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三千世界・原初(7)
第七話 「楽しい:無為的向上」
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金城山・大仏殿
炎が視界の全てに映り込み、燃え上がった小さい蟲がボトボトと落下してくる。檻は破られ、種を産み出していた巨大蟲は静かに体の崩壊を迎えていた。
「なぜ、お前は神の降臨を急いだ。まだ猶予はあったはずだ」
不知火が刀を構える。
「わぬしはわかっておるはずだ。わえたちの想像をはるかに越えて、あの不死身の二人は脅威であると」
「俺が戦えばいい」
「だが豊前も豊後も死んだ。特に、わぬしに次ぐ豊前が死んだのは、わぬしが全力で挑もうとも、負けることを示している」
「例えそうだとしても、俺たちの理想を、お前に壊させはしない」
「所詮、わぬしは甘えた赤子に過ぎぬ。理想へ辿る道など、どうでもよいのだ。どんな汚く、賎しい道だろうと、求める物に進めるのなら、選ぶべきなのだ……!」
両者が消え、空中で刀が擦れ合う。玄海が尾で不知火を捕らえようとするが、手裏剣に迎撃されて尾を引っ込める。不知火は空を蹴り、爆薬を撒き散らしながら突っ込む。そして刀の一閃で着火させ、凄絶な爆発で玄海の視界を潰し、その煙の向こうから突進して玄海の長い首を刀で貫く。
「う……ぐぅ……!」
「遅いな、玄海。お前では俺には勝てない。大人ぶって、現実を見た振りをしたところで、何も変わらん」
「ふ……ん……何のために女王に蟲を産ませたと思っているのだ……不知火っ!」
不知火は刀を引き抜いてもう一度殺そうとするが、玄海の右肩を食い破って出てきた頑強な蟲に刀を弾かれる。そして玄海の左前足が巨大な蟲に覆われ、それで薙ぎ払う。不知火が刀で受けるが、大きく後退する。玄海は体を修復し、改めて刀を咥え直す。
「不知火、今はわえたちが争う場合ではあるまい。なぜそれがわからぬ」
「神の力は、曖昧であればあるほど強力だ。お前という、明確にここにいるものの力となれば、我らが呪術の力を失うのは明白。蟲だけで俺たちが勝てると本気で思っているのか」
「ふん。だがもう遅い……!」
燃え上がる蟲たちが玄海の体を覆い、そして大仏殿の床が抜けてその塊が落ちていく。
「待て、玄海!」
不知火もそれを追って穴に飛び込む。外から大量の水がぶつけられて消火され、エリアルたちが焼け落ちた大仏殿に入ってくる。
「一足遅かったわね」
大穴を見てエリアルが呟き、メイヴが祭壇へ近づく。
「灰の量が少ない……蟲は余り燃えてないわ」
メイヴの言葉にシンが頷く。
「彼らは燃やせば灰になる生き物だったはずだ。ということは、そこの穴から逃げたか」
バロンが穴を覗き込む。
「……間違いないだろう。火薬の臭いが後を引いている。不知火が、僕の思うやつだったのなら、この先に進んだはずだ」
エリアルが助走をつける。
「行くわよ、バロン!」
「……えっ」
そしてエリアルは躊躇なく穴へ飛び込む。
「……多少の警戒はしてほしかった」
バロンも続いて降り、メイヴとシンも続いた。
王龍結界 マティンディング・イディール・ナ・バイエン
「楽しい」
――……――……――
「楽しいとは実に空虚ではないか」
――……――……――
「全てを食らい尽くし、快楽でも、喜びでも、ない。ただ、楽しいと、楽しいとだけ」
「そうだ……わえたちはただ、人並みの楽しさを……どこで……何を……間違えたのだ……?」
――……――……――
一行が飛び降りた先に広がっていたのは、底のない青空だった。抵抗なく自由落下していき、岩場に着地する。
「……同じ空間とは思えないな」
バロンが呟く。
「ここ……王龍結界の中だわ……」
エリアルがそう言うと、バロンが腕を組む。
「大仏殿の地下に常に展開されていたとなると、既に九竜は呼び起こされていたということか」
「なんでもいいわ。なんか負け癖がついてるような気がするけど、会いに行きましょ」
相当の高所にあると思われる空間だが全く風は吹いておらず、一行は岩場を乗り継いで先に進んでいく。
――……――……――
「果てよ!」
玄海が刀を振り下ろし、不知火が躱す。更に間髪入れずに首を串刺し、抉り、刀を引き抜く。玄海は苦しむ様子もなく、両者が向き合う。
「無駄だ、わぬしが知っている蟲の力は既に超越している。今のわぬしで、わえを倒すことなどできぬわ」
「死ぬまで殺すだけだ」
不知火が左目を見開く。同時に、玄海も右目を見開く。
「わえにわぬしの邪眼は効かぬ」
「だがお前の邪眼も俺には効かん」
「ならば……」
「ああ……」
力を解放して格段にスピードが上昇した二人は、凄まじい速度で打ち合い始める。だが、直立姿勢の違い故か玄海の攻撃が遅れ出し、不知火が玄海の刀を弾き飛ばし、再び刀が、今度は胴体に突き入れられる。
「不知火っ……わぬしとて同じはず……!この程度では、死ねぬわぁ!」
前足で不知火を蹴り飛ばし、玄海は吠える。
「行くぞ不知火、わえたちのどちらかが完全に死ぬまで、永遠にわぬしとわえはここで戦い続けるのだ!」
「玄海……」
と、その瞬間、両者の間に杖が突き刺さり、上空からエリアルたちが着地する。
「貴殿たちは……」
エリアルが杖を引き抜き、玄海を見据える。
「ふん、貴殿たちも、わえを殺しに来たのだろう」
「まあ、そうなるわね」
玄海は笑いながら後ずさる。
「ふくくく……不知火も、貴殿も……」
そして、玄海の美しく蒼い瞳が赤く染まる。
「愚者に他ならない」
湯気が沸き立つように玄海の体からシフルが霧状に発生し、玄海は遠吠えする。
「来たれ、わえらの竜神《セレスティアル》よ!わえと、わえの蟲たちを全て贄として、みなしごたる世界を包みたまえ!極真竜化!」
空間が震えるほどの力が暴れて、玄海が光に包まれる。そして光を突き破り、強靭な四肢を持つ、赤い装甲の巨竜が現れる。
「我が名は飲呑の真竜、ハビンノ・アラランガ。楽しさを司る、この世の全てを虚無にて飲み干すもの」
その姿を見て不知火がよろめく。
「これが……天之御中主神……だと……?」
一行は不知火の傍に駆け寄る。
「あんたが不知火?」
「ああ……」
「あの竜を倒したいからさ、協力してくれない?」
不知火はアラランガを見据える。
「玄海……。わかった、俺もお前たちと共に戦う」
不知火が刀を構え、メイヴが寝間着を脱ぎ捨て、元の衣服を瞬時に産み出す。
「新しい快感の境地を切り開かせてもらったし、ちゃんとお礼はしないとね」
エリアルが前に出て、アラランガと向かい合う。
「神子と宙核……苦難の道に己を使い果たす、世界の歯車か」
アラランガは足元を巨大な爪で蹴る。
「ねえ、九竜はみんな私のことを神子、バロンのことを宙核って呼ぶけど、一体なんなの、それ?」
「始まりの世界で産まれし、人の業、宿命、人の全てを汝らが背負っている。最も偉大な人間にカテゴライズされる、二人の人間。それが汝たち」
「グレート……オールドワン?」
「今の汝らには何もわからぬ。故に、知る姿勢も要らない」
アラランガは軽くバックステップしたかと思うと、口から凄まじい激流と共に蟲のつぶてを放つ。
「俺に任せろ!」
不知火が左目の力を解き放ち、蟲が空中で制止し、激流の余波で砕け散る。バロンが闘気の壁で激流を受け止め、シンが急接近して剣を振るう。アラランガは突然飛び上がり、背面でシンを叩き潰そうとする。が、エリアルがアラランガを受け止め、シンが光の刃を撃ちつつ後退し、バロンが放った闘気玉をメイヴが蹴り、アラランガに直撃させて爆発させる。エリアルがアラランガを放り投げ、飛び退く。アラランガは華麗に着地し、軽く威嚇する。そして力み、全身からシフルをジェット噴射しながら一行に突撃し、全員に躱されるも、ブレーキをかけながら回転し、蟲激流を薙ぎ払う。僅かな隙を縫って不知火が肉薄し、アラランガの目に刀を突き立てる。しかし容易に振りほどかれ、傷は瞬時に修復する。
「……」
バロンがその様を見て不審に思う。エリアルの方をちらりと見ると、あちらも頷く。メイヴが鞭を振るい、アラランガは躱そうとはせず、口に水を溜め込み、後脚で立ち上がり、螺旋状の激流を薙ぎ払う。そしてもう一度威力を増してメイヴを狙う。バロンが素早くメイヴを抱き抱えて躱し、その隙にエリアルがアラランガ目掛けて杖から産み出して水の刃を産み出して斬りつける。アラランガは右前脚で競り合う。
「エントロピーが増大することこそが、我々が行っていること」
「より不確実な未来が欲しいってこと?」
「いや、エントロピーなどと言っては安っぽい上に、我々の伝えたい原義からは遠ざかっているな」
アラランガは強烈な薙ぎ払いでエリアルを弾き飛ばし、攻撃後のアラランガの顔面にシンの光の刃が着弾し、更に上空から高速回転しながらメイヴが鞭を叩きつけ、アラランガの背に屹立した鋭利な甲殻が欠ける。両者が離れて向かい合う。
「なるほど。余りにも努力を怠りすぎたか。だが感謝しよう、天使の子よ。汝の膳立ての功徳よな」
アラランガはうわ言のようにそう言うと、周囲に膨大な力が溢れだす。
「来るわ!今度こそ絶対に切り抜けるわよッ!」
エリアルが叫び、アラランガから純然たる暴力の波が放たれる。
「飽くなき楽しさへの渇望、支配し、喰らい尽くす」
アラランガが咆哮を解き放ち、空間を破壊せんばかりの爆音が鳴り響く。
「〈楽しさの圧政、栄遠たる暗黒郷〉!」
鏡のように空が砕け、絶大な波動が周囲の全てを打ち砕いていく。
「必滅の定めに嘆け」
アラランガがゆっくりと姿勢を戻し、煙が晴れる。
「ふぅ……!」
よろめいたエリアルを、バロンが支える。
「けほっ、けほっ……ったく、煙っぽすぎるわよ!」
メイヴが悪態をつき、シンがそれに微笑み、不知火が前に出る。
「玄海を返してもらうぞ」
アラランガは身体中から塩が溢れ始めていた。
「む……久しぶりの運動、もう少し楽しんでいたかったのだがな」
そう呟きながら彼は左前腕を地面に叩きつけ、前方広範囲を激流で爆発させ、バロンがその攻撃を塞き止めながら、シンの一撃を迎え撃ったアラランガの右前足が塩になって砕け散り、メイヴの鞭の一撃で背中が砕け、不知火の刀の一閃でアラランガは胴体を切り裂かれる。
「ふっ……まあ、及第点であろうな」
アラランガは光となって、王龍結界ごと消え去る。
金城山・大仏殿
光が収まると、一行は大仏殿に居た。祭壇の前には、塩化の始まった玄海が倒れており、メイヴと不知火が駆け寄り、跪く。
「ねえ大丈夫なの!?」
メイヴの声に、玄海は乾いた左の目蓋を上げる。
「じょ……おう……か……?」
「そうよ、アンタの可愛い蟲を産んであげた女王よ!ちょっと、しっかりしなさいよ!」
「もう動けぬ……」
玄海が体を起こそうとして、体重に耐えられない右前足が砕ける。
「体の中の蟲たちも……もう、なにもない……」
不知火が玄海と目を合わす。
「玄海、本当は何があったのだ。お前があそこまで取り乱すなど」
「わえは……桃色の髪の女を従えた黒髪の男に……会った瞬間から……意識がない、のだ……」
後ろで話を聞いていたエリアルとバロンが顔を見合わす。
「ねえバロン、確実にラータのことだよね……」
バロンは頷く。二人は再び、不知火たちの会話に注意を向ける。
「やはりか。お前の本心ではないと思っていたが……」
玄海が壊れかけの体で不知火にすがる。
「しかし……わぬしが無事でよかった……わぬしさえ無事ならば……わえたちは……不滅、だ……」
力を振り絞り、玄海はメイヴの方を向く。
「女王よ……わえたちの私情に巻き込み……消えぬ心の傷をつけてしまったこと……心から詫びる……」
メイヴは首をブンブンと横に振る。
「いやいや!寧ろ普通じゃ味わえない気持ちよさだったし!感謝してるくらいなんだから!だから死んじゃ許さないわよ!」
「ふっふっ……奇天烈なおなごよな、貴殿は……」
玄海は不知火に視線を戻す。
「不知火……わえは……わぬしと共に……時代を駆け抜けたことを……誇りに思う……そして……これからも共に……参ろうぞ……」
力なく微笑んで、そして全身が塩になった。主を失った装束が大仏殿の床に落ち、邪眼がコロコロと床を転がり、メイヴの足元で止まる。
「バカ……」
メイヴは邪眼を拾い上げる。蒼く深遠な光を放つそれを懐に納め、同時に不知火も玄海の刀を拾って腰に挿し、二人はエリアルの方を向く。
「お前たちはこれからどこへ行くのだ」
不知火が訊ねる。
「そうね……このままの流れなら、中国ね」
そう答えたエリアルに、不知火は跪く。
「俺を旅の仲間に加えてくれ。少しは役に立つ」
「もちろん構わないわ。戦力が増えるのはありがたいことだしね」
不知火は立ち上がる。
「では改めて自己紹介させてもらう。我が名は黒田不知火。不知火忍軍の頭領だ。よろしく頼む」
エリアルが頷き、身を翻す。
「じゃ、行きますか!」
と、入り口の方からヘラクレスと人間態のコンゴウシンリキが現れる。シンがコンゴウシンリキを見て真っ先に口を開く。
「無事でしたか、マダム!」
コンゴウシンリキが頷く。
「無論」
エリアルがヘラクレスを見る。
「今までどこにいたの?」
「俺だけ……沿岸に飛ばされていた……」
ヘラクレスはばつが悪そうにもごもごとしゃべる。
「なにか収穫はあった?」
「船を用意した……」
「タイミングいいわね。ちょうど全部終わって中国に行く手段を探そうと思ってたところなの」
「うん……」
エリアルの役に立てたのが嬉しいのか、ヘラクレスは心なしか嬉しそうだった。
炎が視界の全てに映り込み、燃え上がった小さい蟲がボトボトと落下してくる。檻は破られ、種を産み出していた巨大蟲は静かに体の崩壊を迎えていた。
「なぜ、お前は神の降臨を急いだ。まだ猶予はあったはずだ」
不知火が刀を構える。
「わぬしはわかっておるはずだ。わえたちの想像をはるかに越えて、あの不死身の二人は脅威であると」
「俺が戦えばいい」
「だが豊前も豊後も死んだ。特に、わぬしに次ぐ豊前が死んだのは、わぬしが全力で挑もうとも、負けることを示している」
「例えそうだとしても、俺たちの理想を、お前に壊させはしない」
「所詮、わぬしは甘えた赤子に過ぎぬ。理想へ辿る道など、どうでもよいのだ。どんな汚く、賎しい道だろうと、求める物に進めるのなら、選ぶべきなのだ……!」
両者が消え、空中で刀が擦れ合う。玄海が尾で不知火を捕らえようとするが、手裏剣に迎撃されて尾を引っ込める。不知火は空を蹴り、爆薬を撒き散らしながら突っ込む。そして刀の一閃で着火させ、凄絶な爆発で玄海の視界を潰し、その煙の向こうから突進して玄海の長い首を刀で貫く。
「う……ぐぅ……!」
「遅いな、玄海。お前では俺には勝てない。大人ぶって、現実を見た振りをしたところで、何も変わらん」
「ふ……ん……何のために女王に蟲を産ませたと思っているのだ……不知火っ!」
不知火は刀を引き抜いてもう一度殺そうとするが、玄海の右肩を食い破って出てきた頑強な蟲に刀を弾かれる。そして玄海の左前足が巨大な蟲に覆われ、それで薙ぎ払う。不知火が刀で受けるが、大きく後退する。玄海は体を修復し、改めて刀を咥え直す。
「不知火、今はわえたちが争う場合ではあるまい。なぜそれがわからぬ」
「神の力は、曖昧であればあるほど強力だ。お前という、明確にここにいるものの力となれば、我らが呪術の力を失うのは明白。蟲だけで俺たちが勝てると本気で思っているのか」
「ふん。だがもう遅い……!」
燃え上がる蟲たちが玄海の体を覆い、そして大仏殿の床が抜けてその塊が落ちていく。
「待て、玄海!」
不知火もそれを追って穴に飛び込む。外から大量の水がぶつけられて消火され、エリアルたちが焼け落ちた大仏殿に入ってくる。
「一足遅かったわね」
大穴を見てエリアルが呟き、メイヴが祭壇へ近づく。
「灰の量が少ない……蟲は余り燃えてないわ」
メイヴの言葉にシンが頷く。
「彼らは燃やせば灰になる生き物だったはずだ。ということは、そこの穴から逃げたか」
バロンが穴を覗き込む。
「……間違いないだろう。火薬の臭いが後を引いている。不知火が、僕の思うやつだったのなら、この先に進んだはずだ」
エリアルが助走をつける。
「行くわよ、バロン!」
「……えっ」
そしてエリアルは躊躇なく穴へ飛び込む。
「……多少の警戒はしてほしかった」
バロンも続いて降り、メイヴとシンも続いた。
王龍結界 マティンディング・イディール・ナ・バイエン
「楽しい」
――……――……――
「楽しいとは実に空虚ではないか」
――……――……――
「全てを食らい尽くし、快楽でも、喜びでも、ない。ただ、楽しいと、楽しいとだけ」
「そうだ……わえたちはただ、人並みの楽しさを……どこで……何を……間違えたのだ……?」
――……――……――
一行が飛び降りた先に広がっていたのは、底のない青空だった。抵抗なく自由落下していき、岩場に着地する。
「……同じ空間とは思えないな」
バロンが呟く。
「ここ……王龍結界の中だわ……」
エリアルがそう言うと、バロンが腕を組む。
「大仏殿の地下に常に展開されていたとなると、既に九竜は呼び起こされていたということか」
「なんでもいいわ。なんか負け癖がついてるような気がするけど、会いに行きましょ」
相当の高所にあると思われる空間だが全く風は吹いておらず、一行は岩場を乗り継いで先に進んでいく。
――……――……――
「果てよ!」
玄海が刀を振り下ろし、不知火が躱す。更に間髪入れずに首を串刺し、抉り、刀を引き抜く。玄海は苦しむ様子もなく、両者が向き合う。
「無駄だ、わぬしが知っている蟲の力は既に超越している。今のわぬしで、わえを倒すことなどできぬわ」
「死ぬまで殺すだけだ」
不知火が左目を見開く。同時に、玄海も右目を見開く。
「わえにわぬしの邪眼は効かぬ」
「だがお前の邪眼も俺には効かん」
「ならば……」
「ああ……」
力を解放して格段にスピードが上昇した二人は、凄まじい速度で打ち合い始める。だが、直立姿勢の違い故か玄海の攻撃が遅れ出し、不知火が玄海の刀を弾き飛ばし、再び刀が、今度は胴体に突き入れられる。
「不知火っ……わぬしとて同じはず……!この程度では、死ねぬわぁ!」
前足で不知火を蹴り飛ばし、玄海は吠える。
「行くぞ不知火、わえたちのどちらかが完全に死ぬまで、永遠にわぬしとわえはここで戦い続けるのだ!」
「玄海……」
と、その瞬間、両者の間に杖が突き刺さり、上空からエリアルたちが着地する。
「貴殿たちは……」
エリアルが杖を引き抜き、玄海を見据える。
「ふん、貴殿たちも、わえを殺しに来たのだろう」
「まあ、そうなるわね」
玄海は笑いながら後ずさる。
「ふくくく……不知火も、貴殿も……」
そして、玄海の美しく蒼い瞳が赤く染まる。
「愚者に他ならない」
湯気が沸き立つように玄海の体からシフルが霧状に発生し、玄海は遠吠えする。
「来たれ、わえらの竜神《セレスティアル》よ!わえと、わえの蟲たちを全て贄として、みなしごたる世界を包みたまえ!極真竜化!」
空間が震えるほどの力が暴れて、玄海が光に包まれる。そして光を突き破り、強靭な四肢を持つ、赤い装甲の巨竜が現れる。
「我が名は飲呑の真竜、ハビンノ・アラランガ。楽しさを司る、この世の全てを虚無にて飲み干すもの」
その姿を見て不知火がよろめく。
「これが……天之御中主神……だと……?」
一行は不知火の傍に駆け寄る。
「あんたが不知火?」
「ああ……」
「あの竜を倒したいからさ、協力してくれない?」
不知火はアラランガを見据える。
「玄海……。わかった、俺もお前たちと共に戦う」
不知火が刀を構え、メイヴが寝間着を脱ぎ捨て、元の衣服を瞬時に産み出す。
「新しい快感の境地を切り開かせてもらったし、ちゃんとお礼はしないとね」
エリアルが前に出て、アラランガと向かい合う。
「神子と宙核……苦難の道に己を使い果たす、世界の歯車か」
アラランガは足元を巨大な爪で蹴る。
「ねえ、九竜はみんな私のことを神子、バロンのことを宙核って呼ぶけど、一体なんなの、それ?」
「始まりの世界で産まれし、人の業、宿命、人の全てを汝らが背負っている。最も偉大な人間にカテゴライズされる、二人の人間。それが汝たち」
「グレート……オールドワン?」
「今の汝らには何もわからぬ。故に、知る姿勢も要らない」
アラランガは軽くバックステップしたかと思うと、口から凄まじい激流と共に蟲のつぶてを放つ。
「俺に任せろ!」
不知火が左目の力を解き放ち、蟲が空中で制止し、激流の余波で砕け散る。バロンが闘気の壁で激流を受け止め、シンが急接近して剣を振るう。アラランガは突然飛び上がり、背面でシンを叩き潰そうとする。が、エリアルがアラランガを受け止め、シンが光の刃を撃ちつつ後退し、バロンが放った闘気玉をメイヴが蹴り、アラランガに直撃させて爆発させる。エリアルがアラランガを放り投げ、飛び退く。アラランガは華麗に着地し、軽く威嚇する。そして力み、全身からシフルをジェット噴射しながら一行に突撃し、全員に躱されるも、ブレーキをかけながら回転し、蟲激流を薙ぎ払う。僅かな隙を縫って不知火が肉薄し、アラランガの目に刀を突き立てる。しかし容易に振りほどかれ、傷は瞬時に修復する。
「……」
バロンがその様を見て不審に思う。エリアルの方をちらりと見ると、あちらも頷く。メイヴが鞭を振るい、アラランガは躱そうとはせず、口に水を溜め込み、後脚で立ち上がり、螺旋状の激流を薙ぎ払う。そしてもう一度威力を増してメイヴを狙う。バロンが素早くメイヴを抱き抱えて躱し、その隙にエリアルがアラランガ目掛けて杖から産み出して水の刃を産み出して斬りつける。アラランガは右前脚で競り合う。
「エントロピーが増大することこそが、我々が行っていること」
「より不確実な未来が欲しいってこと?」
「いや、エントロピーなどと言っては安っぽい上に、我々の伝えたい原義からは遠ざかっているな」
アラランガは強烈な薙ぎ払いでエリアルを弾き飛ばし、攻撃後のアラランガの顔面にシンの光の刃が着弾し、更に上空から高速回転しながらメイヴが鞭を叩きつけ、アラランガの背に屹立した鋭利な甲殻が欠ける。両者が離れて向かい合う。
「なるほど。余りにも努力を怠りすぎたか。だが感謝しよう、天使の子よ。汝の膳立ての功徳よな」
アラランガはうわ言のようにそう言うと、周囲に膨大な力が溢れだす。
「来るわ!今度こそ絶対に切り抜けるわよッ!」
エリアルが叫び、アラランガから純然たる暴力の波が放たれる。
「飽くなき楽しさへの渇望、支配し、喰らい尽くす」
アラランガが咆哮を解き放ち、空間を破壊せんばかりの爆音が鳴り響く。
「〈楽しさの圧政、栄遠たる暗黒郷〉!」
鏡のように空が砕け、絶大な波動が周囲の全てを打ち砕いていく。
「必滅の定めに嘆け」
アラランガがゆっくりと姿勢を戻し、煙が晴れる。
「ふぅ……!」
よろめいたエリアルを、バロンが支える。
「けほっ、けほっ……ったく、煙っぽすぎるわよ!」
メイヴが悪態をつき、シンがそれに微笑み、不知火が前に出る。
「玄海を返してもらうぞ」
アラランガは身体中から塩が溢れ始めていた。
「む……久しぶりの運動、もう少し楽しんでいたかったのだがな」
そう呟きながら彼は左前腕を地面に叩きつけ、前方広範囲を激流で爆発させ、バロンがその攻撃を塞き止めながら、シンの一撃を迎え撃ったアラランガの右前足が塩になって砕け散り、メイヴの鞭の一撃で背中が砕け、不知火の刀の一閃でアラランガは胴体を切り裂かれる。
「ふっ……まあ、及第点であろうな」
アラランガは光となって、王龍結界ごと消え去る。
金城山・大仏殿
光が収まると、一行は大仏殿に居た。祭壇の前には、塩化の始まった玄海が倒れており、メイヴと不知火が駆け寄り、跪く。
「ねえ大丈夫なの!?」
メイヴの声に、玄海は乾いた左の目蓋を上げる。
「じょ……おう……か……?」
「そうよ、アンタの可愛い蟲を産んであげた女王よ!ちょっと、しっかりしなさいよ!」
「もう動けぬ……」
玄海が体を起こそうとして、体重に耐えられない右前足が砕ける。
「体の中の蟲たちも……もう、なにもない……」
不知火が玄海と目を合わす。
「玄海、本当は何があったのだ。お前があそこまで取り乱すなど」
「わえは……桃色の髪の女を従えた黒髪の男に……会った瞬間から……意識がない、のだ……」
後ろで話を聞いていたエリアルとバロンが顔を見合わす。
「ねえバロン、確実にラータのことだよね……」
バロンは頷く。二人は再び、不知火たちの会話に注意を向ける。
「やはりか。お前の本心ではないと思っていたが……」
玄海が壊れかけの体で不知火にすがる。
「しかし……わぬしが無事でよかった……わぬしさえ無事ならば……わえたちは……不滅、だ……」
力を振り絞り、玄海はメイヴの方を向く。
「女王よ……わえたちの私情に巻き込み……消えぬ心の傷をつけてしまったこと……心から詫びる……」
メイヴは首をブンブンと横に振る。
「いやいや!寧ろ普通じゃ味わえない気持ちよさだったし!感謝してるくらいなんだから!だから死んじゃ許さないわよ!」
「ふっふっ……奇天烈なおなごよな、貴殿は……」
玄海は不知火に視線を戻す。
「不知火……わえは……わぬしと共に……時代を駆け抜けたことを……誇りに思う……そして……これからも共に……参ろうぞ……」
力なく微笑んで、そして全身が塩になった。主を失った装束が大仏殿の床に落ち、邪眼がコロコロと床を転がり、メイヴの足元で止まる。
「バカ……」
メイヴは邪眼を拾い上げる。蒼く深遠な光を放つそれを懐に納め、同時に不知火も玄海の刀を拾って腰に挿し、二人はエリアルの方を向く。
「お前たちはこれからどこへ行くのだ」
不知火が訊ねる。
「そうね……このままの流れなら、中国ね」
そう答えたエリアルに、不知火は跪く。
「俺を旅の仲間に加えてくれ。少しは役に立つ」
「もちろん構わないわ。戦力が増えるのはありがたいことだしね」
不知火は立ち上がる。
「では改めて自己紹介させてもらう。我が名は黒田不知火。不知火忍軍の頭領だ。よろしく頼む」
エリアルが頷き、身を翻す。
「じゃ、行きますか!」
と、入り口の方からヘラクレスと人間態のコンゴウシンリキが現れる。シンがコンゴウシンリキを見て真っ先に口を開く。
「無事でしたか、マダム!」
コンゴウシンリキが頷く。
「無論」
エリアルがヘラクレスを見る。
「今までどこにいたの?」
「俺だけ……沿岸に飛ばされていた……」
ヘラクレスはばつが悪そうにもごもごとしゃべる。
「なにか収穫はあった?」
「船を用意した……」
「タイミングいいわね。ちょうど全部終わって中国に行く手段を探そうと思ってたところなの」
「うん……」
エリアルの役に立てたのが嬉しいのか、ヘラクレスは心なしか嬉しそうだった。
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1話完結ですが、続編も考えています。
仰っている意味が分かりません
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お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
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王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
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側妃に追放された王太子
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「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
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ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
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ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
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そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
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【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)
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<あらすじ>
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<小説の仕様>
ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。
短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。
R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。
全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。
プロローグ含め全6話で完結です。
各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。
0.そして勇者は父になる(シリアス)
1.元魔王な兄(コメディ寄り)
2.元勇者な父(シリアス寄り)
3.元賢者な母(シリアス…?)
4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り)
5.勇者な妹(兄への愛のみ)
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