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三千世界・再誕(8)

第二話 「怨恨」

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 ――その少し前
 オーストラリア区 ノーザンテリトリー
 広大な平原の中に座する巨岩の上で、トラツグミは気を失っていた。ふとした拍子に吹いた風で、彼女は目覚める。
「……」
 黙したまま立ち上がり、周囲を確認する。人の気配はなく、荒野から流れる野生の香りと、僅かな魔の気配が漂っていた。
「簡易転送装置を使ったとは言え、そのまま南下するとは……」
 トラツグミは自身の破損した右腕の動作を確認する。イェーガーと幾度も打ち合った拳はへこんでおり、指は親指と小指だけが形を保っている。彼女は右腕を振るい、前腕部を分離して地面に叩きつける。そして腰に佩いていた戦闘用の鉤爪、〈フレディ〉を装着する。
「ここはウルル、ですか……一刻も早く明人様をお救いせねば」
 巨岩から飛び降り、音もなく華麗に着地する。延々と続く広野には獣の姿しかなかったが、トラツグミは咄嗟に背後を振り返り、右腕を振るう。五本の鋭い爪が背後より襲いかかってきていた旧Chaos社の兵を切り裂く。
「フラロウス……」
 虎面の獣人であった旧Chaos社の兵士は、かなり砂にまみれていた。
「燐花の兵がここで彷徨い続けた……ということか」
 トラツグミは反転し、平原を凄まじい速度で駆け抜けていく。

 ディスポーザルタワー
 トラツグミは平原を越え、広大な砂漠の中に聳える廃棄施設に到着する。彼女は砂に埋もれたダクトの蓋を開け、その中に入る。ダクトを抜け、建屋内に侵入する。廃棄場は濃い無明の闇で満たされており、首に何か詰まったような息苦しさと、徐々に力が抜けていくのを感じる。
「捨てられたレジスタンスのアジトを調整すれば、ヨーロッパ支部へ辿り着けるはず」
 トラツグミが堆く積み上げられたゴミの座する穴へ飛び降りる。より一層濃度を増した無明の闇がトラツグミを覆うように舞い上がり、思わず彼女は噎せる。そしてその瞬間、けたたましいアラームが鳴り響き、穴のゲートが閉じる。そして足元のゲートが開き、ゴミと共にトラツグミは落ちていく。咄嗟にトラツグミは壁に鉤爪を突き刺して、下を見る。複数の巨大なプロペラが回転してゴミを粉砕し、バラバラにされたゴミが流れていく。強烈な気流に引っ張られ、トラツグミは悶える。
「くっ……」
 トラツグミは思いきって飛び降り、三つあるプロペラを右腕で切断しつつ降下する。

 オーストラリア区地下 キリングフィールド
 ゴミと共に落下したトラツグミは着地し、視界すら不明瞭な無明の闇の中を進む。
「うぐ……」
 異常な濃度の無明の闇に曝されているがゆえか、歩くのがやっとなほど消耗しているトラツグミは、何かに躓く。その何かは突如として立ち上がり、トラツグミに襲いかかる。トラツグミは力を入れ直し、何かに向けて貫手を放ち、引き抜いて踵で回し蹴りをぶつけて吹き飛ばす。
焦げた妄人ドリーマー……まあ、当然と言えば当然ですか」
 トラツグミは息を整え、闇の中をひたすら進む。が、やがて体力の限界を迎えて倒れる。僅かに開いた眼に映ったのは、この場所には似合わない真白く、若い誰かの足だった。
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