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三千世界・再誕(8)

序章 永訣の午前

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 ※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。



 ……。此度の話はどうだったろうか。退屈してしまったのなら謝ろう。これから話すのは、正史の一度目の浄化の後の話。混沌の残滓がもたらした、哀れな仇花の物語だ。

 セレスティアル・アーク
「うにゅう……」
 明人が自室のベッドで寝ていると、日光が射し込むと共に体を揺すられる。
「うにゃ……トラツグミ……あともうちょっと寝させて……」
 往生際悪く剥ぎ取られそうになった布団を取り返そうとすると、渾身の力で布団を持っていかれ、そして手をパンと叩かれ、その破裂音で飛び起きる。
「おはようなのです、明人くん!」
「はいぃ……?」
 寝ぼけ眼で明人が前を見ると、蒼白色のツインテールの少女がいるように見える。
「誰……?」
「もうっ、おはよーなのです!んっ!」
 少女は流れるように距離を詰めて明人の唇を奪う。そしてすぐ離れる。流石に明人も目が覚め、そしてなぜか布団で体を隠しながら後退する。
「え、なんでアリアちゃんここにおるん!?」
 アリアは朗らかに笑う。
「なんでって、私はここに住むって決めたからなのです!そんなことより、早く食堂行かないと、マレちゃんたちに食べられちゃうのですよ?」
「あ、ああ……うん」
「ふふっ、明人くんはのんびりさんなのですね。私が先に行ってご飯を準備しておくので、早く来るのですよ?」
 アリアは立ち上がり、部屋から出ていく。
「そっか、俺は……やっぱ慣れないな、普通に平和なのって……」
 明人は自室から離れ、欠伸をしつつ食堂へ向かう。ふと立ち止まって、窓から外を見る。当然、セレスティアル・アークは超高空にあるため、ただ青く光る空が見えるだけだった。
「力を失った俺は、一体何のためにまだ生かされてるんだ……あの戦いから、零さんとも連絡つかないし……」
 目を伏せ、そして開いて、再び食堂へ向かう。食堂の扉を開くと、マレとゼナが同時に取ろうとして躍動感を得たエビフライが見えた。ゼナが素早く口でエビフライを迎えに行き、一気に尾まで頬張る。エビフライを咥えたまま、ゼナは明人の方を向く。
「ほぉふぁようなのひゃ、ふぁるじ」
「おはよ、ゼナ。マレも」
 明人がマレの方を向くと、マレは焼いたほっけをおかずに白米を掻き込んでいた。明人が席につくと、アリアがその横に座る。
「調子はどうなのです、明人くん?」
 アリアが顔を覗き込むように訊ねると、明人は顔を逸らす。
「ダメじゃぞ、アリア。主はわしらのような兵器か、社の同僚としか会話をせぬゆえに、生身のおなごと会話するのに慣れておらんのじゃ」
 ゼナが外野から茶化す。それを聞いてアリアは微笑む。
「大丈夫なのです。これから仲良くなっていければ、それでいいのです。ね、明人くん」
「ふぇっ!?あ、ああ、そうだね」
 明人がすっとんきょうな声を上げて驚き、ゼナとマレがその反応に思わず吹き出す。
「ぶふっ……お兄……ぷぷぷ……」
 マレは笑いを堪えきれずに両手で口を塞ぐ。
「バカにしやがってお前ら……まあいいや、ご飯を食べよう」
 テーブルには、トラツグミが用意したであろう白米や、味噌汁など、バランスよく食事が備え付けられていた。
「じゃ、わしらはここでお暇するのじゃ。主、せいぜい人見知りが治るよう頑張るのじゃぞ」
 ゼナとマレは立ち上がり、食堂を後にした。
「ったくあいつらは……」
 明人が呆れたようにそう言うと、アリアが続く。
「ふふ、みんなとっても仲良しなのですね。見てて少し羨ましいのです」
「そう?あいつら見た目は可愛いけど減らず口ばっかだぜ?」
「それだけ気のおけない仲ってことなのですよ。あの二人は、それぞれ別の立場から明人くんのことを助けようとしてたのです。その二人がちゃんと、明人くんと仲良く暮らせてるのは、すごいことなのですよ?」
「まあ……あいつらなりに俺に気をつかってくれてるんだろうなぁ……」
「そう言えば、明人くんは今日何をするのです?」
「他の支部長たちと世界の復興作業の行程とかを話し合う予定だけど」
「ついていってもいいのです?」
「うん」
「じゃあ、早くご飯を食べ終わった方がいいですね」
 二人は談笑しつつも、食事を続けた。

 セレスティアル・アーク 地下庭園
 拳が激突する。片方は赤い竜の鱗に覆われた腕で、もう片方は金属製のガントレットのようなものを付けていた。
「HAHAHA!中々やるじゃんYO!」
「イェーガー……!」
 トラツグミとイェーガーが拳を離し、距離も離す。
「あの戦いの最中、連絡が途切れ……シャングリラで行方不明になったと思っていましたが……まさか、我々に反旗を翻すとは」
 トラツグミがそう言うと、イェーガーは笑う。
「俺はただ、大将のために動いてるに過ぎない。なんせ元々傭兵だからネー」
「くっ……」
「さて、てめえさんにはここで死んでもらうぜぇ……!」

 セレスティアル・アーク
 ゼナとマレの二人が廊下を歩いていると、前方から邪気の混ざった気配を感じ、ゼナが槍を手元に呼び出す。
「マレ、お主にも伝わっておるか」
「うん。今日は来客の予定もないはずだし」
 ちょうど二人が居る場所は広間で、気配は向かいの扉が開いた瞬間に眼前に現れた。そこには、男女の二人組がいた。両方とも黒髪で、絶世の端麗な容姿をしていた。
「月城兄妹……まさか生きておったとはな」
 少女はゼナの言葉に僅かな笑みを返す。
「もちろん、明人くんを取り戻すためです。何があったのかは知りませんが、あんなに滅びを望んでいた明人くんが、諦めるなんてことがあるわけがない」
 マレが臨戦の構えを取る。
「残念だけど、お兄はもう改心したのよ。生憎、ね」
 青年が少女の前に出る。
「燐花、ここは僕に任せてくれ」
 燐花は頷く。
「兄さん、任せましたよ」
 二人の間を抜けようとする燐花に向けて、ゼナが激流を放つ。しかし、青年が放った炎で水は打ち消され、そしてフィールドを張るように炎が三人を包む。
「亮、アンタもおめでたいわね」
 亮と呼ばれた青年は、懐から懐中電灯サイズの鉄の棒を取り出し、そこから青い炎が吹き出す。
「そうかい?」
「もうアタシたちは世界の滅びなんて望んでないわ。昔のChaos社はもうないの」
「ふふふ……僕にとってはどうでもいいことさ……何にも興味はないからね。せめて妹のために、この身を捧げるのさ」
 亮の放つ独特の雰囲気にマレは気圧される。
「怯むでないぞ、マレ。主も、いざとなれば逃げる手だてくらいは持っておろう……」
「そうね……今は、こいつを倒すことに集中しなきゃ」

 セレスティアル・アーク
 明人とアリアが並んで廊下を進んでいると、目の前に燐花が現れる。
「明人くん……!」
 燐花は顔を綻ばせて駆け寄ろうとするが、横にいるアリアに視線を移して立ち止まる。
「誰ですか、それ」
 一気に冷めた声色でそう告げると、二人は警戒する。
「明人くん、この人は……?」
「俺んとこの部下の一人だよ……でも」
 燐花は鉄槍から旗のように紅い炎を吹き出させ、火を放つ。
「これは……」
 明人は炎の正体を即座に察し、アリアにカードキーを渡す。
「アリアちゃん、これを使って研究室に行ってくれ!」
「えっと、明人くんはどうするのです!?」
「俺のことはいいから!」
 明人の鬼気迫る表情に負け、アリアは言われたように駆け出す。
「へえ、命を危機を感じたときに迷わず逃がすくらい、あの子が好きなんですか?」
「あの人は俺の恩人だ。それだけのことだ」
「恩人?あの子のせいで君は変わってしまったんですか?」
「お前はどう思いたいんだ、燐花」
 燐花は旗槍を振り、凄まじい熱気が廊下を包み、怨愛の炎が天井まで走る。
「明人くんが元に戻るまで、ちゃんと思い出してもらわないといけないみたいですね」
 そして燐花が瞬時に距離を詰め、強烈な拳を明人の腹に叩き込む。一撃で意識を持っていかれそうになるが、明人は意地で堪えて距離を取る。
「……。ヴァナ・ファキナの力を失ってしまったんですね、明人くん。でも安心してください、私は明人くんの力も、理想も目当てじゃありませんから」
「へ、へへ……」
 明人は笑う。
「……?どうしたんですか、明人くん」
「いや……はは……ただの人間に今のパンチは……ちと……ヘビー過ぎるって思って……さ……」
 明人は正面から倒れる。燐花は片腕で明人を抱え上げ、無線メニューを開く。亮とイェーガーと繋がっており、二人が話す。
『ゼナとマレの二人には逃げられたよ。仕留められそうだったんだけどねえ』
『あ、こっちもですネー。トラツグミも簡易転送装置で逃げたYO』
「どうでもいいことです。明人くんは確保できました。帰りますよ」
 燐花は焼け落ちていくセレスティアル・アークを一瞥して、その場から去った。
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