川辺に沿って一行が進み続けると、次第に周囲は暗くなり、昼間だと言うのに太陽の光が微塵も届かぬほどの闇に包まれる。
「グランシデアの時と同じ……」
アーシャがそう言うと、レイヴンも頷く。
「ああ、そうだな。だが……あの時とは違って、体力を奪われるなんてことは起こらないみたいだな」
しばらく歩き続け、膜を破るような感覚の後、不意にアウルが立ち止まる。
「皆さん、立ち止まってください」
アウルがそう言うと、一行の眼前に見える景色が消滅し、深い奈落が現れる。
「うおぉ!?なんじゃこれはー!」
ホシヒメが大袈裟に驚くと、アウルが静かに答える。
「この奥深くが、シャングリラです」
マレが戸惑う。
「この奥深くって言われてもね……底が見えないし、本当に飛び降りるの?」
アウルが答えるより先に、アリアが穴へ飛び込む。
「あっちょっ!?」
マレが驚くが、一行が次々に飛び降りていくのを見て、覚悟を決めて飛び降りた。
無明桃源郷シャングリラ 第一期次元領域
桃源郷の内部は、空間の中央にある巨大なキューブを挟むように小型のキューブが波打っており、それらが互いに自由に回転する空間であった。アリアが着地し、それに続いて皆が到着する。
「ここがシャングリラ……」
アリアが呟くと、ホシヒメが心底楽しそうに叫ぶ。
「うぉおおおおお!なんか動いてるよ!」
バロンがアウルへ尋ねる。
「……どうやって先へ進めば?」
「キューブを乗り継ぐしかありませんね。我々の身体能力なら造作もないことですよね?」
「……まあ」
一行はバロンとアウルを先頭に、キューブを飛び石のように乗り継いでいく。次第に視界が闇に飲まれ、そして晴れる。
シャングリラ 第一期次元領域終着点
星々が鏤められた夜空の下にある鏡の湖に、一行は着地する。その中央に、アーリマンは胡座をかいて座していた。
「我が前に立ち、静寂の訪れを阻まんとするものは何者か……そうか、汝か……」
アーリマンはバロンたちが視界に入っていないのか、アリアだけを見つめる。
「よくぞ淵源の底へ来た。ここが、全ての始まりの地。世界を滅するに、これほど相応しい場所はない」
アリアはブレードの柄に手をかける。
「二人は、まだアーリマンさんの中に居るのです?」
「無論。我が内にあるは、願い携えし女と、空の器。女の願いに応え、我は全てを滅する」
アーリマンは凄まじいシフルを全身から発する。
「永遠の静寂の前に、外道なる人間の力、見ておくのも一興か。さあ始めよう、我と汝、どちらが正義《しょうしゃ》なのかを」
アーリマンが天を仰ぐと、超巨大な氷塊がいくつも生まれ、降り注ぐ。
「まっかせてー!」
ホシヒメが先陣を切って飛び、氷塊を打ち砕く。その影から融合竜化したレイヴンが魔力の剣を切っ先に集中させながら回転して突っ込む。アーリマンは全身から指向性を持つシフルを放ち、レイヴンを吹き飛ばす。マレが血の棘を飛ばし、ゼナが竜化して水塊を刃に変えて飛ばす。アーリマンが眼力を強めるだけでそれらは爆発し、そしてアーリマンは口からシフルの光線を放つ。アウルがその光を吸収し、巨大な四本の矢に変えて放つ。アーリマンは火炎や電撃など、複数の物理現象を束ねて迎撃するが、それらはバロンの闘気で打ち落とされる。アーリマンに光の矢が突き刺さり、爆発する。彼が怯んだところへ、アリアが高く飛び上がり、頭部にブレードの一撃を加える。アーリマンは再びシフルを放ち、一行を吹き飛ばす。
「……想像より遥かに強力だな」
バロンが思わずそう言うと、エリアルが頷く。
「この面子で瞬殺出来ないなんてね」
レイヴンが融合竜化したまま横に並ぶ。
「おっとお二人さん、油断しちゃいけねえ。何か仕掛けてきそうだぜ」
アーリマンは不敵に笑う。
「クククク……汝が力、殊更に憎いものよ。なれば、我も総力を以て汝を滅するとしよう」
体に光の線が走り、アーリマンはついに胡座を止め、収納していた両腕を解き放ち、四足歩行となる。
「希望を抱き、終焉に包まれて散るがよい」
アーリマンが上体を起こし、そして薙ぎ払うように口から超高出力のシフルを放つ。ホシヒメが竜人形態へ竜化して闘気の壁を産み出して凌ぎ、レイヴンがシフルを噴出させた長剣の一撃を喰らわせてアーリマンを怯ませ、そこに黒鋼が鋼の波を起こして攻撃する。アーリマンは背からシフルを触手のように生やし、ホシヒメを狙った突きを放つ。ホシヒメは回避に専念し、ゼナが放つ水の刃で触手は切り裂かれる。そして遥か上空から急降下したマレが強烈な斬撃を加え、アーリマンの右目にアリアの放ったスナイパーライフルの銃弾が命中する。アーリマンは大してダメージを受けた様子は無く、絶大な爆発で一行を吹き飛ばす。
「っとと、結構アツくなれる相手だね」
想定以上の破壊力で攻撃されたホシヒメは、一旦冷静になる。
「ま、これくらいじゃなきゃ楽しくねえだろ。大丈夫か、アリア」
レイヴンがホシヒメにそう応えつつ、横のアリアへ問う。
「大丈夫なのです。私の心配より、目の前の敵を倒すことを先に考えてくださいなのです」
その言葉を遮るように、アーリマンが拳を振り下ろす。三人は各々の方向に散って躱し、殴り付けた地面からシフルが吹き出す。レイヴンがアーリマンの至近で紅いシフルを発し、魔力の剣を伴った凄絶な剣舞で圧倒し、そして剣から大爆発を起こす。アーリマンが怯んだのを好機と見て、ホシヒメが螺旋状の闘気を纏いながら突っ込む。
「行くぜマジドリル!〈ギガマキシマムドライバー〉!」
アーリマンが咄嗟にその巨体を動かし、ホシヒメの大技は肩を削るに留まる。技の後隙を狙ってアーリマンが腕を振るうが、それは黒鋼に止められ、ゼナの刃のような尾がアーリマンの頭部に打ち据えられ、叩きつけられた膨大な量の水が凄まじい爆発を起こして降り注ぐ。マレがその雨に自身の血を飛ばし、アーリマンに突き刺さったそれは次々と爆発する。アーリマンは背から怨愛の炎をマントのごとく生やし、黒鋼を腕から爆炎を発して吹き飛ばし、腕を炎の翼で包み、空へ飛ぶ。
「はっは!飛んだぞ!」
レイヴンがそう言うと、アーリマンは上空から翼をはためかせて凄まじい熱波を放つ。ホシヒメは竜形態へ竜化し、同じ高度へ舞い上がる。ゼナもマレとアリアを乗せて飛び上がり、黒鋼とレイヴンとアウルはシフルを浮力にして飛ぶ。アーリマンは先行したホシヒメ目掛けて極大の爆発を伸ばす。ホシヒメは巨大な氷の壁でそれを受け、砕けた影から強烈な風の一撃を叩き込む。更にその背後からレイヴンが無数の光弾を放ち、アーリマンは全身から怨愛の炎を発して打ち消し、周囲が暗転するほどの凄絶な紫光を放つ。反撃で放たれたとは思えぬほどの、余りにも規格外の光線を躱しきれずにホシヒメは左翼を貫かれ、レイヴンは撃墜される。
「怒りと失望と、執念と愛情とを兼ね備えし女の炎にて、今天地を焼き払わん」
巨大な紫光の球体を地上目掛けて放ち、それが炸裂して七つの光線となって周囲を隙間無く薙ぎ払う。
「……ちっ、この出力のシフルをまともに喰らうのは危険すぎる!エリアル!」
黒鋼が地上で待機するエリアルへ叫ぶと、彼女は頷き、融合竜化の解けたレイヴンと墜落したホシヒメを守るように水の壁を産み出す。拡散した光線は水の壁を削るように放たれながら、そのまま空中の黒鋼たちを狙って天を切り裂く。アーリマンは同じような球体を胸元に作り出し、ゼナ――というより、その背に乗せたアリア――を目掛けて超極大の光線を放つ。
「ちょっゼナ!」
マレが叫び、ゼナが吼える。
「わかっておるのじゃ!」
ゼナは渾身の力で水を噴き出して横に高速移動し、アーリマンは追いかけて薙ぎ払う。アーリマンの隙を狙って黒鋼はその頭上から闘気を全解放して拳を背に叩き込み、撃ち落とす。アーリマンの腕から炎が消え、元の四肢になって着地する。黒鋼とアウルとゼナは着地し、ゼナは竜化を解く。
「ふぅ、死ぬかと思ったのじゃ……」
「……気を抜くな。奴はまだ充分な余力を残している……」
両者は態勢を建て直す。レイヴンは再び融合竜化し、ホシヒメは左翼を再生する。
「さっすがは王龍ってとこだね」
ホシヒメがそう言うと、アウルが続く。
「しかし、これだけの攻防を繰り広げればあちらも消耗しているはず……」
その言葉を遮るように、アーリマンは天高くへ咆哮を轟かせる。
「こいつに何か弱点とか無いの!?」
マレが困惑気味に言う。
「……形を保てなくなるほど破壊するか、核となっている燐花の戦意を失せさせるか、もしくは……」
アーリマンが放つ光の矢を黒鋼が撃ち落としながら、アウルが出力を上げて跳ね返す。
「もしくは、彼女を意思とアーリマンの力を受けて、それを増幅している空の器を無力化するか」
エリアルが突っ込むレイヴンとホシヒメを水の盾で防御しながらそう言う。
「それなら、私がアーリマンさんの中に行って二人を連れ戻すって言うのはどうなのです?」
アリアがエリアルへ視線を向ける。
「いいわね、試してみる価値はありそう。バロン!今の聞こえてるわよね!」
最前線で黒鋼はアーリマンの攻撃を往なしつつ、ちらりと後ろを見て頷く。
「うん。じゃあアリアちゃん。私についてきて!」
敵味方双方の全力のシフルを叩きつけ合う攻撃の合間を縫いつつ、二人は駆け抜けていく。
「バロン!」
エリアルが叫び、黒鋼が危険なほどアーリマンに身を擦り合わせ、竜化した状態で撃掌を叩き込み、離れる。その傷へエリアルが杖を投げ付けて突き刺し、アリアの手を取ってそのまま放り投げる。突然放られたアリアだが、全く臆すること無くブレードを抜き、撃掌の傷へ突き立て、アーリマンに取り込まれる。
アーリマン内部・茫漠の墓場
かの王龍の体内は、外見よりも遥かに広大な空間を有していた。アリアは虚空から落下し、華麗に着地する。
「ここは……どうなってるのです?」
周囲は砂漠と化しており、延々と白砂の大地が広がり、煌々と太陽が照りつけるが、熱さは感じない。遠くには白亜の大きな建造物が見えた。アリアは一先ず、そこへ駆ける。建造物へ近付くと、それは中央の円形のステージを囲むように作られた三つのアパートだった。一つ目のアパートに足を踏み入れると、無数の張り紙のなされたドアがいくつも並び、半透明の老人たちが呻きながら共用通路を歩いている。
「これが、アーリマンさんの中身、なのでしょうか……」
アリアは努めて老人たちには触れずに次のアパートへ立ち入る。通路から外を見ると、無数の会社員たちが落下し、奈落へ落ちていく。各部屋のドアがせわしなく開かれては、スーツに身を包んだ半透明の人間たちは飛び降りていく。無視して次のアパートへ向かうと、半透明の赤ん坊たちが石やパイプに食らい付いていた。
「……」
アリアは自分の内から込み上げる感情を振り払い、駆け足で中央のステージの前へ辿り着く。鉄柵の扉を開け、ステージへ入ると、中央に明人が倒れていた。アリアは駆け寄り、上体を抱える。
「明人くん!大丈夫なのです!?」
明人の肩を揺らすと、彼は朧気に目を覚ます。
「アリア……ちゃん……?」
「助けに来たのです。大事無いのです?」
「ああ、まあ……脇腹がちょっと痛いくらいで他はそこまで……」
明人はハッと起き上がり、周囲を見回す。
「なあ、燐花はどうなった!?」
「ここは王龍アーリマンの中なのです。二人とも、アーリマンさんに取り込まれてるのです」
「つまりは……この世界のどこかにいるってことか?」
「その通りなのです」
「よし、ならあいつを探しに行こう、アリアちゃん。あいつを救えないようじゃあ、贖罪なんて夢物語だ……ってて」
立ち上がろうとした明人はよろけ、アリアに支えられる。
「すまねえ、アリアちゃん。……ってえ、なんだそのエロい格好!?」
「えっと、バロンさんにもらった強化スーツなのです。明人くんを助けるために貰ったのですよ」
「バロンが……?いい仕事してくれるぜ!なんて眼福だ……!」
「よくわからないのですけど、明人くんはこの格好好きなのです?」
「好きも好き!大好きです!……。いやいや、今はこんなどうでもいい話をしてる場合じゃない。燐花を探そう」
「はいなのです」
その瞬間、ステージの床が抜け、二人は落下していく。
アーリマン内部・原火の深森
明人をアリアが受け止めて着地し、すぐに明人は降りて二人は周囲を確認する。アスファルトの舗装され、均整の取れた道路がいくつも重なった交差点に二人は降り、周囲に所狭しと作られたオフィスビルは全体が器用に炎上していた。
「これは……」
「明人くんは見覚えがあるのです?」
「確か、トラツグミに見せてもらったChaos社の作戦で東京を焼き払ったときの資料映像がこんなだった気が……」
同時に、二人の前方から声がする。
「ご名答です、明人くん」
黒い鎧に身を包み、旗槍を携えた燐花がそこに居た。
「私が力を得て最も初めに行ったこと。それがこれです。私を蝕んだこの都市が消えてなくなれば、私の心には明人くんしか残らないと思っていました。けれど、心の痛みは消えることはない。私の体につけられた傷と同じように……」
燐花は秘部から撫でるように腹、胸、頬と指をなぞらせる。
「私のやってきたことは、全て間違いだったんですか?明人くん。君が私を否定して、そうして、私の全てが無意味だと、教えようとしてるんですか?」
明人は少し視線を外し、そして改めて燐花を真っ直ぐ見つめる。
「どう思われても構わない。俺は、燐花を救いたい。これからも燐花と一緒に居たい」
透き通るような覚悟で見透かされて、燐花は怯む。
「う……く……でも、私は、私は……っ!」
シャングリラ 第一期次元領域終着点
アーリマンが攻撃を放とうとする瞬間、一瞬動作が止まり、レイヴンの振るった長剣の一撃で頭部が欠ける。続く地面を殴って発生させた衝撃でアーリマンは崩れ、ゼナの放つ鋭い水の刃がその体を切り裂き、ホシヒメが火炎、吹雪、電撃、激流、暴風、閃光、暗黒を同時に叩き込み、止めに衝撃波を伴った核熱線を打ち込む。アーリマンが豪快に倒れ、その動きを止める。
「……倒した、のか……」
黒鋼が竜化を解く。
アーリマン内部・原火の深森
燐花が旗槍を握りしめる。
「私も、君と共に未来を歩きたい……でも!」
旗槍の切っ先をアリアへ向ける。
「あなただけは気に食わない。そこにいるべきなのは、私のはず!」
明人はその言葉で、横に立つアリアへ視線を向ける。
「アリアちゃん……」
「心配しなくてもいいのです。明人くんをこの道に誘ったのは、私なのですから」
アリアは前に出て、ブレードの柄に手を添える。
「燐花ちゃん。私は、燐花ちゃんが私に対して抱くその思いは、とても尊いものだと思うのです」
「あなたの、その真っ直ぐな瞳を見ればわかります。あなたはとても優しい人。明人くんが、〝空の器〟という力を持つのなら、あの覚悟はあなたから感染《うつ》ったもの」
「でも私は、明人くんを渡すわけにはいかないのです。ミレニアムで言ったように、私には、明人くんを支える責任があるのです」
燐花は静かに炎を噴き出す。青い炎は一瞬にして黒に戻り、そして更に赤へと変わる。
「怨愛の炎が、赤くなった……」
明人がぼそり、呟く。
「だからこそ、私はあなたを認めることはできない。決して譲れない。なぜなら、あなたこそが、今の明人くんの全てだから」
燐花が旗槍をアスファルトへ突き立てる。周囲の炎が全て旗槍に集中し、俄に雨が降りだす。
「我は新たな力を与えられし焔の黒騎士。秘めたる力を、今解き放つ!」
雨は燐花に届く前に蒸発し、その視界が蒸気と雨で煙る。アリアはゴーグルを装着し、ブレードを抜いて構える。
「決着なのです!」
二人がそれぞれの得物を突き出しながら擦れ違い、すぐに反転してブレードを振り下ろし、旗槍が往なし、石突きで牽制しつつ炎を振るう。アリアが身を翻して躱すと、旗槍は振り下ろされ、凄まじい爆炎が視界を包む。アリアがブレードを突き出しながら突進し、燐花の腹を突いて吹き飛ばす。燐花は旗槍をアスファルトに突き刺して慣性を殺し、アリアへドロップキックへ放つ。アリアはブレードで弾き返して吹き飛ばす。燐花はビルのガラスに着地し、アリアは追撃にブレードを放つ。燐花は飛び退き、ブレードがガラスを貫通する。引き抜き、重力を無視して二人はビルの壁面で打ち合う。
「ただ力があるだけでは決してないその技量、精神……感服するほどです」
「燐花ちゃんだって、その炎から感じる力はとっても真っ直ぐで、すごく強いのです!」
両者は武器を叩きつけ合い、間近に競り合う。
「同じ人を思っても、ここまで魂の波長が違うなんて、面白いですね……!」
「お兄様が言っていたことが、ようやくわかった気がするのです。刃を交えることで相手のことが深くわかるって……今まさに、それを感じているのです!」
アリアが先に弾き返し、燐花をアスファルトへ叩き落とす。そして頭上から渾身の力を込めてブレードを振り下ろし、受け止めた旗槍を断ち切る。
「私の勝ちなのです」
アリアがブレードを納め、燐花は憑き物が落ちたように自然な笑みを溢す。二人の下へ、明人が駆け寄る。
「二人とも、大丈夫か?」
二人は頷く。
「これから、俺たちと一緒に来てくれるか、燐花」
明人が右手を差し伸べる。
「こんなふつつかものでよろしければ、是非。明人くんの傍で、明人くん自身の進む道を、共に歩ませてください」
燐花はその手を握る。
「よし!これで一件落着なのです!」
アリアが満面の笑みで明人と燐花を抱き寄せる。
「ちょっ、アリアちゃん!?」
明人が離れようとするが、燐花にも抱き寄せられて仕方なく受け入れる。
「みんな一つになって、幸せ!なのです!」
アリアがそう言うと同時に、空間の崩壊が始まる。
「っと、早くこいつの中から出ないと!」
三人は離れ、彼方まで駆け抜けていく。
シャングリラ 第一期次元領域終着点
明人たちがアーリマンの頭部に空いた穴から飛び出し、バロンたちの前に着地する。
「……戻ってきたようだな」
バロンがそう言うと、明人が頷く。そして背後のアーリマンが言葉を発し、一行はそちらを向く。
「女よ……汝の願いは、果たされたか……」
問われた燐花は力強く頷く。
「ならば……よし……」
アーリマンの体が徐々に崩壊していく。
「我は……虚無の王龍……目覚めさせし者の意思に染まる……静寂を勧めんがために……」
右腕が壊れ、湖面に倒れる。
「我を包むは、静寂のみ……我は、静寂と共にあらん……」
虚無の王龍の巨体は、全て消え去った。綺羅星のごとく舞い散るシフルの粒子の中を、灰色の蝶が飛んでいた。
「……そうか。王龍アーリマンは降臨してしまったか」
執務室にバロン、エリアル、ホシヒメ、レイヴン、アーシャ、ゼナ、マレ、アリア、アウルが集まっていた。
「はいなのです。直前まで燐花ちゃんが私にだけ殺意を向けてたからかもしれないのですけど、アーリマンさんは世界の前に私を滅ぼすとかなんとか言ってたのです。それと、淵源の底で待つとも言っていたのですよ」
レイヴンが肩を竦める。
「淵源の底?どうせまた比喩表現なんだろうが、相当クセえ名前だな」
アウルが暫し考えを巡らせる。
「王龍ですから、そんな簡単な場所だとは思えませんが……」
マレが会話に加わる。
「淵源ってどういう意味?」
ゼナが答える。
「淵源とは、最も初めという意味じゃな。スタート地点のことじゃ」
「ふーん。つまり、淵源の底って全ての始まりってこと?」
バロンが頷く。
「……積もり積もった歴史の始まりにある場所、か……」
エリアルがやおら口を開く。
「あそこしかないわ。全ての始まり、無明竜アルヴァナが生まれし場所……無明桃源郷、シャングリラ」
アウルも同意する。
「全ての始まりというなら、確かにシャングリラほどの適役は他にありませんね」
「……ならば、シャングリラへ向かうとしよう」
「ところで、シャングリラへどう行くかはご存じですか?」
アウルの一言に、その場にいる全員が黙り込む。
「まあ、ご心配なさらぬよう。私が案内いたします」
アウルがそう言うと、バロンは立ち上がる。
「……準備を整えろ。すぐにも起つぞ」
中国区 民族保護特別区
広い川辺に沿って一行が進み続けると、次第に周囲は暗くなり、昼間だと言うのに太陽の光が微塵も届かぬほどの闇に包まれる。
「グランシデアの時と同じ……」
アーシャがそう言うと、レイヴンも頷く。
「ああ、そうだな。だが……あの時とは違って、体力を奪われるなんてことは起こらないみたいだな」
しばらく歩き続け、膜を破るような感覚の後、不意にアウルが立ち止まる。
「皆さん、立ち止まってください」
アウルがそう言うと、一行の眼前に見える景色が消滅し、深い奈落が現れる。
「うおぉ!?なんじゃこれはー!」
ホシヒメが大袈裟に驚くと、アウルが静かに答える。
「この奥深くが、シャングリラです」
マレが戸惑う。
「この奥深くって言われてもね……底が見えないし、本当に飛び降りるの?」
アウルが答えるより先に、アリアが穴へ飛び込む。
「あっちょっ!?」
マレが驚くが、一行が次々に飛び降りていくのを見て、覚悟を決めて飛び降りた。
無明桃源郷シャングリラ 第一期次元領域
桃源郷の内部は、空間の中央にある巨大なキューブを挟むように小型のキューブが波打っており、それらが互いに自由に回転する空間であった。アリアが着地し、それに続いて皆が到着する。
「ここがシャングリラ……」
アリアが呟くと、ホシヒメが心底楽しそうに叫ぶ。
「うぉおおおおお!なんか動いてるよ!」
バロンがアウルへ尋ねる。
「……どうやって先へ進めば?」
「キューブを乗り継ぐしかありませんね。我々の身体能力なら造作もないことですよね?」
「……まあ」
一行はバロンとアウルを先頭に、キューブを飛び石のように乗り継いでいく。次第に視界が闇に飲まれ、そして晴れる。
シャングリラ 第一期次元領域終着点
星々が鏤められた夜空の下にある鏡の湖に、一行は着地する。その中央に、アーリマンは胡座をかいて座していた。
「我が前に立ち、静寂の訪れを阻まんとするものは何者か……そうか、汝か……」
アーリマンはバロンたちが視界に入っていないのか、アリアだけを見つめる。
「よくぞ淵源の底へ来た。ここが、全ての始まりの地。世界を滅するに、これほど相応しい場所はない」
アリアはブレードの柄に手をかける。
「二人は、まだアーリマンさんの中に居るのです?」
「無論。我が内にあるは、願い携えし女と、空の器。女の願いに応え、我は全てを滅する」
アーリマンは凄まじいシフルを全身から発する。
「永遠の静寂の前に、外道なる人間の力、見ておくのも一興か。さあ始めよう、我と汝、どちらが正義《しょうしゃ》なのかを」
アーリマンが天を仰ぐと、超巨大な氷塊がいくつも生まれ、降り注ぐ。
「まっかせてー!」
ホシヒメが先陣を切って飛び、氷塊を打ち砕く。その影から融合竜化したレイヴンが魔力の剣を切っ先に集中させながら回転して突っ込む。アーリマンは全身から指向性を持つシフルを放ち、レイヴンを吹き飛ばす。マレが血の棘を飛ばし、ゼナが竜化して水塊を刃に変えて飛ばす。アーリマンが眼力を強めるだけでそれらは爆発し、そしてアーリマンは口からシフルの光線を放つ。アウルがその光を吸収し、巨大な四本の矢に変えて放つ。アーリマンは火炎や電撃など、複数の物理現象を束ねて迎撃するが、それらはバロンの闘気で打ち落とされる。アーリマンに光の矢が突き刺さり、爆発する。彼が怯んだところへ、アリアが高く飛び上がり、頭部にブレードの一撃を加える。アーリマンは再びシフルを放ち、一行を吹き飛ばす。
「……想像より遥かに強力だな」
バロンが思わずそう言うと、エリアルが頷く。
「この面子で瞬殺出来ないなんてね」
レイヴンが融合竜化したまま横に並ぶ。
「おっとお二人さん、油断しちゃいけねえ。何か仕掛けてきそうだぜ」
アーリマンは不敵に笑う。
「クククク……汝が力、殊更に憎いものよ。なれば、我も総力を以て汝を滅するとしよう」
体に光の線が走り、アーリマンはついに胡座を止め、収納していた両腕を解き放ち、四足歩行となる。
「希望を抱き、終焉に包まれて散るがよい」
アーリマンが上体を起こし、そして薙ぎ払うように口から超高出力のシフルを放つ。ホシヒメが竜人形態へ竜化して闘気の壁を産み出して凌ぎ、レイヴンがシフルを噴出させた長剣の一撃を喰らわせてアーリマンを怯ませ、そこに黒鋼が鋼の波を起こして攻撃する。アーリマンは背からシフルを触手のように生やし、ホシヒメを狙った突きを放つ。ホシヒメは回避に専念し、ゼナが放つ水の刃で触手は切り裂かれる。そして遥か上空から急降下したマレが強烈な斬撃を加え、アーリマンの右目にアリアの放ったスナイパーライフルの銃弾が命中する。アーリマンは大してダメージを受けた様子は無く、絶大な爆発で一行を吹き飛ばす。
「っとと、結構アツくなれる相手だね」
想定以上の破壊力で攻撃されたホシヒメは、一旦冷静になる。
「ま、これくらいじゃなきゃ楽しくねえだろ。大丈夫か、アリア」
レイヴンがホシヒメにそう応えつつ、横のアリアへ問う。
「大丈夫なのです。私の心配より、目の前の敵を倒すことを先に考えてくださいなのです」
その言葉を遮るように、アーリマンが拳を振り下ろす。三人は各々の方向に散って躱し、殴り付けた地面からシフルが吹き出す。レイヴンがアーリマンの至近で紅いシフルを発し、魔力の剣を伴った凄絶な剣舞で圧倒し、そして剣から大爆発を起こす。アーリマンが怯んだのを好機と見て、ホシヒメが螺旋状の闘気を纏いながら突っ込む。
「行くぜマジドリル!〈ギガマキシマムドライバー〉!」
アーリマンが咄嗟にその巨体を動かし、ホシヒメの大技は肩を削るに留まる。技の後隙を狙ってアーリマンが腕を振るうが、それは黒鋼に止められ、ゼナの刃のような尾がアーリマンの頭部に打ち据えられ、叩きつけられた膨大な量の水が凄まじい爆発を起こして降り注ぐ。マレがその雨に自身の血を飛ばし、アーリマンに突き刺さったそれは次々と爆発する。アーリマンは背から怨愛の炎をマントのごとく生やし、黒鋼を腕から爆炎を発して吹き飛ばし、腕を炎の翼で包み、空へ飛ぶ。
「はっは!飛んだぞ!」
レイヴンがそう言うと、アーリマンは上空から翼をはためかせて凄まじい熱波を放つ。ホシヒメは竜形態へ竜化し、同じ高度へ舞い上がる。ゼナもマレとアリアを乗せて飛び上がり、黒鋼とレイヴンとアウルはシフルを浮力にして飛ぶ。アーリマンは先行したホシヒメ目掛けて極大の爆発を伸ばす。ホシヒメは巨大な氷の壁でそれを受け、砕けた影から強烈な風の一撃を叩き込む。更にその背後からレイヴンが無数の光弾を放ち、アーリマンは全身から怨愛の炎を発して打ち消し、周囲が暗転するほどの凄絶な紫光を放つ。反撃で放たれたとは思えぬほどの、余りにも規格外の光線を躱しきれずにホシヒメは左翼を貫かれ、レイヴンは撃墜される。
「怒りと失望と、執念と愛情とを兼ね備えし女の炎にて、今天地を焼き払わん」
巨大な紫光の球体を地上目掛けて放ち、それが炸裂して七つの光線となって周囲を隙間無く薙ぎ払う。
「……ちっ、この出力のシフルをまともに喰らうのは危険すぎる!エリアル!」
黒鋼が地上で待機するエリアルへ叫ぶと、彼女は頷き、融合竜化の解けたレイヴンと墜落したホシヒメを守るように水の壁を産み出す。拡散した光線は水の壁を削るように放たれながら、そのまま空中の黒鋼たちを狙って天を切り裂く。アーリマンは同じような球体を胸元に作り出し、ゼナ――というより、その背に乗せたアリア――を目掛けて超極大の光線を放つ。
「ちょっゼナ!」
マレが叫び、ゼナが吼える。
「わかっておるのじゃ!」
ゼナは渾身の力で水を噴き出して横に高速移動し、アーリマンは追いかけて薙ぎ払う。アーリマンの隙を狙って黒鋼はその頭上から闘気を全解放して拳を背に叩き込み、撃ち落とす。アーリマンの腕から炎が消え、元の四肢になって着地する。黒鋼とアウルとゼナは着地し、ゼナは竜化を解く。
「ふぅ、死ぬかと思ったのじゃ……」
「……気を抜くな。奴はまだ充分な余力を残している……」
両者は態勢を建て直す。レイヴンは再び融合竜化し、ホシヒメは左翼を再生する。
「さっすがは王龍ってとこだね」
ホシヒメがそう言うと、アウルが続く。
「しかし、これだけの攻防を繰り広げればあちらも消耗しているはず……」
その言葉を遮るように、アーリマンは天高くへ咆哮を轟かせる。
「こいつに何か弱点とか無いの!?」
マレが困惑気味に言う。
「……形を保てなくなるほど破壊するか、核となっている燐花の戦意を失せさせるか、もしくは……」
アーリマンが放つ光の矢を黒鋼が撃ち落としながら、アウルが出力を上げて跳ね返す。
「もしくは、彼女を意思とアーリマンの力を受けて、それを増幅している空の器を無力化するか」
エリアルが突っ込むレイヴンとホシヒメを水の盾で防御しながらそう言う。
「それなら、私がアーリマンさんの中に行って二人を連れ戻すって言うのはどうなのです?」
アリアがエリアルへ視線を向ける。
「いいわね、試してみる価値はありそう。バロン!今の聞こえてるわよね!」
最前線で黒鋼はアーリマンの攻撃を往なしつつ、ちらりと後ろを見て頷く。
「うん。じゃあアリアちゃん。私についてきて!」
敵味方双方の全力のシフルを叩きつけ合う攻撃の合間を縫いつつ、二人は駆け抜けていく。
「バロン!」
エリアルが叫び、黒鋼が危険なほどアーリマンに身を擦り合わせ、竜化した状態で撃掌を叩き込み、離れる。その傷へエリアルが杖を投げ付けて突き刺し、アリアの手を取ってそのまま放り投げる。突然放られたアリアだが、全く臆すること無くブレードを抜き、撃掌の傷へ突き立て、アーリマンに取り込まれる。
アーリマン内部・茫漠の墓場
かの王龍の体内は、外見よりも遥かに広大な空間を有していた。アリアは虚空から落下し、華麗に着地する。
「ここは……どうなってるのです?」
周囲は砂漠と化しており、延々と白砂の大地が広がり、煌々と太陽が照りつけるが、熱さは感じない。遠くには白亜の大きな建造物が見えた。アリアは一先ず、そこへ駆ける。建造物へ近付くと、それは中央の円形のステージを囲むように作られた三つのアパートだった。一つ目のアパートに足を踏み入れると、無数の張り紙のなされたドアがいくつも並び、半透明の老人たちが呻きながら共用通路を歩いている。
「これが、アーリマンさんの中身、なのでしょうか……」
アリアは努めて老人たちには触れずに次のアパートへ立ち入る。通路から外を見ると、無数の会社員たちが落下し、奈落へ落ちていく。各部屋のドアがせわしなく開かれては、スーツに身を包んだ半透明の人間たちは飛び降りていく。無視して次のアパートへ向かうと、半透明の赤ん坊たちが石やパイプに食らい付いていた。
「……」
アリアは自分の内から込み上げる感情を振り払い、駆け足で中央のステージの前へ辿り着く。鉄柵の扉を開け、ステージへ入ると、中央に明人が倒れていた。アリアは駆け寄り、上体を抱える。
「明人くん!大丈夫なのです!?」
明人の肩を揺らすと、彼は朧気に目を覚ます。
「アリア……ちゃん……?」
「助けに来たのです。大事無いのです?」
「ああ、まあ……脇腹がちょっと痛いくらいで他はそこまで……」
明人はハッと起き上がり、周囲を見回す。
「なあ、燐花はどうなった!?」
「ここは王龍アーリマンの中なのです。二人とも、アーリマンさんに取り込まれてるのです」
「つまりは……この世界のどこかにいるってことか?」
「その通りなのです」
「よし、ならあいつを探しに行こう、アリアちゃん。あいつを救えないようじゃあ、贖罪なんて夢物語だ……ってて」
立ち上がろうとした明人はよろけ、アリアに支えられる。
「すまねえ、アリアちゃん。……ってえ、なんだそのエロい格好!?」
「えっと、バロンさんにもらった強化スーツなのです。明人くんを助けるために貰ったのですよ」
「バロンが……?いい仕事してくれるぜ!なんて眼福だ……!」
「よくわからないのですけど、明人くんはこの格好好きなのです?」
「好きも好き!大好きです!……。いやいや、今はこんなどうでもいい話をしてる場合じゃない。燐花を探そう」
「はいなのです」
その瞬間、ステージの床が抜け、二人は落下していく。
アーリマン内部・原火の深森
明人をアリアが受け止めて着地し、すぐに明人は降りて二人は周囲を確認する。アスファルトの舗装され、均整の取れた道路がいくつも重なった交差点に二人は降り、周囲に所狭しと作られたオフィスビルは全体が器用に炎上していた。
「これは……」
「明人くんは見覚えがあるのです?」
「確か、トラツグミに見せてもらったChaos社の作戦で東京を焼き払ったときの資料映像がこんなだった気が……」
同時に、二人の前方から声がする。
「ご名答です、明人くん」
黒い鎧に身を包み、旗槍を携えた燐花がそこに居た。
「私が力を得て最も初めに行ったこと。それがこれです。私を蝕んだこの都市が消えてなくなれば、私の心には明人くんしか残らないと思っていました。けれど、心の痛みは消えることはない。私の体につけられた傷と同じように……」
燐花は秘部から撫でるように腹、胸、頬と指をなぞらせる。
「私のやってきたことは、全て間違いだったんですか?明人くん。君が私を否定して、そうして、私の全てが無意味だと、教えようとしてるんですか?」
明人は少し視線を外し、そして改めて燐花を真っ直ぐ見つめる。
「どう思われても構わない。俺は、燐花を救いたい。これからも燐花と一緒に居たい」
透き通るような覚悟で見透かされて、燐花は怯む。
「う……く……でも、私は、私は……っ!」
シャングリラ 第一期次元領域終着点
アーリマンが攻撃を放とうとする瞬間、一瞬動作が止まり、レイヴンの振るった長剣の一撃で頭部が欠ける。続く地面を殴って発生させた衝撃でアーリマンは崩れ、ゼナの放つ鋭い水の刃がその体を切り裂き、ホシヒメが火炎、吹雪、電撃、激流、暴風、閃光、暗黒を同時に叩き込み、止めに衝撃波を伴った核熱線を打ち込む。アーリマンが豪快に倒れ、その動きを止める。
「……倒した、のか……」
黒鋼が竜化を解く。
アーリマン内部・原火の深森
燐花が旗槍を握りしめる。
「私も、君と共に未来を歩きたい……でも!」
旗槍の切っ先をアリアへ向ける。
「あなただけは気に食わない。そこにいるべきなのは、私のはず!」
明人はその言葉で、横に立つアリアへ視線を向ける。
「アリアちゃん……」
「心配しなくてもいいのです。明人くんをこの道に誘ったのは、私なのですから」
アリアは前に出て、ブレードの柄に手を添える。
「燐花ちゃん。私は、燐花ちゃんが私に対して抱くその思いは、とても尊いものだと思うのです」
「あなたの、その真っ直ぐな瞳を見ればわかります。あなたはとても優しい人。明人くんが、〝空の器〟という力を持つのなら、あの覚悟はあなたから感染《うつ》ったもの」
「でも私は、明人くんを渡すわけにはいかないのです。ミレニアムで言ったように、私には、明人くんを支える責任があるのです」
燐花は静かに炎を噴き出す。青い炎は一瞬にして黒に戻り、そして更に赤へと変わる。
「怨愛の炎が、赤くなった……」
明人がぼそり、呟く。
「だからこそ、私はあなたを認めることはできない。決して譲れない。なぜなら、あなたこそが、今の明人くんの全てだから」
燐花が旗槍をアスファルトへ突き立てる。周囲の炎が全て旗槍に集中し、俄に雨が降りだす。
「我は新たな力を与えられし焔の黒騎士。秘めたる力を、今解き放つ!」
雨は燐花に届く前に蒸発し、その視界が蒸気と雨で煙る。アリアはゴーグルを装着し、ブレードを抜いて構える。
「決着なのです!」
二人がそれぞれの得物を突き出しながら擦れ違い、すぐに反転してブレードを振り下ろし、旗槍が往なし、石突きで牽制しつつ炎を振るう。アリアが身を翻して躱すと、旗槍は振り下ろされ、凄まじい爆炎が視界を包む。アリアがブレードを突き出しながら突進し、燐花の腹を突いて吹き飛ばす。燐花は旗槍をアスファルトに突き刺して慣性を殺し、アリアへドロップキックへ放つ。アリアはブレードで弾き返して吹き飛ばす。燐花はビルのガラスに着地し、アリアは追撃にブレードを放つ。燐花は飛び退き、ブレードがガラスを貫通する。引き抜き、重力を無視して二人はビルの壁面で打ち合う。
「ただ力があるだけでは決してないその技量、精神……感服するほどです」
「燐花ちゃんだって、その炎から感じる力はとっても真っ直ぐで、すごく強いのです!」
両者は武器を叩きつけ合い、間近に競り合う。
「同じ人を思っても、ここまで魂の波長が違うなんて、面白いですね……!」
「お兄様が言っていたことが、ようやくわかった気がするのです。刃を交えることで相手のことが深くわかるって……今まさに、それを感じているのです!」
アリアが先に弾き返し、燐花をアスファルトへ叩き落とす。そして頭上から渾身の力を込めてブレードを振り下ろし、受け止めた旗槍を断ち切る。
「私の勝ちなのです」
アリアがブレードを納め、燐花は憑き物が落ちたように自然な笑みを溢す。二人の下へ、明人が駆け寄る。
「二人とも、大丈夫か?」
二人は頷く。
「これから、俺たちと一緒に来てくれるか、燐花」
明人が右手を差し伸べる。
「こんなふつつかものでよろしければ、是非。明人くんの傍で、明人くん自身の進む道を、共に歩ませてください」
燐花はその手を握る。
「よし!これで一件落着なのです!」
アリアが満面の笑みで明人と燐花を抱き寄せる。
「ちょっ、アリアちゃん!?」
明人が離れようとするが、燐花にも抱き寄せられて仕方なく受け入れる。
「みんな一つになって、幸せ!なのです!」
アリアがそう言うと同時に、空間の崩壊が始まる。
「っと、早くこいつの中から出ないと!」
三人は離れ、彼方まで駆け抜けていく。
シャングリラ 第一期次元領域終着点
明人たちがアーリマンの頭部に空いた穴から飛び出し、バロンたちの前に着地する。
「……戻ってきたようだな」
バロンがそう言うと、明人が頷く。そして背後のアーリマンが言葉を発し、一行はそちらを向く。
「女よ……汝の願いは、果たされたか……」
問われた燐花は力強く頷く。
「ならば……よし……」
アーリマンの体が徐々に崩壊していく。
「我は……虚無の王龍……目覚めさせし者の意思に染まる……静寂を勧めんがために……」
右腕が壊れ、湖面に倒れる。
「我を包むは、静寂のみ……我は、静寂と共にあらん……」
虚無の王龍の巨体は、全て消え去った。綺羅星のごとく舞い散るシフルの粒子の中を、灰色の蝶が飛んでいた。
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