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三千世界・原初(7)

第一話 「苦行の失禁」

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 ???
「はっ……はっ……」
 洞窟のような下水道を、息を切らしながら少女が走る。後ろをハッと見る。その瞬間、少女の肩口にナイフが突き刺さる。少女は正面に倒れ、汚水を被る。
「粛清より逃亡した人間を確保。殺害します」
 後ろから追い付いてきた黒子のような人間が、倒れた少女を起こし、刺さったナイフをグリグリと捻じ込む。
「あがぁ……!」
 黒子は猿轡を少女に嵌め、手に持った釘を剥き出しに打ち付けた棍棒でわざと急所を外して殴打する。
「ふぐぅ!?んんーっ!」
 少女は目を見開き、苦痛に悶える。黒子は少しも躊躇せず、次は鉄鋏を取り出し、少女の指を引き抜く。手も足も、全て引き抜き捨てると、少女は視点が定まらないのか、ギョロギョロと目をひんむいている。黒子は溜め息をつき、背中から刃先の丸い長刀を取り出す。そして少女を無理矢理膝立ちにさせ、後ろから長刀を振り下ろして首を切り落とす。首が水路に落ち、続いて体が倒れる。引き抜いた指をこれ見よがしにその周りに捨て、黒子は下水道を後にした。

 船上
「……シラヌイ」
 バロンが船の縁に居る不知火へ近づく。
「何だ、バロン」
「……いや……何でもない」
 不知火は少し神妙そうな顔をしたが、それで会話を終えた。
「……メイヴ」
 その真横に居たメイヴにも話しかける。
「んー?アタシに何か用?」
「……呼んだだけだ、気にするな」
「ふーん、そう。ところで、いつになったらしてくれるの?」
「……だから呼んだだけだ」
「ちぇ。ケチ」
 メイヴはどこかへ行った。自分の手に視線を落としてからしばらく経つと、横にヘラクレスがやってきた。
「バ……ロン……元気ない……大丈夫か……」
「……ああ平気だヘラクレス。お前は優しいな」
 ヘラクレスを撫でると、触角が動く。
「お前が元気なら……エリアルも元気……エリアルが元気なら……俺も元気……」
「……ははっ、そうだな。僕も同意見だ。彼女の前に進もうとする活力は、無尽蔵に近いからな。そう言えば、エリアルは今どこにいる?」
「エリアルなら……船首の方だ……」
「……わかった」
 バロンは立ち上がり、船首の方へ向かうと、エリアルが一人で立っていた。バロンは横に並ぶ。
「あらバロン。結構浮かない顔してるわよ?」
 エリアルがいたずらっぽく微笑み、頬を人差し指でつつく。照れ隠しにバロンが顔を背ける。
「……別に何もないさ。君の方こそ、ただ海を眺めてどうしたんだ」
「私はね……今まで起きたことを整理してたの。私は自分の好奇心だけでここまで来たけど、この戦いが世界にもたらす被害とか、影響とか……」
「……九竜がもたらした被害は甚大だ。だが、意思を持つと言っても、彼らは自然の作用の一部のような言動や立ち振舞いをしていた。僕たちのような一人一人の人間には想像もつかないことだが、遥かに大きな目線で見れば、彼らの絶大な破壊力は、一度全てを無に返し、新たな生命の芽吹きを促すためのものなのかもしれない」
「へえ、バロンがそんな風に考えてたなんてね」
 エリアルがくすりと笑う。
「……僕としては、君が少し感傷に耽っているのが気になったが」
「ふふっ、大丈夫。自分の故郷が海の藻屑になっても涙も流さないような女なのよ?ただ……全ての戦いが終わったあと、どうやって暮らしていこうかなってね」
「……狩猟生活でもするかい?」
「わお、それでもいいかもね。バロンとなら退屈しなさそうだし。ところでさ、記憶の方はどう?少しは何か思い出せた?」
「……全く。君に拾ってもらった瞬間からしか記憶は続いてない」
「そう。無理して思い出さない方がいいこともあるものよ」
「……肝に銘じておこう」
 二人は会話が終わり、陽の沈んでいく海を眺める。しばらくして、エリアルが再び口を開く。
「ねえ、バロン」
「……」
 バロンが彼女の方を向くと、エリアルもまた、バロンの方を向いていた。
「こういう風にゆっくり話せるのってさ、ミレニアム以来だよね」
「……ああ」
「最初の頃から比べたら、ちょっと成長したでしょ?」
 バロンはエリアルをまじまじと見つめる。
「……いや……ちょっと切り傷が増えたくらいか」
「負った痛みの数だけ修羅場を潜り抜けてるのよ?そう考えたら、古傷が増えるのも悪くないでしょ?」
「……確かにな……傷を記憶の代わりにするか、僕も」
「これからも一緒に戦うしね」
 二人は頷き合い、そして微笑みあった。

 中国 沿岸部
 船が海岸に辿り着き、一行は浜に降りる。
「人の気配がないようだが」
 シンがそう言うと、不知火が続く。
「今この国は、戦う意思のないものを殺していっている。それも、人為的に、惨たらしくな。故に、都以外には鼠狩りのために徘徊している皇帝の兵しかいない」
「皇帝……」
「皇帝の名は呂布。恐るべき豪勇であると聞く。玄海のように、九竜を宿しているのなら彼だろうな」
 エリアルが前を歩く。
「じゃあ、とりあえず都まで行けってことね」
 不知火が頷く。
「だが鼠狩りの部隊の錬度はかなり高いらしい。努々気を抜かぬようにな」
「わかってるわ」
 一行は砂浜を離れ、捨てられた村に立ち入る。家々の前には、これ見よがしに欠損死体が地面に突き立てられた槍に串刺しにされていた。
「敵国とかが相手ならわかるけど、自国でこれをやるとはね」
 エリアルはたかる蝿を手で払いながら死体を検める。
「ふむ……切断された肩口の傷がエグいわね……波打った刀身で力任せにちょん切ったみたいな」
 後ろから不知火が近づき、死体を見る。
「確か、鼠狩りは処刑用の道具を基本的な装備にしているらしい。だが、この腐敗の進行と、腐臭は……皮を剥ぐのに、糞尿の類いを染み込ませた刃物を使ったようだ。胴に縄の跡がついている辺り、病原菌に感染させ、拘束し、放置。その後定期的に体の部位を切断していく……といったところか」
 後方でバロンが会話に加わる。
「……余りにも回りくどくないか。恐怖を与えるなら、迅速な死を与えるので十分だろう」
 エリアルが続く。
「十分じゃダメなんでしょ。絶対に従いたくなるような何かが必要なのよ」
 不知火とエリアルは立ち上がり、バロンと共に死体から離れる。メイヴが民家から出てきて、三人に駆け寄る。
「中は小型の虫とか獣に荒らされてるわ。かなり衛生的レベルは低そうだし、長居しない方がいい」
 エリアルは頷く。
「くっさくてしょうがないし、先に行こう」
 一行が進もうとすると、バロンが立ち止まる。
「……」
 バロンは手近な槍を手に取り、民家の屋根上に投げる。隠れていた黒子の頭部に突き刺さり、地面に落ちる。
「お見事ね、バロン」
 エリアルがそう言うと、バロンは警戒を解かずに頷く。
「……想像以上に危険かもしれない。気をつけて進もう」
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