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三千世界・終幕(5)

レイヴン編 第十話

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 イギリス区・ロンドン
 ゼナが上空を高速で飛び、レイヴンとアーシャは地上の様子を見る。Chaos社の兵士が凄まじい量で配置されており、廃墟を隈無く探している。
「通信も出来ませんし……不安ですね……」
 アーシャが呟く。
「今はケリをつけることに集中しろ、アーシャ」
 真顔でレイヴンは答える。時計塔の頂上でゼナは勢いをつけ、急降下でエレベーターシャフトを落下する。

 イギリス区地下・DAA施設
 脱出時とは異なり、ここも人気がほぼなく、異様なまでの静寂が辺りを包んでいた。
「俺が閉じ込められてた場所に戻るってことか?」
「そうじゃな、それしかあるまい」
 三人は進み、エレベーターでDAAへ降りる。

 DAA
 巨大な円形のフィールドへ入ると、中央に巨大な物体が鎮座していた。三人がそれに近付くと、物体は言葉を発した。
「来……たな、特異点……」
 物体は展開し、一つの首に三つの口がついた頭と、龍の上半身だけをくっつけたような二本の腕を晒す。
「我が名はバロン。明人様の求める混沌のために、全てを捧ぐ男」
 レイヴンはあくびをしつつ聞く。腕が口を開いて突進し、レイヴンは飛んで躱す。
「貴様の肉という肉を喰らい尽くし、骨という骨を砕き、黄金の卵への贄にしてくれるわ!」
 頭の三つの口から強烈な冷気が放たれ、三人は怯む。
「そいつは面白そうだ。お前の腹をかっ捌いて、俺の義妹《いもうと》たちを返してもらうとするぜ」
 レイヴンが長剣を抜こうとすると、アーシャが手を引く。
「んあ?なんだ」
「私もその剣と融合します」
「そう来たか。腹にぶっ刺すのか?」
 アーシャはレイヴンから長剣をふんだくり、勢いよく腹に突き刺す。
「こういう……ことです……」
 バロンの氷の吐息を、ゼナが二人の前で防ぐ。
「いちゃつく暇があったら早く準備を終えるのじゃ!」
 長剣はアーシャに吸収され、アーシャが剣に変身する。帯電する片刃の大剣に変貌したアーシャを、レイヴンは軽々と持ち上げる。
「始めようぜバロン!派手にな!」
 レイヴンが瞬間移動と共に斬りかかると、右腕がその斬擊を防ぎ、続く左腕がレイヴンを狙う。前まで使っていた長剣の三倍はある大剣にも関わらず、レイヴンは以前と変わりなく振り回して左腕を弾く。縦向きに大剣を放り投げ、左腕を切り落としてレイヴンの下へ戻る。右腕の頭突きを手で受け止め、ゼナが高速回転しつつ切り付け、右腕を切り落とす。それと同時にバロンが吠え散らし、凄まじい音圧で二人を吹き飛ばす。そして頭から左右二つの口が伸び、中央から本体が抜け出る。背中にDAAが突き刺さった四足歩行の化け物が、二人の前に現れる。
「滅びよ、空蝉」
 バロンが渾身の力で右前足を叩きつけるが、レイヴンは大剣を籠手に変えてパンチで迎撃する。更に具足による連続キックから踵落としを決め、二連蹴り上げしつつ上昇し、大剣に戻して空中で突きを放つ。バロンは闘気を放ち、傷を即座に修復すると先程切断された腕を再生し、レイヴン目掛けて強烈な冷気を放つ。
「アーシャ!」
『わかっています!』
 レイヴンは竜化し、大剣を自分の眼前で回して冷気を弾き、着地して大剣から連続で衝撃波を発射する。バロンは腕と口を盾に防ぎ、今度は鎖の雨で攻撃する。出方を窺うゼナを牽制しつつ、レイヴンを防御に専念させる算段だったが、レイヴンは鎖の雨を潜り抜けながら接近してくる。レイヴンの強烈な剣閃が、バロンの吐き出す熱気と衝突する。その衝撃がバロンの背に刺さったDAAを破壊し、中からロータとリータと人間のバロン・クロザキが飛び出してくる。レイヴンは竜化をすぐに解き、人間に戻ったアーシャと共に近付く。
「大丈夫か、ロータ、リータ」
 ロータはすぐに起き上がり、リータとバロンを吹き飛ばす。
「兄、様……」
 ふらつきつつもロータはレイヴンを見据える。
「決着を……やっぱり、安息は自分の力で……」
 ロータは力を溜めると、それを解放しつつ竜化する。
「ったく、しょうがねえな。アーシャ!」
 アーシャがレイヴンの手元で大剣に変わり、レイヴンは左手を天に掲げて竜化する。
「いいか、殺し合いはしねえ。あくまでも勝負だ」
 レイヴンは大剣を肩に乗せ、ロータを見上げる。ロータは軽く頷く。
「始めようぜロータ!最後の喧嘩ってやつをな!」
 ロータはレイヴンが瞬間移動で距離を詰めることを見計らってバックステップしつつ左フックを放ち、レイヴンも予測して魔力の壁でそれを往なし、自ら高速回転しつつ大剣の突きと衝撃波を撒き散らす。ロータは怯まず紫の棘を放ち、強烈なアッパーからの二連蹴りを叩き込む。しかし、レイヴンは魔力の壁で防ぎきり、溜めた力をロータの腹に放出する。ロータは後退するも、攻撃を続行する。レイヴンの腹に拳を叩き込み、上から殴り付けて叩き落とし、ローキックからの大きくしゃがみこんで床を擦りつつ回し蹴りをぶつけてレイヴンを吹き飛ばす。レイヴンは軽く受け身をとって勢いを全て殺し、体勢を立て直す。
「その程度か、ロータ?」
 レイヴンは余裕綽々で大剣を肩に乗せ、ロータへ視線を向ける。
「まだ……私の力はこんなもんじゃない!」
 ロータは暗黒竜闘気を更に噴出させ、周囲の空間を歪めていく。レイヴンは空中を滑るように突進し、大剣の刃先がロータの拳と火花を散らす。拳が大剣を弾き、ロータは溜めた力を一気に解き放ち、紫色の棘が湧き出る。レイヴンはそれを全て躱すが、ロータは瞬間移動からのアッパー、二連蹴り上げ、踵落としからの強烈なボディブローを重ねるが、緩やかな動きでレイヴンは全て躱す。そして大剣に闘気を込め、渾身の一閃でロータを弾き飛ばす。ロータの竜化が解け、片膝をついて荒く息をする。
「ぐっ……まさか……」
 レイヴンがロータへ近付き、手を差し伸べる。
「さあ帰るぜ、ロータ」
 ロータは立ち上がる。
「まだ……負けてない……」
 レイヴンは苦笑いしつつ、竜化を解く。大剣もアーシャに戻り、レイヴンと並ぶ。
「アーシャ……」
 ロータとアーシャが目を合わせる。
「ロータちゃん。あなたは、結局何がしたいんですか。あなたはレイヴンさんの傍に、みんなで一緒にいたいだけ、なんじゃないですか」
 ロータは目を逸らす。
「私は……」
 と、そこにゼナを支えにしつつリータがやってくる。成長したリータを見て、レイヴンは驚く。
「リータ……か?」
 リータは頷く。
「みんな聞いて。ロータは、私たちの遠い親族の、ラータってやつのせいで今まで動いてたの」
「どういうことだ?」
「お兄ちゃんを助けたあと、私とロータは戦ってた。で、二人でDAAの中に落ちちゃったの。その中では、二人のロータと、ロータにそっくりな男の子がいて……」
 ――……――……――
 数十分前
 クロザキの光にラータが飲まれると、クロザキが突然悶える。
「おごぁ……!ぐぅっ……!?」
 瘴気と共に汚泥を吐き出し、クロザキは激しく痙攣する。痙攣が止むと、クロザキは静かに立ち上がる。
「丁度いい。宙核を依り代にできるとは、またとない幸運だ」
 クロザキは不敵な笑みを浮かべる。
「まさか……この男を乗っ取った……?」
 ロータが逡巡すると、クロザキがそちらへ視線を向ける。
「その通り。これで僕は、より復活に近づいた。ありがとう、ロータ。僕のためにいっぱい力を溜めてくれて」
 クロザキは力を発してロータとリータを吹き飛ばすと、気配を感じて上へ上昇する。
 ――……――……――
「っていう感じで今さっきの化け物がお兄ちゃんを襲ったの」
「ずいぶん色々しゃべるやつだな。バロン・クロザキってやつか?」
 リータはレイヴンの問いに頷き、更に口を開く。
「〝黄金の卵〟を孵化させるのがChaos社の目的らしくて、それが孵るととんでもないことになっちゃうって」
「そのバロンってやつは、Chaos社のお偉いさんってことか?」
 ゼナがその会話に加わる。
「その通りじゃ。このDAAを作り出したのも奴。恐らくは、福岡と呼ばれる場所へ逃げたはずじゃ。そこにChaos社の本社があるからのう」
「次の目的地は決まったってわけか。早く地上のやつらと合流しねえと」
 レイヴンはロータに視線を向ける。
「行くぞ、ロータ」
 お互いに頷き、一行はDAAを後にする。

 イギリス区・ロンドン
 空中で捻りをいれつつ高速回転して着地し、セレナは魔力の長剣でChaos社の兵士を縦に両断する。周囲を見回すと、先程までは呆れるほどいた兵士は影も形もなくなっていた。セレナの下へエリナとミリルが近付く。
「周囲に敵はいない。何があったのか、撤退したようだが」
「そのようね」
「アーシャ様から連絡も来ましたよ」
 間もなく、そこにレイヴンたちが合流してくる。
「よう、待たせたな」
 レイヴンは一旦身を引き、ロータが前に出る。
「あの……」
 言い淀むロータに、セレナたちの視線が集中する。
「すみませんでした!」
 勢いよくロータは頭を下げる。その行為にレイヴン以外の全員が驚く。
「私のせいでこんな……ことになってしまって……」
 釈明の言葉に、最も驚いていたのはセレナとアルバだった。頭を下げたままのロータに、ミリルが近付く。
「大丈夫、みんな怒ってないですよ」
「ミリル……うん……ごめん……」
 ロータは顔を上げ、ミリルと微笑み合う。
「俺たちがこんな目に遭うことになった元凶をぶん殴りに行くぞ」
 レイヴンがセレナへ視線を向ける。
「民間空中輸送船《キャリアー》で行くしか無いわ。転移装置は幹部クラスの権限がないと本社には飛べないだろうし。沿岸部へ行くわよ」

 イギリス区・オブリビオンアヴァロン沿岸部
 セレナとミリルに従って進むと、大きな輸送機が置いてある格納庫につく。セレナが先行して乗り込み、一行も搭乗していくが、レイヴンが最後に乗ろうとしたときに立ち止まる。先に搭乗しようとしたアーシャがそれに気づく。
「どうしたんですか」
「いや、覚えのある気配がしてな。まあいい、乗るぞ」
 レイヴンの答え方に少し不満を感じたが、アーシャはレイヴンと共にキャリアーに乗り込む。

 キャリアー内部
 セレナが操縦桿を握り、アルバがその横で計器を見ていた。レイヴンとアリアとリータ、マイケル、ミリルは爆睡しており、エルデとアーシャとエリナ、ロータはトランプで遊び、ゼナの姿はなかった。キャリアーは運搬する貨物用の大きな倉庫を後部と下部に備えているが、操縦室周辺は高級ホテルのごとく、穏やかな照明や、清潔感のある壁が特徴的である。
「まさかおばさんが頭を下げるなんてことがあるとはね。色んな面倒事に首を突っ込んでみるものね」
 セレナがアルバに話題を振る。
「はい……びっくりしました……本当に……見た目が同じだけで……全然別の人、なんですよね……」
「とにかく、杉原明人の中に巣食うヴァナ・ファキナに止めを刺せば、あとは大丈夫そうね」
「えっと……この正史が歴史としての力を取り戻したら……私たちの異史は……どうなるんですか……?」
「消えるわね。もはや私たちの時代に発展はない。シエルや私や、アルバ……それにストラトスは本来、絶対に生まれ得ない人間だから」
「それでも……」
「ええ。私たちが犠牲になることで繋がれる未来があるのなら、私たちが何度砕け散ろうとも、消滅するまで戦い続けなくちゃ」
 二人はそれっきり黙り込み、やがて夜が更け、トランプで遊んでいた四人も眠りに落ち、ゼナも操縦室で寝ていた。アリアが目覚め、操縦室から去っていく気配でレイヴンが目覚め、それにつられてアーシャも寝惚けつつ起き上がる。
「どうしたんですかぁ……」
 アーシャは目を擦りつつ、レイヴンの下へふらふらと近付く。
「いや、アリアがどっか行ってたんだが……一応追おうと思ってな。大したことは無いだろ、寝てな」
 アーシャはレイヴンの手を掴む。
「私も行きます。私が居ないと、レイヴンさんは武器なしなんですから」
 欠伸をしつつ、二人はアリアを追う。二人が後部格納庫に辿り着くと、アリアが誰かと話しているのが聞こえる。
「約束通り来たのですよ」
「ありがと」
 レイヴンはもう片方の声に聞き覚えがあった。
「マレか……」
 アリアと会話していたのは、マレだった。
「アーシャ、行くぞ」
 レイヴンはアーシャと視線で合図し、アリアたちへ近付く。
「ようお嬢さん方。楽しいことなら混ぜてくれよ」
 アリアが振り向き、マレもレイヴンを見上げる。
「お兄様……」
「アリア、お前は何をしようとしてる」
「お兄様、妹を信じるなら、黙って見逃して欲しいのです」
「いいさ。お前が自分で決めたことなら、どんなことでもやればいい。だが、何をするのかだけは教えな」
「……。私とマレちゃんでChaos社の本社に行って、杉原さんを止めるのです」
「勝算はあるのか」
 アリアは強く頷く。
「もちろんなのです」
 レイヴンはマレに視線を向ける。
「どうやら今は正気のようだな」
 マレはばつが悪そうに視線を逸らす。
「そうよ。あれは……外部操作だから、私にはどうしようもないわ」
「お前も色々あるんだろ?だから上司をぶっ倒そうとしてるって訳だ。……アリアを任せて大丈夫か」
 レイヴンの真剣な一言に、マレは深く頷く。
「そうか。一つだけ言っておくぜ、死にそうになったら逃げろ、いいな?」
 アリアとマレは頷く。レイヴンはアーシャと共にその場を去った。
「いい兄貴ね、あいつ」
 マレが呟く。
「そうなのです。私の自慢の兄なのですよ」
 アリアとマレが視線を合わす。
「行くわよ、天上の方舟セレスティアル・アークに」
 マレが使った即席転送装置に、二人は入る。
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