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三千世界・再誕(8)

三章 煉獄の臍緒(通常版)

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 混沌中枢ミレニアム
 広大なクレーターの中央に建造された円形の巨大な都市、それがミレニアムである。その中央にある会館の一室で、明人はベッドに腰かけていた。
「はぁ……」
 明人は深くため息をつき、部屋に備え付けられた机の席につく。机の上にある書籍を見ると、小難しそうな理論を記したものばかりで辟易した。
「咄嗟にアリアちゃんを逃がしたのは我ながら名案だったとは思うけど……はぁ」
 再びため息をついた瞬間、部屋の扉が開け放たれ、燐花が入ってくる。
「あ……」
 二人の目が合い、明人は咄嗟に視線を逸らす。すると燐花は凄まじい速度で駆け寄ってきて、無理矢理視線を合わせる。
「どうですか、気分は?」
「いや……そこまで」
「大丈夫ですよ、ここには私しか居ませんから。素の自分に戻って、いつもの明人くんに戻っていいんですよ」
「何回も言ってるけどさ……」
 明人が何か言おうとした瞬間に、燐花はその肩を掴み、ベッドまで軽々と明人を投げ飛ばす。
「明人くんは私の太陽なんです。私だけを照らして、ずっと暖めてくれればそれでいいんです。なんでそれがわからないんですか?」
 ひどく早口でそう言い、明人を壁際に追い込んでその頭の横の壁に拳をめり込ませる。
「(ひ、ひええええ!?)」
 明人は純粋に死の恐怖を感じるが、努めて冷静な顔で返す。
「お、俺はお前を見捨てたつもりなんてない。ただ、罪滅ぼしがしたいだけなん……」
 燐花の殺意と悲哀の混じった眼光を浴びて、明人は黙る。
「覚えてますか?明人くんが、どれだけ私の人生にとって輝かしい存在か……」
「えーっと、いや……知らんけど」
「君は生きる価値のない地獄の人生から、私を救ってくれたんです。幼稚園の頃に初めて会ってから、ずっと。親に道具のごとく扱われ、誰からも妬まれ、嫉まれ続けてきた私を、認めてくれたのは君だけ……」
「燐花……」
 明人が神妙な面持ちを見せると、燐花は微笑む。
「だから、私は明人くんのために頑張っています。君が目指した全ての滅びをもたらすために。明人くんは、洗脳されてるんです。バロンや、あの女の子に。明人くんは騙されやすいですから。でも、ちゃんと私がもたらす滅びを見れば、本当の君が戻ってきてくれるはずですよね」
 燐花はそう言うと明人から離れ、部屋を出ていった。……しっかりと電子ロックをかけて。
「燐花がああなってるのは全部俺のせい、だよな……」
 明人はあらゆる記憶を駆け巡って、燐花との関わりを整理することに専心した。

 中米煉獄修験道パナマ ボガ・デ・クペ
 先の戦いで滅亡した北アメリカと、辛うじて残った南アメリカを繋ぐ、臍の緒のごとき中米は、今旧Chaos社の率いる悪魔化した人間たちに占領されていた。南米と中米を分かつ最終防衛ラインであるここ、ボカ・デ・クペでは、現在も激しい戦いが繰り広げられていた。
「一歩も退くな!ここで押し止めるぞ!」
 部隊長らしき兵士がそう叫び、次々に悪魔化していく。騎士型へ変身した彼らは、猛獣型に悪魔化している旧Chaos社の兵士と戦うが、数の差は彼らにはどうにもならず、蹂躙されていく。
「終わりだ……」
 吹き飛ばされ、地に倒れ臥した兵士が無念を噛み締めてそう呟く。視線を前へ向けると、戦場はもうもうと上がる黒煙と火の粉で、地獄の様相を呈していた。だが、その中に一人だけ、明らかに放つ雰囲気の違う少女の姿が見えた。
「あ……れは……」
 兵士が見とれていると、少女は長い歪な形状の剣を取り出し、それを振るう。それだけで黒煙は払われ、火の粉は雪へと変わり暴れ狂う猛獣たちは氷像になる。
「零なる、神……」
 圧巻のその様に、兵士はChaos社で常に崇められ、明人が呪詛のように喋っていた完璧の体現者の名を思い出す。
「あれが……白金、零……」
 兵士は事切れ、零は氷剣を手元から消す。
「間に合った」
 零はそう言うと、先ほどの攻撃を生き残った旧Chaos社の兵士を片っ端から粉砕していく。それはもはや戦いを呼べるものではなく、正しく鎧袖一触、瞬きの内に千の軍が消えてなくなっていく。それでいて零は何かしらの能力や技を使っているでもなく、息切れも、一分の隙もなく、淡々と敵を滅ぼしている。
「哀れな人たち。元々は同じ人の意志に集ったはずだったのに」
 己の身の丈の一・五倍ほどもある真白い刀を振り、衝撃波が地を走り、地平の先まで続いていた旧Chaos社の兵士たちは見えなくなった。
「全く……初めて改心した君を見たから安心してたのに。器はもっと広く、深く、全てを包み込むほどの大きさがないとね」
 零は呆れ気味に笑いつつ、納刀して先へ進む。僅かに残されたChaos社の兵士たちは呆然と、ただその背を眺めていた。

 混沌中枢ミレニアム
「白金零が、どうやら中米にやってきたようですね」
 燐花が椅子に縛り付けた明人に向かって呟く。
「それはいいんだけど、なんで俺こうなってるの?」
 明人が尋ねると、燐花は切実そうな表情で顔を一気に近づける。
「こうしておかないと、明人くんがどこかへ行ってしまいそうで心配なんです。ね?明人くんを守るためなんです。わかりますよね?」
「ええーっと……」
「ね?」
 燐花の鬼気迫る声と表情に、明人は戸惑いつつ頷く。
「そうだ。明人くんはたぶん知らないでしょうから、私の昔話をしてあげますね」
 燐花は明人と向かい合うように椅子に座る。
「私は東京で生まれました。私に日常的に暴力を振るう父親と、兄にしか興味のない母を持って」
「……」
「父は転勤が多い人で、家族もそれについて回って、日本中を転々としていました。幼稚園の頃に福岡に辿り着いて、偶然あなたに出会って……すぐに私は東京に戻ってしまいましたけど、君と過ごしたあの数十分は、私に生きる希望を与えてくれました。けれど……けれど、それからの私は、小学校でも、中学校でも、ただただ苛められて、辱しめられて、慰み者にされて」
 明人はその話を真剣な表情で聞いていた。
「それでも、私は頑張って生きてきたんです。何回も、何百回も、何万回も、死のうと、死んでしまおうと思い続けても、記憶の中が私を生かしてくれるんです。所詮子供のやるおままごとでしたけど、君はあの時言ってくれた。『大好きだよ』って。わかっているんです。おままごとは、ただ役割を演じる遊び……でも、君が、君だけが、私を認めてくれた。それが私にとって、どれだけの救いだったか……」
 燐花は感慨深そうに言葉を紡ぐ。
「そして、私が自壊衝動に飲まれそうになったあの日に、君は再び私の前に現れてくれた。今度は、私を永遠に自由にしてくれる力を携えて。覚えていますか?私をChaos社に引き入れてくれたあの日のこと」
 明人は頷く。
「ああ――もちろん覚えてるよ。あの日、俺はトラツグミと一緒に東京を散歩してた。んで、偶然燐花を見つけた。俺は幼稚園の時のことなんて覚えてなかったけど……なんか、ビビって来たんだよな」
「君から力をもらったことで、私は、大切な唯一の思い出だけを持って、過去を全て焼き払えたんです。あの時初めて、私は生きているんだと、未来に進めると思えたんです」
 燐花は明人の肩を掴んで揺する。
「だから!だから思い出してください、明人くん!私に光をくれた君を、どうか取り戻してください!」
 明人は強く燐花を見つめる。
「燐花」
 燐花は気の抜けた顔を見せる。そして明人が次の言葉を発する前に、椅子ごと明人を倒す。
「明人くん……どうにかして、バロンとあの子を仕留めないと……そのためには、もっともっと、この宇宙を歪めて、王龍の降臨の準備をしないと……!」
 燐花は部屋を出る。無論、ロックをかけて。

 ゴンサロバスケス
 零は一人、パナマを進み続けていた。向かい来る全ての敵を瞬殺しながら。
「世話のかかる人たち。ちゃんと自分から出た毒は自分で浄化してほしい」
 零がそうぼやくと、目の前に辛気くさそうな長身の男がいた。
「狂竜王の円卓の一人?」
 零が尋ねると、男は顔を綻ばせて答える。
「その通り。私の名前はシン。シン・エウレカだ」
 シンは鎖の巻き付いた巨大な剣を手元に産み出して構える。
「君は白金零、で合っているかな」
「うん」
 簡素な返事に、シンは苦笑する。
「相も変わらず、兵器然としているようだね」
「エンゲルバインに屈したあなたには同情を禁じ得ない」
「ふふ……今となってはあれも苦い思い出の一つでしかないよ。さて、話は変わるけど、君をこの先へ進ませるわけにはいかないんだ」
「多くを聞くつもりはない。互いに、役目を果たすだけ」
 零はトンファーを手元に産み出す。
「気づいているかい?この、中米という空間が、煉獄を模した場所になっていることを」
 零が頷くと、シンは笑う。
「悔い改める罪もない、か」
 シンが鎖を解き放ち、剣を振るって光の刃を放つ。零は瞬間移動してトンファーを腹へ叩き込み、冷気で杭を発射し、シンを貫く。
「流石に速いな……!」
 シンは後退して杭を引き抜き、剣で薙ぎ払う。光の壁が押し寄せ、零は籠手に持ち替え、激流を放って壁を砕き、氷剣と巨剣が激突する。
「私が相手じゃないならすごい剣技だと思う」
「お褒めいただき光栄、だね……!」
 巨剣を弾き返し、即座に打刀に持ち替え、シンの腹を切り裂きつつすり抜ける。シンは傷以上に生命力を大きく削られるが、堪えて零の背後へ巨剣から光線を放つ。零は軽く横に動いて躱し、杖を投げて瞬間移動しつつ、真上に飛んで打刀を振り下ろしつつ急降下する。シンはちょうどよく攻撃を弾き、勢いをつけて一回転しつつ一閃する。光の刃が尾を引いて竜巻のごとくなり、零は吹き飛ばされる。しかし、軽やかに受け身を取って着地する。
「アーリマンを復活させても、宙核には勝てない」
「わかっているさ、そんなことは。ユグドラシルの手足たる君ならよくわかっているはずだろ」
「月城燐花は、ただ利用されているに過ぎない」
「所詮、あの子は異常に美しいだけの一般人だ。偶然兄が始源世界の人間が化けた姿で、偶然空の器を通してヴァナ・ファキナの力を受け取っただけの、ね」
「いつの時代も、美少女を使った方が波風が立たないから。男も女も、儚げな少女が涙ながらに訴えかければ騙される。守りたいと思う」
「守られる側の方が圧倒的に攻めてくる者より狡猾だったとしても、ね」
「人間は事実に恣意性を持たせる。不都合な事実を、現実のものとして認めようとはしない」
「始源世界に住んでいた私たちからすれば理解しがたい概念だね」
 シンの言葉に、零は初めて笑みをこぼす。
「ふっ……一体、どんな気分でその言葉を口走ったの?不都合な事実をねじ曲げて生まれたのが神で、それをよく崇めたのはあなたでしょう」
「神は全てを解決する。それだけのことさ。狂竜王がいくら世界を平らげようとしても、我らの神は止められない」
「神は人の意志を越えられない。一個の生命として存在しないものに、与えられた役割以外を果たす権利はない」
 二人は再び得物を携えて、肉薄しては離れ、鋭い金属音が幾度も響き渡り、時に大地が割れ、裂けて泣き叫ぶ。
「もしかして、加減してくれているのかな?」
 シンが挑発すると、零は頷く。
「寧ろ、今までそのことに気付けなかったとか弱すぎ」
 零が氷剣を振るうと、地平線の彼方まで巨大な氷の連峰が隆起する。二度目で谷を産み出して、シンの行動範囲が大きく制限される。
「神の助けを待つのは、己の道を切り開けぬ弱者の言い訳に過ぎない」
 零が緩やかに歩行する。
「だが、世界の殆どは弱者さ。わかるかい?」
「全ての命は、目的を持って生まれてくるのは不可能だから。自分が弱くて嫌なら、強くなるか、もしくは自ら死ねばいい」
「それが出来ないから神にすがるんだろう?新たに神を産み出して、それが人を救う。人だけで完結しているはずだ。なんの問題がある」
「鳩の糞を踏むの、単純に不快だから」
「なんにせよ、私が神を疑ったことは一度もない。どれだけ王龍の奇跡の力や、君のあらゆる宇宙を破壊し尽くすほどの出力を見ても、神の力が上回ると信じている」
「じゃ、起こらない奇跡を願ったまま死ぬといいよ」
 零は一気に距離を詰め、籠手の裏拳でシンを消し炭にする。凄まじい量の水飛沫が上がり、雨のごとく降り注ぐ。
「時間の無駄」
 零はそう吐き捨てて、先へ進む。

 混沌中枢ミレニアム 礼拝堂
 タルトゥが礼拝堂へ入ると、ベルガとマゾルフが得物をぶつけ合っていた。
「え……あの……」
 彼女が困惑していると、横にローブの幼女が現れる。
「彼らは少し小競り合いをしているだけですよ」
「は、はぁ……」
「それよりも、アーリマン降臨のためにこの宇宙を歪めているせいで、この宇宙全域が異界化しようとしています」
「それって、どういうことですか?」
「厄介な妨害を受ける可能性があるんです」
 タルトゥは首を傾げる。
「厄介な妨害?」
「アーリマンはWorldBの大本を作り出した虚無の王龍……元々の行動原理を持たぬ、漂流する龍なのですが、それはつまり、外からの恣意性を受けやすいということです」
「えっと、つまり?」
「空の器のごとく、誰かがその力を狙っていてもおかしくないということです。それこそ、ヴァナ・ファキナを失った空の器もいることですしね」
「燐花さんたちに言った方がいいのではないでしょうか」
「いや、この世界には私の大好きなお人好しさんがいるのでね。あの人を私が導けば、あとは勝手に妨害者は死んでくれるはずです」
「それで更に世界の歪みが大きくなったりは……」
「計算に入れるには不確定要素が大きいけど、時間稼ぎにはなりますよ」
「結局、気にしなくていいってことですね?」
「そういうこと。雑談したくて、ちょっと話しかけただけ」
 幼女はジャンプし、転倒したマゾルフへ止めを刺そうとするベルガの黄金の剣を右手の魔法陣で受け止める。
「どうか剣をお納めください。心配せずとも、じきに宿敵との会瀬が訪れます。肝心の戦いの時まで、力は放たぬ方がよいかと存じますけど」
 幼女の澄んだ視線に気圧されたベルガは舌打ちしつつ剣を納め、その場を離れる。マゾルフが立ち上がり、体についた土ぼこりを払う。
「すみません、お手数をおかけしました」
 マゾルフが丁寧に礼をすると、幼女は微笑む。
「お気になさらず。ただ待つというのは辛いものですから」
 マゾルフは再度礼をし、礼拝堂から去っていった。

 ラ・エスメラルダ
 内海を凍りつかせ、零がその氷の道を進み続けると、砂浜に辿り着く。そこには、ミニドレス風の衣装に身を包んだ金髪の幼女が俯せに倒れていた。
「ん……あれは」
 零は見覚えのある後頭部に、幼女の下へ駆けつけ、起こす。
「起きて」
 揺すると幼女は目覚め、その紅玉のごとき目で零の顔を見る。
「白金……零……?」
「うん。あなたはマレ、合ってる?」
「合ってる……」
 マレは怨愛の炎によって切り裂かれた腹の傷が癒えていないようで、その設計思想に基づく戦闘不能状態に陥っていた。
「ん」
 零は自分の右前腕を差し出す。マレはきょとんとしたが、零が強く頷いたことで理解し、思いっきり腕に噛みついて血を吸う。腹の傷が瞬時に塞がっていき、みるみる内に肌の血色がよくなっていく。十秒も吸うと、マレは元気を取り戻して立ち上がり、零もそれに倣う。
「なんでアンタがここにいるの?」
「杉原君が情けないから、尻拭いのために戦ってる」
「ふーん。お互い大変ね。あの間抜けのために戦うなんて」
「……。楽しそうでなにより」
 零の言葉が図星だったのか、マレは勢いよく否定する。
「別にお兄とか全然、どうでもいいのよ!?本当はアタシはあんなバカ放っておいて好きに生きたいの!でもあいつがどうしてもって言うから付き合ってあげてるだけで!全然、どうでもいいの!」
「彼もあなたも私も、作り物の心だけれど、あなたたちは人間らしくて楽しそう」
「そういうアンタはどうなのよ。お兄がめちゃくちゃ執着してるのには理由があるんでしょ」
「私は……心はあるんだけど、抑揚が省かれてる。端から見ると無表情に近いと思う」
「ふーん。別にあいつのことが好きとかそういうことはないの?」
「……?単に使命だから関わりを持ってるだけで、それが無かったらどうでもいい」
 暫し二人は沈黙する。
「ねえ、アンタはこれからどこに行くの?」
「北上して一通り旧Chaos社を滅ぼす」
「それ、アタシも協力していい?」
「もちろん」
「ありがと。じゃあ少しの間よろしくね」
 二人は砂浜を離れ、氷の道を進む。

 ラスタブラス
「一つ聞きたい」
 二人は氷の道を渡りきり、静かな港町に到着する。
「何よ」
「月城燐花の人柄について」
 淡々と言葉を紡ぐ零に若干の絡みにくさを感じつつも、マレは答える。
「あいつはお兄が自分で雇ったやつで、どういう関わりでああなってるのか知らないけど、あいつはお兄の側近よ。この間のDWHとの戦いの直前に無明桃源郷の調査に向かったっきり、浄化の後も消息が掴めなかったんだけど……あ、質問に答えてなかったわね。あいつはお兄のことを異常なほど崇めてる変なやつよ。お兄のため、以外の行動原理が何も無いってくらいにはぶっ飛んでるの」
「ふむ。じゃあ、お礼に一つ教える。杉原君は、空の器って呼ばれてるのは知ってる?」
「もちろん。なんか周りのやつがよく言ってたわ」
「空の器は、無意識的に関わる者の力への渇望を刺激する。だから、願望が強ければ強いほど、杉原君が欲しくて堪らなくなる」
 マレは合点がいったように幾度か頷く。
「だからヴァナ・ファキナとかいうやつに取り憑かれてたんだ、あいつ」
「この世界での私の母さん……を操ってたエンゲルバインもそうだし、彼を慕う多くの人もそう。彼に自分の力を注いで傀儡にすれば、手軽に絶大な力が手に入るから、みんなが欲しがる。人柄でなく、その性質によって、だけど」
「それじゃ、まるでアタシとかゼナとかが打算的な理由であいつに仕えてるみたいじゃない」
「もちろん、例外はある。性質とか力とかどうでもよくて交際する人も、当然いる。自分の好きなように生きるのが一番だから」
「不思議なやつね、アンタ」
 二人はひたすら進んでいく。
「なんとなく、あいつがアンタのことをめちゃくちゃ慕ってるのはわかる気がするわ」
「そう」
「その素っ気ない態度とか、あいつがすごく好きそうだもん。ま、アタシもあいつのこと100%わかってるわけじゃないけどさ」
 海岸から離れ、段々と景色は炎に包まれてくる。
「っていうか、一体誰がこんな品のない攻撃してくるわけ?」
 マレが愚痴ると、零が淡々と答える。
「旧Chaos社」
「それはわかってるって!」
「煉獄になぞらえた敵が七分割で配置されてるみたい。ベタというか、なんというか」
「残ってるのは?」
「サンチアゴと、プエルトアルムエイェス」
「ぷえると……何?」
「プエルトアルムエイェス。国境の近くにある都市。そこが終着点」
「煉獄ってさ、炎の地獄ーみたいな感じでいいの?」
「罪を洗い清める場所。見神の領域に到達するために、不要なものを切り捨てる場所。それが煉獄」
「ふーん。ま、アタシたちには関係ないわね」
「うん。死ねば、それで終わり」
 二人は炎の中に暴れ狂う旧Chaos社の兵士を蹴散らしつつ、進み続ける。

 サンチアゴ
 旧Chaos社の兵士が隊列を組んで進んでいると、道端にゼナが倒れているのが見えた。兵士たちは即座に接近し、反応が無いことを確認するとゼナを持ち上げ、運ぶ。だが、その進路を氷壁に塞がれ、怯んだ瞬間に五つに斬り捌かれ、兵士たちは崩れ落ちる。マレが手の埃をはたきおとし、零が落下するゼナを抱える。
「危ないわね、こいつって結構強いから、お兄を人質に敵に回られたら厄介だったわ」
 マレがそう言うと、零がゼナの顔が見えるように乱れた前髪を分ける。
「犬みたいな顔」
「それ、バカにしてない?」
 零がゼナを揺すると、彼女は朧気に意識を取り戻す。
「ん……にゃ……?」
「あざとい」
 ゼナの寝起きの反応に、零は素早く返す。そしてゼナはぱっちりと翠玉のごとき瞳を見開く。
「んなぁ!?白金零!?」
 ゼナは余りに驚いて暴れ、零の手元から落っこちて尻を強打する。
「なぜお主がここにいるのじゃ!」
「ここがどこかわかっている?」
 零に言われて、ゼナは立ち上がりつつ周囲を確認する。
「はてな」
「まあいい。少しの間協力して。そうすれば、宙核の下へ送ってあげる」
 ゼナはその提案を渋ったような反応をし、マレへ視線を送る。マレは肩を竦めて首を縦に振る。
「わかったのじゃ。しばし、お主に命を預けるぞ」
「うん」
 零は頷き、三人は再び先へ進む。
「にしても、ほんと零がいると楽ねー」
 マレが呟くと、ゼナが反応する。
「お主、こやつと行動を共にしておったのか?」
「まあ、ちょっとだけね。ねね、聞いてよ。中型クラスの悪魔兵も瞬殺するのよ、こいつ」
「今さらじゃろ。主のこやつへの執着っぷりを見ればすぐわかる。万物の霊長とまでは行かずとも、世界を変える程度のことなど造作もないはずじゃ」
 ゼナが零と歩調を揃える。
「ん」
 零がゼナを見下ろす。
「のう、主は今どうなっておる」
「旧Chaos社に囚われた」
「ぬう……わしらが不甲斐ないばかりに」
 零は深く悔やむゼナを見る。
「奪われたものは、取り返せばいい。それだけのこと」
 ゼナは零を見上げる。
「ぬ……お主がそう言うことを言うタイプだったとはのう。確かに、その通りじゃな」
「ん。そのためには、さっさとここを制圧しないと」
「うむ」

 混沌中枢ミレニアム
 椅子に縛られた明人は、縄をほどくことも出来ずにかなりの長時間そのままでいた。不意に扉が開き、明人は頑張って動いて来客を確認する。その来客は、なぜか生足で、しかも異様に艶かしく、視線を上げるとそのまま色々見えそうな過激な装束をしていた。パッと見で言えば、裸にローブを纏っているだけの美幼女が、明人の眼前にいた。
「ふふ」
 明人が無意識に性的な視線を送っていることに気づいたのか、幼女は微笑む。
「気になりますか?このローブの下がどうなっているのか」
「はい!気になります!でもそれより先にこの縄ほどいてくれませんか!」
「もちろんです、ふふ……」
 幼女は右手から光の刃を産み出して、それで縄を斬る。やっと解放された明人は立ち上がって肩を回して音を鳴らす。
「ありがとうございます。あのー、あなたは一体?」
 明人が謎にかしこまって訊ねると、幼女はフードの隙間からワインのごとき赤紫の瞳を覗かせる。
「月城燐花の願いを果たすために集められた、円卓の一人です。それだけ知っていれば十分かと」
「燐花の手下の人が何の用なんですか?」
「かしこまらなくて大丈夫ですよ、ふふ。実は一つ、してほしいことがあるんです」
「な、なんでしょう……じゃなくて、なんですか?」
「それはですね……」
 幼女は見た目にそぐわぬ妖艶な動作で耳打ちし、明人は目を見開く。
「い、いやいや!流石にバレたらまずいのでは……?」
「でも、あなたは彼女を救いたいはずです。あなたがアリアさんに救われた時に決めたことは、ただ一つ。罪を、償うこと。あの子はあなたによって人生を狂わされた。例えそれがあなたを依代とした、ヴァナ・ファキナのせいだとしても」
「……。あなたは一体……」
 明人が幼女から発せられる堂々たる意思に逡巡する。それに感づいたのか、幼女は朗らかな笑みを見せる。
「すみません、少し気圧してしまいましたね。鍵は開けておきますので、後は決心がついたらお行きください」
 幼女は軽く礼をすると、部屋から出ていった。
「めっちゃいい匂いした……」
 明人は暫し惚けた顔をしていたが、ふと我に返る。
「あれ?鍵開けっぱってことは……やらざるを得ない状況にさせられてる?」
 明人はほんの少しだけ躊躇い、そして力強く部屋の外へ駆け出した。

 プエルトアルムエイェス
 旧Chaos社の兵士は三人の侵攻を必死に止めようと奮戦していたが、余りにも歴然とした力の前に蹂躙されていた。
「なんじゃ、雑魚ばかりじゃのう」
 ゼナが放り投げた槍を手元に戻す。
「油断しないの。何が起きるかわからないんだから」
 マレが指先と爪先で敵を切り裂きつつ答える。二人が前を見ると、零が一瞬で大群を葬り去っていた。
「あれを見たら油断したくなるじゃろう。わしらの主と違って、負ける心配がないしの」
「まあ、そうね……」
 二人が駄弁っている間に、敵の大将らしき巨大な悪魔も秒殺され、消えてなくなる。
「あいつ一人で旧Chaos社とか余裕で壊滅させられるんじゃないの?」
 マレがそう言うと、零が二人のもとへ戻ってくる。
「帰ろう」
 ただ一言、零がそう告げる。
「お主はこれからどうするのじゃ。出来ればわしらが主を奪還するのに協力して欲しいものじゃが……」
 ゼナの提案に、零は首を横に振る。
「残念だけど、私が干渉していいと言われたのはここまで」
 零は杖を手元に召喚し、それで空間を十字に切り裂く。
「宙核のところに繋げた。杉原君に会ったら、『あなたのことなんて眼中にない』って伝えて」
 マレが苦笑いする。
「お兄のただの片想いってのがよくわかったわ。ありがと、白金」
 そして次元の裂け目へ入る。
「今だけはお主が味方で本当に良かったと思っておるぞ。いずれ、決着をつけねばならぬとしてもな」
 ゼナはそう告げて、マレに続く。零は二人を見届けたあと、裂け目を閉じる。背後に感じた強大な気配で、零は振り向く。そこには、ノアが立っていた。
「偽りの王龍から産まれし、真の王龍……」
 零がノアへ視線を向けると、ノアは嘶き、蹄を大地に穿つ。
「強者……」
 ノアは呟く。
「哀れな。自らを龍と騙る者は竜になれず、立場に媚びず力を追い求めるものは真の龍となる」
 零は竜化し、寂滅の姿へと変貌する。
「ならば私はあなたの力を測ろう。純然たる力が、どれだけの魂を発するのかを」
 寂滅が地面を叩くと、激甚な氷の波濤がノアへ襲いかかる。ノアは槍を手に氷を打ち砕き、重いエネルギーの刃を振り下ろす。左腕で槍を迎え撃ち、鴻大の衝撃が響き渡る。
「ふむ」
 寂滅は槍を押し返し、素早く身を翻して鉄山靠を決めてノアを吹き飛ばす。更に右手で地面を掴み、振り上げて氷の連峰を隆起させる。そのままの勢いで咆哮し、上空から巨大な雹をいくつも降り注がせる。ノアは躊躇い無く力を解放し、雹を破壊して、寂滅へ突進する。牽制に、その役割を負うには過剰すぎる闘気を放ち、全く怯まぬ寂滅と再び得物をぶつけ合う。空いている片腕でノアの腹に強烈な拳を叩き込み、槍を弾き返し、寂滅は大きく構える。そして右拳を振り下ろし、衝突するともに地面から水が溢れ出し、そして瞬時に氷結する。更に左拳で殴り付け、また凍る水が溢れ、口から凍る水の塊を吐きつけ、最後に衝撃を伴うほどの咆哮で氷結したノアを破砕しつつ吹き飛ばす。ノアは受け身で着地し、自分の破損した体を見る。
「まだ、足りぬか……」
 寂滅はノアを見やる。
「あなたは若い。強さを求めるのなら、もっと突き詰め、生き急ぐべき」
「より強きを求め、魂を込めて覇道に堕ちよう」
 ノアは傷を修復すると、先程より外見が刺々しく変化する。
「ふっ……なら、少しくらい付き合おうか」
 寂滅は体から放つ冰気を増やし、辺りが凍りついていく。そして暫しの間、両者は戦い続けるのだった。
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ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

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お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

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幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

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魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

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