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三千世界・原初(7)

第三話 「煉獄の病鼠」

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 アフリカ大陸中部・時空断層
 砂漠を抜け、都市の残骸をいくつか抜けた一行を待ち受けていたのは、オーロラのような光が噴出する、飛び石だらけの空間だった。
「何ここ」
 エリアルが目を輝かせる。
「ここが噂に聞く時空断層!?」
 興奮気味に上ずった声に、ヘラクレスが続く。
「その通り……外部からの干渉を受けた宇宙はどこかに綻びを生む……それが、時空断層」
「時空断層といえば色んな世界から流れ着いた色んな存在がいるって言うわよね」
 ヘラクレスが頷く。
「九竜の撃破を目論むのなら……無駄な消耗をせず……表層を進み続ければいい」
 天空から声が響く。
「おや、目の前に素晴らしい餌があるのに飛び付かないのですか?」
 そして轟音と共に、クインエンデが一行の後方に着地する。
「……まずいっ!」
 バロンが叫んだ瞬間、クインエンデが起こした爆風に飛ばされ、一行は時空断層の中へ放り込まれる。

 時空断層 アウァールス・アルビトリウム
 バロンとメイヴが緩やかに岩場に着地し、周囲を見渡す。
「……まさか奇襲を受けるとはな」
「奇襲とも言いがたいけどね。アタシが思うに、アイツはアタシ達を殺そうと思えば瞬殺できたはずよ。アタシはバロンほど戦いに慣れてはないけど、間違いなく、攻撃の誘導が甘かった」
「……」
 バロンがメイヴを見つめる。
「な、なに?あ、もしかしてアタシの考察能力の高さに惚れ直して子孫残したくなった?もちろんアタシはいつでも準備オッ……」
「……ふん。見直した瞬間に評価が下がった」
「あらそう?アタシは嫌がるのを無理矢理犯してもいいし、なんなら野外でも構わないわよ?」
「……理解できんな」
 二人は岩場を進み始める。
「……ヘラクレスとエリアルはこの場所について詳しく知っているようだったが……君はどうだ、メイヴ」
「知らないわよ。本とか好きじゃないし。お酒を飲んで、イケメンに尽くさせて、セックスして、食い潰して捨てる、その繰り返しよ」
「……それでよく国が持ったな」
「ええ。だってアタシ、カリスマだもの。こんな完璧で美しい存在に靡かない男も女も居ないでしょ?ま、バロンもエリアルも、シンもいずれアタシの魅力に屈するわ」
「……その日が来ないことを祈る」
「見たところ、バロンって明らかに服の上からでもはっきりデカいってわかるわよね」
「……やめろ、セクハラだぞ」
 二人がしょうもない会話を繰り広げながら進み続けると、広い岩場に出る。
「……色んな時代から流れ着いた色々な存在……」
 バロンはエリアルが言っていたことを繰り返す。
「色んな時代って言ってもね」
 メイヴが上を見上げる。
「どうにかして上に行かないと九竜のところに行けないわ」
「……先に進むしかないか」
 二人が再び先へ進もうとした瞬間、何者かの気配を感じて周囲を警戒する。そして上空から、音もなく短い銀髪の少女が舞い降りてくる。着地と共に、大きくつぶらな瞳を見開く。
「やあ、お久しぶりだね。僕の名前はマントラ。インドミナスシリーズの最新作さ」
 少女――マントラは、意味不明な文言を捲し立てる。
「……何者だ」
「やだなあ、もう言っただろう?僕はインドミナス・マントラ。煉獄の病鼠だよ。様々な種類の猛毒を撒き散らし、周囲の環境を極限を越えて汚染する、それが僕の設計思想さ」
 マントラがフリルのたくさんついた可愛らしい服の袖を振るうと、禍々しい粒子が振り撒かれて岩場に落ちる。
「生物って言うのは単純でさ、こうやって……」
 スカートの裾を摘まみ、たくしあげる。
「変な想像を想起させながら甘く囁くだけで隙を晒してくれるんだよね。そこに」
 マントラは大きく口を開ける。
「……!」
 どのような攻撃か咄嗟に気付いたバロンがメイヴを抱えて飛び退く。マントラの幼さの残る艶めいた口から、極彩色のゲロが飛びだし、ジェット噴射のように縦に薙ぎ払われる。態勢を立て直した二人に、マントラは口内に残ったのであろう溶けかけの骨を吐き出して話を続ける。
「雌には興味ない女王と、愛妻家の最も偉大な人類グレート・オールド・ワンか」
 独り言を呟くマントラを見て、二人は頷く。
「また意味不明なやつだけど……敵ってことはわかるわね」
「……そのようだな」
 戦闘態勢に入った二人を見て、マントラは微笑む。
「エラン・ヴィタールで明人に負けてからずっとここに居たけど……これは僥倖だねぇ!」
 メイヴが先手を打って鞭を振るい、足場を削ぎとって岩を飛ばす。マントラは微動だにせず、岩が直撃する。次の瞬間、岩はどろどろに溶けて、煙を上げながら消滅する。
「毒にも色々種類があるんだよね。でも共通するのは一つ。外敵を打ち倒すことに特化してるってこと!」
 小柄な体からは想像もできぬほどの速度で飛び出したマントラと、バロンが拳をぶつけ合う。マントラは拳を受け流し、爪先で斬撃を加えながら飛び退く。バロンは斬撃を躱し、着地点に闘気の塊を放つ。マントラは腕を交差させて防ぐも、大きく仰け反る。そこを逃さず、メイヴの鞭が叩き込まれる。マントラは眼を剥きながら吹き飛ばされ、受け身を取る。鞭を手元に戻したメイヴは、違和感を感じる。マントラの腹に当たった部分が腐食を始めていたのである。
「ちっ、思ってるより面倒ね、あれ」
「……他者の傷を癒すのはエリアルしか出来ないからな」
 バロンの拳も煙を上げながら薄皮が火傷を起こしている。
「ああ、これが戦いの快楽……これがまさに理想郷の姿だよ、我が主!」
 マントラは天を仰ぎ、狂乱の声を上げる。
「痛みと快楽に、喜びと苦しみを同時に味わう!ああ、今すぐにでも君に伝えたいよ、主ぃ!」
 大きく顔を歪めて、獣のように暴れ狂いながらマントラは二人へ突っ込む。バロンが冷静に地面を叩き、岩を隆起させて壁とし、マントラはそれに激突する。嬉々としてマントラは岩壁に頭をひたすら叩きつけ、それを粉砕し、バロンの首を掴んで組み伏せる。メイヴが横からマントラのこめかみに膝蹴りをぶつけて吹き飛ばし、解放されたバロンが闘気の光線で追い打ちする。マントラは縦に転がりながら吹き飛ばされ、だが痛みを感じていないかのように立ち上がる。
「痛くって痛くてしょうがないのに、痛いのがうれしい……気持ちよくて気持ちよくてしょうがないのに、気持ちいいのが不快……ああ、矛盾を孕むのが理想郷なんだね……」
 マントラは強く噛み締める。
「兵器《私たち》は、かくあるために生まれてきたのかなぁ……」
 奥歯のほうから、青い液体が唾液と混ざって垂れ落ちてくる。マントラが左手で服を掴み、脱ぎ捨てる。そこには、ヒトの体裁を保つための皮膚すらなく、まるで甲冑のような彼女の素体があった。頭が変形し、フードを被った骸骨のようになる。残った四肢も醜く変貌し、黒い肉塊のようながっしりとした体躯を見せる。
「行くよぉ!」
 手に持った巨大な鉈を地面に突き刺し、それでトレイルをひきながらバロンへ突進する。バロンの眼前で振り上げられた鉈を彼は躱し、マントラは鉈を地面に強く差し込む。バロンを追うように刺さった穴から血塗れの鉄針が吹き出してくる。バロンがその攻撃を躱し、メイヴが横から強烈な蹴りをマントラにぶつける。よろけるが、マントラは毒を纏わせた拳でメイヴを殴り、遥か向こうに吹き飛ばす。バロンがそこに裏拳を合わせ、マントラは武器から強制的に引き剥がされる。バロンが放つ連撃を同じように合わせて弾き、一瞬の隙を狙って殴打の主導権を握る。マントラはそのままバロンを押し返し、少々大振りの攻撃でわざと距離を取らせ、鉈を掴みつつその勢いで薙ぎ払う。が、そんな攻撃はバロンも読みきっており、腹に突き刺さるほどの威力の拳を受け、そのまま体内で闘気を炸裂させられ、上半身と下半身が千切れる。バロンの拳は凄まじく腐食していたが、構わず彼はメイヴのもとへ駆け寄る。
「……大丈夫か」
「もちろん……女王の完璧な体は傷つかないわ」
 メイヴが立ち上がり、マントラの上半身の方を見る。なんとマントラはまだ息があるようで、追いかけてきた下半身と融合し、元の姿に戻る。
「……さて、どうしたものか……」
「こんなのまともにやりあってられないわ。どうにかして、打開策を見つけないと」
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