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三千世界・再誕(8)

第三話 「割り開いたカプレーゼ」

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 世界独立機構アフリカ
 陽が大して傾かぬ内に二人は南アフリカに位置する独立機構の本部まで戻ってきた。
「んー?誰だろ、すごく綺麗な人がいるよー?」
 ホシヒメが指差す方向には、独立機構を囲む巨大な壁の前に立つ、黒髪の少女――月城燐花――が立っていた。
「クラエス。やつはバロンからの資料に記載されていた、旧Chaos社の指導者と外見が一致する」
「えっ、ほんと!?じゃあ半殺しにぶっ叩かないと!」
「待て!独立機構は新生Chaos社はともかく、旧Chaos社へは当然恨みが晴れていない。大将首がここに居るということは、相応に警戒した方がいい」
「じゃ、じゃあどうしよっか?」
「俺が一人で奴に攻撃を仕掛ける。貴様は、奴らにもし予備戦力があれば加勢してこい。俺より貴様の方が勘が鋭いからな」
「わかった」
 二人は頷き合い、ゼロは燐花の真正面へ瞬間移動する。
「ひゃっ……!」
 燐花は突然現れたゼロに驚くが、それほど取り乱さず旗槍を手に取る。
「やっと来ましたか」
 ゼロは燐花の言葉に即座に反応する。
「俺たちを待っていたのか。独立機構が目障りなら、既に滅ぼせていたはずだが」
「必要な手筈を整えてから一気に叩き潰す。それがChaos社のやり方でしてね」
「世界の滅亡が貴様らの目的だったか。独立機構が居なければ新生Chaos社は今の形を失うとでも思っているのか?」
「ふふっ、そんなことはどうでもいいんですよ。明人くんさえ元に戻れば、Chaos社は何度でも蘇りますから」
「……」
 ゼロは鋭い視線を向ける。
「貴様、Chaos社など本当はどうでもいいのだろう。杉原のことしか見えていない風に見えるぞ」
「え、えへへ。そうですか……?やっぱり、明人くんは私にこそ相応しいですよね!」
「色狂いが。下らん情愛は技も、人生も曇らせるぞ」
「色狂い?違いますよ。私は、陽の当たる場所でしか生きられない、ただそれだけですよ?」
「陽の当たる、場所か……」
 ゼロは僅かにその言葉に反応する。
「わかりますよ、あなたの気持ち。あなたも私と同じように、太陽のように輝く大切な人のお陰で、ここにいるんですよね。だとしたら、わかるはずです。いつもの笑顔で迎えてくれるはずの大切な人が、ある日突然、私を全否定するように変貌しているんですよ?そんなの……絶対に許せませんよね!」
「貴様は杉原のことなど思っていない。ただ自分が愛しいだけだ」
「そうですか。ま、明人くん以外の生物なんて全部どうでもいいんですけど」
「こちらは仕事で来ているのでな。貴様を捕らえ、事情を聞かせてもらおう」
 ゼロが刀を産み出す。燐花は旗槍を構え、空いたもう片方の手で腰に佩いた光輝く剣を抜く。
「ほう、それが件の騎士王の聖剣とやらか。アルメールからは折られたと聞いていたが……」
「……?」
 燐花はゼロの言葉を理解できていないようだったが、両者はそれ以上何を言うでもなく、互いの得物を叩きつけ合う。ゼロは急速に後退し、突進しつつ抜刀する。燐花は聖剣から闘気をブースターのように産み出して躱し、旗槍を片手で振り下ろして地面を爆発させる。ゼロが爆風を十字に切り裂き、空間の歪みを放つ。燐花は咄嗟に防御するが、その攻撃の性質を理解した守りで無いために連続で真空刃を受ける。容赦なく攻撃を重ねられるが、往なし、反撃しようとした瞬間、圧倒的な速度で抜刀攻撃を放たれ、裂かれた空間に飲まれた燐花の動きは一瞬止まる。ゼロは氷剣と刀を同時に構え、力む。
「打ち砕け!〈ギガマキシマムドライバー〉!」
 そう叫ぶと同時に、ゼロは凄まじい速度で回転しつつ怒涛の斬撃を燐花へ叩き込み、止めと言わんばかりの凄絶な氷剣の一閃で吹き飛ばす。氷剣を砕き、刀を消す。受け身を取った燐花がゼロへ視線を向ける。
「余裕の無い攻めですね」
「戦いに余裕など要らん。俺が戦いを楽しむのは、好敵手との死合いのみ」
「ふん」
 燐花が武器を構え直す。
「とも、ですか……私には、そういう人はいませんでしたね」
「女。貴様が杉原を望むなら、どんな障害をも越えてみせろ。自らの道を、自分で切り開け」
 ゼロは焔を纏った籠手を装着する。
「俺に愛や友情を理解することはできない。だが、貴様の意志の強さはよくわかる。ならば……その意志の強さを、より強く、気高く磨き上げてみせろ!」
 そして、蒼い闘気が辺りを包む。
「くっ……」
 燐花が逡巡する。
「腑抜けたか」
「ふふ、ふふふ……」
 不気味な笑みを燐花が見せると、上空から鎧に身を包んだ絶世の美男が落下し、着地する。
「やはり伏兵がいたか」
 ゼロがそう言うと、美男は立ち上がり、その端正な顔を見せる。
「ん……?貴様、アルメ――」
「僕は月城亮。燐花の兄だよ」
 亮はゼロの言葉を遮るように告げる。そして、腰から肉厚の長剣を抜き、それが閃光を放つ。
「妹だけで君の相手は少々荷が重いようだからね」
「そんなにお望みなら、もう一度地獄に送ってやろう、アルメール!」
 両者の得物が激突すると、先ほどとは比較にならぬほどの衝撃が生まれる。
「(まずいな……)」
 危機感を覚えたゼロは、全身から力を放つ。

 王龍結界 ディーペスト・アーマゲドン
 周囲の雰囲気が一気に変わり、蒼く輝く黄金の破片が舞い散る空間へと変貌する。
「おやおや……」
 亮がゼロの拳を弾き返し、肘を突き出して押し込みつつ、閃光を纏った薙ぎ払いを放つ。ゼロは刀の腹でそれを受け、大きく後退する。
「貴様は何がしたいんだ、アルメール……!」
「誰のことかな。僕には全くわからないが。僕はあくまで、燐花の人生を応援したいだけさ」
「貴様がそんな理由で意味もなく来るわけがない……」
「さっきから君は誰のことを言ってるんだい」
 ゼロが亮から僅かに目を離すと、いつの間にか燐花の姿は無かった。
「どうなっている……」
「おや、意外と言いつけは守るんだね、燐花」
「なぜ貴様はここにいる」
「まだ聞くのかい?……ああ、お前になら喋ってもいいか。どうせ目的に関係ないことに首を突っ込まないからな」
 亮は放つ気配を一気に変える。
「意図的に全力が出せないとは言え、ヤソマガツをほぼ一方的に仕留めたその強さ、見事だった。その功を称えて、なぜここにあの女と俺が来たか教えてやろう。燐花は、改心するまえの杉原の理想を叶えるために、様々な世界から次々と力を集めている。お前も王龍なら聞いたことがあるはずだ、虚無の王龍、アーリマンの名を」
「ニヒロの盟友と呼ばれるあの竜か。というより、そいつは貴様の友だろう、アルメール」
「こほん。アルメールじゃなく?」
「……。月城亮。そいつは貴様の友だったはずだ」
 ゼロが呆れ気味に訂正すると、亮は続ける。
「まあ、僕にとってアーリマンがどうかはどうでもいい。並みの宇宙なら作り替えるほどの力を持つものを始源世界から呼び起こすには、その世界に見合うローカライズが必要になる。それが、原初世界での九竜であり、竜王種の皇子として生まれたお前でもある」
「それが、貴様たちがこの世界の各地で暴れている理由か」
「そう。アーリマンを呼び起こすには、この世界を大いに歪ませ、淀みで満たす必要がある」
「……。俺がその情報を、バロンに伝えるとわかった上での言葉か」
「さあ?僕が本当のことを言っているという保証もない。全ては君次第と言うことだが」
「ふん……俺は公務で竜世界に帰る。これ以上、この動乱で貴様と戦うこともない。貴様の目的に対する真摯な姿勢は信じている」
 ゼロが結界を解く。

 世界独立機構アフリカ
「見逃してやる。どこへなりとも逃げるがいい」
「いいのかい?」
「貴様は敵を作りすぎだ。俺が手を下さずとも、いずれ死ぬ」
 ゼロの言葉に亮は微笑み、すぐに姿を消す。そこへ、ホシヒメが駆け寄ってくる。
「クラエス。なぜ加勢してこなかった」
 ホシヒメはゼロの方を見る。
「それがね!ずっと邪魔が入ってたから、その人たちを倒して回ってたの!」
「わかった。何か変わったことはあったか」
「指揮官クラスの人が何人か……えっと、四人?いたかな。ちょっと逃げられちゃったんだけどね」
「追うぞ、クラエス」
「おっけー!」
「それで、逃げた方向はわかるか」
「そうだねぇー……東の方、かな」
「東……」
 ゼロが顎に手を当てる。
「確か、先の戦いで狂竜王が放った槍の爆心地が、アフリカ東部だったはずだ。独立機構やバロンが言うには、星骨焦土と呼ばれる危険地帯らしい」
「なるほどぉ……で、どういうこと?」
「浄化しきれぬほど無明の闇に侵食されていたということだろうな。俺たちのような、純粋な竜にはさほど関係の無いことだ。行くぞ」
「うん!」
 ホシヒメの大変元気のよい返事に、ゼロは少々ノイローゼになりつつも道を急ぐ。
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