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三千世界・独裁(4.5)

本編(通常版)

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 アルカニア地方・狐姫の怨愛城
 玉座に座った少女の前に、頭を金庫で覆った大男と、影でできたような男と、豹の獣人と、短い黒髪の少女が跪いていた。
「白金零がルーミア地方に落ちたようです、ディクテイター」
 金庫頭の大男が言葉を発する。
「わかっているよ。僕の兵は優秀だからね」
 ディクテイターと呼ばれた少女は玉座の肘掛けに右肘を乗せ、頬杖をつく。
「零なる神のご登場となれば、三皇帝も黙っていないはずだ。早急に他の女神を使って僕を潰しに来ることだろう。だが準備は出来ている。この世界を焔に沈めようじゃないか」
 ディクテイターは不敵な笑みを浮かべ、跪く四人はその様をただ見つめていた。

 アーシア地方・静寂の海
 郷愁の森から続く浅瀬の道が一気に湖へと繋がり、深い青を眼前に湛えている。零は湖面を凍りつかせながら先へ進んでいく。

 アーシア地方・始源の大瀑布
 しばらく進むと巨大な穴に到着し、そこに大量の水が流れ落ちていた。穴の途中には大きな足場があり、多少の水溜まりはあるものの、乾いていた。零はそこに飛び降りる。
「ようこそアーシア地方へ!」
 勇ましい声が響き、流れ落ちる滝の向こうから長大な竜が現れる。
「お前が零なる神だろう!シュバルツシルトから話は聞いてるぞ!俺がアーシア・ルーオン、ここの主だ!」
 竜化を解いたアーシアが足場へ着地し、零へ近寄る。
「ふむふむ、確かにこりゃ絵に描いたような美人だな!で、ディクテイターを倒しに行くんだろ?俺も手を貸すぜ……まあ、力を示してもらうって条件付きだけどな」
 アーシアはそう言うとまた竜化し、水蒸気を噴射して空中へ舞う。
「始めようぜ!喧嘩をさあ!」
 アーシアは急降下して零へ尾を叩きつける。零は素早いサイドステップで躱し、キックで具足を叩きつける。アーシアの表皮には常に流水が張られており、その衝撃を逃がす。アーシアはすぐに丸まり、力を込めてタックルをぶつける。零はジャンプして躱し、刀に持ち替え、降下しつつ刃を突き立てる。アーシアは足場を滑るように動き、空中へ滞空し直す。
「確かに戦い方はちげえけど、その動きのキレはあの零と同じみてえだな!」
 口に溜め込んだ激流を放ち、更に水で出来た翼の出力を上げて反動を殺す。零は杖へ持ち替え、上空へ瞬間移動することで躱す。更にアーシアの下へ瞬間移動し、無数に分身させた杖を放つ。アーシアは尾の一振りで全て打ち落とすが、トンファーに持ち替えた零の追撃を食らい、怯む。続けて放たれた杭の一撃を受け、その冷気で流水の鎧が凍りつく。
「やるじゃねえか!」
 しかし、凍りついた流水の鎧は砕け散り、代わりにアーシアの体からは高熱の蒸気が立ち上る。アーシアが強く力むと、その蒸気は大爆発を起こす。
「プラウド・シュバリエ!」
 巨大な盾と細身の剣に持ち替えた零は、その盾で至近距離の爆発を防ぐ。更に盾で体当たりし、アーシアを持ち上げ、剣を顎から突き刺して鼻面を串刺しにする。蒸気の放出で剣はどこかへ飛んでいく。
「もらったぁ!」
 アーシアは間髪入れずに再び水蒸気爆発を起こし、零にガードさせ、続けてタックルで足場へ叩き落とす。更に突進するが、素手で受け止められる。
「なぁっ!?」
 アーシアの首へ強烈な掌底が叩き込まれ、冷気の爆発でアーシアの竜化が解ける。
「だっはっは!やるじゃねえか!気に入った!お前の力になるぜ!」
「ありがとう」
 零の淡白な反応に、アーシアはきょとんとする。
「どうした?お前テンション低いな?」
「ああ、気にしないで。これが普通だから」
「ふーん、そうか。ま、アルカニア地方に行くときに教えてくれよな!」
 アーシアは大瀑布の中に飛び込んでいった。
「まずは一つ」
 零はそう呟くと、瀑布の上へジャンプで戻る。

 ルーニア地方・ゼフィルス砂漠
 静寂の海を越え、次第に景色が黄土色へ変わっていく。砂漠を歩いていると、砂中から巨大な蛇が現れる。
「待て。我が名は熱砂天ケンダツバ。この先はルーニアの領域である。かような人間が何用か」
「シニューニャに用がある」
 ケンダツバは零をまじまじと見つめる。
「なるほど、汝が零か。ならば、この砂漠を西に進むがよい。さすれば、我らが王の居らす場所へ辿り着けよう」
 尾を振ると、砂漠に一本の直線が引かれる。
「ありがとう」
「礼には及ばぬ。我らも北の女神は気に入らぬのでな」
 ケンダツバは地中へ消えた。

 ルーニア地方・相克の町
 しばらく歩くと、水辺の周囲に集落が見えた。零はそこへ立ち寄り、大きな屋敷へ向かった。屋敷の扉を開くと、奥にある机の前に灰色の長髪の少女が座っていた。
「あなたがシニューニャ?」
 零がそう訪ねると、少女は鋭い視線を向ける。
「いや、違うわ。私はシニューニャ様の右腕、ラセツよ」
「じゃあ、どこへ?」
「この先にある獄砂の迷宮を越えて、宿命の血戦碑というところにいるわ」
 零はそれだけ聞くと、屋敷から出ようとする。
「ちょっと待ちなさいよ」
 ラセツが呼び止める。
「何」
「あんたが零よね?」
 零は頷く。
「あっそ。聞きたいのはそれだけよ。さっさと行きなさい」
 ラセツは机に突っ伏して寝る。零は屋敷を出て、その向こうへ歩く。

 ルーニア地方・獄砂の迷宮
 零は石造りの迷宮へ立ち入り、進んでいく。突き刺すような日射しを意にも介さず淡々と迷路の間違ったルートを潰していき、辿り着いた広場でまた巨大な蛇二体と遭遇する。
「来たようだ、零なる神が」
「そのようだ、マコラガ」
「キンナラ、彼女を試すのだ」
「そうしよう」
 二匹の蛇は延々と話し込んでおり、零はその脇を通りすぎていく。零が広場を抜ける寸前に二匹は気付き、出口を塞ぐように現れる。
「待て零なる神」
「我ら、迷宮の門番」
「キンナラ」
「マコラガ」
「我らの鬼神に会いたくば」
「我らを打倒せよ」
 二匹の蛇の頭が割れ、そこから人型の上半身が現れる。零もそれに答え、トンファーを構える。
「参る!」
 キンナラが焔を放ち、マコラガが槍を構えて突進する。零は焔を躱し、槍を蹴りでへし折る。ならばとマコラガは手から雷を放つ。次はキンナラが斧を持って襲いかかる。トンファーから杭を発射し、その冷気で雷を凍てつかせ、キンナラの顔面にトンファーを叩き込む。杭を発射した反動でキンナラから急速に離れ、空中で杭を発射して冷気でマコラガへ飛ぶ。そしてトンファーの一撃でマコラガは凍りつく。
「見事……!」
 キンナラが倒れながらも零を称える。零は特にこれと言ったリアクションをせず、先へ進む。

 ルーニア地方・宿命の血戦碑
 零が迷宮を越え、先へ進むと、巨大な岩が刺さった場所へ到着した。岩の前に一人、女性が佇んでいる。
「来たか。零なる神よ、汝を歓迎しよう」
 女性にしては異常に大柄な両腕を広げ、猛烈な覇気を放つ。
「あなたがシニューニャ?」
「いかにも。我がシニューニャ、このルーニア地方の女神。黒の女神から話しは聞いている、焔の独裁者を打ち倒すのだろう?」
 零は頷く。
「ならば力を示せ。我はこの世界の行く末がどうなろうと知ったことではないのでな」
 シニューニャが構えを取るのと同時に、零は飛沫と共に籠手と具足を身につける。
「私もここで止まるわけにはいかない」
 シニューニャの強烈な手刀による衝撃波で、砂が高く舞い上がり、陽を隠す。零は急降下しつつキックを放つが、容易に受け止められ、反撃の豪腕の勢いをすんでで往なす。続く拳を氷を盾にしてやり過ごし、姿勢を下げて拳を返す。シニューニャは闘気で零の拳を防ぎ、怯んだところへ殴打を複数加える。零は刀に持ち替え、追加のパンチを紙一重で避け、抜刀して切りつけつつ空中へ飛ぶ。更にトンファーへ持ち替え、上空へ冷気を噴射して即座に着地し、対空攻撃を準備していたシニューニャの隙をつき、素早くドロップキックを叩き込む。シニューニャは動ぜず、零の足を掴んで放り投げる。零はすぐに受け身を取り、追撃に備える。しかし、シニューニャはゆっくりと近づいてきて右手を差し出す。
「やはり零なる神で間違いないようだ。我が力、汝の御為に振るおう」
 零はその手を取り、軽く握手する。と、そこにマハアグニが駆け寄ってくる。
「おい白金!我が王から伝言だ!アガスティア地方へ行けってよ!」
 零は頷く。シニューニャは手を離す。
「では零なる神よ、戦いの時は呼ぶがよい」
 そしてまた、巨岩の前に戻っていく。零はもと来た道を引き返し、アガスティア地方へ向かう。

 アガスティア地方・至天の戦域
 再び中央の建物に入ると、また巨大なホログラム映像が浮かび上がる。今度はアガスティアレイヴンの横に座る、六つの頭を持つ悪魔が口を開く。
「まずは貴様一人でアルカニア地方へ行き、ディクテイターの計画を聞き出せ」
 零はただ見つめる。
「早く行け」
 それ以上言うことはないという風に、六首の悪魔は黙る。零は踵を返し、北へ向かった。

 アルカニア地方・フリューゲル雪原
 雲間から射し込む日光が一面の雪景色に反射して、激しく視界を妨害する。零は平坦な雪原を進んでいた。町が見え始めたとき、眼前に二足歩行の兵器が現れる。生物的な赤い人工筋肉の上に、関節部以外に装甲を敷き詰めたもののようだ。零を捕捉すると、腰から巨大なカトラスを引き抜き、襲いかかる。零は飛び上がり、杖でカトラスの一撃を弾き、そのまま杖を胸部へ突き刺し、勢いよく引き抜く。兵器は一気に凍りつき、動かなくなる。零はそのまま、町へ向かった。

 アルカニア地方・ヴェトの町
 零は西洋風の石畳を歩き、教会らしき建物へ入る。街中に人は居なかったが、教会には椅子に座り込む少女がいた。零は少女の肩を叩く。すると少女は構造的に不可能な首の曲げ方で振り返り、生気を失った目で零を見ると、勢いよく襲いかかる。身体中から蛆が涌き出ており、酷い腐臭を放っている。零はとっさにアッパーで怯ませ、背後に回って首を思い切り捻る。少女は蛆を吹き溢しつつ倒れる。
「何が……」
 零は奇妙に思うが、そのまま教会を後にしようとした。そのとき、少女が首を捻られた状態で起き上がる。
「悪趣味な」
 蛆を撒き散らしながら走り寄ってくる少女を刀で十字に切り裂き、氷漬けにして砕く。砕け散った破片の中に、ワッペンがあり、零は外に出て一際巨大な建物に向ける。ワッペンの意匠と、その建物にでかでかと掲げられている紋章の形は一致していた。
「学校か……」
 零は歩き出す。

 アルカニア地方・廃校
 高級ホテルのようなガラス張りの回転ドアを蹴破り、中へ入る。ロビーには大きな血溜まりがいくつもあり、壁には指でなぞられたのだろう、五本の血痕がいくつもつけられ、蛆を吹き出す死体がいくつもあった。零がそれらを調べていると、少女らしき甲高い声が響き渡る。零は声のした方へ走る。廊下の角で、少女は金庫頭の大男に追い付かれ、首を掴まれていた。大男が零に気付くと、少女を離し、その頭を踏み潰して零へ近づく。
「見つけたぞ、白金零」
 大男は極めて鮮明な声を繰り出す。
「どちら様?」
「俺はラース・ジャンパー。明人様より貴様を捕獲せよとの命を受けている」
「ディクテイターは今どこに」
「永劫の銀嶺、白百合の墓場だ」
 ラースは背から巨大かつ長大な処刑斧を抜き、構える。
「白金零。大人しく投降しろ。明人様は、貴様が傷付くのを望んではおられない」
 その一言に、零は吹き出す。
「思いのすれ違いっていうのは面倒だと思わない?」
 そして籠手と具足を身につけ、構える。
「傷付ける側は、自分が人を傷付けたと覚えていない」
 零は水の球をラースへ叩きつけ、ラースは動じず突っ込み勢いのまま斧を振り下ろす。軽やかなステップでそれを躱し、強烈なストレートで僅かにラースを後退させる。
「ふん、その程度か」
 ラースは片腕で斧を振り回し、零は巧く躱し、刀で弾き返す。ラースが勢い付き、攻撃を続けようとしたとき、唐突にその手を止める。ラースの脳内に声が響く。
『控えて、ラース。白金零は僕たちにとって無用。全て終わったあとに好きにして。今は他の女神をここに集めることに集中するんだよ』
「チッ」
 ラースは斧を背に戻し、踵を返す。零は深追いせず、ロビーへ戻る。と、そこには少女が一人座り込んでおり、ロビーの天井から下げられている液晶に、二つ結びの少女が現れる。
『やあ』
 二つ結びの少女は晴れやかな笑顔を見せる。
『僕はディクテイター。アルカニア地方の支配者、まあ慣例に沿うなら女神だよ』
「あなたに会いたい」
『わかっているよ。ラースから教えてもらっただろう?ずっとそこにいるから、おいでよ』
 液晶の下の少女が唐突に震えだし、白い蔦を口から吐き出す。少女の体は液状化していき、蔦に絡め取られた他の死体を取り込み、巨大化していく。
『おやおや、どうやら彼女はそこそこ優秀だったらしい』
 ディクテイターは手を叩いて笑う。
「どういうこと」
『選ばれたのさ、新時代の家畜にね』
 皮を剥かれた巨大な霊長類の体を、白い蔦が覆い尽くす。少女はたった数秒で醜悪な化け物になっていた。
『世界は一輪の花。長き冬を耐え、咲き誇り、そして枯れゆく。永遠の春を謳歌するための家畜、それがこの子達、〈月香獣《げっかじゅう》〉』
 月香獣は吠え散らかし、身を震わすほどの呻きを上げる。
『永年の養分として枯れ果てるまで搾取され続ける仇花、それが〈償螺旋花《つぐないらせんばな》〉』
 償螺旋花と呼ばれた月香獣は右腕らしきパーツを零へ伸ばす。トンファーで弾くが、月香獣は構わず突進する。零は月香獣を踏み台にして飛び上がり、杖を背中に突き刺して、更にトンファーから杭を放って押し込む。月香獣からは白い血液が流れ出し、その傷を即座に修復する。
「(さっきの女の子と同じ、致命傷でも容易には死なないってこと)」
 零は杖を手元に戻し、月香獣は向き直る。這いつくばるように零へ急接近し、左腕を振り下ろす。刀の鞘で弾き、左へステップを踏み、至近距離でトンファーの冷気を爆裂させ、月香獣を凍り付かせる。コアと思しき朱色の球体が光を発して自分の体を解凍していくが、零はそれに杖を深く突き刺す。そして引き抜くと、月香獣は倒れ、蔦が消滅する。
「……」
 零は蔦の無くなった人間の巨体を見て、学校から出ていった。

 アルカニア地方・永劫の銀嶺
 ヴェトの町を過ぎ、零は雪山を登っていた。道は整備されておらず、切り立った崖が延々と続いている。零はその崖を軽々と跳躍して越えていく。そして上に向かうにつれて、冷気は消え、むしろ熱ささえ感じるようになる。零が登り終え、開けた場所へ出ると、その中央には赤熱した二足歩行の兵器がいた。
「お前が白金零だな」
 兵器は言葉を発し、立ち上がる。
「俺の名はプロミネンス=レイド・クリムゾン。ディクテイターの近衛兵を勤めている。白金零。俺たちの王は、永遠の王国を望んでいる。それを邪魔するというのなら、ここで切り捨てる」
「元の世界に帰るには、あなたを倒すしかない」
 プロミネンスは地面に突き立てていた剣を引き抜く。
「目的のために他者を踏み潰す……人として当然の行いだな」
「全く同感」
 零のトンファーの一撃を剣で弾き、勢いよく薙ぎ払う。剣閃は躱すものの、続く熱波で零の視界が潰れる。切り上げをすんでで躱し、零は距離を離す。そして籠手と具足へ持ち替え、瞬間移動からの急降下キックを放つ。激突と同時に激流が放たれ、プロミネンスの鎧の表面を冷やす。先程まで煮えたぎっていた装甲は黒くくすみ、冷えた溶岩のようになっていた。零は空中で踵落としを重ねるが、硬化した装甲に弾き返され、剣の攻撃をガードして押し返される。
「俺たちはただ一つの目的のためだけに戦う。俺たちの永遠なる王国、そのためだけにな」
「興味ない。遺志を汲むつもりもない敵の想いを聞いたところで何も変わらない」
「普遍性、恒常性……その変化を嫌う、永遠に安定しようとする、心が……人間にとって最も相応しい」
 プロミネンスが剣を叩きつけ、熱波が地面を突き進む。零は盾で防ぎ、細剣で打ち込む。プロミネンスは左腕で受け、剣で反撃する。盾で押し返し、籠手のアッパーでプロミネンスを大きく仰け反らせる。
「ここで消耗するのは愚策か……」
 プロミネンスは体勢を立て直すと、剣を腰に納める。
「この先に我らの王がいる。くれぐれも無礼の無いようにな」
 そして道を開け、去っていく。零は武器を消し、その先へ進む。

 永劫の銀嶺・白百合の墓場
 雪の降り積もる道をしばらく進むと、地面を覆い尽くす白が次第にオオアマナの白へと変わっていく。高い山の頂上ではあるが、凍えるような寒さを除けば心地よい風速であった。ゆるやかに揺れるオオアマナの向こうに、白いマントを身に付けた二つ結びの少女が背を向けて立っていた。
「白というのは汚れを知らない、純潔の証ではない。何もかもを失って、もはや屍と変わらない、哀れな廃棄物の色」
 少女は振り返る。その少女、ディクテイターは、ミニドレスのような鎧を纏っていた。極寒の世界には相応しくない、無用な露出が多い姿である。
「あなたがディクテイター」
「その通り。僕がディクテイターさ。で、君は何をしにきたんだい?」
「元の世界に帰るために必要なことをさせてもらってる」
「元の世界、ねえ。それって誰かの夢を犠牲にしてまで叶えることかい?生きるだけならこの世界でも十分できる。それに今、この零獄はすごく安定してるんだ。異史の零なる神がヴァナ・ファキナとの決戦で消滅したお陰で、この世界に干渉できるものはほぼいなくなったからね」
「必要なこと。誰を犠牲にしても、彼だけは止めねばならない。それが私に与えられた意味で、果たすべき使命」
「ま、どうでもいいかな。アルカニアレギオンから言われたことをやるだけだし。戦いは得意じゃないんだけど……殺す気でいかせてもらうよ!」
 ディクテイターは腰から懐中電灯ほどの金属の棒を二本引き抜くと、それから黒い炎を剣のように生み出す。
「怨愛の炎、その力をとくと味わうがいいさ!」
 ディクテイターが怨愛バーナーを突き出して滑るように突進する。零は躱し、トンファーで殴打しようとするが、もう片方のバーナーに阻まれ、突き出されたバーナーの切り上げでトンファーが弾き飛ばされる。零は素手でディクテイターへストレートを叩き込み、続けてアッパー、更に力を込めて籠手による渾身のストレートを叩き込む。ディクテイターは怯むが、大したダメージを受けておらず、すぐにバーナーの攻撃を再開する。頭上で腕を交差させ、突進しつつバーナーを振り下ろす。それを杖を利用した瞬間移動で避け、刀を突き出して急降下する。ディクテイターはバーナーで弾き、瞬間的に出力を上げて薙ぎ払う。熱波によって零の表皮が焦がされ、この世界に来て初めて痛みを感じる。痛覚から来るその情報に鋭敏に反応し、身を翻して熱波から逃げる。そして具足による強烈な急降下キックを放つも、ディクテイターはバックステップで躱す。そして一気に踏み込み突きを放つ。が、零は盾で防ぎ、互いに突きを放って擦れ違う。ディクテイターはバーナーから炎を消す。
「これくらいで十分でしょ。ちょっと僕の無駄話に付き合ってくれないかな」
 零はそれに問いに応え、武器を納める。
「僕はこの世界に来る前、新生世界にいた。んで、色々あって、自分の国を建てた。そして勢力を広げた。そこまでは順調だったんだけど……ゼナ。神都の大僧正に僕たちは殺された」
 バーナーの持ち手を懐に納めつつ、話を続ける。
「でも僕たちは完全に消滅することはなく、ここまで記憶だけが流れ着き、僕そっくりのこの体に辿り着いた。つまり今の僕はディクテイターと呼ばれるこの人間に上書き保存された、ヴァル=ヴルドル・グラナディアってこと」
 零は頷く。
「白金零。君が僕の願いの邪魔にならないことを願うよ」
 ディクテイターは背を向けたまま、オオアマナの向こうにある墓石の前に立つ。
「僕にとって、最も大切な人。そして同じだけ大切なホルカン……零、もし失ったものを取り戻せるとしたら、何を犠牲に出来る?」
「……。私は失ったものを取り戻すことに価値を感じない。失ったものを思えばこそ、取り戻さずに記憶のなかに留めておく」
 ディクテイターは肩を竦める。
「ふっ、羨ましい限りだよ。失ったものの痛みを、そこまで鮮やかなものに変えることが出来るなんて。僕は忘れられない。どうやっても、忘れることはできないんだ。零。君はもう自分の世界に帰れるんだろ?」
 零は頷く。
「じゃ、君は早く帰りなよ。僕はここに居るから」
 ディクテイターはそれっきり口を開かなかった。零は踵を返し、下山した。

 ルーミア地方・相生の町
 零は屋敷の扉を開け、奥から現れたホワイトライダーが応対する。
「どうした、白金。アルカニア地方には行ったのか?」
 零は頷く。
「そうか。では少し待て。我が王は今アガスティア地方へ行っておられる。全て報告は、我が王へ直接するといい」
 ホワイトライダーに客間に案内され、零は机の前に座る。ホワイトライダーが手際よくお茶と茶菓子を用意し、零は茶菓子を食べて暇を潰す。しばらくして、屋敷の扉が開かれて、客間にシュバルツシルトが現れる。
「あら、白金さん。おかえりなさい。それで、ディクテイターはなんと言っていたの?」
「永遠の王国を作ると言っていた。失ったものを取り戻し、普遍で恒常的な世界を作ると」
「永遠の王国……コード・プロミネンスは?」
「いや……特にそれらしきことは」
「ふぅん、そう……ところで、貴方に一つ渡したいものがあるのだけど」
 零はシュバルツシルトへ視線を向ける。
「これよ」
 シュバルツシルトは大剣を机の上に置く。
「これは?」
「〝銀白猛吹雪の氷剣フィンブルヴェトルアルギュロス・レーヴェ〟よ」
「フィンブルヴェトル……何?」
「〝銀白猛吹雪の氷剣〟よ。零なる神がもたらしたとされるこの世界の最強の武器シリーズ、フィンブルヴェトルの一つ。かつてはもっと多くの種類があったのだけれど、その大多数が今までの戦いで失われ、残ったのはこれだけよ。貴方なら使いこなせると思うわ」
 零はその剣を手に取る。すると剣は零の体へ取り込まれる。
「やっぱり、その剣は貴方を選んだようね。結構結構。では、次の準備に移りましょうね」
 ホワイトライダーがシュバルツシルトの傍で跪き、耳打ちする。
「我が王よ、やはりコード・プロミネンスが計画されているのは間違いないようです。ですが、今のディクテイターはアルカニアレギオンに諭された通り、四人の女神全員から力を認めさせれば白金が帰ると思っているようです」
「ん。では、独裁の搭に細工をしてらっしゃい。くれぐれも三皇帝とディクテイターに悟られぬように」
「はっ」
 ホワイトライダーは立ち上がり、廊下を通って屋敷を出ていった。
「では白金さん。他の女神を集めて彼女を討ちに行きましょうか。幕間は手短に済ませるに限るわ」
 シュバルツシルトがお茶を飲み干し、立ち上がる。零もそれに従い、共に外へ出る。
「さてと、アルカニア地方へ……」
 シュバルツシルトがそう言いかけたとき、突如として森の遠くの方で爆発音が響き、煙が上がる。
「なるほど、手が早いわね。白金さん、準備はいい?」
 零は頷く。
「いい返事ね。じゃあ行きましょうか」

 ルーミア地方・郷愁の森
 二人が森を駆けていくと、その道を三体の二足歩行兵器が塞ぐ。アルカニア地方で最初に遭遇したものと同型だ。
「スペラ・ベルムね。アルカニアが襲撃してきたということで間違いなさそう」
 シュバルツシルトが槍を持ち、零は先程の氷剣を手に持つ。
「折角だから、試し切りでもしてみたら?まあこんな雑魚じゃその剣が可哀想だけど」
「大丈夫。誰が相手でも容赦しない」
 零は踏み込み、強烈な突きを放つ。スペラ・ベルムは素早く後退するが、剣から放たれた冷気が地面を凍りつかせ、氷の爆風でスペラ・ベルムの内一体を凍りつかせ、もう一体が振り下ろすカトラスを一太刀でへし折り、軽く振るだけでスペラ・ベルムは真っ二つになり、切断面は凍りつく。零はスペラ・ベルムの半身を蹴り飛ばし、三体目のスペラ・ベルムにぶつけ、半身ごと粉砕する。
「いい力」
 零は氷剣を納め、シュバルツシルトは先へ進む。そして爆発の起きた場所へ辿り着く。炎は森へ広がっており、その中央に巨大なランタンのような装置がある。
「これは……」
 シュバルツシルトが装置へ近づくと、その近くで燃え盛っている炎が落ち、人型に変化する。
「月香獣!」
 零の声と共に、月香獣は炎を纏ったまま立ち上がり、吠える。
「月香獣ねえ。やっぱりディクテイターはまたコード・プロミネンスを計画してるってことで良さそうね」
「シュバルツシルトさん、気を付けて。そこまで強くないけど、耐久性が高い」
「わかっているわ。何度となく戦っているもの。これは〈紅蓮皇姫〉っていう種類ね」
 紅蓮皇姫は炎を纏った蔦を伸ばし、シュバルツシルトは無明の闇を少し発するだけで跳ね返す。
「消えろ」
 シュバルツシルトの軽いでこぴんで、紅蓮皇姫は消し炭になる。しかし、飛び散った白い蔦はまた素体に集約され、燃え上がって動き出す。
「お遊びもやめておいた方が良さそうね」
 裏拳で装置を粉砕し、零が紅蓮皇姫に氷の刃を四つ飛ばし、紅蓮皇姫は息絶える。
「復活しない……?」
「その子は今破壊した装置から炎を供給されて高い再生能力を持っていたのよ。本来はコード・プロミネンス発動後にドミナンスを目的として作られたものなのでしょうけど、今回のディクテイターは積極的にいろんなデータを取る方式のようね」
「と言うと」
「この世界に元々存在したディクテイターはもっと理論に基づいた確実性のある手段しか取らなかった。けれど今回、ヴァル=ヴルドル・グラナディアの記憶が上書きされた彼女は、どの状況でどれだけの力を発揮できるのかを徹底的にテストしているのよ。当初から想定された最大限の力を発揮できる状況ではなく、あえて悪環境で運用することで、多角的な性能を開発しようとしてるんじゃないかな」
 と、森の向こうから更に大きな爆発が起こる。
「新手ね。行きましょう、白金さん」
 シュバルツシルトに零が続く。

 ルーミア地方・約束の丘
 森を抜けると小高い丘に出る。短い黒髪の少女が、佇んでいた。
「よく来たな、白金零、シュバルツシルト」
 少女が振り向くと、その体が自動的に鎧に包まれる。
「我が名はリレントレス・アルテミス。ディクテイターの命により、お前らを討つ」
 弓をクルクルと回し、背に添える。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ」
「貴方、ディクテイターの配下ではないでしょう」
 アルテミスは視線を逸らさない。
「そうだ。明人様のために、白金を回収しに来た」
「どうやらどこの世界でも人気者のようね、白金さんは」
 シュバルツシルトがやれやれと首を振る。
「白金さん、準備はいい?この子をアルカニアに送り返してあげましょう」
 零は頷き、トンファーを構える。
「全ては虚無の導きのままに!」
 アルテミスは咆哮し、矢を一気に五本つがえ、それを放つ。弓を横向きにしたことで扇状に放たれ、更に光が増幅して隙の無い弾幕へと変わる。零は飛んで躱すが、シュバルツシルトは身動ぎすらしない。アルテミスはシュバルツシルトがそうすると理解していたのか、脇目も振らずに零へ高度を合わせる。豪奢な装飾が施された弓を叩きつけ、零は空中で身を逸らしてその弓を足場にして地上へ飛び、そしてトンファーから冷気を放って高度を合わせ、籠手から激流を放ちつつ強烈なストレートをアルテミスの頬に叩き込む。アルテミスは身を翻しつつ後退し、巨大な槍をつがえて発射する。空気を切り裂きつつそれは飛び、零は真正面からそれを受け止めて投げ返す。アルテミスの腹に槍が深々と突き刺さる。そんなことを気にしている様子はなく、アルテミスは構わず矢を大量に放つ。矢が自ら天空へ上がり、流星のように降り注ぐ。零は氷剣で氷の壁を作り、それを防ぎきる。弓を投げつけ氷を砕く。眼前で繰り広げられる激戦を穏やかな表情で眺めつつ、シュバルツシルトは影から現れたマハアグニの声を聞く。
「我が王、ディクテイターは他の地方にもChaos社が差し向けた人間を向かわせているみたいだ」
「ええ―――そのようね。彼女とラース……六聖将がこの世界に来ていると奈野花の体で聞いたわ」
「コード・プロミネンスを発動する前段階として、ジャマーや猟兵を作っているようだ」
「月香獣は今まで獣の耳がついた少女が素体だったけれど、今回は大柄な人間だった……それが今回の秘密兵器なのかしら?」
「わからん。だが気を付ける必要はあるぜ。コード・プロミネンスでディクテイターの研究が燃え尽きちまったら何の意味もねえ」
「大丈夫。私たちは決してしくじらないわ」
「引き続きアルカニアの偵察をしてくる」
「よろしく」
 マハアグニは消え、アルテミスの一矢が零を掠める。零は傷口を凍りつかせ、具足の強烈な蹴りでアルテミスを地面に叩きつける。更に刀の一閃で弓を切り裂き、突き立てる。が、アルテミスは体を消失させ、最後の突き刺しを躱す。アルテミスは首筋に手を当てる。
「ラース、こちらのやるべきことは終了した。帰還する」
 そう呟くと、アルテミスは急速に空へ飛び、北へ去っていった。
「逃げたようね」
 零は呟いシュバルツシルトへ視線を向けた。
「なぜ手を出さなかった……?彼女は貴方にとって厄介な存在のはず」
「天網恢恢疎にして漏らさずというでしょう?何事にもタイミングというものがあるの。蜘蛛は巣に引っ掛かった獲物だけを喰らうわ。私が張った巣に、いずれ全員捕らわれる。仕留めるのはその時よ」
 零は武器をしまい、頷く。
「恐らくは他の地方にも同じように刺客が向けられているはず。一度アガスティア地方に行きましょう」
 二人は丘を降りていった。

 アーシア地方・始源の大瀑布
 アーシアは異変を察知すると、滝の中から出る。するとそこには、豹を人間の姿に変えたような男が立っていた。
「おう、てめえはディクテイターのところの兵だな」
 アーシアはフードを脱ぎ、鋼のような拳を突き合わせる。
「如何にも。俺はサイファ・オセ。アルカニアの将軍の一人だ」
「で、何の用だ?俺を殺すのか?」
「いや。お前の力を測りに来た」
 その言葉に、アーシアは凶悪な笑みを浮かべる。
「なるほどなぁ?全力で行かねえとわからねえよなぁ?なら全力でてめえをぶち殺していいってわけだ!」
 そして猛然と駆け出し、鋭いパンチでオセを殴り飛ばす。完全に不意を突かれたオセは無抵抗で吹き飛ぶが、即座に双剣を抜いて受け身を取る。
「上がってきたぜ、てめえはぶち殺す!」
 アーシアの体表の水分が蒸発し、アーシアの移動速度がどんどん上がっていく。
「死ねっ!」
 強烈な一撃を目視できない速度で叩き込まれ、オセは大地にめり込む。更に打ち上げられ、猛烈なラッシュを食らい続ける。
「餓鬼は地獄に帰りなぁ!」
 水の棘がオセの腹を抉り、ジェット噴射のように吹き出た激流で加速したアッパーがオセの顎を打ち砕く。そして瞬時に拳を竜化させ、水で加速させた一撃を叩き込む。
「〈殺戮水閃撃シエルレガリア〉!」
 オセが再び地面にめり込むのと同時に、漂っていた水蒸気が大爆発を起こす。アーシアから涌き出ていた水蒸気は消え、オセが瀕死になりつつも立ち上がる。
「丈夫なサンドバッグだな。だがいつまで持つか」
 アーシアは着地し、拳を鳴らす。オセが吠えると、大瀑布の上部から無数の兵士が降りてくる。
「ハッ、数を揃えたら勝てると思ってんのか?戦いは算数じゃねえんだよ!」
 アーシアの瞬撃で兵士は全員砕け散る。しかし、砕けた兵士は傷の断面から蛆を吹き溢し、また元の姿に戻る。
「確かにそうだ。百の強さを持つ個人に、一の強さを百集めても勝てはしない。だが、その百は永遠に百なのか?どれだけ優れた強者でもいずれ消耗し、弱くなるはずだ。そうなったとき、消耗しない一の集合が強者を凌駕する」
 オセはようやく呼吸が整い、双剣を構え直す。
「下らねえ。んなら、ゼロになるまで擂り潰してやるよ!」
 アーシアの攻撃で、兵士は瞬時に崩れる。が、瞬時に再生する。アーシアは執拗に攻撃を続け、次第に兵士の再生速度が弱まっていく。不意打ちのようにオセが斬りかかるが、平然と受け止められる。
「いい包丁だなぁ!」
 そして剣をへし折り、再生した兵士の放つ銃弾を拳圧で弾き返す。更にオセの首を掴んでその勢いで押し倒し、片腕の腕力だけで高々と放り投げる。
「強いやつだけが生き残る!弱者は駆逐される!戦いが手段でしかない豚に……」
 宙を舞うオセへ、渾身の拳を六回叩き込む。
「立てる地面なんてねえんだよ!」
 オセは砕け散り、兵士はオセの破片を各々拾って撤退する。
「下らねえやつらだ」
 アーシアは大瀑布から竜化して飛び立つと、アガスティア地方へ飛翔した。

 古代世界 セレスティアル・アーク 執務室
 長い黒髪の少女が本を片手に、明人の前に座る。
「明人くんはどうして、その女に拘るんですか?」
 少女の問いに、明人はゆっくりと口を開く。
「俺にとっての全てだからさ。あの人が俺に光をくれた」
「私にとっての明人くんと同じ……そういうことですか?」
「さあ、どうだかね。燐花にとって俺がどれだけの価値があるかは、燐花、お前にしかわからないことだしな」
 燐花は髪を耳にかけ、明人と視線を合わせる。
「明人くんには、あの女しか見えていないんですか?」
「どういうことだ?」
「私やマレやゼナは、あの女が君の心に残した空隙を埋めるだけの、慰めものなんですか?」
 燐花は少し感情的に問い詰める。明人はあくまでも冷静に応える。
「そういうわけじゃないさ。Chaos社の幹部はみんな、この世の摂理から抜け出た強者だ。強者は、それだけで存在する価値がある」
「そういうことじゃありません。強さではなく、君の心を癒せるかどうかなんです。君が私の心を満たしてくれたように、私は君の心を満たしたいんです」
 明人は黙る。
「やっぱり、君の心にはあの女……白金零しかいないんですね」
「すまん」
「いいです……明人くんの心に関わらず、あの女は新人類計画のピースの一つ……でも明人くん、君の心があの女のものでも……私にとって明人くんは全てなんです。いつか私は、君を手に入れますから」
「……。トラツグミ」
 明人の横の景色が揺れ、光学迷彩が解除されてトラツグミが現れる。
「ここに」
「今零獄はどんな状況だ」
「大した動きは見受けられません。予定より遅れているかと」
「わかった。それで、坂本はどうだ」
「やはりミストの手引きでワールドアルカディアズに造反しようとしていたことは間違いないようです」
「殺せ」
「はっ」
 トラツグミが動き出そうとしたとき、執務室の扉が開け放たれる。そして黒崎奈野花が入ってくる。
「その坂本と言う男、私にくれないかしら」
 奈野花の提案に、明人は訝しむ。
「なぜ?あいつはただの人間だ。六聖将ほどの特異性もない、並みの人間だ」
「この世に生まれた以上、使い道はあるわ。どんなものにもね」
「まあ、黒崎さんなら大丈夫か。トラツグミ、案内してやれ」
 トラツグミは明人へ深く礼をし、奈野花と共に執務室を出ていった。
「明人くん、少し外に出ませんか?こちらとあちらの時間の流れは違います。ただここで準備をしているだけでは疲れてしまいますよ」
 燐花の提案に、明人は頷く。
「たまには外の空気でも吸うか」
 二人は立ち上がり、燐花が徐に手を繋ぐ。

 古代世界 セレスティアル・アーク 廊下
 トラツグミと奈野花が赤い絨毯の上を歩いている。
「トラツグミ、六聖将について確認しておきたいわ。基本的なパーソナルデータを教えて?」
 奈野花の問いに、トラツグミは歩きつつ答える。
「六聖将は日本焦土作戦の際、各地で発見し、その特異性に評価を下し回収した六人の人間です。顔に対し異常な執着を見せ、そして人間離れした怪力を併せ持つラース・ジャンパー。月光による光合成でのみ生存してきたリレントレス・アルテミス。狼たちによって育てられた人型の豹、サイファ・オセ。全身が霧状のナノマシンであり、誕生と共に産婦人科院内の人間を皆殺しにしたハートレス・シャドー。強酸性で極彩色の体液を持つメギド・ペインター。体から無限に霧を発し、その過剰な湿度の中でしか生きられぬミスト・ベートーベン。それらが構成員です。ミストは現在ワールドアルカディアズに寝返っていますがね」
「リーダーはラースだったわよね」
「ええ。彼が最も明人様への忠誠心、思想の理解能力ともに優れていましたから」
「メギドはどこに行ったの?」
「彼女は来須様が実験に使用され、ロストしました」
「まあ、許容範囲ね。それで確か、ラースって平成の最後にあの大事件を起こした人よね?」
「はい。顔面を粉砕された惨殺死体が三十七体も連続して日本中で発見されたあの事件……全て彼が一人で行っていたようですね。なんでも、気に入った顔を自分の記憶の中だけで独占するために殺していたという話もございますが」
「何にしても、それだけ強い意思があったということね。彼なら、シフルの力をかなり発揮してくれるんじゃない?」
「彼は弥永真澄に並び法務及び処刑を執行している人間ですが、弥永と異なり、不正な減刑や過剰な死体損壊などは行っていません。かなり拘りの強い人間です」
「うんうん。ありがとう、トラツグミ。よくわかったわ」
 二人が会話を終えると、転送装置の部屋まで到着する。
「行きましょう。監獄があるのは中国区のヴィア・ドロローサですから」
 二人はその部屋に入っていった。

 ルーニア地方・相克の町
 砂漠をゴムブーツが踏み締め、屋敷の扉を拳が破る。ラセツが飛んできた扉を受け流し、立ち上がる。
「誰!」
 巨大な金庫頭の男―――ラース・ジャンパーが巨大なミートハンマーを手にする。
「死んでもらう」
 ラースが猛然と突進し、ラセツは飛び退く。ラースは突進のスピードを緩めることなく、デスクを腹で破壊し、ラセツへハンマーを振り下ろす。躱されるが、ハンマーは屋敷の床を容易に貫く。ラセツはブレードを抜き、ラースへ切りつける。ラースは頭で弾き、ハンマーを手放して腰から小型の(それでもラースの頭ほどの大きさの)ネイルハンマーを抜き、ハンマーの方でラセツの腹を強く叩き、怯んだところへ爪の方で顎を狙う。ラセツは決死の覚悟で身を逸らして躱すが、女性器目掛けて強烈なフックを叩き込まれ、悶絶する。蹲っているところへ膝蹴りが飛び、ラースはミートハンマーを手に取り、止めの一振りを決めようとしたとき、後方から凄まじい闘気を感じて振り返る。そこには、シニューニャが立っていた。
「ほう、貴様がシニューニャだな」
「いかにも。汝は何用でここへ来た」
「主よりの命だ。それ以外に無い」
「殴り壊せと?」
「単なる暇潰しだ。終わりを見届ける前のな」
「ここではお互い全力で戦えまい。こちらへ来い」
 シニューニャが屋敷を出る。ラースはラセツの方を向く。
「貴様の顔は覚えた。次は必ず殺す」
 それだけ告げて、シニューニャへついていった。

 ルーニア地方・宿命の血戦碑
 巨大な岩が突き刺さった場所へ来て、シニューニャは振り返る。
「これだけ広ければ気楽に戦えよう」
「確かにな。行くぞ」
 ラースはミートハンマーを手に取り、シニューニャへ突進する。シニューニャは真正面からハンマーの一撃をガードし、力任せにラースを押し返す。更に地面を殴り、強烈な衝撃波を飛ばす。ラースもまた己の拳で衝撃波を打ち消し、ネイルハンマーを投げつける。シニューニャは弾くが、それでもよろけるほどの凄まじい衝撃を受ける。更にラースは回転の勢いをつけてミートハンマーをブーメランのように投げ飛ばし、自身も突進する。シニューニャはミートハンマーを抱え込み、ラースへ投げ返す。ラースの肩がミートハンマーをぐちゃぐちゃに壊し、シニューニャは突進を躱す。ラースが岩に衝突すると、それは粉々になる。
「中々楽しませてくれる。汝、名は?」
「俺はラース。ラース・ジャンパーだ」
「アルカニアの将軍か。ではラース。汝には我が拳の力お見せしよう。最後に見る景色を、彩る我が拳をな!」
 ラースとシニューニャは向かい合う。シニューニャは構えを取ると、ラースへ接近する。ラースが身構えるより早く、ラースの肩が爆発し、血が吹き出る。
「何ッ!?」
「遅いな、遅すぎる!」
 もはや目に捉えられぬが、光には到達せぬ早さの手刀がラースの金庫頭に強烈なへこみを与え、ラースは後ろへ吹き飛ぶ。
「(これが力の差!明人様が仰られた力の差か!?)」
 ラースはふらつきつつ起き上がる。
「汝はまだ未熟。今去るのなら見逃そう。強者となり得るものの未来をいたずらに潰すつもりはない」
 シニューニャの言葉に、ラースは撤退する。
「ディクテイター、今こそ滅さねばな」

 アガスティア地方・至天の戦域
 建物内には既に、アーシアとシニューニャが居た。零とシュバルツシルトは二人のもとへ歩いていく。
「やはり他の地方にもアルカニアの軍勢が来たようね」
 シュバルツシルトが口を開く。
「わざわざあちらから露骨な因縁をつけてくるとはな」
 シニューニャが続く。
「だがよ、これが陽動ってのも十分あり得るぜ。あいつは俺たちの誰よりも根回しがはえぇ。俺たちが知らぬ間にコード・プロミネンスの準備をしてるかもしれねえぜ」
 アーシアが話し終えると、中央に映像のアガスティアレイヴンたちが現れる。
「全員揃っているようだな。早急にアルカニア地方へ向かい、ディクテイターを討つのだ」
「待って、アガスティアレイヴン。我々三女神が全員管轄を離れては、ディクテイターの策にかかるだけだわ」
「策略が成立しようがしまいがどうでもいい!早急に討つのだ!」
「でもあなたのお望みのこの世界の存続が危うくなるわよ?」
「シュバルツシルト!さっさと行け!」
 アガスティアレイヴンは怒号を散らすだけで、全く話を聞かない。四人は仕方なく、アルカニア地方へ向かった。

 アルカニア地方・フリューゲル雪原
 一行が雪原へ入ると、大量のスペラ・ベルムや兵士が現れるが、造作もなく全て蹴散らされていく。蛆で甦った瞬間に何度も粉砕され、多少の妨害にもならなかった。

 アルカニア地方・狐姫の怨愛城
 そうして何の苦労もなく城に到着し、アーシアが城門を蹴りで破る。そして入ってすぐの巨大なホールには、スペラ・ベルムが一機だけ存在していた。アーシアがまず瞬撃を叩きつける。スペラ・ベルムは大きく吹き飛び、粉々になる。だが、白い蔦が破片を絡めとり、元の姿に戻る。
「ふん、詰まんねえ玩具だぜ!」
 アーシアが続けて攻撃しようとしたとき、スペラ・ベルムは身を弓なりにして吠え、全身から白い蔦が涌き出る。瞬く間に蔦はスペラ・ベルムを飲み込み、月香獣の姿となる。
「ちっ、めんどくせえな……おい、シュバルツシルト!ここは俺がやっといてやる!先に行け!」
 シュバルツシルトたちは先へ進む。
「多少は楽しいといいんだがな」
 アーシアが呟く。

 狐姫の怨愛城 二階
 群がる兵士を薙ぎ倒しつつ、一行は先へ進んでいく。三階へ続く階段の前に、プロミネンスが立っていた。
「来たか。もうじき来る頃だろうと思っていたが、わかりやすい連中だ。……いや、わかりやすいのはアガスティアレイヴンか。相も変わらず融通の効かん阿呆だ」
 シニューニャが先頭に立ち、プロミネンスと相対する。
「ここは我が行こう」
 二人はその場を後にする。
「お前たちは気付いているんだろ。先刻の襲撃が、策というには余りにも粗末な行動だったことを」
「当然だ。この世界はいつも同じ道を辿っている。アガスティアレイヴンが暴走し、ディクテイターがその隙を狙い、審判の日が訪れ、結審の日で何もかも始めに戻る」
「そうだ。俺たちは永遠の輪廻を戦い続けている。この世界は他の世界と比べても余りにも異質だとは思わないか?同じような永年の戦いを強いられたworldBは、僅かな綻びを許容するペイロードがあった。だがこの世界は他者を許容しない。永遠に同じことを繰り返しているだけだ。ならば、俺たちがその綻びになる。ディクテイターを勝者にし、この世界を永遠に我らのものにする」
「ふん。まあ、理解できなくもない理想だが……我はもっと戦いたいのでな。この世界の輪廻は続けさせてもらう」
「そうか。残念だ」
 プロミネンスは巨大な刀を持つ。
「行くぞ、鬼神」

 狐姫の怨愛城 三階
 階段を上りきり、通路を少し進んだ先にある大扉を開けると、謁見の間があった。玉座にディクテイターが座っている。
「やあ」
 ディクテイターはおどけた表情で手を振る。その眼前には跪き、天を仰いでいる少女がいる。
「私たちがここに来た理由、わかってる?」
 シュバルツシルトが問う。
「もちろん。僕を殺しに来たんだろ?でも残念。僕も忙しいんだ。僕が自分で主賓の相手をしたいところなんだけど……悪いね」
 ディクテイターが炎に包まれ、炎が収まると、ディクテイターは消えていた。そしてディクテイターの声が謁見の間を反響する。
『大甘菜の花言葉は純粋、潔白、無垢。そして「才能」』
 少女が口から白い蔦を吐き出し、それが少女の体を包む。
『魂に取り付き、才能を引き出す。月香獣の中でも完成された存在、それが「魂魄大甘菜」』
 魂魄大甘菜と呼ばれた月香獣は、巨大な四肢を生やし、蔦の先端を尖らせて牙のように並べる。
「白金さん」
 シュバルツシルトが零の肩を叩く。
「何か」
「こいつはすっごくめんどくさいわ。耐久性、パワー、潜在能力、進化の発展性、ディクテイターの言うとおり、才能の塊なの。それと正直なところ、月香獣は知ってたけど、あの白い蔦は未知数なのよ。つまり何が言いたいかって言うとねえ、」
 シュバルツシルトが無駄に長ったらしく喋っていると、力任せに走ってきた魂魄大甘菜にシュバルツシルトが突き飛ばされる。シュバルツシルトは平然と起き上がり、槍を手に持つ。
「ま、こういうことよ、白金さん。全力で行きましょう」
 魂魄大甘菜は玉座を鷲掴みにして零へ投げ飛ばす。零は刀で切断するが、魂魄大甘菜は玉座と共に突進し、零は避けきれずに籠手で受け止める。しかしその余りのパワーに押され、吹き飛ばされる。足の先端に鋭い蔦を並べ、零目掛けて放つ。そこへシュバルツシルトが割って入り、タックルからのアッパー、更に槍を回転させて刃先と石突きを連続で叩き込み、蔦で作られた頭部にストレートを叩き込む。魂魄大甘菜は起き上がり、蔦と蔦の摩擦によって獣の咆哮のような爆音を上げる。背中から蔦を伸ばし、二人を狙って突き立てる。シュバルツシルトが槍で切り落とし、零が杖を使って瞬間移動し、氷剣を突き立てる。魂魄大甘菜は完全に凍りつく。更にトンファーの杭の一撃で砕け散る。が、砕け散ったのは蔦の部分だけで、素体の少女は残っている。少女は凍っている蔦を自分の体を液状化して取り込み直し、そして再び変貌する。蔦が全身を覆い尽くし、力強い双脚が石の床を深く踏み締める。白い蔦には僅かに赤みを帯びており、心臓のように脈動している。大型肉食恐竜のごとき体躯は、零たちの体の優に十倍はあった。
「グギャガッガッガガァ!」
 壊れたゼンマイの玩具のような怪音を喚き散らしながら、魂魄大甘菜は猛進する。蔦の尾を薙ぎ払い、零は躱す。籠手の渾身のアッパーを足へぶつけるが、さして傷つかず、更に瞬時に再生する。頭で吹き飛ばされ、口らしき部分から白濁色の液体を発射する。零はトンファーの冷気で空中へ逃げ、強烈な粘性を持ったそれは、石床にへばりついて爆発する。シュバルツシルトが槍を投げつけるも、魂魄大甘菜は背から棘と化した蔦を生やし、槍を弾き返す。
「面倒ね……かつての月香獣に比べても、再生能力が高い……冷凍も利かないとは、厄介ってレベルじゃないわね」
「どうしたら?」
「くたばるまで殴り続けるとしか言いようがないわね。単純な生命力の問題だけではないだろうけど、死なないなら死ぬまでぶん殴る。それしか無いもの」
「まあ、簡単でいいかも」
「才能にも限界はあるものよ」
 突進してくる魂魄大甘菜をシュバルツシルトは抱え込み、その巨体を軽々と持ち上げて魂魄大甘菜の鼻面を叩きつける。更に背中に回り込み、レッドライダーが持っていた長剣を二本突き刺し、尻尾を掴んで振り回して放り投げる。
「ゼーゲ!」
 その声と共にゼーゲが現れ、シュバルツシルトは彼を抱えて投げ飛ばす。ゼーゲの角が魂魄大甘菜に突き刺さり、魂魄大甘菜は崩壊する。そしてゼーゲは消える。床に落下した魂魄大甘菜は立ち上がり、再び蔦を取り込む。
「ウェナム・パエル。全てを焦土に、我らが王のために!」
 魂魄大甘菜は明確に言葉を発し、再び四足歩行の獣のような形態を取る。しかし先程とは異なり細身のしなやかな体をしている。細長い耳のような部位が二つ生成され、甲高い音を立てる。
「フォルメタリアね」
 シュバルツシルトは心底面倒くさそうに溜め息を漏らす。
「これは?」
「フォルメタリア、前のディクテイターの忘れ形見ね。それを模しているのだと思うわ」
 魂魄大甘菜が耳を開き、そこから無数の毛細血管のように光を放つ繊維を繋げ、無数の光線を放つ。
「でも、そろそろお遊びも飽きてきた頃だわ。こんな幕間の世界、さっさと終えるべきだもの」
 シュバルツシルトは手を魂魄大甘菜に翳す。どこからか、仄かな光を放つ闇が集まって行き、魂魄大甘菜を覆い尽くす。そして圧縮され、消滅させる。飛び散った蔦がなおも集まり、更に形を作っていく。しかし、それ以上成長せず、零に凍らされて砕かれる。

 狐姫の怨愛城 二階
 シニューニャの一撃をプロミネンスは鞘で打ち返し、更に鞘の先端で押し返す。
「流石だな、シニューニャ。零なる神と同じ名を持つだけはある。力は全てに勝る。どれだけの策を練ろうが、たった一つの純粋な力に負けてしまう。だがな、俺たちは同じ轍は踏まん」
「無駄だ。アガスティアレイヴンがどれだけ愚かで盲目的であろうが、定められた輪転を覆すことはできん」
「それはどうかな?俺たちは決着をつける覚悟をした。この世界を炎の洪水で満たし、灰にしたとしても、必ず願いを果たすとな」
「炎の洪水?コード・プロミネンスか?」
「ふん、まあ、お前たちには止められんさ」
 プロミネンスは鞘から剣を抜く。
「世界とは、こうして塗り替えられるのだ!」
 炎を纏った突きをシニューニャは往なし、素早い裏拳を加え、膝蹴り、足払い、瞬速の拳で吹き飛ばす。
「汝の力では無理だろう」
 シニューニャは服の埃をはたき落とす。
「愚かな女神だ。もはやこの世界は我らのもの。アガスティアレイヴンたちは零なる神をなぜ求める?それは彼女が居なければ力を保てないからだ。至天の戦域の奥深く、止刻の狭間……そこに何があるか、知らぬお前たちではあるまい」
「まさか!?リータ・コルンツとロータ・コルンツの遺体を使うつもりか!?」
「その通りだ。この世界の裏面、黄昏をもたらしたあの空間。その力の全てが凝縮されたあの双子こそ、零なる神の力の全て。そして、この剣こそ」
「異空を引き裂き、次元門を開く……〝銀白猛吹雪の星虹剣フィンブルヴェトルアルギュロス・アルコクリンゲ〟!?」
「あの審判の時はシュバルツシルトの槍となったが、今度は違う。三皇帝を討ち、お前たち女神を消し、そしてこの世界を焼き尽くせば、もはやこの世界に我々を縛る力はない!」
 両者が距離を保っているところに、シュバルツシルトと零が合流する。
「おや、まだ粘っているとは驚きだわ。手加減したの、シニューニャ?」
「そうではない。単純に、この男が防戦に回っただけだ」
 シュバルツシルトはプロミネンスの方を向く。
「それで?ディクテイターはどこに?」
「この男の話を全て鵜呑みにするのなら、ディクテイターは止刻の狭間へ向かった。三皇帝を滅するつもりだ」
 プロミネンスは三人に背を向ける。
「では、せいぜい急ぐんだな」
 そして何もない空間を十字に切り裂き、その空間に消える。
「私は罠だと思う」
 零が呟く。
「我も同感だ。だが瀕死と言えど、三皇帝を取り込まれ、その上で双子まで手に入れられては面倒だ」
 シニューニャが続く。
「アーシアを含めて四人で纏まっていくのはどうもね。零だけ行かせて、各々自分の地方の守りに入らないといけないと思うわ」
 シュバルツシルトがそう答えて、そして傍にマハアグニが現れる。
「我が王!大変だ!俺らの森が燃えちまってる!」
「やっぱりね。恐らく、さっきと同じだわ。アーシアを回収して、それぞれの地域に戻りましょう」
 シニューニャは頷く。シュバルツシルトが零へ視線を向ける。
「白金さん、あなたはディクテイターを止めて。至天の戦域の中央のシャフトから降りればそこが止刻の狭間よ」
 三人は一階へと向かう。

 ルーニア地方・相克の町
 砂漠の砂が炎に包まれ、陽炎が揺らめく。白い蔦に建物は覆われ、月香獣の養分へと変わる。
「貴様の顔を奪いに来た」
 燃え落ちる屋敷の中で、ラースとラセツは再び相対していた。
「ちいっ……今はシニューニャ様もいない……!」
「本来、俺たちは零さえ確保できればすぐに帰投するが、貴様だけは殺しておく。その顔は俺の記憶の中だけで輝くべきものだ」
「何を訳のわからないことを……!」
 ラースのタックルを躱し、ラセツは右足で鋭いハイキックを放つ。しかし、ラースには通じず、右足を抱え込まれて逆にへし折られる。更に頭突きで怯ませ、ネイルハンマーで後頭部を殴り付け、そして渾身の一振りでラセツの頭を粉砕する。物言わぬ亡骸に変わった少女を、ラースは蹴り飛ばす。
「そうだ、それでいい。貴様の素晴らしい顔は、俺の記憶の中だけで生き続ける。瞬間を永遠にし続ける」
 ネイルハンマーを腰に戻し、ラースは溜め息をつく。
「あの女……妄執の形が明人様と似ている……」
 屋敷から出ると、ラースはアルカニアへ去っていく。

 ルーミア地方・相生の町
「どっせーい!」
 大太刀が豪快に振るわれ、アルテミスは躱す。ギルガメスは続けて大太刀を振り回し、地面を叩き割る。
「ふん、力任せの無能め」
「何をう!この程度の剣舞で力任せと言うか!」
 アルテミスの罵倒に、ギルガメスは鋭く反応する。
「見ろ。世界は赫焉に満たされた。この世界ももうじき終わる。この世界は燃え尽き、もはや蘇ることはない」
 上空へ放たれた矢が光となって降り注ぐ。走り回るギルガメスを追尾して地面を抉り、アルテミスは重ねて扇状の光を放つ。ギルガメスの上空からゼーゲが降りてくる。
「我が王がお戻りになられる。長らくこの世界を利用させてもらったが、それももう終わりだ。我々の出番もな」
「ぬう、仕方あるまい!アルテミス!好きなだけこの森を焼くがよいわ!」
 ゼーゲの足を掴み、ギルガメスとゼーゲは去っていく。
「なんだ……?なぜ逃げた。私たちの想定とは異なるが……まあいい。行け!燃やし尽くせ!」
 アルテミスはアルカニアの兵士を先導し、森へ火を放っていく。

 アガスティア地方・至天の戦域
 零が建物に入り、中央へ向かうと、三皇帝の姿を映していた床の装置が焼き焦げており、大穴が空いていた。
「言っていたことに狂いはない……ということは、それだけ自信があるのか、それとも私たちが単に都合よく踊らされているだけか……」
 零は大穴へ飛び降りる。

 アガスティア地方・下層
 そしてしばらく落下したあと、無機質な鉄の床に着地する。
「……」
 辺りを見回すと、ガラスが周囲を囲っており、高い天井まで続いている。
「明らかにさっきまでと感じるシフルの流れが違う……つまり、この世界は多層構造になっていると、そういうことか」
 手頃なガラスを叩き割り、外を見る。視界の殆どを埋め尽くす闇の中央に、一直線に様々な地形が繋がっていた。
「どこかで見たことあるような」
 零は塔から飛び降り、眼前の渓流へ向かった。

 アガスティア地方・下層 泡沫に微睡む渓流
 荒涼とした風が吹きすさぶ道を越えて、泡が所々に浮かぶ草原まで到着する。鈍色の空は晴れやかな夜空に覆われており、清かな月の光が、紅葉の木々の間から差し込んでいる。
「やはり……」
 零が腰を落とし、刀を構える。夜闇に紛れて、木々の向こうから艶やかな着物に身を包んだ人間が現れる。
「あらぁ?あの気に入らない狐姫が来たかと思えば、あなたが来るなんて。珍しいこともあるものねえ」
「天王龍ヤソマガツ……」
 ヤソマガツは巨大な扇を畳むと、中性的な顔で笑みを浮かべる。
「やあねえ。アタシのことはヤソマガツじゃなくて、ミヤビと呼んでくれていたでしょう」
「そういうこともあったかも」
「それで?あの狐姫が来たってことは、上の世界が大変てことかしらぁ?」
「まあ、その通り」
「そう。素直に案内してあげたいところだけど、それだとつまらないわよねぇ?」
 ミヤビが扇を開き、零へ向ける。
「さあ、もう一献……参りましょう?」
 ミヤビが扇を投げ、零が刀でそれを弾く。ミヤビは滑りつつ扇を回収し、畳んで零と打ち合う。
「流石は零なる神。王龍の一撃を受け止めるなんて、どれほど馬鹿力なのかしらねぇ」
「さあ。でも使命を果たすためにはどんな力も使うに値する」
 扇を刀で打ち返し、そのまま殺陣を繰り広げる。鋭い刀の一撃で扇を取り落とさせ、籠手の強烈なストレートでミヤビを吹き飛ばす。
「いいじゃない。熱くなってきたわ!」
 ミヤビは微笑む。そして竜化する。狐のような頭に、細長くしなやかな体が続く。滑るように尾で薙ぎ払い、波と共に泡を飛ばす。零は泡を刀で切り捌き、そして前方の空間を広範囲に氷の刃で切り裂く。ミヤビは滑らかに水面を移動して躱し、豪快にサマーソルトを決める。零は咄嗟に防御し、空中へ打ち上げられる。零は杖で瞬間移動して着地し、具足による連続キックを打ち込み、更に二度蹴り上げる。ミヤビは怯まず、僅かなテイクバックで強烈なショルダータックルを放つ。零は氷剣でガードし、反撃に氷柱を繰り出す。更に刀で突進しつつ薙ぎ払う。ミヤビは空中へ上昇しつつ回転し、水の竜巻と共に泡を撒き散らす。零は籠手から湧き出る激流で竜巻を打ち消し、刀から放つ氷の刃で泡を全て切り裂く。空中で大技を出し硬直しているミヤビへ、零は激流で加速した踵落としを叩き込む。ミヤビは竜化を解きつつ着地する。
「お見事、零なる神」
「気は済んだ?」
「ええ。あの狐姫を追ってきなさいな。ちなみに、シンリキとテウザーは居ないから、楽に進めると思うわよぉ?ま、シュンには絡まれるだろうけどねぇ」
 ミヤビは扇を手元に呼び戻すと、森の奥へ消えていった。
「急がなければ」
 零は森の中を駆けていく。

 アガスティア地方・下層 響く暁闇の大地
 巨大な雪山を越えて、巨大な夕日が照らす丘へ辿り着く。先を急ぐ零の眼前へ稲妻と共にフードを被った男が現れる。
「待てよ、零なる神!」
「シュン」
「へっ、俺をその下らねえ名前で呼ぶなよ。俺は叛王龍シュンゲキだぜ!」
「急いでいるの。わかるでしょう」
「ああ、よぉくわかるぜ。ここに上の世界のやつが来るってことは、三皇帝が死んだってことだからな。あの狐姫が次の審判者になるのか、それともそれ以上のなんかになるのか……よくわからねえが、わざわざ止める必要もねえんじゃねえのか」
「……?」
「狐姫ってのは革新をもたらすんだよ、何も知らないアセシナやシニューニャに代わってな。やつを止めたらここで進歩が終わってしまう。終焉に程遠くなる。だからてめえをこの先に行かせるわけにはいかねえのさ。狐姫が双子で剣を覚醒させたら、確実に全ては進む。てめえを元の世界に返す以上のリターンが来る」
 シュンは飛び上がり竜化する。
「てめえを止めるぜ、零!」
 電撃が拡散し、零は氷剣から産み出す氷の刃でそれを防ぐ。腕のように伸びた翼と、剣のような鶏冠が、シュンの体となっていた。
「この世界は変化を望んでいた!愚かなるヴァナ・ファキナの亡霊から解き放たれ、次代の礎となることを!」
 翼で思いっきり殴り付け、そこから電撃を放つ。零はトンファーで受け、冷気で後退する。
「狐姫は次元門も開くだろうしな!てめえがあいつを止める理由もねえってこった!」
 シュンは口から光線状の電撃を放ち、零は水の壁で防ぎ、氷剣で突進しつつ突きを放つ。シュンは躱すも、突きに続く冷気に足を取られ、僅かに氷結する。
「チッ!」
「なぜChaos社の兵士が彼女のところにいるのか……それを教えてもらわないと気が済まない」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!」
 続く翼の連撃を籠手で全て凌ぎ、具足で顎を蹴り上げ、フルパワーの踵落としを鶏冠に叩き込む。
「私がどうでもよくない」
 地面で跳ねて打ち上げられるが、シュンはすぐに制御を取り戻す。
「申し訳ないけど、押し通らせてもらう」
 シュンが急降下し、翼を叩きつける。零は瞬時に上空へ逃げ、刀を落下しつつ抜刀し、シュンの片翼を切断し、怯んだところへ氷剣を叩きつけ、シュンをそのまま氷漬けにする。
「しばらくそこでお休み」
 零はシュンの翼を吸収する。雷が零の左手に纏わりつき、暗緑の籠手になる。
「先へ行こう」
 零は丘を降りていった。

 アガスティア地方・下層 止刻の狭間
 丘を降り、深い森を越えて、一つの建物に到着する。
「これが止刻の狭間……」
 古代世界の白金家そっくりな建造物を前に、零は極僅かに感傷的になる。
「行こう」
 見慣れた玄関を開け、中に入る。入ってすぐの広間に、またもや大穴が空いていた。零は迷わず飛び込む。

 アガスティア地方・最下層 幻鏡の湖
 しばらくの自由落下の後、曇天に覆われた湖に落ちる。湖面に残った炎を辿り、零は進む。

 アガスティア地方・最下層 忘れられし裁きの星河
 幻鏡の湖から続く道の先に、上下左右全ての空間が夜闇で満たされた空間があった。
「プロミネンス、剣を」
 ディクテイターは結晶に閉じ込められたリータとロータの前に立ち、プロミネンスの星虹剣を受け取る。
「今こそ審判者の力たる双子を宿し、その真の姿を我が前に顕したまえ」
 そして結晶に星虹剣を突き刺し、双子が剣に吸収されていく。武骨な白銀の剣が七色の輝きを放ち、そして深い蒼の炎に包まれる。結晶が砕け、一本の黒い槍が現れる。
「これは……」
「そいつは黒帝煌陰槍。前の審判の時にシュバルツシルトが使ったやつだ」
「あいつが?」
「まあ、お前が知らないのも無理はない。前のお前は、審判の前に死んだからな」
 プロミネンスのその言葉に、ディクテイターは深く頷く。
「僕はあと白金さえ手に入れればそれで終わりだ」
 そこに、一人の声が響く。
「私をお望みなら、誘い方が随分と雑だと思うけど」
 零がゆっくりと二人へ近づく。
「プロミネンス、上層に戻ってやるべきことをやって」
 プロミネンスは頷き、炎と共に消える。
「長旅お疲れさま、白金。まだ帰ってなかったとはね」
「あなたはどうやってChaos社の人間を部下にしたの?」
「ああ、彼らは……よくわかんないや。プロミネンスがいつの間にか集めてた。僕たちの理想を叶えるためには、とりあえず人手が必要だとね」
「なるほど」
「ま、そんなことより……」
 ディクテイターは槍を背に差し、星虹剣が零に向ける。
「さっさと君を手に入れて、望みを叶えさせてもらう」
 零はトンファーを構える。
「ならばその野望、止めねばね」
 トンファーを地面へ叩きつけ、氷柱を召喚する。星虹剣の薙ぎ払いで打ち消され、氷剣と打ち合う。
「僕がこの世界に召喚されたとき、僕は自分の置かれている状況が理解できなかったよ。僕は確かに、ゼナとの戦いに敗れ、そして死んだ。でも、僕は僕の体で、僕の記憶を持ったまま、この世界にいた」
 両者は離れる。
「僕にとってこの世界は二度目のチャンス、ただの踏み台だ。元の世界で王として生きていたら知り得なかった世界の仕組みを知れたし、予想を遥かに越える力だってある」
 そしてまた、剣戟を繰り広げる。
「理想には犠牲が伴う。僕は自分を犠牲にしては意味のない理想を負っている。だからこの世界には犠牲になってもらう」
 零がディクテイターを弾き返し、突進しつつ突きを放つ。蒼炎に阻まれて冷気は消えるが、星虹剣の腹を氷剣の切っ先が捉える。衝撃でディクテイターは後退する。
「でも貴方の求める世界は訪れない。あの兵器は、貴方の夫であるジデルじゃない。貴方がグラナディアではなく、ディクテイターであるように」
 零の言葉に、ディクテイターは自嘲気味に笑う。
「わかってるさ、そんなこと。僕はあくまでもヴァル=ヴルドル・グラナディアの記憶を持っているだけだ。でもそんな区別に何の意味がある?僕も彼も偽りなら、この関係は本物だろ?」
「それが貴方の願いだと?」
「そうさ。幸せな家族と、幸せな国民……それが欲しいだけさ。ジデル自身じゃなくて、ジデルという概念があればそれでいい。僕もまた同じようにね。君も思ったことないかい?家族が平和だったら、周りの人々が元気だったら、どれだけ自分の人生が明るくなったかって」
「私は……」
 零は少し考える。
「私は最初から使命のために生きている。母をこの手で殺したけど、何の情も湧かなかった」
「流石は神様、人の心がわからないんだね」
「わかる必要もない。他人の心も、自分の心も、誰にも理解し得ない。私たちは常に孤独で、いい加減な屁理屈でそれを紛らわしているに過ぎない」
「くく、確かにそれが正論だろう。だが正論では納得できないことがあるのもまた事実!」
 星虹剣の攻撃を躱し、籠手の一撃を食らわす。ディクテイターは蒼炎で零を吹き飛ばす。
「正論を否定するのが人間の悪癖。受け入れればいいだけ」
「そうはいかないのが心なのさ。使命に殉じる君には無用だろうけどね」
「無用ではない。必要なものを残しているだけ」
「ふん。だったら、よっぽど君が冷酷なんだろ」
「それはどうも」
 零はトンファーの杭を叩き込み、具足の高速キックを放ち、更に氷剣で打ち上げ、冷気を腕から放つ。ディクテイターは受け身を取り、星虹剣で切り裂いた時空を利用して零の背後へ移動する。零は空中で身を翻し、星虹剣の一撃を具足で防ぐ。よろめいたディクテイターに籠手のストレートをぶつけ、両者着地すると同時に、突然の地鳴りが二人を襲う。
「始まったね」
「何が……」
「訪れたのさ、革命の炎がね」

 一方その頃
 ルーミア地方・失われし未来の墓場
 郷愁の森の奥深くにある階段を下り、プロミネンスは地下墓地へ足を踏み入れる。既にアルカニアを除く三地方は炎に包まれており、ここルーミア地方とて例外ではなかった。プロミネンスは、ルーニア、アーシアには女神が向かったのに対し、ルーミアだけはシュバルツシルトが現れないことを警戒している。暗澹たる墓地の内部を歩き、大穴の内壁に沿って作られた木製の道を降りていく。大穴を下りきり、巨大な木製の扉を開くと、開けた場所に巨大な棺があり、その前にシュバルツシルトがいた。
「やはりここに居たか、黒の女神」
「もちろん。ここに眠るアウゲイアスを解放するんでしょう?」
「そうだ。最後のピースとしてな」
「私としては止める道理はないわ。もうすぐこの世界も終わることだし、この世界の利用価値も同時に消える。何の特別な因果もない、普通の世界に生まれ変わるはずよ」
「相も変わらずお前の目的はわからん」
「あらそうかしら?どうせ二人きりだし、正体を現してもいいんじゃない?プロミネンス?ジデルかしら?それとも……アルメール?」
 そう呼ばれたプロミネンスは、徐に鎧を脱ぐ。すると、細身の竜人が姿を現す。
「我が王よ、お察しの通り、この世界はもうじき終わります。狐姫は星虹剣を覚醒させ、既に各地方に火の手が回っておりますゆえ」
「あとはアウゲイアスの起動、そしてコード・プロミネンスの完全発動を残すのみと」
「左様でございます」
「アルメール、私たちは先に帰っておくわ。ホワイトライダーをつけておくけど、安易に一緒に行動しないように。では、いい報告を待っておくわね」
 シュバルツシルトは闇の中へ消えた。アルメールは懐から金属の棒を取り出し、それから蒼い炎を刃のように展開する。そして一瞬の内に無数の剣閃を重ね、棺を破壊する。
「さあ目覚めの時だ、友よ。零なる神をあの戦いの舞台へ導け」
 棺の中から凄まじい暗黒闘気が溢れだし、黒い泥に塗れた巨大な腕が墓地の床を掴む。アルメールは炎を消し、棺から続々と溢れ出る正体不明の物体に背を向け、去っていった。

 ルーニア地方・相克の町
 シニューニャの拳が直撃し、ラースは宙を舞う。
「ラセツの報いを受けよ」
 まさに鬼神の形相でラースへ歩き寄るシニューニャへ、ラースは嘲笑を向ける。
「貴様も死んだ人間を、弱者を擁護する屑か」
「何がおかしい。弱いものは強いものによって守られるべきだ」
「下らん奴隷道徳だ。弱者は弱者のまま、永遠に変われない。この女もそうだ。俺が殺さなければ、どうせ炎に巻かれて死んでいる」
「殺人鬼風情が。自分を正当化するのは心地いいか?」
「見当外れの指摘だな。元はといえば、先に襲撃したときに、貴様が俺を殺さなかったのが原因だろう?」
 シニューニャは黙る。
「まあいい。すぐに貴様も後を追うことになる」
 ラースの背から黒い影が落ち、そこから黒いラースが現れる。
「行くぞハートレス・シャドー。俺たちはもうあの景色古代世界を見ることはない。ならばせいぜい、この世界で派手に散るとしよう!」
 ラースとシニューニャが、力任せに激突する。

 アーシア地方・始源の大瀑布
 薄く張られた水の上を炎が満たし、アルテミスは上空からアーシアを見下ろしていた。
「よく戻ってきたな」
 アルテミスの言葉に、アーシアは軽く頷く。
「ああ、まあ、誰だって自分の家を荒らされるのは嫌だろ?」
「だが、自分の領域を守るために誰かの領域を侵さねばならないときがあるだろう」
「そりゃそうだろうな。だがよ、てめえらはこの世界の存在じゃねえ。わざわざ世界を越えてまで手にしたい何かが、てめえらにはあるのか?」
「ある。我ら六聖将、明人様に命を救われた。明人様の望むものが我らの望むもの」
「アキト……どっかで聞いたことあるな」
 アルテミスは光の矢を左手に持ち、巨大な弓を右手に持つ。そして自分の背後に矢を生み出して、光の粒子を放つ。
「アーシア!我が月光の一矢に貫かれ、ここで散れ!」

 アガスティア地方・最下層 忘れられし裁きの星河
「終末時計は今正に、新たな日付を指した。これからが最ッ高に楽しいバーベキューの時間だよ!」
 ディクテイターは星虹剣で空間を切り裂く。
「じゃあ、アルカニアの塔で待ってるよ」
 そしてその空間に消える。
「地上に戻ってシュバルツシルトから話を聞かないと」
 零が踵を返すと、そこにシュンがいた。
「こっから先へは行かせねえぞ、白金!」
 竜化して飛びかかるが、咄嗟に二人の間に入ったミヤビによってシュンの攻撃は弾かれる。
「チッ!クソ女漢!そいつを止めねえと、この世界は永遠にこのままだぞ!」
 ミヤビは扇を閉じ、手をパンと叩く。
「アンタはあの女を気に入ってるかも知れないけどねぇ……アタシはあの女が大ッ嫌いなのよッ!」
 と、そこに赤熱した薙刀を持った騎士が現れる。
「零なる神。シュバルツシルトはこの世界から去った。これからは俺が同行する」
 シュンは騎士の方を見てたじろぐ。
「テウザー!?なんでてめえがここに!」
「我ら五王龍、バロンに仕える者だ。バロンを始源世界に戻し、それを守護するのが我らの役目。白金を古代世界に戻さねばそれは果たされぬ」
 それを聞いて、シュンは竜化を解く。
「チッ、しゃあねえ。だが協力はしねえ。俺はここにいるぜ」
 ミヤビも続く。
「ディクテイターは気に入らないけど、アタシたちが干渉しすぎるのも良くないわよね、テウザー」
 テウザーは僅かに頷き、零の前で跪く。
「零なる神よ、しばしその身、私にお預けください」
 そしてその手を取り、思いっきり飛翔する。

 アガスティア地方・至天の戦域
 二人は堅い床に着地し、外に出る。アルカニア以外の三つの地方は火に包まれており、更にルーミア地方には黒く巨大な怪物が吠えている。
「テウザー、私は何をすれば?」
「ルーミアのあれを止めましょう。あれをディクテイターに利用されては困る」
「わかった」
「では行きましょう」
 先を急ぐ二人の前に、ホワイトライダーとゼーゲが現れる。
「待て。テウザー、いくらお前が居ても、あのデカブツを二人で相手取るのは厳しかろう。特に、お前も零なる神も、〝本気〟を出せないわけだしな」
 ホワイトライダーが馬の手綱を引く。
「そこでだ。俺とこいつが、お前たちを乗せる。やつを止め、沈黙している内にアルカニアへ向かう」
 零とテウザーは頷き、テウザーはホワイトライダーの馬に、零はゼーゲに乗り、空へ飛び立つ。

 ルーミア地方・郷愁の森
 黒い泥の巨人―――アウゲイアス―――は、紅葉に色づく木々を薙ぎ倒しつつ、アーシア地方へ向かっていた。垂れ落ちる汚泥が大地を汚し、あらゆるものを飲み込んでいく。
「あれは一体……」
 零の疑問に、ゼーゲが答える。
「あいつはルーミアの墓地に捨てられていた始源世界の兵器さ。元々は竜もどきだったんだが、剛太郎ってやつに改造されてああなった。やつから垂れ流されてるあの泥は、感情が不安定なせいでシフルから変換され切らない闘気だ。ブリュンヒルデって兵器もあんな感じだったかな」
「よくわからないけど、とりあえずそういうこと。それで、どう倒す?」
「頭を叩くのが一番だろうが、まずは腕を壊す。ホワイトライダーにはもう伝えてある。俺たちは右腕を攻める」
「わかった」
 ゼーゲは鋭い急降下でアウゲイアスの超巨大な腕の薙ぎ払いを躱す。飛び散る汚泥と、凄まじい衝撃波が、森と大地を絨毯のようにひっくり返していく。
「流石は始源世界の兵器だ。失敗作つっても、とんでもねえパワーだ。零、この世界に来てからまだ使ってねえ力があるだろう」
 零はゼーゲの後頭部を見つめる。
「あるけど」
「それを使え。あれは始源世界製なのでな。対人用のコンボ性能が高い攻撃よりも、極限まで威力だけを求めてぶん殴れ」
「わかった」
 ゼーゲはアウゲイアスの右腕の肩口へ側付けし、零はゼーゲの背で力を解き放つ。
「ラグナロク!」
 零の体が竜化し、黒いコートのような翼に体を覆われ、先端の尖った帯が無数に垂れている。そして、巨大なサバイバルナイフのような刃が付いた槍を持っている。
「行け!」
 ゼーゲの声で零は飛び立ち、撒き散らされる闘気泥を躱して接近し、無数の剣閃を重ねて放つ。が、泥は殆ど剥がれず、動かされた腕を避けるために零は飛び上がる。籠手と具足を装備し、激流の勢いで槍を突き立て、更に左腕を変異させて凄烈な電撃を撃ち込む。泥が僅かに剥がれ、零と共に右腕の前腕部に落下する。泥は二本足の牛の化け物を模した形を為し、零へ突っ込む。化け物はトンファーの杭で破壊され、零は腕を駆け上がる。ゼーゲが泥の剥がれた場所へ黒い光線を放ち、零が氷剣で泥を凍らせ、光線の爆発で宙を舞う槍を手に取り、電撃で一気に氷を砕き、凍り付いた泥が同時に剥がれていく。
「今だ白金!」
 勢いを乗せて槍を腕に突き刺し、そのまま力任せに重量感のある肉を引き裂いていく。膨大な量の血液が溢れ出し、滝のように森へ流れ落ちる。腕の切断には至らず、アウゲイアスの巨体から考えれば単なる切り傷でしかない切創が、すぐに修復されていく。零はその傷口に向けて電撃を放ち、修復を止め、傷口を氷剣で凍りつかせる。そして傷口へ変異した左腕を突き刺し、渾身の電撃を貫通させる。氷剣の出力を上げ、一閃でアウゲイアスの右腕を引き千切る。巨腕が郷愁の森へ落下し、地響きを散らす。アウゲイアスは唸りを上げ悶絶する。
「片付いたようだな」
 ホワイトライダーがアウゲイアスの様を見て呟く。
「哀れなヤツ……」
 テウザーは白馬から飛び、踞るアウゲイアスの左腕に着地する。そして薙刀を振って熱波を飛ばし、その範囲が次々と爆発を起こして泥を剥がす。
「安らかに眠れ」
 薙刀をアウゲイアスの左腕へ突き刺し、引き摺りつつ駆け上がる。
 爆炎が迸り、アウゲイアスの左腕は爆発四散する。悶えたアウゲイアスが倒れ込み、アーシア地方の清流を汚す。
 テウザーは勢いよく飛び立ち、白馬に着地する。

 アーシア地方・始源の大瀑布
「止めだ!」
 アーシアのパンチがアルテミスの顔面を貫き、粉砕する。なおもアルテミスは立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「見事だ……だが……」
 そして倒れる。続けて地響きが大地を揺らす。
「なんだぁ!?」
 アーシアが見上げると、黒い巨人が泥を溢していた。
「汚ねえな!?さっさと退かさねえと消火できねえ!」
 飛び上がり、巨人の下へ向かう。

 零とテウザー、ゼーゲ、ホワイトライダーがアウゲイアスの眼前へ立つと、アウゲイアスは意識を取り戻し、不完全ながら腕を再生する。四つん這いのまま腕を振るい、テウザーが受け止める。そして零が電撃で泥を払いのけ、飛び上がり、杖を眉間へ突き刺す。アウゲイアスの頭は割れ、その中から一人の男の亡骸が現れる。男は周囲の泥を取り込み、巨大化していく。そこにアーシアが合流する。
「零!こいつはなんだ?」
「アーシア。これはなんかヤバいやつ。それくらいの認識でいい」
「死んだ……訳じゃなさそうだな」
 泥から小型のアウゲイアスの上半身とも言えるモンスターが姿を現す。
「白金零……空の器……全て捧げ……混沌にして混迷なる……我らの世界を……今もたらすのだ……!」
 その言葉を発し、アウゲイアスは顔面の装甲が割れ、膨大な光が集中して解き放たれる。零は咄嗟に氷壁を作って防ぐ。
「これは?」
 零の声にゼーゲが反応する。
「どうやら本体が残りの力を振り絞って自我を取り戻したようだな……ディクテイターとの戦いを妨害されては面倒だ、ここで止めを刺すぞ」
 ゼーゲは自分の姿をチェーンソーのような長剣へと変化させ、零の左胸を貫く。
「力を貸してやる。どう使うかはお前次第だがな」
 零は胸に刺さった長剣を抜き、そして黒い鎧を纏う。
「スカイハイ!」
 氷壁が砕け、アウゲイアスが咆哮を散らす。
「初撃は貰ったぜ!」
 アーシアが飛び出し、凄まじい速度の連撃を叩き込む。流動していた泥が瞬時に硬化してその強烈な衝撃を受け流し、そして闘気を爆発させてアーシアに距離を取らせる。
「ちっ、めんどくせえ」
 なおも攻撃を続けようとするアーシアをテウザーが制し、零が前へ出る。
「早くディクテイターを倒して、この世界の炎を止めないと」
 アウゲイアスの腕の攻撃を前方に滑り込みつつ躱す。そしてアウゲイアスの眼前で身を屈め、右腕に渾身の力と、地面を満たす水を使って拳に激流を纏わせる。激流をブースターに、凄まじい出力のアッパーを回転しつつアウゲイアスの顎に叩き込む。一点集中の強烈なパワーが硬化した闘気泥を打ち砕き、アウゲイアスは気絶する。そして脳天に長剣を捩じ込み、そのまま頭部を真っ二つにする。槍で中の亡骸を引きずり出す。ホワイトライダーが寄ってくる。
「やはり間違いないな。こいつはぁ……平山と並んで最初期の剛太郎の実験の被害者だ」
「剛太郎……」
「お前も見覚えあるはずだぜ、なんせあいつの傍にずっと居たはずだからな」
「ええ、覚えている」
「まあ、こいつは大切な研究材料だ。俺たちが回収するぜ」
 ホワイトライダーはアウゲイアスの死体を抱え、白馬に乗って去っていった。
「零、炎を止めねえと」
 アーシアが近寄る。
「わかってる。シニューニャを迎えに行って、ディクテイターを止めよう」

 ルーニア地方・相克の町
 瞬撃の拳で、ラースは砕け散る。ラースが四散するのと同時に、ハートレス・シャドーの幻影も消える。しかしラースは残った金庫頭から体を再生し、ハートレスも影法師のように姿を為す。
「くッ……しつこい奴め……!」
「どうやら俺も選ばれたらしい、月香獣にな」
「なんだと」
「明人様の仰った通り……不死というのは、死という概念を剥奪された、人として最も苦痛な状態ってことだ」
「ふん……汝も延々と我に壊され続けるのは苦痛ということか?」
「いや……臨死体験などそう何度も出来ることではない。寧ろ感謝している。このまま最後の時まで、貴様と踊るとしよう!」

 アガスティア地方・至天の戦域
 テウザーが立ち止まる。
「どうしたの」
 零が問う。
「零なる神よ、鬼神は捨て置かねばならぬ」
「なぜ」
「ラース・ジャンパーが彼女と戦っているが、ラースは月香獣と化している。その尋常ならざる耐久性は既に知っているはずだ」
「アーシア、貴方は?」
 零はアーシアの方を向く。
「俺には詳しいことはわからねえ。何が今一番優先すべきか、アンタが決めてくれよ」
「……。止むを得ない。私の私情を優先させてもらう」
 そうして、三人は北上していった。

 アルカニア地方・白百合の墓場
 一行がそこまで辿り着くと、そこには巨大な塔があった。二本の塔が絡み合い、天を衝くそれは、窓の類いが一切見られなかった。
「行こう」
 零が先行し、二人が続く。

 アルカニア地方   独裁の塔・頂上
「来たようだね」
 ディクテイターが雪景色を眺めつつ呟く。
「そのようだな」
 プロミネンスがその真横で答える。
「僕たちは何のためにここにいるんだと思う?」
「俺たちは、俺たちのためにここにいる。俺たちの理想の国を作るために」
「ふふっ、それを聞いて安心した。どんな犠牲を払っても僕たちは自分の目指した世界へ辿り着く。最後まで、君と一緒にいたいからね」
 プロミネンスは跪き、ディクテイターの手を取る。そして、薬指に指輪を嵌める。
「本当のピンチになったとき、それが君の力になる」
「ジデル……」
 プロミネンスは立ち上がり、中央のエレベーターを起動して降りていく。

 独裁の塔・下層
 零たちが塔へ入ると、いきなり広いフロアへ出る。そこに、無数の傷と、そこから蛆を溢すアルテミスがいた。
「てめえ、まだ生きていやがったか!」
 アーシアがいきり立つが、アルテミスは自分の頬を撫でるだけだ。
「全く、嫌になるな。どいつもこいつも面倒ばかり……全て滅びればどんな苦しみも願いも無に帰るというにも関わらず……下らない、下らない……」
 アルテミスはぼそぼそ喋り、矢で自分を突き刺す。
「下らない!意味もない人生を浪費する者共に、あのお方の崇高なる意志が汚されていいはずがない!」
 アルテミスは光に包まれる。
「白金零!明人様のために、その身捧げよ!」
 光の柱から、銀色の魔人が姿を現す。弓が左腕と一体化し、右腕は胴体を覆い隠す翼の盾となっている。弓を前腕部に沿わせ、刃のような弦を零へ向ける。テウザーが前へ出る。
「ここは俺がやろう。先を」
 零は頷く。
「ちょっと待てよ!そいつは俺の獲物だぜ!」
 アーシアは食い下がるが、テウザーは無言で圧力を掛ける。
「ちっ、しゃあねえな」
 零と共にアーシアは先へ進む。
「律儀だな、俺になど目も暮れずに攻撃すればいいものを」
 テウザーがアルテミスへ視線を向ける。
「ディクテイターと零が激突すれば、必ず次元門は開く。私がここで倒せれば何の問題もないし、ディクテイターと戦っても目的は果たされる」
「自らの意思さえ、杉原に捧げたと?」
「当然だ。私の命はあの方のお力で保たれている。オセも、ラースも、シャドーも私も、六聖将は皆、あの方に命を救われた」
「なるほどな」
「私たちは今ここに生きている。自らの意思を放棄した愚物が蔓延る全ての世界を滅ぼすために」
 アルテミスは腰を低める。
「行くぞ」
 テウザーは薙刀を構える。
「いざ参る!」
 両者が同時に言い放つ。

 独裁の塔・上層
 二人はただ高い塔を登っていき、何事もなく高層階まで到着する。
「しっかし何もねえな」
「あっちは私に来て欲しいみたいだから、わざわざ足止めしてないんでしょう」
 長い一本道が終わり、道の脇に巨大な扉があった。零が近づくと開き、そこは二本の塔の丁度中央に作られた、頂上への連絡用の広場だった。プロミネンスがエレベーターシャフトの前に鎮座していた。
「やっと来たか。アウゲイアスなど無視していればいいものを。まあいい、さあ零。上に行け。悪いがアーシア、お前はここで留守番だ」
 零はアーシアの方を向く。
「んあ?どうした、さっさと行けよ。こいつを倒して追いつくからさ」
「ごめん」
「どうして謝ンだよ。こいつはお前を一人で行かせるためだけにここにいんだろ?なら俺がここで待っときゃ、何の問題もねえわけだ」
 零は前を向き、エレベーターで上へ行く。
「ただ待つのも暇だしよ、戦おうぜ」
 アーシアはプロミネンスを誘う。プロミネンスはエレベーターが上がりきったのを確認して、鎧を脱ぐ。
「水の女神、お前にはここで我が王の糧になってもらおうか」
 アルメールから黒い瘴気が放たれ、炎の剣を解き放つ。
「へえ、それがてめえの本性か」
「俺の名はアルメール。ジデルでもあり、プロミネンスでもあり、そのどちらでもない」
「ま、そんなこたぁどうでもいい」
 アーシアは軽くステップを踏み、構える。
「遊ぼうぜ、派手にな」

 独裁の塔・頂上
 エレベーターが上がりきると、雪がひらひらと舞い降りてくる。頂上の縁に、ディクテイターは立っていた。
「お疲れ、白金零。全ては僕の意のままに、ここまで進められた」
 そして長いツインテールを靡かせ、振り向く。
「始まるよ、全てが」
 その声と共に、世界が爆炎に包まれる。
「コード・プロミネンス。かの九竜・烈火の力の一端である怨愛の炎を、各地方の墓所に封じられた数多の命を薪に燃え上がらせる。これでこの世界は全てシフルへと帰り、そして集約された全ての力は私へ辿り、この塔の上に次元門を切り開く」
「それが貴方の望み」
「そう。まさにその通り。君には理解してもらえると思ったからそれなりに話していたよね。結局分かり合えないみたいだけど」
「私には―――」
「使命がある。知ってるよ。再三言われたからね」
「貴方は次元門を開いて、そしてどうするの」
「この世界を燃やして生まれるシフルは、それはそれは膨大なものだ。それこそ、もう一度世界を作り直せるほどにね。だから僕はこの力を使って、僕の元いた世界を作り変える」
 二人は視線を交わす。
「互いにやるべきことがある」
 零がトンファーを構える。
「そうさ。誰かのために命を捨てられる人間なんて、この世にいないからね」
 ディクテイターは手元に星虹剣を召喚する。
「終わりにしよう、全部」
「ええ」
 俊敏な動きから突きを放つ。首筋を狙ったそれを躱して、零は肉薄して杭を打ち出す。ディクテイターは無理矢理踏みとどまり、身を翻して切り上げる。零は弾くが、ディクテイターは素早く切り下ろし、踏み込む。受け流され、刀の一閃をディクテイターはぎりぎりで凌ぐ。更に腰から怨愛バーナーを落とし、起動させながら零へ蹴り上げる。鞘で弾きサイドステップを踏むも、ディクテイターは猛進して切りかかる。零は後退し、籠手から激流を発してストレートをぶちこむ。星虹剣が弾き飛ばされ、ディクテイターは懐から赤い刀身の直剣を抜く。それは抜き放った瞬間から、赤いスパークを放っていた。
「……」
 零はその剣へ視線を向ける。ディクテイターは深く呼吸をする。
「僕は――いや、私は……誰にも負けたくない……もう二度と何も失いたくない」
「だから誰かの大切なものを奪うと?」
「そうさ。誰かに奪われた者は誰かから奪うことでしか取り戻せない何かを持ってるものさ」
 零は氷剣へ持ち替える。
「人は皆、違う。それは過大に一般化された論理ではなくて、貴方自身の魂の叫び。貴方自身が、そう思わなければ生きて行けなかった」
 ディクテイターは自嘲するように笑う。
「君は想像より遥かに図々しいようだね」
「私は私見を述べているだけ」
「そういうすかしたところが図々しいんだよ」
 氷剣と直剣がぶつかり合う。
「この世界が燃え続ける限り、君は私には勝てない!さっさと諦めて、くたばった方が楽だよ!」
「楽な生き方が好きなら……こんな面倒事に真面目に取り組むなんてことはしない」
 直剣は星虹剣に比べてパワーが明らかに足りず、容易に弾かれ、ディクテイターに袈裟斬りが直撃する。
「ぐっ……!」
 間髪入れずに零は杖を腹へ突き立てる。
「終わり」
「い、いいや……」
 ディクテイターは零の頭を掴むと膝蹴りをぶつけ、そして投げ飛ばす。腹に刺さった杖を引き抜き、ふらつきつつ後退して星虹剣を掴む。
「まだだよ……まだだ……この程度で死ぬなんて、もう二度と嫌だ!」
 そう叫んだディクテイターへ、炎が巻き込まれていく。
「私は……私は……!」
 炎が嵐のように巻き上がり、焼けつくほどの輝きを放つ。
「全てを賭けてでも、私がこの世界から消えてなくなろうとも……世界を作り出す!未来を……明日を……」
 炎を突き破り、白く長い耳を垂らした竜人が現れる。
「切リ拓ク!」
 零はその巨大な姿を見上げる。
「(全てを賭けて……自分の理想のために自分さえも犠牲にして……)」
 そして氷剣を納める。
「わかった。ならば望み通り、貴方をこの世界から消し去る」
 零の周囲を強大な冷気が覆い、膨れ上がっていく。
「時は今ここに往生し、我が意思の放つままに打ち消えし。巡り巡る糸の果て、儚き夢幻を薄重ね、全ての因果を我が下へ!我が名、〝寂滅〟!」
 竜化したディクテイターと並ぶほどの白青の竜人が姿を現す。
「行クゾ、白金!」
「いつでも」
 ディクテイターは炎を纏わせた拳を引き摺りつつ突進し、アッパーを放つ。寂滅は巨大な氷壁で防ぎ、続けて氷の波濤で押し返す。ディクテイターは天高く飛び、巨大な火球を吐き出す。零がそれを弾き、ディクテイターは零を押し倒し拳を重ねる。猛烈な衝撃波が起こり、両者吹き飛ぶ。すぐに起き上がり、腕を組み合う。力が拮抗するがディクテイターが炎を更に取り込み、黒炎を放つ。ディクテイターが押しきり、左、右と連続で拳を重ねる。零はそれを氷壁で次々防ぎ、腕に纏わせた氷の刃でディクテイターの右腕を切り捌く。誰の目にも力量の差は明らかであり、寂滅は止めと言わんばかりに拳を振り下ろす。ディクテイターの頭蓋はひしゃげ、命が塩に変わって飛び散るが、供給される炎がディクテイターの生命力を極限を越えて高め続ける。切り落とされた右腕は再生し、更に炎は勢いを増す。
「マダダ……マダ終ワラナイ!」
「……」
 零は容赦なく攻撃を続け、ディクテイターは再生力に物を言わせ得て無理な反撃を繰り返す。
「何故……ドウシテコンナ力ノ差ガアル!」
「どうして?それはもうわかっているはず」
 寂滅のアッパーと共に強烈な冷気が爆裂し、ディクテイターは吹き飛ぶ。
「貴方が弱いから。それ以外にない。貴方の意志が……シフルを扱うには弱すぎるから」
「……!?」
「現存する人間は元々、シフルを捨てた哀れな塵芥でしかない。私のような始源の存在でなければ、余程意思の堅い……イレギュラーを除いて、シフルで戦うことなど出来はしない。故に、怨愛の炎を操る貴方は強くても、シフルにこだわる貴方に、勝ち目はない」
 零は倒れ臥したディクテイターに、止めの一撃を叩き込む。ディクテイターに炎が供給されるが、体の塩化は止まらず、やがて消え失せた。そしてその亡骸から放たれた爆炎が夜空に穴を抉じ開け、次元門を開く。零は竜化を解く。そして、落ちていた星虹剣を拾う。更に直剣を拾い、吸収する。
「……。これで古代世界に帰れる」
 零は僅かにアーシアたちへ思考を傾けた。そして静かに
「ありがとう」
 と呟いて、次元門へ消えた。

 独裁の塔・下層
「うぐ……!?」
 アルテミスは唸り、テウザーは高速移動を止め、グリーブのスパイクで止まる。
「この世界での主は、どうやら敗れたようだな。そしてお前の蛆の呪いも、もうすぐ解ける」
 えずくアルテミスの全身から、蛆が大量に溢れ出す。残っていた皮膚も液状になり、アルテミスは固体を保てなくなる。
「あの方のために……命を捧げられたのなら……満足だ……もはや用無しの駒は……自ら消えるとしよう……」
 完全にアルテミスは溶けてなくなる。
「俺の出番も終わった。この世界の役目も同時にな。シュンとミヤビを連れて始源世界に帰るとしよう」
 テウザーは炎の軌跡だけを残して消える。

 独裁の塔・上層
 竜化したアーシアが大海嘯を放ち、アルメールは最大級の炎で打ち消す。そして大技の隙を見逃さず、アルメールの剣がアーシアの腹を貫く。
「がはっ!?」
「愚かだな、アーシア。実に愚かだ……君のような幼い竜が、俺のような始源世界の人間に勝てると思うか……?」
 剣をより深く刺し、アルメールは気味の悪い笑い声を上げる。
「ハハハハアッハッハッハ!愉快だよ、全く。俺の妹は出来損ないのバカだったが、君のような利口な奴を単純な力で上回るのはとても楽しい。ディクテイターもグラナディアも、月香も、燐花も円卓の騎士共も!とても利口だった!正直すぎて、余りにも全て上手く行きすぎて俺が騙されてるんじゃないかと不安になるくらいには正直だったよ!」
「てめえ……何を言って……」
「俺は単なる趣味で狂竜王に協力してるのさ。他の信念を持った奴らと違ってな。どうだ?君から見てディクテイターはどう見えた?叶わない希望に手を伸ばして、傍にいる男が誰なのかもわからぬまま懸命に生きた愚者か?」
 アーシアの竜化が解けるが、アーシアはアルメールの腕を強く掴む。
「さっきから聞いてりゃ下らねえ御託並べやがって……」
 更に深く剣を突き刺させ、よろけたアルメールへ掌底でアッパーをぶつける。そしてアーシアは刺さった剣を腹から抜く。すると刀身となっていた炎が消える。
「はぁ、はぁ……クソッタレが!長い付き合いだがてめえがそんなクズだったとはな!」
 アルメールが手を翳すと剣の柄はそこへ戻る。
「ふん、そうか?」
 また柄から炎が湧き出て、アルメールは刀身を撫でる。
「俺は完全な悪意を持ってやってるが、そいつの傍でやってること自体は何も問題ないだろ?騙されてるやつらにとって利益がある行いをやってるだけさ。アーシア・ルーオン。君は誰にも騙されない、孤高の女神だっただろう?そういう君が義憤に燃える必要があるのか?」
「その口を閉じやがれ!」
 目にも止まらぬ速度でアーシアは飛びかかるが、アルメールはその動きを完全に捉えてカウンター気味にアーシアの首を掴む。アーシアの渾身の膂力でさえその手はほどけず、じっくりと力が込められていく。
「俺はな、人情や道徳ってのが大嫌いなんだ。誰だって自分の性格を屁理屈で否定されたら嫌だろう。月香や燐花のように、憎悪と絶望の中でも手段を選ばず生き長らえる奴こそが素晴らしい。なあアーシア。君は生きたいと思うか?ああ、神ならば、消滅を逃れたいと思うか?」
「か、はっ……」
「さらばだ、義理堅き者よ」
 アーシアの首が折れる音の後、再び炎の剣で腹を貫かれ、そしてその死体は、燃え盛るアルカニアの大地に捨てられた。
「さてと、燐花の下に戻るとしよう」
 アルメールは踵を返そうとして、はっと思い出す。
「ホシヒメの相手をせねばならないのを忘れていた」
 そして闇の中へ消えていった。

 次元門
 蒼い光が一方向に進み続ける空間を零が漂っていると、突如として何者かに襲撃される。完全に予想外の攻撃を受けた零は星虹剣を取り落とし、ゆるやかに落ちていく。

 次元門・底部
 光の流れが低下し、星虹剣と共に零は次元門の底に着地する。零より遠いところに落ちた星虹剣は、何者かに拾われる。
「やっと来たか、私」
 そう吐き捨てる何者かは、零にそっくりな顔をしていた。というより、零と全く同じ容姿だった。
「私……」
「ふん、見覚えがないか。仕方のないことだ。今のお前は私が生まれた異史のお前ではないからな。私は白金零。母によって作られた、そのクローンだ」
 零はクローンを見る。
「それで、私に何か」
「私はお前を殺すことで、本物になれる」
「本物、ねえ」
 零は呆れたようにため息をつく。
「偽物の苦しみは本当の偽物である貴方にしかわからない。私にぶつけられても困る」
「なら死ね。私のために」
「それはできない。私にはやらなきゃならないことがある」
 零は直剣を召喚する。
「確かに母さんは非道な人間だったかもしれない。でもそれは、エンゲルバインに支配されていたからこそ。貴方は復讐するべき相手を間違えている」
「お前は黙ってろ!」
 クローンは星虹剣を振り下ろす。零も直剣を振るう。二人はそれぞれ片手で受け止め、片手で剣を持っていた。
「貴方が私なら、本物になるなんてどうでもいいはず。もっとやるべきことのために、全てを捧げるべき」
 両者は離れる。
「故に貴方は私じゃない。貴方は、貴方という個人でしかない!」
「うるさい!黙れ!期待されて、それに応えられずに虐げられてきた者の痛みが、全てを持ち合わせた完璧な本物に理解できるか!?」
「理解できない。私は貴方ではないから」
「ふん、お前がどう思おうが、ここは次元門の底。本流に戻るにはどちらかがシフルになるまで戦わねば出られない」
 零は意を決し、氷剣を抜く。
「仕方ない。どうしても邪魔するのなら、粉々にするまで」
「そう来なくてはな」
 クローンは星虹剣を構え直す。
「貴方のこと、なんて呼べばいいの」
「何?」
「貴方は私ではない。なら、なんて呼べばいい?」
 クローンは空いた方の手に刀を生み出す。
「ヌル。私のことはそう呼べ」
「そう。ならヌル。ここが貴方の墓標になる」
「ほざけ!」
 氷剣と星虹剣が膨大なシフルを放出して衝突する。ヌルは零の剣戟をトレースするように鏡合わせの一撃を重ね、零はわざと氷剣を弾かせてヌルを肉薄させ、雷を纏い、激流で加速した左腕のストレートをぶつける。ヌルは刀で空間を切り裂き、星虹剣の力を爆発させてその空間に飛び込む。そして零の後ろから飛び出し、切りかかる。零はそちらを見ずに直剣で星虹剣の一撃を軽く受け止め、具足から水を噴射して飛び上がり、長剣を構え、ヌルの刀とぶつけ合う。更にもう片方の腕に持ったトンファーで杭を打ち出す。ヌルは星虹剣で受け止め、両者は瞬間的に氷剣と星虹剣で剣戟を再開する。ヌルが押しきり、零がよろける。ヌルは続けて星虹剣からシフルを放出してその勢いのまま突きを放つ。零は軽やかにそれを躱してヌルの背中を押し、ヌルが勢い余って転けそうになる。それを見逃さず、零はヌルを蹴り倒して首筋に氷剣を沿える。
「気は済んだ?」
「これで勝った気なら甘いな」
 ヌルの体は鏡のように割れ、その本体は背後にいた。流石の零も対応できずに斬られ、多少の傷を負う。
「私はお前を越える。本物を越えた本物になる」
「貴方で時間を食っている暇はないけれど、なかなか楽しめそう」
 ヌルは星虹剣から銀色の液体を撒き散らし、そこから次々に巨大な星虹剣を突き出す。零は流麗に体を捻って全て避け、杖で瞬間移動する。左腕から電撃を放つが、ヌルは自身を覆い隠して余りある巨大な盾でそれを防ぎ、更にそれを右腕に装着し、盾は巨大な鉤爪を生やし、後方にブースターを添える。加速した右腕の一閃をトンファーで防ぎ、肉薄しつつ籠手の一撃を加速しつつ腹へ抉り込む。それを読んでいたヌルは、頭で拳を受け、押し上げつつ接近して無理矢理右腕を叩きつける。吹き飛ぶ零は、刀を振ってヌルへ鞘だけを飛ばす。ヌルは右腕を盾にしつつ突進して鞘を弾き、零は竜人形態となって槍で受け止める。零は容易に右腕の守りを崩し、ヌルは右腕の盾を捨てて星虹剣へ持ち直し、槍と星虹剣で競り合う。ヌルが零を押し返し、素早く銀の刃を二つ飛ばす。零のコートから伸びた二本の帯がそれを撃ち落とし、零は杖で急接近し、石突きでかち上げ、氷剣を地面へ突き刺して氷柱を一気に生み出して攻撃し、ヌルは横に吹っ飛ぶ。ヌルは踏み止まり、星虹剣を地面に突き刺し、自分の分身を三つ生み出す。
「私が五人も……気色悪いとしか言い得ない」
「覚悟しろ、ここがお前の墓標だ!」
 ヌルたちは銀の刃を同時に放ち、弾幕のように零へ向かっていく。
「(退屈な攻撃)」
 零は内心そう思いながら、直剣で剣閃を重ね、銀の刃を打ち消す。ヌルは続いて突進からの突きを四人それぞれでタイミングをずらしながら放つ。零は刀を抜刀せずに構えて一人一人剣を弾いてサイドステップを踏み、そして一人ずつ分身を処理する。分身は鏡のように砕け散り、破片が本体へ戻っていく。そしてヌル本体の突きを鞘で弾き、抜刀しつつ切り上げ、零も空中へ上がり、氷剣で突き飛ばし、杖で接近し、具足で連続縦蹴りを叩き込み、左腕の雷撃で更に打ち上げ、上空から長剣をヌルの左胸へ捩じ込み、籠手を嵌めた右腕でヌルの頭を掴んで急降下し、叩きつける。ヌルはふらつきつつも起き上がり、零を見据える。そしてヌルは星虹剣を尚も構え、零へ向ける。周囲の止まっていた光が進み始め、空間の瓦解が始まる。
「どうやらここの限界が来たようだ。私たちにとってこの程度の戦場は役に立たないのか――このままではどちらかが勝っても誰も出られなくなる」
 ヌルがそう告げると、零も氷剣を構える。
「これで終わらせる」
 二人は剣を構え、ただ愚直なほどに真っ直ぐ距離を詰め合い、一閃を交わす。氷剣に流体金属がべったりと付着し、ヌルは崩れる。
「くっ……」
 ヌルは立ち上がり、零の方を向く。
「勝負は一度預けておく」
 星虹剣を零へ投げ渡し、ヌルは次元門の光の流れに沿って上へ消えていく。零は氷剣の流体金属を取り込み、刀へ力を注ぐ。
「まあ、ある程度は有意義な寄り道だった」
 零は竜人形態となり、飛び上がり次元門の本流へ戻っていった。
  灰色の蝶はそれを見届け、次元門の彼方へ飛び立つのだった。
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