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三千世界・原初(7)

第一話 「旧き時代の海原よ」

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 ※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


 さて――これは異史の一つの可能性、その終局であった。時間を括り上げ、支配せんとした救世主は崩れ折れ、その思いは一人の青年に託された。どうかな、箸休めにはなっただろう。では、正史の話に戻ろう。
 これはこの宇宙の最初の世界の話。前の世界にて、コルンツ一家が全てを巻き込んで全てを崩壊させた状態から生まれた、混沌の幕開けだ。

 ――……――……――
「ん……」
 長い黒髪の美少年が目を覚まして起き上がると、眼前には尋常でないほど巨大な沙羅双樹が生えていた。人と同じサイズなど遥かに越え、雲を貫いて、まるで大木のようにその威容を放っている。
「僕たちは勝ったのか……いや、こうしてまだ足の踏み場があるってことは、まだ何も出来ていないってことか」
 美少年は、傍に倒れていたピンク髪の女を足で小突く。女は立ち上がり、美少年を抱き締める。
「ラータくん!生きていたんですね!」
「もちろんだよ、ベリエ。でも、その臭い体を擦り付けていいって誰が言った?」
「こ、これは失礼をば――」
 急いで離れようとするベリエを抱き締め返し、そのまま放り投げる。
「がはぁっ!?す、すみませんラータくん……」
 背中から地面に落下したベリエに、ラータは冷たい視線を向ける。
「全く、犬の糞みたいな匂いが僕の服に移ったらどうしてくれるんだ。僕に触れていいのは上姉上と兄上だけだ」
 ラータは沙羅双樹を見上げる。
「ところで――」
 そして起き上がったベリエを蹴り飛ばす。
「ベリエ、ここはどこだ?」
 ベリエは度重なる暴力に興奮で顔を紅潮させながら立ち上がる。
「え、えっとですねえ……恐らくあの決戦で世界が滅び、他の世界の創造に我々が巻き込まれたのかと……」
「ふーん。つまり、他人の世界に連れてこられたってわけね」
 ラータは口端を上げる。
「面白いじゃん。今度こそ兄上の生きた全ての痕跡を消し去るために、完璧な作戦を練るとしよう。行くぞ、ベリエ」
 ラータは沙羅双樹を目指して歩く。

 ――……――……――
 朧気な景色の向こうに、倒れた大男が見える。その傍には紺色の髪の少女と、金髪の少女、二人の死体があった。自分は、何を思ったのか真っ直ぐ歩き、大男を抱え上げる。
「嘘でしょ、バロン……あんたが、ゼノビアにやられるなんてさ……私、ずっとあんたのこと……大好き、だったのに……」
 大男を抱き締めると、心の底から邪悪な感情が生まれてくる。妻であった金髪の少女は既に息絶えている。恋敵だった紺髪の少女も死んでいる。外では同じくこの大男を求めていた者たちが世界を破壊する勢いで争いあっている。
「私が……バロンを……独り占めできる……?まさか……ね……」
 大男の頬に触れ、手に持っていた杖に大男を吸収する。
「後はエラン・ヴィタールに行けば……」
 その場から踵を返し、歩き去る。
 ――……――……――

 海上神性都市タンガロア
「んはっ!?」
 エリアルが体を飛び起こすと、そこは自宅のベッドの上だった。
「何なの、今の夢……成人の儀式が近いから緊張してるのかな」
 ベッドから出て、欠伸をひとつする。扉を開けてリビングへ行くと、母親が座ったピーナッツを食べていた。
「おはよ、母さん」
 エリアルがそう言うと、母親は釣竿を投げて渡す。
「おはよ。ごめんけど、朝のお仕事してきて」
「えー」
「えーじゃなくて?」
「はい」
 母親の圧に押され、仕方なくエリアルは外へ出る。
「はーあ、めんどくさ……」
 砂浜にある集落に住んでいるエリアルは、朝の海岸を歩いて桟橋まで向かう。と、打ち上げられた人間を見つけたエリアルは、その傍まで近寄る。その人間は誰が見ても漂流などしなさそうな筋骨隆々の大男であり、そのがたいに反して繊細な美形だった。
「おーい、君、生きてるかーい」
 エリアルが傍にしゃがんで頬をつつく。反応はない。
「参ったなあ……ここに放置するのもあれだし、こんな朝っぱらだと起きてる人も少ないだろうし」
 と、その時男が目覚めて起き上がる。
「わっ!?急に起きないでよ」
 エリアルの反応に反して、男はきょとんとしている。
「……ええっと、あの……お姉さん、ここはどこですか?」
 男は物腰を低くそう尋ねてくる。
「ここはタンガロア。大昔に死んだ海の神様の死体の上に作られてる島よ」
「……ええっと、バロンと言います」
「私はエリアルよ」
「……エリアルさん、しばらく自分を家に置いていただけませんか……」
「え?別にいいけど……母さんに聞いてみないと」
「……腕っぷしには自信があるので、どうか」
「(なんか変なやつ……まあいいや)それはいいんだけど、一つお願いを聞いてもらっていい?」
「……はい、なんでしょうか」
 エリアルは釣竿をバロンに差し出す。
「私の代わりになんか食べられる魚を釣ってきてよ」
 バロンは釣竿をまじまじと見る。
「……素手で捕まえてもいいですか」
「いいけど、そんなことできるの?」
「……もちろん」
 二人は立ち上がり、桟橋まで歩いていく。
「それにしてもゴツいわね、君。なんでここまで流されてるの?」
「……さあ……それは僕にもわかりません」
「流される前に何してたとか覚えてる?」
「……それもよくわかりません……あ、でも趣味は覚えていますよ」
「へえ、何するの?」
「……模型を作ることです」
「模型?」
「……船とか、家とか」
「へえ。その見た目の割に手先が器用なのね」
 と、桟橋の先端までたどり着く。
「……では行きます」
 バロンは海に躊躇なく飛び込み、次々と魚が桟橋に叩きつけられる。しばらくしてバロンは海から上がる。
「えーっと……」
 自分の周りでびちびち跳ねる魚を見て、エリアルは言葉につまる。
「……どうだろうか」
「どうだろうかじゃないわよ!」
「……申し訳な――」
 エリアルはバロンに抱きつく。
「申し訳なくないわ!最っ高よ!君がいれば毎日食卓が豪華になるわ!」
「……そ、そうですか……それはどうも」
 エリアルは魚を魚籠に詰め込み、バロンに抱えさせる。
「いやあ、大漁大漁」
 二人は元来た道を戻り、家の扉を開ける。
「ただいまー!」
 と、母親がすぐに出てくる。
「ちょっとエリアル、またサボって……って、その子は?」
 母親は後ろにいる魚籠を持った大男に視線を向ける。
「……どうも。バロンと申します」
「ああどうも……ちょっとエリアル、この子誰」
 エリアルは肩を竦める。
「海岸に打ち上げられてたの。んで、釣りを手伝ってもらったらこんないっぱい魚を獲ってきてくれたの」
 母親はバロンへ近づく。
「……あの……しばらくの間泊めていただけないかと……」
「ふーん……まあ、少しならいいわよ。さ、朝御飯作るから座って」
 エリアルが笑顔で手を上げる。
「やったねバロン!」
「……え、えと……今のでいいのかな?」
「もちろん!」
 バロンは魚籠を台所まで持っていき、エリアルと共に椅子につく。
「そういや、バロンって何歳?」
「……二十七」
「私明日で二十歳なんだよね。まさかバロンが七歳も年上なんて思わなかったけど」
「……そう……ですか?」
「うん。めっちゃ童顔だし。あ、あとさ、その敬語やめない?」
「……と言うと」
「いや、腰が低すぎるっていうかさ。とにかく、タメ語でいいよ」
 バロンは肩を撫で下ろして息をする。
「……すまない、感謝する。どうにも他人との距離を測るのが苦手でな。それで、お母さんはなんという名前なんだ?」
「エミリアよ」
「……親父さんは?」
「さあ?私がちっさいころに海に出て死んだらしいし、よく知らないわ」
「……すまない」
「なんで謝ってるの?別に面識のない人が一人死んだくらいでなんか思うわけないじゃん」
「……そういうものか。君がそれでいいならいいが……」
「あ、そうだ。バロン、この後森の方に行こうと思ってるんだけど、ついてきてくれる?」
「……無論。しばらくはここに労働力としていさせてもらうからな」
 と、二人が駄弁っていると、エミリアが刺身の乗った皿を机に置く。
「さ、お食べなさいな。私は魚を近所に配って回るから」
 エミリアはそう言って立ち去ろうとするが、エリアルが呼び止める。
「ねね、これ食べ終わったら森の方に行ってくるね」
「わかったわ」
 エミリアは出ていった。
「……適当に打ち上げたからよくわかっていないんだが、これはどういう魚なんだ?」
「白身魚」
「……具体的には?」
「知らないわよ。食べられればなんでもいいでしょ」
 二人は手短に刺身を食べ終え、立ち上がる。
「んじゃ、森に行くわよ」
 エリアルが杖を手に取り、本を腰に提げる。
「……それで、森には何をしに行くんだ?」
 バロンが尋ねると、エリアルは杖を背中に納めつつ答える。
「遺跡があるのよ。そこはここじゃ聖域って言われてるんだけど、そこが本当は何のためにあるのか知りたいの」
「……知りたい、か。いい心構えだな」
「そう?ここじゃ好奇心は持て余しがちなのよね。そうやって肯定してもらえると嬉しいわ」
 エリアルは台所の裏口に行く。バロンもそれについていく。
「さて、見つかると面倒だし隠れていきましょ」
「……見つかると面倒ならなぜエミリアさんに伝えたんだ?」
「母さんに騒がれても困るのよ」
 二人は裏口から外へ出ていく。
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