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三千世界・原初(7)
第六話 「楽しさの楽園へ」
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金城山・大仏殿
左右の檻には無数の蟲が蠢いており、中央には、巨大な仏像と、その前の祭壇に巨大な蟲、そしてメイヴが居た。
「……メイヴ!」
二人が駆け寄ろうとすると、それを止めるように玄海が現れる。
「おっと。彼女に触れないでもらおうか」
「玄海……!」
エリアルが杖に手をかける。
「彼女を傷つけるつもりはないんだ。だから戦闘に入ろうとするのもやめていただきたいね」
「やっぱり女王ってメイヴのことだったのね……」
「彼女は素晴らしい。彼女が産んだ蟲はこれまでの比ではない……数もさることながら、その生命としての強靭さもけた違いなのだ……!生憎だが、彼女を返すつもりはない。もし、わえたちに協力する気がないのなら、大人しく帰ってくれないかね?それがお互いにとって、最も被害の少ない選択だと思うが」
バロンが何か言おうとするのを、エリアルが制する。
「悪いけど、私たちは九竜をこの目で見たいからここまで来てるの。彼女は仲間でもあるし、助けない理由もないわ」
玄海が残念そうに俯き、そして顔を上げ、刀を抜く。
「ならば仕方あるまい。わえたちの理想を邪魔させるわけにはいかぬ」
エリアルが素早く杖で打ち付けると、玄海は刀で弾き、バロンの拳も尻尾で受け止める。
「まさか、二人分の力を受け止められるなんて言わないでしょうね?」
エリアルの言葉に続いて、バロンが拳から闘気を放って玄海の姿勢を崩させ、杖の一撃が玄海を吹き飛ばす。
「ぐぉぁっ!?」
玄海は想像以上の力で吹き飛ばされ、大仏殿の壁を破って飛んでいった。
「あれ?」
「……何かおかしい。君がいかに剛力でも、構えているものがあそこまで吹き飛ぶとは……」
「まあいいわ。メイヴを助けましょ」
二人は吊るされているメイヴを降ろし、エリアルが頬をひっぱたく。メイヴは軽い催眠状態になっていたのか、はっと意識を取り戻す。
「え、エリアル?なんでここに……」
「メイヴがここに囚われてるって言うから助けに来たの。九竜の気配もするしね。立てる?」
「う、うん」
メイヴが立ち上がる。
「ねえ、二人とも。アタシを助けてくれて早々悪いんだけど、シンが捕まってるらしいの」
「シンが?どこに?」
「この先にある屋敷。アタシが案内するからついてきて」
三人は大仏殿を抜ける。
金城山・忍屋敷
吹き飛ばされた玄海が体を起こすと、目の前に黒髪の美少年が立っていた。玄海はすぐに飛び退いて距離を取る。
「何者だ」
「僕の名前はラータ」
名乗ったところで当然警戒を解かない玄海へ、ラータは微笑む。
「怖いかい?」
「……」
「新たな力を得るのに、君たちは形振り構ってきたかな?」
「いや……」
「さっきの一瞬で感じたはずだよ、あの不死身の二人と戦うには、蟲と呪術だけでは不足だと」
玄海はゆっくりと頷く。
「うん、お利口さんだね。じゃあ――」
――……――……――
三人が切り立った崖をいくつも越えて屋敷まで辿り着く。屋敷は至って静かで、特別警戒していると言うわけでもなく、殺気も気配も漏れていなかった。
「静かね」
エリアルがそう言うと、メイヴが続く。
「読書にちょうどいい静かさなのよ」
「……行くぞ。メイヴが蟲の苗床にされていたのなら、シンも危ないはずだ」
三人は物陰に隠れつつ屋敷へ入り、慎重に進んでいく。下り階段から地下へ行き、地下牢にシンを見つける。
「……シン、無事か?」
バロンが鉄格子をこじ開ける。
「おお、バロン。私よりもメイヴを……おや、メイヴ。もう助けていたのか」
「……無論だ。さあ、状況を整理しに行くぞ」
「わかった」
シンの体の戒めを解き、一行は地下から出ようとする。階段の中腹で、外から爆発音が聞こえた。一行が急いで外に出ると、大仏殿が炎上しており、そこから大量の火の粉が屋敷に注いでいた。
「……何が……」
一行が大仏殿に視線を向けると、死角からラータとベリエがゆっくりと現れる。
「ラータ、無事だったのね」
エリアルが開口一番そう言うと、ラータはその一言が意外だったのか、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「これでもそれなりに修羅場は越えてきたからね。ところで、あの建物がなんで燃えてるか知ってるかい?」
「知るわけないでしょ。教えて」
「玄海という竜は知ってるかい?」
「もちろん」
「彼が、自分達の神を降ろす準備を強行したから、頭領である不知火と不和を起こしたみたいだね。それで火を不知火が放ったって訳だ」
その会話にメイヴが割って入る。
「ちょっと待って。それじゃ、中にいた蟲たちはどうなるのよ」
ラータが半笑いのまま続ける。
「無論、あのまま燃え続ければ全滅するだろうね。尤も、彼らの〝慈悲深き〟神が蟲を活かすとも限らないが」
わざと皮肉っぽく言うと、ラータは踵を返す。
「……待て」
バロンの言葉に、ラータは足を止める。
「何かな」
振り返らずに答えたラータへ、バロンは問う。
「……お前は何のためにこの世界で戦う」
「それが、ロシアで聞きそびれたことかい?そうだね、そろそろ答えて上げるよ」
ラータは美しく長い黒髪を靡かせながら振り返る。
「僕は、世界を消し去る。何もかも、一切合切、全てを。無さえも、消し炭に帰るのさ」
「……」
両者は互いに意図の読めない視線を交わす。
「ま、安心してよ。この世界がどうなろうが、まだ僕にはそれほど関係がないからね」
ラータは別れの言葉の代わりに媚びた笑みを浮かべ、そして廊下から飛び去った。
「とにかく、大仏殿に行って、決着をつけましょ。依代がなければ九竜は出てこれないはず」
エリアルが先陣を切って走る。
左右の檻には無数の蟲が蠢いており、中央には、巨大な仏像と、その前の祭壇に巨大な蟲、そしてメイヴが居た。
「……メイヴ!」
二人が駆け寄ろうとすると、それを止めるように玄海が現れる。
「おっと。彼女に触れないでもらおうか」
「玄海……!」
エリアルが杖に手をかける。
「彼女を傷つけるつもりはないんだ。だから戦闘に入ろうとするのもやめていただきたいね」
「やっぱり女王ってメイヴのことだったのね……」
「彼女は素晴らしい。彼女が産んだ蟲はこれまでの比ではない……数もさることながら、その生命としての強靭さもけた違いなのだ……!生憎だが、彼女を返すつもりはない。もし、わえたちに協力する気がないのなら、大人しく帰ってくれないかね?それがお互いにとって、最も被害の少ない選択だと思うが」
バロンが何か言おうとするのを、エリアルが制する。
「悪いけど、私たちは九竜をこの目で見たいからここまで来てるの。彼女は仲間でもあるし、助けない理由もないわ」
玄海が残念そうに俯き、そして顔を上げ、刀を抜く。
「ならば仕方あるまい。わえたちの理想を邪魔させるわけにはいかぬ」
エリアルが素早く杖で打ち付けると、玄海は刀で弾き、バロンの拳も尻尾で受け止める。
「まさか、二人分の力を受け止められるなんて言わないでしょうね?」
エリアルの言葉に続いて、バロンが拳から闘気を放って玄海の姿勢を崩させ、杖の一撃が玄海を吹き飛ばす。
「ぐぉぁっ!?」
玄海は想像以上の力で吹き飛ばされ、大仏殿の壁を破って飛んでいった。
「あれ?」
「……何かおかしい。君がいかに剛力でも、構えているものがあそこまで吹き飛ぶとは……」
「まあいいわ。メイヴを助けましょ」
二人は吊るされているメイヴを降ろし、エリアルが頬をひっぱたく。メイヴは軽い催眠状態になっていたのか、はっと意識を取り戻す。
「え、エリアル?なんでここに……」
「メイヴがここに囚われてるって言うから助けに来たの。九竜の気配もするしね。立てる?」
「う、うん」
メイヴが立ち上がる。
「ねえ、二人とも。アタシを助けてくれて早々悪いんだけど、シンが捕まってるらしいの」
「シンが?どこに?」
「この先にある屋敷。アタシが案内するからついてきて」
三人は大仏殿を抜ける。
金城山・忍屋敷
吹き飛ばされた玄海が体を起こすと、目の前に黒髪の美少年が立っていた。玄海はすぐに飛び退いて距離を取る。
「何者だ」
「僕の名前はラータ」
名乗ったところで当然警戒を解かない玄海へ、ラータは微笑む。
「怖いかい?」
「……」
「新たな力を得るのに、君たちは形振り構ってきたかな?」
「いや……」
「さっきの一瞬で感じたはずだよ、あの不死身の二人と戦うには、蟲と呪術だけでは不足だと」
玄海はゆっくりと頷く。
「うん、お利口さんだね。じゃあ――」
――……――……――
三人が切り立った崖をいくつも越えて屋敷まで辿り着く。屋敷は至って静かで、特別警戒していると言うわけでもなく、殺気も気配も漏れていなかった。
「静かね」
エリアルがそう言うと、メイヴが続く。
「読書にちょうどいい静かさなのよ」
「……行くぞ。メイヴが蟲の苗床にされていたのなら、シンも危ないはずだ」
三人は物陰に隠れつつ屋敷へ入り、慎重に進んでいく。下り階段から地下へ行き、地下牢にシンを見つける。
「……シン、無事か?」
バロンが鉄格子をこじ開ける。
「おお、バロン。私よりもメイヴを……おや、メイヴ。もう助けていたのか」
「……無論だ。さあ、状況を整理しに行くぞ」
「わかった」
シンの体の戒めを解き、一行は地下から出ようとする。階段の中腹で、外から爆発音が聞こえた。一行が急いで外に出ると、大仏殿が炎上しており、そこから大量の火の粉が屋敷に注いでいた。
「……何が……」
一行が大仏殿に視線を向けると、死角からラータとベリエがゆっくりと現れる。
「ラータ、無事だったのね」
エリアルが開口一番そう言うと、ラータはその一言が意外だったのか、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「これでもそれなりに修羅場は越えてきたからね。ところで、あの建物がなんで燃えてるか知ってるかい?」
「知るわけないでしょ。教えて」
「玄海という竜は知ってるかい?」
「もちろん」
「彼が、自分達の神を降ろす準備を強行したから、頭領である不知火と不和を起こしたみたいだね。それで火を不知火が放ったって訳だ」
その会話にメイヴが割って入る。
「ちょっと待って。それじゃ、中にいた蟲たちはどうなるのよ」
ラータが半笑いのまま続ける。
「無論、あのまま燃え続ければ全滅するだろうね。尤も、彼らの〝慈悲深き〟神が蟲を活かすとも限らないが」
わざと皮肉っぽく言うと、ラータは踵を返す。
「……待て」
バロンの言葉に、ラータは足を止める。
「何かな」
振り返らずに答えたラータへ、バロンは問う。
「……お前は何のためにこの世界で戦う」
「それが、ロシアで聞きそびれたことかい?そうだね、そろそろ答えて上げるよ」
ラータは美しく長い黒髪を靡かせながら振り返る。
「僕は、世界を消し去る。何もかも、一切合切、全てを。無さえも、消し炭に帰るのさ」
「……」
両者は互いに意図の読めない視線を交わす。
「ま、安心してよ。この世界がどうなろうが、まだ僕にはそれほど関係がないからね」
ラータは別れの言葉の代わりに媚びた笑みを浮かべ、そして廊下から飛び去った。
「とにかく、大仏殿に行って、決着をつけましょ。依代がなければ九竜は出てこれないはず」
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