155 / 568
三千世界・終幕(5)
バロン編 第一話
しおりを挟む
無明桃源郷シャングリラ・終期次元領域
「ようやく一度目の終焉が訪れんとしているな、エメル」
狂竜王が横に座るエメルへ言葉を投げ掛ける。
「ふわぁ……退屈ですね。こんなことなら、クライシスの時、意地でもエリアルから彼を奪っておけば……」
エメルは一人でチェスと将棋とオセロを打っていた。
「いいえ、手持ちの駒が変わらぬ戦いなど、なんの愉悦もない……」
と、そこへ闇を裂いて深淵が現れる。
「アルヴァナ。ウル・レコン・バスク、今ここに帰還した」
狂竜王は軽く頷き、自ら作り出した闇に座る。
「エメル」
深淵はエメルを睥睨し、問いかける。
「なんでしょうか」
「アルヴァナや、我ら真竜は不死であると思うか」
「いいえ。なぜなら――この始源世界より続く計画、全ては狂竜王を殺し、私の親友を眠らせてあげるためにあるのですから」
「その通りだ。この世に不死たるものなど存在しない。老化した宇宙を滅ぼす汝なら知らぬはずもないか。我ら真竜も、アルヴァナも、王龍の極みたるボーラスも、いずれ死ぬ」
深淵は闇に溶ける。
「〝深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている〟。だが、なぜ覗かれる側が深淵であると決めつけられているのか。我々の表層こそが深淵であり、深層こそが我らが普段思う表層ではないのか」
エメルは三つのボードゲームで同時に止めを刺しつつ呟く。
「とある救世主の言葉を借りるならば〝相克相生で物事を測ること自体が間違いであり、全ては表裏一体、裏の裏は裏、表の裏は表なのだ〟ということです」
狂竜王はエメルが雑に吹き飛ばした白のキングを拾い上げる。
「信頼できる味方と、倒すべき敵。意思あるものは皆、この世界を二項対立で結論付けようとしたがる。実在しない巨大な何かに自分自身を生け贄とし、思考を放棄したがるのだ。ルールに身を委ね、敵を倒すことだけに思考の全てを投げ捨てる、まるでボードゲームのように」
そして白のキングを盤面に戻す。更に玉将を盤面に戻し、オセロの最後に裏返った黒を白に戻す。
「だが世界はその程度の形式は気にも留めない。世界にルールなど存在し得ないからだ。古代世界の人間が考えた物理法則など凄まじく寂寥としているだけだ。世界というのは何者にも解明できない。だが同時に、何者にも定義する権利がある。問題はその定義の力が、他の、元ある世界を揺らがし刻み付けるほどのものかどうかというところだ」
エメルは微笑む。
「なるほど、どれだけ無理を押し通す力があるか、そういうことですね?」
「その通りだ」
「すごく合点が行きました。なぜあの忌々しい日にゼノビアごときにバロンが殺せたのか……余りにも破壊的な感情の波は世界を形作るシフルにすら干渉する……いい、アイデアを思い付きました……!」
エメルはその場を離れ、階段をゆるりと降りていく。
北アメリカ区・サンフランシスコ海岸
「……うっ……くっ……」
海の潮騒でバロンが目を覚ます。程よい柔らかさの何か――というよりエリアル――が自分の腹の上で気絶していることに尋常でないほど緊張したバロンはすぐにエリアルの肩を揺する。エリアルはすぐに寝惚けつつも目覚める。二人は起き上がり、周囲を確認する。
「……ここが古代世界……」
「そうね……北アメリカ、ワールドアルカディアズの近くみたい」
「……ワールドアルカディアズ?」
「北アメリカの西側一帯のことだと思えばいいわ。因みに東はエレクトリカルルインって呼んでる」
「……とにかくニルヴァーナに行かないとな」
「ちょっと待って」
歩き出そうとするバロンをエリアルは呼び止め、そちらへ向かせる。
「ニルヴァーナに繋がるのは日本の福岡上空よ。あそこだけが異界化していて、そこからニルヴァーナに繋がってる」
「……それはどこに?」
「ここから西へ太平洋を横断するか、東へ大陸をいくつか乗り継ぐか」
「……遠いな……」
「ええ。だから、気を引き締めていきましょ」
「……大丈夫だ。君がいるからな」
「ッ……!?バカ!そういうことは今言わなくていいの!」
エリアルは赤面し、顔を背ける。
「……可愛い」
「もういいから!さっさと行くわよ!」
「……ああ」
海岸から道路に出ると、先進的なコンクリートの建物に挟まれた小道から、首に釘の突き刺さった人型の何かが現れる。
「プロメテウス・ベルムね」
「……プロメテウス・ベルムとは?」
「来須月香が作り出したスペラ・ベルム。それを小型化、人間が纏う外骨格に作り替えたもの、それがプロメテウス・ベルム。この北アメリカ一帯を支配している穴井が作ったものね。見つかると面倒だわ。隠れながら――」
バロンはエリアルを抱き抱えて左に飛ぶ。銃弾が後方から虚空を裂く。
「……どうやらもう手遅れらしい」
バロンを囲むようにプロメテウス・ベルムが銃を構えている。
「……」
プロメテウス・ベルムは銃を構えたままで、他に何もしようとしない。
「……どういうことだ」
プロメテウス・ベルムの間から一人の少年が現れる。赤いマントを靡かせ、軍刀を提げたその少年が手を上げると、プロメテウス・ベルムは一列に並ぶ。
「バロン、よく戻ったな」
少年はバロンへ近づくが、バロンは警戒する。
「バロン、彼はワールドアルカディアズの長、穴井悠雷よ」
「……ここの主ということか」
バロンはエリアルを離し、少年と向かい合う。
「……何の用だ、支部長」
「お前が帰ってくるのを待っていた。バロン・エウレカ。クライシスの日に壊れたお前ではなく、その女が作り出した、求められたお前をな」
「……何のことだ?」
バロンが僅かに後ろを確認すると、エリアルは俯いていた。バロンは穴井へ向き直る。
「……それで、本題に入らないのか」
「お前に協力してほしい。Chaos社を討つためにな」
両者は沈黙する。
「……正直に言って、信用できない」
「仕方ない。ならば……」
穴井が長剣を引き抜こうとすると、道路の遠くから凄まじい闘気と共に声が響く。
「ならば、その男は俺が頂く。引け、ガウェイン」
ローブを纏った黒銀の竜人が、青い闘気を発しつつ接近してくる。穴井が顎で使うと、プロメテウス・ベルムがバロンたちと竜人の間に整列し、アサルトライフルを連射する。その弾が着弾するより先にローブが宙を舞い、プロメテウス・ベルムの内の一人が細切れになる。そして高速の斬撃で銃弾を全て弾き返す。
「そんな豆鉄砲にどれだけの価値がある。いい加減目を覚ましたらどうだ、貴様ら」
黒銀の竜人――ゼロが青い闘気の刀を納めると同時に、プロメテウス・ベルムは全て粉砕され、風に消える。
「ゼロ……!」
穴井がゼロをバロン越しに見つめる。ゼロは立ち上がり、バロンたちへ向き直る。
「神子と宙核は俺がもらう。そいつらは俺がクラエスと戦うための入場料だ。それに……蒼の神子。貴様は今まで重ねた罪の重さを、改めて自覚するべきだ」
ゼロはエリアルへ刀を向け、バロンがそれを遮るように前へ出る。
「……穴井もお前も、一体エリアルの何を知っているんだ。僕が納得できる答えが無いのなら、僕はエリアルを守るために」
バロンは真っ直ぐにゼロを見据える。
「フン……俺もアルメールの言葉など信じる気はないが、クラエスともう一度敵同士として戦うにはこれしかあるまい」
ゼロは刀を消し、冷気と共に籠手のように腕に闘気を纏わせる。
「バロン、貴様はヴァナ・ファキナを知っているか」
「……ヴァナ・ファキナ?」
「杉原明人とやらに取りついた王龍……竜という種族の中で最も強欲にして、傲慢な竜……それが、その女から生まれた」
「……正気か、お前」
ゼロの両腕を氷の籠手が覆い、尋常でない殺気が周囲に漂い始める。
「俺の名はゼロ。帝都軍団長、竜王種の王子であり、貴様の命を貰い受けるものだ」
「……仕方ない。僕はエリアルを守る!」
ゼロが瞬間移動から強烈なパンチをバロンへ向けると、バロンは左腕で受け流し、肩で胸へ衝撃を加えて右手で闘気の衝撃を叩き込む。ゼロは籠手を砕き、青い闘気の刀を産み出す。そして恐るべき早さのバロンの追撃を腕で弾き、バロンの頭上へ瞬間移動して、抜刀しつつ急降下する。バロンは刀を裏拳で弾き、回し蹴りからの踵落とし、更に踏み込んで左手で撃掌を叩き込んで後退させる。
「ぐふっ……」
ゼロは崩れ、刀で地面を突いて体を支える。
「流石は始まりの人間……俺やクラエスの比ではないということか」
そして立ち上がり、分身を二体生み出す。
「少々卑怯な手を使わざるを得ないか」
ゼロはそう呟き、分身と共にバロンへ攻撃を仕掛ける。二体の分身が交差するように突進しつつ抜刀し、バロンはその分身を同時に受け止め、叩きつけて破壊する。そこへ光の刃が掃射され、バロンへ全て突き刺さる。バロンは一時的に体が動かず、ゼロに蹴り飛ばされる。ゼロの刺し殺すような視線に、エリアルは怯む。
「貴様がアウルからバロンを引き剥がして、ゼノビアの攻撃で瀕死だったこいつを都合よく書き換えたんだろう、神子」
エリアルへ刀を向けると、バロンは根性で動いてゼロへ攻撃しようとするが、頭上から雨のように降り注ぐ光の刃でまたその場に釘付けにされる。
「神子の精神干渉であらゆる外部操作を弾く貴様も、俺の瞬滅刃で物理的に動けなくなれば自由に動けまい。それ以上無理に動けば、貴様の体は細切れになる」
ゼロの言葉を無視して、バロンは力ずくで動こうとする。その度にバロンの体の節々から表皮を引き裂いて光の刃が湧き出る。
「ガウェイン。貴様はその女がどれだけ凶悪な存在か理解していないようだが、神子と宙核を明人にぶつければ、Chaos社以上の脅威が世界を覆うと気付かんのか?」
穴井は真顔のまま、ゼロと視線を交わす。
「僕は竜を滅ぼし、人の世界を作るためにここにいる。彼女がヴァナ・ファキナの原因であるというお前の話が真実であったとしても、彼女自身に罪はない」
その言葉を聞いて、ゼロは一笑に付す。
「笑止千万。王にも民にも盾にも剣にもなれん男だ、貴様は」
ゼロとガウェインが今まさにぶつかろうとしたとき、道路脇の施設の上から声が響く。
「感動の再会だな、バロン、エリアル!」
赤黒い竜人が屋上から道路に飛び降り、エリアルと穴井はその竜人を見て目を見開く。
「うげっ、アルメール!」
「ライオネル!?なぜここに!?」
アルメールは二人の反応と、バロンの必死な目線、ゼロの冷笑を浴びて、白い牙を見せて微笑む。
「ガウェイン。すまないが、今はお前と話をしてる場合じゃないんだよ。エリアル、久しいな。クライシスの時以来――いや、今のお前となら、アヴァロン以来か。相変わらず、麗しの王子様で自慰に耽ってるみたいだが、お前の願望だけが暴走したあの龍の始末をつけないのかい?」
エリアルはようやく沈黙を(悲鳴以外で)破り、口を開く。
「私自身、私利私欲のために彼を利用していたのは認めるわ。けど、私は本気でバロンのことを愛してる。余りにも長い月日の中で砕けて、再構成されたヴァナ・ファキナは、元は私の願望だったとしても、私だってよくわかんないし、ただの世界の害なだけ。私とはほぼ関係ないわ」
アルメールは薄ら笑いを浮かべ、崩れ折れているバロンへ視線を向ける。
「バロン、お前もいい加減に目を覚ましたらどうだ?worldBの戦いを見ていたが、アウルのことも思い出せていないとはなあ」
膝を折り、バロンの顎に手を添える。
「アウルは俺がもらおうか。いい女だからな」
「……お前は……何を言っているんだ……」
バロンの怪訝な表情に、アルメールは更に笑みを深める。
「まさか本当にアウルを覚えていないのか。はぁ……なるほどな。まあいい。これ以上は我が王の計画の邪魔になる」
アルメールは真顔に戻ると、立ち上がる。
「行くぞ、ゼロ。これ以上の干渉は無用だ」
そして踵を返すが、ゼロはその場に留まる。
「ゼロ、どうした?」
ゼロはエリアルに視線を向けたまま動かない。
「確かに、美貌は貴様の妹にも劣らんな、アルメール」
身を翻し、ゼロはアルメールと共に去っていく。
「惚れたか?」
「下らん。貴様もバロンも、好きなだけ惚けていろ」
ゼロが切り裂いた空間に、二人は消える。エリアルは直ぐ様バロンへ駆け寄り、傷と共に光の刃を取り除く。
「……すまない、エリアル。君を守れなかった」
「気にしないでいいわ。実際、あなたの方が勝ってたし……」
「……一つ、聞いていいか……」
「なんでも」
「……僕は、君を本当に愛しているんだろうか。僕は……」
エリアルはバロンを抱き寄せる。
「少なくとも私はあなたのことを愛しているわ。だからあなたが気後れしなくていいの」
「……すまない、少し気になった」
バロンとエリアルは立ち上がり、穴井へ向き直る。
「少しだけ協力させてもらうわ……ガウェイン。バロンと私はニルヴァーナに行かないと行けないから」
穴井は頷き、手で二人を促す。バロンとエリアルはそれについていく。
「……エリアル、君がそのヴァナ・ファキナとやらの原因になったというのは本当なのか?」
「ええ、本当よ。遠い昔の世界で、私の知識欲だけが分離した存在、それがヴァナ・ファキナ」
「……君が僕を書き換えたというのは……」
「えっと……それは……」
言い淀むエリアルの肩をバロンは叩く。
「……言いたくないならいい。知らなきゃいけないときが来たら聞かせてくれ」
「わかったわ……」
沈む二人の雰囲気を見かねて、穴井が口を開く。
「ニルヴァーナがあるのはセレスティアル・アークの上空だが、今お前たちがここに来れたのは幸運だったな」
「……どういうことだ?」
「今朝、中国区で来須が死んだ。そして更に言えばDAAが崩落した。確実にChaos社の戦力は落ちている」
「……つまり僕たちが福岡に乗り込みやすいということか?」
「そうだ。詳しい話は後でさせてもらうが、他にも異世界からChaos社を倒すために異世界人がやって来ている」
「ようやく一度目の終焉が訪れんとしているな、エメル」
狂竜王が横に座るエメルへ言葉を投げ掛ける。
「ふわぁ……退屈ですね。こんなことなら、クライシスの時、意地でもエリアルから彼を奪っておけば……」
エメルは一人でチェスと将棋とオセロを打っていた。
「いいえ、手持ちの駒が変わらぬ戦いなど、なんの愉悦もない……」
と、そこへ闇を裂いて深淵が現れる。
「アルヴァナ。ウル・レコン・バスク、今ここに帰還した」
狂竜王は軽く頷き、自ら作り出した闇に座る。
「エメル」
深淵はエメルを睥睨し、問いかける。
「なんでしょうか」
「アルヴァナや、我ら真竜は不死であると思うか」
「いいえ。なぜなら――この始源世界より続く計画、全ては狂竜王を殺し、私の親友を眠らせてあげるためにあるのですから」
「その通りだ。この世に不死たるものなど存在しない。老化した宇宙を滅ぼす汝なら知らぬはずもないか。我ら真竜も、アルヴァナも、王龍の極みたるボーラスも、いずれ死ぬ」
深淵は闇に溶ける。
「〝深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている〟。だが、なぜ覗かれる側が深淵であると決めつけられているのか。我々の表層こそが深淵であり、深層こそが我らが普段思う表層ではないのか」
エメルは三つのボードゲームで同時に止めを刺しつつ呟く。
「とある救世主の言葉を借りるならば〝相克相生で物事を測ること自体が間違いであり、全ては表裏一体、裏の裏は裏、表の裏は表なのだ〟ということです」
狂竜王はエメルが雑に吹き飛ばした白のキングを拾い上げる。
「信頼できる味方と、倒すべき敵。意思あるものは皆、この世界を二項対立で結論付けようとしたがる。実在しない巨大な何かに自分自身を生け贄とし、思考を放棄したがるのだ。ルールに身を委ね、敵を倒すことだけに思考の全てを投げ捨てる、まるでボードゲームのように」
そして白のキングを盤面に戻す。更に玉将を盤面に戻し、オセロの最後に裏返った黒を白に戻す。
「だが世界はその程度の形式は気にも留めない。世界にルールなど存在し得ないからだ。古代世界の人間が考えた物理法則など凄まじく寂寥としているだけだ。世界というのは何者にも解明できない。だが同時に、何者にも定義する権利がある。問題はその定義の力が、他の、元ある世界を揺らがし刻み付けるほどのものかどうかというところだ」
エメルは微笑む。
「なるほど、どれだけ無理を押し通す力があるか、そういうことですね?」
「その通りだ」
「すごく合点が行きました。なぜあの忌々しい日にゼノビアごときにバロンが殺せたのか……余りにも破壊的な感情の波は世界を形作るシフルにすら干渉する……いい、アイデアを思い付きました……!」
エメルはその場を離れ、階段をゆるりと降りていく。
北アメリカ区・サンフランシスコ海岸
「……うっ……くっ……」
海の潮騒でバロンが目を覚ます。程よい柔らかさの何か――というよりエリアル――が自分の腹の上で気絶していることに尋常でないほど緊張したバロンはすぐにエリアルの肩を揺する。エリアルはすぐに寝惚けつつも目覚める。二人は起き上がり、周囲を確認する。
「……ここが古代世界……」
「そうね……北アメリカ、ワールドアルカディアズの近くみたい」
「……ワールドアルカディアズ?」
「北アメリカの西側一帯のことだと思えばいいわ。因みに東はエレクトリカルルインって呼んでる」
「……とにかくニルヴァーナに行かないとな」
「ちょっと待って」
歩き出そうとするバロンをエリアルは呼び止め、そちらへ向かせる。
「ニルヴァーナに繋がるのは日本の福岡上空よ。あそこだけが異界化していて、そこからニルヴァーナに繋がってる」
「……それはどこに?」
「ここから西へ太平洋を横断するか、東へ大陸をいくつか乗り継ぐか」
「……遠いな……」
「ええ。だから、気を引き締めていきましょ」
「……大丈夫だ。君がいるからな」
「ッ……!?バカ!そういうことは今言わなくていいの!」
エリアルは赤面し、顔を背ける。
「……可愛い」
「もういいから!さっさと行くわよ!」
「……ああ」
海岸から道路に出ると、先進的なコンクリートの建物に挟まれた小道から、首に釘の突き刺さった人型の何かが現れる。
「プロメテウス・ベルムね」
「……プロメテウス・ベルムとは?」
「来須月香が作り出したスペラ・ベルム。それを小型化、人間が纏う外骨格に作り替えたもの、それがプロメテウス・ベルム。この北アメリカ一帯を支配している穴井が作ったものね。見つかると面倒だわ。隠れながら――」
バロンはエリアルを抱き抱えて左に飛ぶ。銃弾が後方から虚空を裂く。
「……どうやらもう手遅れらしい」
バロンを囲むようにプロメテウス・ベルムが銃を構えている。
「……」
プロメテウス・ベルムは銃を構えたままで、他に何もしようとしない。
「……どういうことだ」
プロメテウス・ベルムの間から一人の少年が現れる。赤いマントを靡かせ、軍刀を提げたその少年が手を上げると、プロメテウス・ベルムは一列に並ぶ。
「バロン、よく戻ったな」
少年はバロンへ近づくが、バロンは警戒する。
「バロン、彼はワールドアルカディアズの長、穴井悠雷よ」
「……ここの主ということか」
バロンはエリアルを離し、少年と向かい合う。
「……何の用だ、支部長」
「お前が帰ってくるのを待っていた。バロン・エウレカ。クライシスの日に壊れたお前ではなく、その女が作り出した、求められたお前をな」
「……何のことだ?」
バロンが僅かに後ろを確認すると、エリアルは俯いていた。バロンは穴井へ向き直る。
「……それで、本題に入らないのか」
「お前に協力してほしい。Chaos社を討つためにな」
両者は沈黙する。
「……正直に言って、信用できない」
「仕方ない。ならば……」
穴井が長剣を引き抜こうとすると、道路の遠くから凄まじい闘気と共に声が響く。
「ならば、その男は俺が頂く。引け、ガウェイン」
ローブを纏った黒銀の竜人が、青い闘気を発しつつ接近してくる。穴井が顎で使うと、プロメテウス・ベルムがバロンたちと竜人の間に整列し、アサルトライフルを連射する。その弾が着弾するより先にローブが宙を舞い、プロメテウス・ベルムの内の一人が細切れになる。そして高速の斬撃で銃弾を全て弾き返す。
「そんな豆鉄砲にどれだけの価値がある。いい加減目を覚ましたらどうだ、貴様ら」
黒銀の竜人――ゼロが青い闘気の刀を納めると同時に、プロメテウス・ベルムは全て粉砕され、風に消える。
「ゼロ……!」
穴井がゼロをバロン越しに見つめる。ゼロは立ち上がり、バロンたちへ向き直る。
「神子と宙核は俺がもらう。そいつらは俺がクラエスと戦うための入場料だ。それに……蒼の神子。貴様は今まで重ねた罪の重さを、改めて自覚するべきだ」
ゼロはエリアルへ刀を向け、バロンがそれを遮るように前へ出る。
「……穴井もお前も、一体エリアルの何を知っているんだ。僕が納得できる答えが無いのなら、僕はエリアルを守るために」
バロンは真っ直ぐにゼロを見据える。
「フン……俺もアルメールの言葉など信じる気はないが、クラエスともう一度敵同士として戦うにはこれしかあるまい」
ゼロは刀を消し、冷気と共に籠手のように腕に闘気を纏わせる。
「バロン、貴様はヴァナ・ファキナを知っているか」
「……ヴァナ・ファキナ?」
「杉原明人とやらに取りついた王龍……竜という種族の中で最も強欲にして、傲慢な竜……それが、その女から生まれた」
「……正気か、お前」
ゼロの両腕を氷の籠手が覆い、尋常でない殺気が周囲に漂い始める。
「俺の名はゼロ。帝都軍団長、竜王種の王子であり、貴様の命を貰い受けるものだ」
「……仕方ない。僕はエリアルを守る!」
ゼロが瞬間移動から強烈なパンチをバロンへ向けると、バロンは左腕で受け流し、肩で胸へ衝撃を加えて右手で闘気の衝撃を叩き込む。ゼロは籠手を砕き、青い闘気の刀を産み出す。そして恐るべき早さのバロンの追撃を腕で弾き、バロンの頭上へ瞬間移動して、抜刀しつつ急降下する。バロンは刀を裏拳で弾き、回し蹴りからの踵落とし、更に踏み込んで左手で撃掌を叩き込んで後退させる。
「ぐふっ……」
ゼロは崩れ、刀で地面を突いて体を支える。
「流石は始まりの人間……俺やクラエスの比ではないということか」
そして立ち上がり、分身を二体生み出す。
「少々卑怯な手を使わざるを得ないか」
ゼロはそう呟き、分身と共にバロンへ攻撃を仕掛ける。二体の分身が交差するように突進しつつ抜刀し、バロンはその分身を同時に受け止め、叩きつけて破壊する。そこへ光の刃が掃射され、バロンへ全て突き刺さる。バロンは一時的に体が動かず、ゼロに蹴り飛ばされる。ゼロの刺し殺すような視線に、エリアルは怯む。
「貴様がアウルからバロンを引き剥がして、ゼノビアの攻撃で瀕死だったこいつを都合よく書き換えたんだろう、神子」
エリアルへ刀を向けると、バロンは根性で動いてゼロへ攻撃しようとするが、頭上から雨のように降り注ぐ光の刃でまたその場に釘付けにされる。
「神子の精神干渉であらゆる外部操作を弾く貴様も、俺の瞬滅刃で物理的に動けなくなれば自由に動けまい。それ以上無理に動けば、貴様の体は細切れになる」
ゼロの言葉を無視して、バロンは力ずくで動こうとする。その度にバロンの体の節々から表皮を引き裂いて光の刃が湧き出る。
「ガウェイン。貴様はその女がどれだけ凶悪な存在か理解していないようだが、神子と宙核を明人にぶつければ、Chaos社以上の脅威が世界を覆うと気付かんのか?」
穴井は真顔のまま、ゼロと視線を交わす。
「僕は竜を滅ぼし、人の世界を作るためにここにいる。彼女がヴァナ・ファキナの原因であるというお前の話が真実であったとしても、彼女自身に罪はない」
その言葉を聞いて、ゼロは一笑に付す。
「笑止千万。王にも民にも盾にも剣にもなれん男だ、貴様は」
ゼロとガウェインが今まさにぶつかろうとしたとき、道路脇の施設の上から声が響く。
「感動の再会だな、バロン、エリアル!」
赤黒い竜人が屋上から道路に飛び降り、エリアルと穴井はその竜人を見て目を見開く。
「うげっ、アルメール!」
「ライオネル!?なぜここに!?」
アルメールは二人の反応と、バロンの必死な目線、ゼロの冷笑を浴びて、白い牙を見せて微笑む。
「ガウェイン。すまないが、今はお前と話をしてる場合じゃないんだよ。エリアル、久しいな。クライシスの時以来――いや、今のお前となら、アヴァロン以来か。相変わらず、麗しの王子様で自慰に耽ってるみたいだが、お前の願望だけが暴走したあの龍の始末をつけないのかい?」
エリアルはようやく沈黙を(悲鳴以外で)破り、口を開く。
「私自身、私利私欲のために彼を利用していたのは認めるわ。けど、私は本気でバロンのことを愛してる。余りにも長い月日の中で砕けて、再構成されたヴァナ・ファキナは、元は私の願望だったとしても、私だってよくわかんないし、ただの世界の害なだけ。私とはほぼ関係ないわ」
アルメールは薄ら笑いを浮かべ、崩れ折れているバロンへ視線を向ける。
「バロン、お前もいい加減に目を覚ましたらどうだ?worldBの戦いを見ていたが、アウルのことも思い出せていないとはなあ」
膝を折り、バロンの顎に手を添える。
「アウルは俺がもらおうか。いい女だからな」
「……お前は……何を言っているんだ……」
バロンの怪訝な表情に、アルメールは更に笑みを深める。
「まさか本当にアウルを覚えていないのか。はぁ……なるほどな。まあいい。これ以上は我が王の計画の邪魔になる」
アルメールは真顔に戻ると、立ち上がる。
「行くぞ、ゼロ。これ以上の干渉は無用だ」
そして踵を返すが、ゼロはその場に留まる。
「ゼロ、どうした?」
ゼロはエリアルに視線を向けたまま動かない。
「確かに、美貌は貴様の妹にも劣らんな、アルメール」
身を翻し、ゼロはアルメールと共に去っていく。
「惚れたか?」
「下らん。貴様もバロンも、好きなだけ惚けていろ」
ゼロが切り裂いた空間に、二人は消える。エリアルは直ぐ様バロンへ駆け寄り、傷と共に光の刃を取り除く。
「……すまない、エリアル。君を守れなかった」
「気にしないでいいわ。実際、あなたの方が勝ってたし……」
「……一つ、聞いていいか……」
「なんでも」
「……僕は、君を本当に愛しているんだろうか。僕は……」
エリアルはバロンを抱き寄せる。
「少なくとも私はあなたのことを愛しているわ。だからあなたが気後れしなくていいの」
「……すまない、少し気になった」
バロンとエリアルは立ち上がり、穴井へ向き直る。
「少しだけ協力させてもらうわ……ガウェイン。バロンと私はニルヴァーナに行かないと行けないから」
穴井は頷き、手で二人を促す。バロンとエリアルはそれについていく。
「……エリアル、君がそのヴァナ・ファキナとやらの原因になったというのは本当なのか?」
「ええ、本当よ。遠い昔の世界で、私の知識欲だけが分離した存在、それがヴァナ・ファキナ」
「……君が僕を書き換えたというのは……」
「えっと……それは……」
言い淀むエリアルの肩をバロンは叩く。
「……言いたくないならいい。知らなきゃいけないときが来たら聞かせてくれ」
「わかったわ……」
沈む二人の雰囲気を見かねて、穴井が口を開く。
「ニルヴァーナがあるのはセレスティアル・アークの上空だが、今お前たちがここに来れたのは幸運だったな」
「……どういうことだ?」
「今朝、中国区で来須が死んだ。そして更に言えばDAAが崩落した。確実にChaos社の戦力は落ちている」
「……つまり僕たちが福岡に乗り込みやすいということか?」
「そうだ。詳しい話は後でさせてもらうが、他にも異世界からChaos社を倒すために異世界人がやって来ている」
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。
隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。
婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。
しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる