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三千世界・終幕(5)

ホシヒメ編 第一話

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 ロシア区・ギーベリムードラスチ
 空に空いた時空の歪みから、六人の竜が落ちてくる。全員が華麗な受け身を取り、雪の大地に立つ。
「ここが古代世界……」
 ホシヒメが周囲を見回しながら呟く。
「雪ばっかりだな」
 ゼルも続く。
「こんなに広い場所、僕たちの世界にはないよね」
「ウチらが寒さも暑さも感じんのが早速役に立っとるな」
 ノウンとルクレツィアも会話に加わる。
「おーい、アカツキー?生きてるかー?」
 ネロはゼルの抱えているアカツキへ呼び掛ける。アカツキは苦しそうに目覚め、ゆっくりと瞳を開く。
「……るせえ、クソが」
 アカツキはゼルの腕をほどき、地面に降り立つが、すぐに片膝をつく。
「取り敢えず、私たちはE-ウィルスの除去方法を探さなきゃいけないんだよね」
 ホシヒメがアカツキをおんぶする。
「バカ野郎、降ろしやがれ」
 アカツキは暴れるが、ホシヒメは動じない。
「私とか、ゼロ君にやられた傷がまだ痛むでしょ?無理しないでいいよ」
「ゼロ……」
 空を見上げ、アカツキは呟く。
「なあホシヒメ。力ってなんなんだろうな」
「信念を貫くための、道具だよ。力が目当てなんじゃない。したいことがあるから力が必要なんだ」
「……。俺はまだ休ませてもらう」
 アカツキは安心したようにため息をひとつつくと、眠りに落ちた。ホシヒメは雪原の向こうに見える巨大なドームへ目を向ける。
「あそこに行ってみよう」
 その提案に、全員が頷く。そして一行は、ドームを目指して進み始めた。

 ドミネイトプレート・狐姫の怨愛城
 窓から見える鉛色の雲は、ロシアの雪原に作られたこのドーム状の人工都市・ドミネイトプレートの機能によって作られたもので、一定の周期で天候が変わるように仕向けられている。今は雨のようだ。ドミネイトプレートの北部研究エリアに建てられた西洋風の城の一室で、ツインテールの少女が紅茶を飲んでいた。手元のコンソールを操作し、無数のビジネスチャットを平行して返信する。ふと、セキュリティグループから来た報告に目を留める。
「DWHが来た……なるほど、竜世界の人間か」
 少女は部屋から出て、傘を手元に召喚して進む。
「せいぜい上手く使ってあげるよ、異世界人」
 邪悪な笑みを浮かべて、少女はこの先の出来事を夢想する。

 ドミネイトプレート・正面エリア
 ドームの袂から中へ入ると、無機質なタイルの床と、機械の兵士が二体で警備に当たっているゲートがあった。ホシヒメは兵士に話を聞きに行く。
「あのー!」
 ホシヒメが大きな声で尋ねるが、兵士は微動だにしない。後ろからルクレツィアが近寄ってくる。
「なんや、動かんのか?」
「みたいだね。無理矢理押し通るわけにもいかないし」
 と、そこに可憐な声が響く。
「そこのお嬢さん方、お困りですか?」
 雨に濡れた傘を畳み、ツインテールの少女が現れる。ゴシックドレスに巫女服を組み合わせたような独特の衣装の少女は、獣のような深い思念を宿した視線を一行へ向ける。
「えーっと、君は……」
 ホシヒメの声に、少女はそちらを向く。
「来須月香。月香と呼んで。わざわざこのゲートから入ってくるなんて、何かあったの?」
「えっと……道に迷って、命からがらここまで来たんです」
「ふーん、なるほど」
 来須は踵を返す。
「ついてきて。難民が住む家も用意できるから」
 一行はグラナディアについていく。ゲートを抜けると、ドーム内部の巨大なビル郡が姿を現す。建物内の照明と、頂上の赤いランプが、雨に煙る視界を更に幻惑のものとしていく。
「ロシアは寒かっただろう。まあここも雨が降ってるから同じだろうけど、このドミネイトプレートの中は常に十九~二十三度に保たれてるから」
「どみねい……えっと?」
「ドミネイトプレート。ロシア支部長である私が作り上げた、Chaos社随一の研究都市だよ。気候を一定のアルゴリズムで変化させ、擬似的な季節の変化をもたらし、風情を感じつつ、飽きずに、安全に暮らし続けることができる。西部には住宅エリアが、東部には商業エリア、そして真っ直ぐ進むと研究エリアがあるよ。ま、君たちにはこのまま私の城まで来てもらうけど」
 篠突く雨の中を一行はただ歩き続ける。そしてエリアの境目にある電子バリアを抜け、中央のターミナルエリアを潜り抜け、研究エリアに辿り着く。研究エリアは正面エリアのような摩天楼が埋め尽くす場所ではないが、それでも中々の高層建造物が視界に乱立している。かなりの時間を歩き続けたからか、雨は止み、湿った道路が街灯を反射している。無数の研究施設の向こうに、明らかに周囲の建造物とは雰囲気が違う城が鎮座している。
「あの城がロシア支部だよ」
 来須は城目指して歩き、その内に雲が晴れて人工太陽の光が射し込んでくる。ゼルが来須に問う。
「あの光も人工か?」
「そうだよ。中国がレジスタンスとの戦争で異常加熱されて以来、極地方から流れ込む冷気が中国より北上してきた熱気と衝突して、ロクに晴れなくなったからね。こうでもしないと、日光浴なんてできないよ」
「なるほどな。Chaos社ってのはよほど技術力があるらしい」
「それほどでもないよ。だいたいの技術は私とバロンが培ったものだからね。もっと私と同じくらいの頭を持ってる人間が居れば、もっと技術力は高くなっていたよ」
「不躾な願いかもしれんが、この世界について色々教えて欲しい」
 不意に来須は立ち止まり、見返る。
「もちろん。私はどうして君たちがここに来たかも知ってる」
 妖艶な笑みを浮かべて、来須は前へ向き直る。
「このドーム内は時空が歪んでるからそんなに不都合なく徒歩で移動できるけど、本来このドームはエニセイ川からレナ川の間にある中央シベリア高原を覆うように作られているから、今みたいにほんの小一時間程度で進めるような場所じゃない」
 と、そこでエンジンに火がついたのか、来須は怒濤の勢いで話し始める。
「この時空圧縮システムっていうのはDAAの根本理念で、ドームのガラスはシフルを増幅させる。シフルによって作られた薄い膜は古代世界……即ち地球の時間軸から外れ、個別の異空間を作り出す。各エリアを繋ぐ障壁もこのシフル膜が使われていて、時空間を歪めて繋げる。外部から見れば内部構造がコピーされ続けたその大きさに見合ったサイズで表示されるけど、内部は今見た通り、極めて近距離に縮められる。これを利用すれば、空間に散らばるエネルギーを一気に圧縮して、時空を歪めて空間を割り開き、世界の外を繋ぐ接着剤である次元門にアクセスすることができる。そのためのエクスカリバー。ああそうか。エクスカリバーっていうのはね、イギリスの地下、トゥルースアヴァロンっていう遺跡で発見された聖剣で、素材自体は普通のものなんだけど極めて大きな闘気が込められていて、それをシフルに変換し直すと凄まじいシフルを瞬間的に放出して、空間を歪めるに相応しいエネルギーを産み出すことが……」
「ストップ!ストップ!ストォーップ!」
 ホシヒメが叫ぶと、来須は怪訝そうに視線を向けてくる。
「何。人が楽しく話してるときに」
「いやーそのー、ゆっくり座って聞きたいなーって」
「なるほど、それもそうだね。じゃあ、行くとしよう」
 来須はすたすたと先を急ぐ。ホシヒメは一息つき、ルクレツィアがホシヒメを小突いて親指を立てる。
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