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三千世界・終幕(5)

レイヴン編 第六話

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 イギリス区・ロンドン
「死ねえ!」
 エリナの一閃がChaos社の兵士を数十人単位で吹き飛ばす。エルデが生み出した氷の壁が兵士の流れを制限しており、マイケルが電撃を放って兵士の動きを鈍らせ、エリナが吹き飛ばして処理する。そこにレイヴンたちが合流する。
「レイヴン!戻ったのか」
 エリナが最初に反応する。
「お陰さまでな」
 道に落ちていた高周波ブレードを拾い、レイヴンはエリナたちに並ぶ。
「ずいぶん悠長に戦ってるじゃねえか。もっと派手にかませよ」
 現れたレイヴンにエルデは微笑みかけ、ミリルとマイケルは大喜びする。
「兄貴、戻ってきたッスね!」
「ああマイケル。主役は遅れて登場するもんだ」
「一旦退くッスよ!これ以上戦う必要はないッスから!」
 マイケルに従い、一行はChaos社の兵士を押し止めつつ撤退する。

 ―――……―――
「ブリュンヒルデ、今日はメランエンデがごはん作ってくれるってよ」
 少年が、金髪の幼女――ブリュンヒルデにそう告げる。ブリュンヒルデは退屈そうに欠伸して、持っていたPDAを放り投げる。少年が落下するギリギリでPDAを受け止める。
「落とすなよな!修理するの俺なんだから!」
 呆れ気味にブリュンヒルデに微笑みかけ、少年はPDAをブリュンヒルデに渡す。
「いいでしょ、別に。アンタが処分されるはずだったアタシをわざわざこうやって保存してんだから、アタシはアンタをこきつかう権利があるの」
 ブリュンヒルデのその言い分に、少年が苦笑いする。
「まあいいよ、ブリュンヒルデ。お前が好きなように生活してくれれば、俺としては満足だから」
「ぶっ……」
 思いも寄らない一言に、ブリュンヒルデは思わず噎せる。
「大丈夫か?」
「バッカじゃないの!?」
「へ?」
「好きなように生活しようとしてもアンタはいっつも他のことしてるじゃん!アタシはアンタと一緒に居たいのに!」
「おうふ」
 少年が赤面して顔を背け、数瞬置いてブリュンヒルデも顔を真っ赤にする。
「と、とにかく!アンタはアタシの傍にいなきゃダメなの!今後勝手にどこか行ったら許さないから!」
 ブリュンヒルデは肩を怒らせて去っていく。
「いや、そう言っておきながら自分で勝手に行くなよな」
 少年も急いでブリュンヒルデを追う。
 ――……――

 イギリス区地下・DAA施設
「はっ……」
 マレが起き上がると、そこはDAA施設内の一室だった。壁に寄りかかり腕を組んでいたトラツグミが、起きたマレに視線を向ける。
「デミヴァンプ。あなたは私の与えた任務をこなせていないようですが」
 物腰は静かだが、言葉からは怒気が感じられる。
「でも、アンタだって見てたでしょ。あのままだったらロータってやつが間違いなく勝ってた。でもセレナとかいうやつの剣を持った瞬間、リータ・コルンツはロータと拮抗し始めた。最初のブリーフィングにはなかったでしょ」
「ならば、これはどういうつもりか説明していただけますか」
 トラツグミはPDAを投げつけ、マレはそれを受け止め、再生された映像を見る。それは、マレがアリアに竜化封殺弾を手渡す場面を背後から撮影したものだった。
「あれが明人様にとって脅威であること、あなたはご存じのはず。Chaos社の兵器であるあなたが明人様の命を危険に晒す……それがどういう結果をもたらすかもわかっているはずですが」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あの弾はChaos社のアンチシフルライフルがないと使えないし、そもそもあの子が明人のところまで辿り着けるかなんてわかんないでしょ」
「やはりあなたを生かしておいたのは失敗ですね……せいぜい、烏を足止めして死になさい。ボイスコード認証、〈Carnage〉起動」
 トラツグミの声に反応し、マレの虹彩が赤く染まる。そして黙々と部屋を去っていく。

 イギリス区・ロンドン
 廃墟に逃れた一行は、崩壊の少ない会議室へ入る。目を覚ましたセレナに、レイヴンが近寄る。
「今までの出来事を教えてくれ」
 セレナは連戦のダメージが蓄積しているのか、流石にグロッキーになっていたが、ほどなくして口を開く。
「私たちは幻鏡の湖で戦っていたわよね。あんたとロータの熾烈極まる戦いの最中、私たちは突如開かれた次元門に飲み込まれた。気付いたら私たちは砂漠にいて、あんたとロータはいなかった」
「目が覚めたとき最初に居た場所はなんだ?」
「あそこはDAA。異世界とこの古代世界を繋ぐ装置よ」
 二人の会話に、アーシャが加わる。
「セレナさん、あなたがリータちゃんの娘って本当なんですか?」
 レイヴンがその言葉に驚く。
「何?本当か、セレナ」
 セレナは深くため息をつく。
「ええ、そうよ。私は異史のあんたとリータから生まれた子供。アルバも同じように、あんたとロータから生まれた」
「ほう。面白そうだ、詳しく聞かせてくれよ」
「レイヴン、あんたは元々、ヴァナ・ファキナという王龍が更なる力を得るために生み出した分身。自分の力を分けた子供を生ませ、その子供が力を蓄えたところで吸収する……その計画のために異史のあんたは多くの雌を孕ませ、私たちが生まれた」
 セレナはミリルをレイヴン越しに見る。
「(尤も、一番苦しんだのは私でもアルバでもなく……ストラトスだけどね……)」
 レイヴンはセレナの話を興味深そうに聞いている。セレナは話を続ける。
「私たちは異史で復活したヴァナ・ファキナを討った。バロンって人が相討ちで止めを刺したけど、ヴァナ・ファキナの本体はアルバを通じてこの世界の……杉原明人に憑依した。私はアルバを取り戻し、明人を討ち、ヴァナ・ファキナを完全にこの世から抹殺するためにここに来た」
「だから俺を殺そうとしたってことか」
「その通り」
「で、そのヴァナ・ファキナってのはどんなやつなんだ」
「異史の全ての黒幕。長い時間をかけて多くのものを巻き込み、そして顕現した、私たちの最後の仇敵。性格は邪悪そのもの、全てを手にしようとあらゆるものを利用したわ」
「で、明人ってのは?」
「Chaos社の元締めよ。異史ではどうしようもないクズだったけど、私たちの調べたところによれば、この正史では中々不憫な人間のようだけど。まあつまるところ、私は異史のあんたとリータの娘で、Chaos社を止め、ヴァナ・ファキナを滅ぼすためにここまで来た」
 セレナが一通り話終えると、レイヴンとアーシャは顔を見合わせる。そして数瞬置いて、二人はセレナの方へ向く。
「だいたいの事情はわかりました。でも、レイヴンさんを殺すのだけは納得できません。今のレイヴンさんはそんな悪い人じゃありませんから」
 アーシャの言葉に、セレナも頷く。
「私も、思っていたより邪悪さを感じていないのよね……大元が杉原の方にいるからなのか、よくわからないけど。今は一応、この世から消す意味はないと思っているわ。〝今は〟ね」
 レイヴンが続く。
「リータとロータはどこだ」
 アーシャが答える。
「ロータちゃんはChaos社側についていました。リータさんは、セレナさんの剣を使ってロータさんを止めています」
「態勢を立て直すために戻ってきたってことか」
「ロータちゃんの力は前より強くなっています。DAAの戦いのときのリータさんは強かったですけど、それがいつまで持つか……」
「剣がねえと俺はロータと対等に戦えないぞ」
「剣はですね、リベレイトタワーってところで見たんですが……」
 エリナが会話に加わる。
「ホログラフだった。どこにあるかは私たちにはわからん」
「でもですね、ゼナさんがフランスにいましたから、どうにかして話を聞ければ……」
 レイヴンがアーシャへ顔を向ける。
「フランスに行くにはどうすればいいんだ」
 セレナが立ち上がる。
「南下するわ。地下ケーブルを使ってね」
 そして歩き出そうとして崩れ落ちる。
「無理すんなセレナ、行き方さえ分かれば俺一人で行ける」
 レイヴンを払い除け、セレナが立ち上がる。
「そうね、私も他人とは言ってもあんたを助けるとか嫌だもの。クソ親父と同じ顔だとどうもね」
「そうか。俺は親父がどんなやつだったかも微妙だがな。好いたり嫌ったり出来る分マシってもんだ」
「……。レイヴン」
 セレナはレイヴンの顔を見つめる。渾身の拳がレイヴンの顔面を強打し、後ろに吹っ飛ぶ。
「色々言いたいことはあるけど、今はそれで許す」
 レイヴンは平然と起き上がるが、折れた鼻を戻しつつセレナの眼前に戻る。
「地図ねえか」
 そこにミリルが近付き、PDAを手渡す。
「こいつは?」
「通信とか、マップ機能とか、色々付いてる機械です。普通に地図としても使えますけど、緊急時は連絡を取り合えるんです」
「機械はどうもな」
 渋るレイヴンに、アーシャが近付く。
「なら、私がついていきます。レイヴンさんはすぐ無理しようとしますから」
 レイヴンはアーシャの頭に手をポンと置く。
「よし、お前がいるなら安心だな〝お嬢さん〟」
 アーシャはPDAをふんだくり、胸を張る。
「少しでも危ないことをしようとしたら殴ってでも止めますからね」
「はは、お転婆なお姫様だ」
 レイヴンはマイケルの方へ向く。
「マイケル、みんなを頼むぜ」
「兄貴……了解ッス!」
 二人は拳を突き合わせ、レイヴンとアーシャは外へ向かった。
「セレナちゃん……本当にあれでいいんですか……?」
 アルバがセレナに近付く。
「いい。これでも抑えた方だから。あの時、ストラトスが私の代わりにあいつの全部をぶっ壊してくれなきゃ、そもそも新生世界のときに意地でも殺してた」
「ストラトス君……」
「あいつのためにも、ヴァナ・ファキナを滅ぼして帰らないとね」
「はい……!」
 アルバは優しく微笑む。
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