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三千世界・独裁(4.5)

本編 第四話

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 ルーミア地方・相生の町
 零は屋敷の扉を開け、奥から現れたホワイトライダーが応対する。
「どうした、白金。アルカニア地方には行ったのか?」
 零は頷く。
「そうか。では少し待て。我が王は今アガスティア地方へ行っておられる。全て報告は、我が王へ直接するといい」
 ホワイトライダーに客間に案内され、零は机の前に座る。ホワイトライダーが手際よくお茶と茶菓子を用意し、零は茶菓子を食べて暇を潰す。しばらくして、屋敷の扉が開かれて、客間にシュバルツシルトが現れる。
「あら、白金さん。おかえりなさい。それで、ディクテイターはなんと言っていたの?」
「永遠の王国を作ると言っていた。失ったものを取り戻し、普遍で恒常的な世界を作ると」
「永遠の王国……コード・プロミネンスは?」
「いや……特にそれらしきことは」
「ふぅん、そう……ところで、貴方に一つ渡したいものがあるのだけど」
 零はシュバルツシルトへ視線を向ける。
「これよ」
 シュバルツシルトは大剣を机の上に置く。
「これは?」
「〝銀白猛吹雪の氷剣フィンブルヴェトルアルギュロス・レーヴェ〟よ」
「フィンブルヴェトル……何?」
「〝銀白猛吹雪の氷剣〟よ。零なる神がもたらしたとされるこの世界の最強の武器シリーズ、フィンブルヴェトルの一つ。かつてはもっと多くの種類があったのだけれど、その大多数が今までの戦いで失われ、残ったのはこれだけよ。貴方なら使いこなせると思うわ」
 零はその剣を手に取る。すると剣は零の体へ取り込まれる。
「やっぱり、その剣は貴方を選んだようね。結構結構。では、次の準備に移りましょうね」
 ホワイトライダーがシュバルツシルトの傍で跪き、耳打ちする。
「我が王よ、やはりコード・プロミネンスが計画されているのは間違いないようです。ですが、今のディクテイターはアルカニアレギオンに諭された通り、四人の女神全員から力を認めさせれば白金が帰ると思っているようです」
「ん。では、独裁の搭に細工をしてらっしゃい。くれぐれも三皇帝とディクテイターに悟られぬように」
「はっ」
 ホワイトライダーは立ち上がり、廊下を通って屋敷を出ていった。
「では白金さん。他の女神を集めて彼女を討ちに行きましょうか。幕間は手短に済ませるに限るわ」
 シュバルツシルトがお茶を飲み干し、立ち上がる。零もそれに従い、共に外へ出る。
「さてと、アルカニア地方へ……」
 シュバルツシルトがそう言いかけたとき、突如として森の遠くの方で爆発音が響き、煙が上がる。
「なるほど、手が早いわね。白金さん、準備はいい?」
 零は頷く。
「いい返事ね。じゃあ行きましょうか」

 ルーミア地方・郷愁の森
 二人が森を駆けていくと、その道を三体の二足歩行兵器が塞ぐ。アルカニア地方で最初に遭遇したものと同型だ。
「スペラ・ベルムね。アルカニアが襲撃してきたということで間違いなさそう」
 シュバルツシルトが槍を持ち、零は先程の氷剣を手に持つ。
「折角だから、試し切りでもしてみたら?まあこんな雑魚じゃその剣が可哀想だけど」
「大丈夫。誰が相手でも容赦しない」
 零は踏み込み、強烈な突きを放つ。スペラ・ベルムは素早く後退するが、剣から放たれた冷気が地面を凍りつかせ、氷の爆風でスペラ・ベルムの内一体を凍りつかせ、もう一体が振り下ろすカトラスを一太刀でへし折り、軽く振るだけでスペラ・ベルムは真っ二つになり、切断面は凍りつく。零はスペラ・ベルムの半身を蹴り飛ばし、三体目のスペラ・ベルムにぶつけ、半身ごと粉砕する。
「いい力」
 零は氷剣を納め、シュバルツシルトは先へ進む。そして爆発の起きた場所へ辿り着く。炎は森へ広がっており、その中央に巨大なランタンのような装置がある。
「これは……」
 シュバルツシルトが装置へ近づくと、その近くで燃え盛っている炎が落ち、人型に変化する。
「月香獣!」
 零の声と共に、月香獣は炎を纏ったまま立ち上がり、吠える。
「月香獣ねえ。やっぱりディクテイターはまたコード・プロミネンスを計画してるってことで良さそうね」
「シュバルツシルトさん、気を付けて。そこまで強くないけど、耐久性が高い」
「わかっているわ。何度となく戦っているもの。これは〈紅蓮皇姫〉っていう種類ね」
 紅蓮皇姫は炎を纏った蔦を伸ばし、シュバルツシルトは無明の闇を少し発するだけで跳ね返す。
「消えろ」
 シュバルツシルトの軽いでこぴんで、紅蓮皇姫は消し炭になる。しかし、飛び散った白い蔦はまた素体に集約され、燃え上がって動き出す。
「お遊びもやめておいた方が良さそうね」
 裏拳で装置を粉砕し、零が紅蓮皇姫に氷の刃を四つ飛ばし、紅蓮皇姫は息絶える。
「復活しない……?」
「その子は今破壊した装置から炎を供給されて高い再生能力を持っていたのよ。本来はコード・プロミネンス発動後にドミナンスを目的として作られたものなのでしょうけど、今回のディクテイターは積極的にいろんなデータを取る方式のようね」
「と言うと」
「この世界に元々存在したディクテイターはもっと理論に基づいた確実性のある手段しか取らなかった。けれど今回、ヴァル=ヴルドル・グラナディアの記憶が上書きされた彼女は、どの状況でどれだけの力を発揮できるのかを徹底的にテストしているのよ。当初から想定された最大限の力を発揮できる状況ではなく、あえて悪環境で運用することで、多角的な性能を開発しようとしてるんじゃないかな」
 と、森の向こうから更に大きな爆発が起こる。
「新手ね。行きましょう、白金さん」
 シュバルツシルトに零が続く。

 ルーミア地方・約束の丘
 森を抜けると小高い丘に出る。短い黒髪の少女が、佇んでいた。
「よく来たな、白金零、シュバルツシルト」
 少女が振り向くと、その体が自動的に鎧に包まれる。
「我が名はリレントレス・アルテミス。ディクテイターの命により、お前らを討つ」
 弓をクルクルと回し、背に添える。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ」
「貴方、ディクテイターの配下ではないでしょう」
 アルテミスは視線を逸らさない。
「そうだ。明人様のために、白金を回収しに来た」
「どうやらどこの世界でも人気者のようね、白金さんは」
 シュバルツシルトがやれやれと首を振る。
「白金さん、準備はいい?この子をアルカニアに送り返してあげましょう」
 零は頷き、トンファーを構える。
「全ては虚無の導きのままに!」
 アルテミスは咆哮し、矢を一気に五本つがえ、それを放つ。弓を横向きにしたことで扇状に放たれ、更に光が増幅して隙の無い弾幕へと変わる。零は飛んで躱すが、シュバルツシルトは身動ぎすらしない。アルテミスはシュバルツシルトがそうすると理解していたのか、脇目も振らずに零へ高度を合わせる。豪奢な装飾が施された弓を叩きつけ、零は空中で身を逸らしてその弓を足場にして地上へ飛び、そしてトンファーから冷気を放って高度を合わせ、籠手から激流を放ちつつ強烈なストレートをアルテミスの頬に叩き込む。アルテミスは身を翻しつつ後退し、巨大な槍をつがえて発射する。空気を切り裂きつつそれは飛び、零は真正面からそれを受け止めて投げ返す。アルテミスの腹に槍が深々と突き刺さる。そんなことを気にしている様子はなく、アルテミスは構わず矢を大量に放つ。矢が自ら天空へ上がり、流星のように降り注ぐ。零は氷剣で氷の壁を作り、それを防ぎきる。弓を投げつけ氷を砕く。眼前で繰り広げられる激戦を穏やかな表情で眺めつつ、シュバルツシルトは影から現れたマハアグニの声を聞く。
「我が王、ディクテイターは他の地方にもChaos社が差し向けた人間を向かわせているみたいだ」
「ええ―――そのようね。彼女とラース……六聖将がこの世界に来ていると奈野花の体で聞いたわ」
「コード・プロミネンスを発動する前段階として、ジャマーや猟兵を作っているようだ」
「月香獣は今まで獣の耳がついた少女が素体だったけれど、今回は大柄な人間だった……それが今回の秘密兵器なのかしら?」
「わからん。だが気を付ける必要はあるぜ。コード・プロミネンスでディクテイターの研究が燃え尽きちまったら何の意味もねえ」
「大丈夫。私たちは決してしくじらないわ」
「引き続きアルカニアの偵察をしてくる」
「よろしく」
 マハアグニは消え、アルテミスの一矢が零を掠める。零は傷口を凍りつかせ、具足の強烈な蹴りでアルテミスを地面に叩きつける。更に刀の一閃で弓を切り裂き、突き立てる。が、アルテミスは体を消失させ、最後の突き刺しを躱す。アルテミスは首筋に手を当てる。
「ラース、こちらのやるべきことは終了した。帰還する」
 そう呟くと、アルテミスは急速に空へ飛び、北へ去っていった。
「逃げたようね」
 零は呟いシュバルツシルトへ視線を向けた。
「なぜ手を出さなかった……?彼女は貴方にとって厄介な存在のはず」
「天網恢恢疎にして漏らさずというでしょう?何事にもタイミングというものがあるの。蜘蛛は巣に引っ掛かった獲物だけを喰らうわ。私が張った巣に、いずれ全員捕らわれる。仕留めるのはその時よ」
 零は武器をしまい、頷く。
「恐らくは他の地方にも同じように刺客が向けられているはず。一度アガスティア地方に行きましょう」
 二人は丘を降りていった。
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