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三千世界・原初(7)

第五話 「蟲の這う艶肌」

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 岩成城下
 バロンが天守から飛び降り、周囲を探索していると、不意に視線に気付いて立ち止まる。
「……出てきたらどうだ」
 同時に、影が城の堀から飛び立ち、バロンの眼前に着地する。
「流石は不死身の男。体から放つ気の量が違うな」
「……お前は」
「我が名は雲仙。不知火忍軍の一人だ」
 雲仙は竜特有の長い鼻先の中央に不自然な蓋がついていた。
「……さっきの男の同族か」
「あー、また名乗らなかったのか。まあ、忍びに名乗りは不要だが……」
 雲仙が後頭部を掻く。
「まあいい。お前はここで俺と踊ってもらうぜ」
 雲仙が右腕を突き出し、人差し指と中指を合わせ、指先から炎を放つ。バロンは地面を殴って岩で炎を防ぎ、ジャンプから雲仙に高速のラッシュを放つ。雲仙は素早く後退しつつ、くないをいくつも投げつける。バロンの体に当たるが、なぜか金属音を放ちつつ弾かれる。
「妖怪の類いだな、全く」
 雲仙が刀を抜き、右腕を高く掲げると、局所的に雷雲が生まれ、雲仙の刀目掛けて落雷が発生し、雷を受けて刀を薙ぎ払う。バロンは右の前腕で受け、身を翻しつつ着地した隙を狙って裏拳を叩き込んで雲仙は吹き飛ばされる。バロンは追撃に地面を殴り、闘気の波が雲仙へ向かう。雲仙は素早く起き上がって避けようとするが、死角から飛んできた杖に首を貫かれて、闘気に直撃する。バロンの横にエリアルが華麗に着地する。
「……エリアル!無事だったか」
「もちろん。そっちも大丈夫みたいね」
「……ああ」
 強烈なコンボを直に受けた雲仙が起き上がり、刀を構える。
「お前らが……不死身の二人か……!」
 エリアルの手元に杖が戻る。
「バロン、気をつけて。ここにいる竜や獣たちはみんな、蟲を体内に宿しているわ。蟲は色んな能力があるみたいだけど……一番肝要なのは、宿主が不死身になるってこと」
「……僕たちは蟲に憑かれていないが」
「そりゃ、私たちは普通にしぶといだけですし」
「……安心した。行くぞ、エリアル」
「うん」
 バロンが肩を突き出して突進する。首の傷から蟲が漏れ出ることから死を悟った雲仙はあえて避けずに正面から攻撃を受け止める。肋から、背骨から、全身の全ての骨が砕け散るような凄まじい衝撃を堪え、雲仙は微笑む。
「ぐふっ……」
 バロンは嫌な気配を感じて飛び退く。雲仙は喉元に強烈な異物感を覚え、次の瞬間には急成長した蟲が口を引き裂いて上体を露にする。
「あいつが本体よ、バロン!」
「……そのようだ」
 雲仙の体を苗床としていた蟲は、次々と体表を食い破って現れ、あたかも一匹の蟲のように振る舞う。鋭利で金属の質感を思わせる四つの足に、百足のような頭部に、蟷螂のような腕、蠍のような尾を持っていた。
「……どうすれば?」
「あんなんでも寄生元からエネルギーを吸収してるみたいよ。つまり、さっきの竜人の体を引き剥がせばいいってことね」
 雲仙が二人へ腕を振り下ろす。エリアルが杖で軽く受け流し、そして頭部へ瞬間移動し、杖を突き刺して、二枚に捌く。が、蟲はすぐに修復し、二人へ猛進する。バロンが右前足へ向けて強烈な拳を叩き込むと、雲仙は勢い余ってこけ、エリアルが蟲たちの体の中心にある竜人の体を杖で引き剥がし、投げ捨てる。すると、蟲たちは瞬く間に痩せ細り、灰になって散る。空中で身を委ねてきたエリアルをバロンが受け止める。
「ありがと、バロン」
「……当然のことだ」
 バロンはエリアルを降ろす。
「しかし、視覚的にはグロいわね」
「……まあ、蟲は好みが分かれるところだな」
「私はそこそこ好きなのよね。タンガロアだと色んな種類がいたし」
「……僕は特にこれと言って何も思わない」
 エリアルは杖を腰に挿す。
「蟲を育てているところがこの先の山にあるらしいの。さっきのやつが言ってた不知火忍軍も、そこにいるはずよ」
「……ふむ」
「でね、あいつらが言ってたことなんだけど……メイヴが、蟲の苗床にされてるかもなの」
「……何」
「それに、九竜の気配もあの山からするの」
「……行かない理由がない、か」
「そういうこと」
「……なら急ごう」
 二人は城下を駆け抜けていく。

 金城山・大仏殿前
 エリアルたちが大仏殿の前の広場に辿り着く。大仏殿の前に均等に並べられた柱の上に、竜人と狸が居た。
「ここまでの戦い、見事だった」
 竜人が口を開き、狸が続く。
「山道の者共が相手にならぬのはわかっていたが、玄海様や不知火様でさえ手をこまねくなど初めての事態だからな」
 竜人が背に装備していた巨大な十字の剣を二つ抜く。
「我が名は豊後。不知火忍軍の一人」
 狸は背に挿していた太刀を抜く。
「我が名は豊前。不知火忍軍が一人なり」
 そして両者が柱から飛び立ち、着地する。
「だってさ、バロン」
「……一人ずつ相手にする他あるまい」
 エリアルが杖を構え、豊後と、バロンは豊前と向かい合う。
「不死身の男か」
「……そう呼ばれているらしいな」
「何度でも殺す、ただそれだけのことよ」
 豊前はどっしりと、刀を両手で構える。鋭い踏み込みから瞬時に突きを放ち、防御したバロンの右腕を貫通させる。素早く後退し、バロンの反撃を封じる。
「……速いな」
「日の本では武芸に長けぬ男と、家事に優れぬ女は肩身が狭うてな。不知火忍軍が最低限の規模を維持するためには武芸を見世物にせざるを得なかったのだよ」
「……」
 バロンは素早く踏み込み、拳を振り下ろす。豊前は見切って横に躱し、渾身の力で一文字に振り下ろし、バロンがそれを弾くと、怯まずにもう一度続けて一文字に振り下ろす。バロンはわざと懐にすり寄り、撃掌を叩き込む。豊前は予想外の攻撃に対応できず、腹から煙を上げながら吹き飛ばされる。豊前はすぐに体勢を立て直し、刀を構え直す。バロンが突っ込んできて、豊前は上手く往なし、横に振る。バロンは踵で刀を弾き、続けて放つアッパーを豊前はギリギリで躱し、カウンターに突きを放つ。それは肘で受け流され、鼻先に強烈な拳を受けて鼻が潰れ、縦回転しながら吹き飛ばされる。木に叩きつけられて豊前は着地する。
「本当に人間なのか、この男は……!」
 豊前が体勢を立て直すより先にバロンの右拳が額に届き、豊前の頭を叩き割る。豊前はどうやって持ちこたえたのか、バロンの右腕を両手で掴む。
「まだ終わってはおらぬぞ……!」
 豊前の顔面を蟲が修復して繋ぎ止め、両腕が唐突に肥大化してバロンを押し返す。
「……蟲の力か」
「否。これは我らの力。蟲は道具ではない、同志だ」
「……」
 豊前は刀を掴み、おぞましい咆哮を放つ。
「死ぬがいい、不死身の男!」
 先ほどの鋭さは無いが、膨れ上がった筋肉から来るパワーで、刀を叩きつけた地面が砕ける。バロンは後退し、即座に踏み込みながら拳を放つ。豊前は無理矢理刀を振るって拳を弾き、空いた片腕で張り手を放つ。バロンは手刀で豊前の手を切り裂き、刀を持つ手に抱きついてへし折り、刀を奪って上空から豊前の首に突き刺し、捻り、頭部を内部の蟲ごと引きずり出す。最後に蟲と頭を引き剥がし、そのどちらをも投げ捨てる。頭はまだ余力があったようで、ゆるりと口を動かす。
「われ……らの……ねがい……も……また……ふじみなり……」
 完全に事切れ、豊前の体は地面に倒れた。バロンが呼吸を落ち着けると、甲高い金属音が隣から聞こえた。エリアルの杖が豊後の剣を弾き、隙を逃さずエリアルが強烈な蹴りを豊後の腹に極め、吹き飛ばす。豊後は受け身を取り、柱の上に立つ。
「まさか、おなごに遅れを取ろうとは」
 エリアルは杖を地面に向ける。
「戦いに性別は関係ないはずよ?単純な力比べでも負ける気はないし」
「なれば、技の勝負といこう」
 豊後が同時に剣を投げつけ、独特の軌道を描いて前後からエリアルを狙う。エリアルは回転をかけながら飛び、二つの剣の隙間を潜り、更に杖で剣を一本掠めとり、豊後に投げ返す。豊後は身を翻しながら投げ返された剣を掴み、接近してきたエリアルと打ち合う。
「埋められぬ力の差、か……」
「ドキドキするでしょ?」
 豊後が力では押し負けると悟ったのか後退し、エリアルは杖の軌跡から水圧の刃を産み出して追撃する。それを受けた豊後は姿勢を崩し、そのままエリアルに頭を掴まれて地面に叩きつけられ、杖で喉を切り裂かれ、そのまま蟲を引きずり出されて息絶える。エリアルは杖から蟲を投げ捨て、バロンと合流する。
「この奥にメイヴがいるのかしら」
「……わからん。だが、彼らの本拠地であることに変わりはない。警戒していこう」
 二人は大仏殿の大きな扉を開ける。
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