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三千世界・再誕(8)

第二話 「滑つく因縁」

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 ヨーロッパ地区・作戦用道路
 装甲車が雨上がりの道路を駆け抜けていく。広々とした後部座席で、レイヴンとアーシャが並んで座り、バロンと対面していた。アーシャが口を開く。
「イギリスに何の用で向かうんですか?」
「……イギリスでは最近、旧Chaos社の勢力と思われるテロ組織に度々襲撃されている。彼らは地下の、〝トゥルースアヴァロン〟と呼ばれる地域に本拠を構えているのだが、今までは首魁の正体が知れなかったために手を出せなかった。だが、月城兄妹が恐らく旧Chaos社を率いていると仮定できた以上、奴らを揺さぶるために、イギリスの旧Chaos社を完膚なきまでに叩きのめす」
「それで私たちにお仕事を振ってくださったんですね」
「……君たちとは知り合って日が浅いが、その実力は評価している。是非とも、存分に力を発揮してくれ」
 装甲車が止まる。運転手がバロンたちの方を向く。
「支部長、前方を塞ぐ人物が」
「……わかった」
 バロンは二人に目配せし、装甲車を降りる。車の前方には、赤紫のツーサイドアップの少女と、灰色の長髪の男が立っていた。二人は共通の規格の黒い鎧に身を包んでいる。
「……何者だ」
 バロンの言葉に、少女が答える。
「あたしたちは旧Chaos社のシュルツとグワウル。お前らを待ってたのよ。あたしたちに刃向かう愚か者を、殺すためにね」
 シュルツが腰に佩いた剣を僅かに抜く。
「どうにも納得が行かぬようなのでな。力ずくででわかってもらう」
 グワウルも背の長剣に手をかける。
「……ふむ。では、レイヴン。君はどちらの相手をしたい」
 バロンが訊ねると、レイヴンは両腕を組む。
「そりゃもちろんレディの相手を――」
 言い終わる前にアーシャがレイヴンの頬を背伸びしてつねる。
「いててて。わかったわかった。男の方を任されたぜ」
「……」
 バロンは頷き、一行はそれぞれの相手の前に立つ。
「お前がバロン……噂通りの偉丈夫ね」
「……お前たちの目的はなんだ」
「あれ?話聞いてた?お前を殺しに来たの。そんなことも覚えられないの?」
「……わかった」
 バロンは目にも止まらぬ速度で肉薄し、加減なしの撃掌を叩き込み、シュルツが冗談のような速度で後方に吹き飛ばされる。
「……なぜ防御しない。こんな見え見えの攻撃も防げぬようでは、僕を殺すなど不可能だ」
 シュルツは起き上がり、口に貯まった血を吐き出す。
「いきなりご挨拶じゃない!まだ手ぇ出していいなんて一言も言ってないけど!?」
「……話にならんな」
 シュルツが抜刀し、赤黒いオーラを纏わせて突きを放つ。バロンが僅かに力んだ瞬間に漏れ出た闘気の波だけで突きは弾かれ、仰け反ったシュルツの剣をへし折り、頭を掴んでそのまま地面に叩きつける。バロンが手を離すと、見事にシュルツは伸びていた。
「……」
 バロンがレイヴンの方を見ると、グワウルの直線的な攻めを徹底的に往なす姿が見えた。
「おい!もっと本気で当てに来いよ!」
 レイヴンが煽ると、グワウルは鋭く剣を振るう。
『レイヴンさん、煽ってないでさっさと倒してください!』
 剣の姿になったアーシャがそう言うと、レイヴンは着地する。
「仕方ねえか」
 両者が剣をぶつけ、火花を散らす。
「貴様……!」
「二人揃って血の気が多いな。もっと肩の力抜けよ。生き急ぐのも悪かねえが、その場に合ったテンションの出し方を覚えねえと勝てねえぜ」
 グワウルの剣を往なし、レイヴンは剣を籠手に変えて強烈なパンチを腹に叩き込み、グワウルは気絶する。
「バロン、こっちは終わったぜ」
 レイヴンがバロンの方を向く。
「……ああ。彼らには後で情報を吐いてもらおう」
 道路の脇にいたChaos社の兵士が手早く二人を拘束し、運ぶ。レイヴンはアーシャを人間の姿に戻す。
「力量差が余りにも明らかな……蟻と象が戦うようなものでしたよ。彼らの鎧の装飾は中々派手だったので、てっきり将かと」
「時間稼ぎにしたって弱すぎたしな。なあバロン、どう思う」
「……そうだな、判断材料が少なすぎるが……同じ規格の鎧をつけていたということは、彼らは烏合の衆というわけではなく、ある程度統率のとれた集団ということくらいはわかるな。その上で君の疑問に答えるのなら、彼らは自分の意思でここにいたのだろう」
「ほう。というと?」
「……僕が知らないところで、因縁をつけられているのかもしれないな」
「ま、あんたは人気者だからな」
「……君ほどじゃないさ」
 会話を終えると、さりげなくアーシャがレイヴンと手を繋ぎ、一行は装甲車に戻る。再び装甲車が動き始め、レイヴンは座って足を組む。
「しっかし、容赦ねえな。さっきの子、結構可愛かったぜ?」
 バロンもゆっくり席につく。
「……性差がどうであれ、力量の差がどうであれ、戦いに臨んでいる以上、勝者以外は正しくはない。それだけのことだ」
「そういうもんかねえ」
「……無論、日常生活でならどう動いても構わないが、あいにく僕はエリアルにしか興味がなくてな……」

 イギリス区・オブリビオンアヴァロン
 海を渡り、港についた一行は辺りを見渡す。
「前の戦いのときとそう変わらねえな」
 レイヴンが呟く。
「……まあ、リスク回避のために社員も一般人も退避させたからな。遠慮なく全力で戦ってくれ。コラテラルダメージは考慮しなくていい」
「もちろん、元からそのつもりだぜ」
「……ならいい」
 二人が会話を終えると共に、僅かに乾いた風に乗った白砂が漂ってくる。
「あれ……?」
 アーシャが砂粒を掴む。
「砂漠みたいな、乾いた砂……」
 レイヴンが顔をしかめる。
「嫌な予感がするぜ。俺から離れるな、アーシャ」
「はい……」
 アーシャがレイヴンに抱きつく。一行が前方を見つめていると、一瞬世界が白ける。

 茫漠の墓場
 視界が元に戻ると、周囲は白砂の砂漠に立っていた。
「……ここは……」
 バロンの言葉に答えるように、彼方から大柄な骸骨騎士が歩み寄ってくる。
「ようやく見つけたぞ、我が化身」
 骸骨騎士はレイヴンを見つめ、腰に佩いていた大剣を抜く。
「誰だ、あんた」
 レイヴンがアーシャを自分の背後に回らせつつ訊ねる。
「我は消え得ぬ者」
 骸骨騎士は口を開き、同時に頭部から赤い光が漏れ出る。
「貴様を作りし者、そして万物の支配者である」
「で?目的はなんだ。俺たちは別件で忙しくてね。骨の相手をしてる場合じゃねえんだ」
「我の手に戻れ。貴様に拒否権はない」
「生憎、おっさんは趣味じゃなくてな」
「ならば、力ずくで行くまでの事」
 消え得ぬ者は瞬間移動し、背後を取ってアーシャを狙う。レイヴンは瞬時にアーシャを剣に変え、打ち合う。
「相棒から狙うたぁ随分なご挨拶じゃねえか」
「貴様、その姿を取っていながらまだ子種すら植え付けておらんとは……!」
 消え得ぬ者は何かが気に障ったのか、異常な怒気を宿してレイヴンを吹き飛ばす。レイヴンは軽やかに受け身を取り、立ち上がる。
「あんたが俺の何を知ってんのかはどうでもいいが、今のところアーシャはそういう対象じゃなくてな」
「貴様は我の復活の贄さえ用意すればそれでいいのだ。貴様に自我など要らぬ!」
 消え得ぬ者が姿を消し、背後から斬りかかる。レイヴンが剣で応戦するが、反撃を受ける前に上空へ移動し、突きを放つ。魔力の剣を展開して突きを往なし、拳銃から弾を数発放ち、消え得ぬ者がそれに反応を示さずに剣からシフルの刃を放ち、素早くレイヴンは刃を打ち落とし、強烈な突きを放って、さらに電撃を叩き込んで吹き飛ばす。
「貴様、我のことが本当にわからぬと言うのか」
「骸骨と関係を持った記憶はねえな」
「おのれ……」
 消え得ぬ者はバロンへ視線を向ける。
「全て貴様のせいで……貴様さえ居なければ我は全てを手にしていたと言うのに!」
 バロンは腕を胸の前で組む。
「……そうか、お前がエリアルの言っていた……ならば、生かしておく理由もないか」
 バロンは腕をほどき、レイヴンと並ぶ。
「おっ、あんたも戦うのか?」
「……ああ。こいつを生かしておくのは、我々へのデメリットの方が大きい」
 二人が並んだ様子に、消え得ぬ者は剣を納める。
「分が悪いか……」
 バロンが間合いを一気に詰め、強烈な正拳を叩き込み、そのまま手刀を振り下ろして衝撃波をぶつける。消え得ぬ者は吹き飛んだ勢いでそのまま消滅した。

 イギリス区・オブリビオンアヴァロン
 同時に景色が元に戻る。
「……ちっ、逃がしたか」
「あんたの知り合いか?」
「……まあ、知り合いと言えば知り合いか。気にしなくていい。先へ進むぞ」
「あいよ」
 レイヴンはアーシャを元に戻し、先へ進むバロンに追随する。
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