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三千世界・始源(4)

本編 第七話

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広いプールは奥に向かうにつれて深くなっており、遊園地のウォータースライダーがあるような場所にしては異常に深みがあった。
「嫌な気配……」
 と呟くと同時に、水の中から細長い胴体の海竜が飛び出てくる。零は横に転がって躱し、海竜と向き合う。海竜はコンクリートをぐちゃぐちゃと食い散らかすと、長い舌で舐めずる。
「あなたは?」
「ハルベリル……」
 見た目の凶悪さとは異なり、海竜はぼそぼそと喋る。
「ここを守る……」
 零は刀を構える。ハルベリルは力むと、全身から水の塊を射出する。零はそれを刀で撃ち落とすが、刀身が腐食している。刀を持つ右腕から冷気を生んで刀身を回復させ、零は飛び上がる。ハルベリルが伸ばした舌を斬り捌き、トンファーの杭を打ち出してハルベリルをプールの底面に叩きつける。ハルベリルはプールの深いところまで戻り、そこから水流ブレスで攻撃する。氷壁でブレスを弾き、刀を持ってプールへ潜る。ハルベリルは零を見るや否や突進し、巧みに体を動かして水流を操り、零の動きを妨害する。零は刀を振って水の流れを絶ち、トンファーの杭を射出する力で高速で上下移動をする。ハルベリルは毒の塊を吐き出し、零はそれを躱す。しかし水中で爆裂したそれは瞬く間に拡散し、零の体を蝕む。
「ちっ……」
 舌打ちはしたが、あくまで冷静に動く。零の周りをぐるぐると泳ぎ、巨大な渦が零を閉じ込めている。毒も猛烈に攪拌され、零の周囲に留まっている。零は刀を居合い抜きのように構え、ハルベリルが眼前を通る一瞬で抜刀し、渦を切り裂いて氷の刃でハルベリルを打ち上げる。それを追って、零も浅瀬に戻る。のたうつハルベリルへ、零はトンファーを脳天に叩き込む。なおもハルベリルは起き上がるが、零を敵意のない瞳で見つめる。
「力……認める……」
 ハルベリルは天に吠え、水の塊になって零に取り込まれる。零が腕を構え、ステップを踏むと、籠手と具足が装着される。
「ティアスティラ」
 零は目の前にあった巨大なマスコットの像をパンチで粉砕する。
「悪くない力。感謝する」
 ウォーターエリアを後にして、次はアーカイブエリアへ向かう。その名の通り、大きな資料館があり、そこから休憩室とアリーナに繋がっている。零は資料館へ入る。資料館の中は異常なほど寒く、展示物には霜が降り、ショーケースは結露していた。奥へ続く道は氷で塞がれていたが、零は籠手によるパンチで砕いて進む。めぼしいものが無いため、階段で二階へ上がる。映写室を見つけ、中を覗いてみると液晶に何かの映像が流れていた。そして液晶の前に、眼鏡の男――剛太郎が座っていた。
「ソムニウムか。この戦いに困惑しているようだが、その戦いっぷりは流石だな。俺も杉原を煽って結審を起こさせた甲斐があるというものだ」
「あなたが杉原くんを?」
「ああ。見ろ、ソムニウム。この映像を」
 剛太郎に促され、零は流れる映像に目を向ける。映像では明人が金髪の幼女と戯れる様が収められており、二人はとても楽しそうに笑い合っている。
「これは……」
「お前も俺もそうだが、明人もまた、始源世界の人間だ。横に居る女はブリュンヒルデ。始源世界のChaos社が作った人造兵器。明人にだけは懐いていたな、愚かなスクラップだったが」
 ブリュンヒルデは、明人がその場を去っていって間もなく、一人で泣き出した。それも声を噛み殺すように、誰にも気付かれないように。
「失敗作であり、俺も捨てようと思っていたんだが……明人は無駄遣いはよくないと言って色んな感情持ちの兵器と戯れていた。今思えば、それは奴の空の器としての性質……誰かの願望に反応して、その思いに尽くそうとする機能の一部だったのだと気付いた」
「空の器」
「そうだ。杉原明人。あいつは空の器。他者から力を注がれなければただのゴミだが、誰かが力を込めれば全土を支配するほどの兵器へと変貌する。空の器は常に、自分に注がれるべき強い力を求める」
 ブリュンヒルデは泣き続けている。そのままフェードアウトし、場面が切り替わる。穏やかそうだがガタイのいい男の遺体を、藍色の髪の女が泣き喚きながら抱き抱える。
「エウレカによる始源世界の統一が成った日に起こった大反乱……エメル・アンナという一人の女によってエウレカは壊滅し、ゼノビア・キュリオスという女の凶刃にバロンは倒れた。明人はそのクライシスの最中に俺が回収した」
「(バロン?エメル?初めて聞く名前なのに、すごく聞き覚えがある……)」
 零は思考を巡らせる。映像では藍色の髪の少女――ゼノビアの背後で、真顔の金髪の少女がいた。ブリュンヒルデとは異なり、少し大人びていて、ボディラインがくっきりしている。
「明人はクライシスの後、しばらく喪失状態だった。まあ無理もないが……元々作り物なのだからな、あいつも」
 金髪の少女がゼノビアへ光の檻を産み出し、閉じ込める。映像がまた切り替わり、明人と零が相対していた。
「私?」
「そうだ。お前は始源世界の存在。今はそれ以上のことを知る必要はないが、お前と明人はお互いが思う以上に因縁が深い」
 明人が逃げに徹し、零は容赦なく攻撃し続ける。その攻防の途中で映像は終わる。剛太郎は立ち上がり、消える。
「……。とんでもないオカルトかデマに巻き込まれた気分」
 零はそう吐き捨て、アリーナへの通路を渡る。アリーナの二階の観覧席へ出ると、アリーナ全体が凍りついていた。零は一階に飛び降り、それと同時に空中から巨大な狼が落ちてくる。
「あなたがここを守っているの」
「そうだ。俺は黒皇獣エンキドゥ。黒皇獣ヴァナルガンドの一部だ。我が王の命により、ギルの兄貴と仕事を分担してる」
 エンキドゥは鎖が身体中に巻き付いており、アリーナの半分を覆うほどの巨体を持っていた。
「知ってるだろ、シュメールのギルガメス叙事詩。あれのエンキドゥが俺」
 妙に軽い口調のエンキドゥは、その巨体から想像も出来ないほどに爽やかな声色だった。
「まあ、一応」
「色々縁があってなあ、とりあえずここを守らしてもらってんだ。白金零、アンタがここに来るまで暇だったんだぜ?」
「あっうん。どうでもいいけど、さっさと勝負しよう」
「おっしゃ、そう来なくちゃな!」
 エンキドゥが咆哮すると、アリーナを覆っていた氷が全て砕ける。
「正直寒くてしょうがなかったんだよ。でも王に凍ってた方が演出的に面白いって」
「ああ……」
 露骨に聞き飽きた態度を取って、零は飛び上がり具足によるキックを叩き込む。噴き出す激流によって加速したキックはエンキドゥを後ろへ押し返す。
「ハッハァ!ハルベリルの力を感じるぜ……!」
 エンキドゥは上体を起こし、ジャンプしつつ右前足を零を叩きつける。トンファーの冷気でエンキドゥのマウントを取り、細剣を投げつけ、刀で鎖を絶つ。すると全身を覆っていた鎖が解け、エンキドゥは黄金の輝きを放つ。左前足を床に叩きつけ、地面から刺のように張った鎖が無数に涌き出る。零はトンファーで滞空時間を稼いでそれを躱し、着地して一気に距離を詰め、刀の連撃で足を払い、崩れたところに激流の勢いを乗せたアッパーを叩き込んでアリーナの天井に激突させる。エンキドゥは床へ落下し、気絶する。張り付けたように、目は渦巻きになっていた。
「正直あなた、滑ってると思う」
 そう言い残して、零はアリーナの一階の正面ドアから出ていく。次はライドエリアに向かい、観覧車の前で立ち止まる。動いていない観覧車の最高点に、大きな熊が立っていた。
「ハーッハッッハッハッハ!遂にここまで来たか白金零!かくごー!」
 熊は暴れながら零を指差すが、零はため息をついてそっぽを向く。
「おい!ちょっと待って!無視せんといて!ここまで来ておいてスルーするとか時間が勿体ないとか思わんとか!?」
 熊はわちゃわちゃ騒いでいる。
「(最悪この人を無視して無理矢理通るか……)」
 零が完全に無視を決め込んで立ち去ろうとすると、熊は足を踏み外して落下し、零の目の前の地面に頭から突き刺さる。
「邪魔」
 熊は勢いよく頭を引っこ抜き、思い出したように腕を組んで堂々と佇む。
「ふん、やっと戦う気になったか!俺はフンババ、このライドエリアの……」
 余りにも堂々と自己紹介を続けていたため、零に氷漬けにされて、スペースユニバースの敷地外に投げ捨てられる。零はそのままスペースエリアへ向かう。アトラクションの前に、一体の巨大な虎が鎮座していた。
「来たか……白金零」
「……」
 零は虎の前に立つ。
「我が名は光猛覇天獣 リベリオン・リベロ。このナラカを生み出した者の心を映す鏡、力の具現である」
 リベロは徐に立ち上がる。
「来い、勝負はこれでやる」
 二つのレーンが並列して作られているアトラクションにリベロは案内する。片方のレーンにはカートがあり、もう片方のレーンには何もなかった。
「これは」
「俺とお前でレースをする。相手を殺すか、先にゴールした方の勝ちだ」
「なるほど」
「所詮は人間の娯楽のために作られたものだ、そこまで長いコースではない。だが――気を抜けば一瞬で死ぬ」
 零はカートに乗る。リベロも準備を終えると、ランプが赤から青に変わる。カートは自動で加速し、リベロは自分の足で走り出す。スタートしてすぐかなり急なカーブが来る。リベロがスピードを落とさずにカーブへ突入し、尾をしならせることで零の走路を妨害する。零はカートのアクセルペダルを氷漬けにして最高速を保たせ、籠手から水の塊を発射してリベロのレーンを破壊する。リベロは華麗に横回転しつつ飛んで走路を確保し、零はレーンを濡らして摩擦を減らし、スピードを更に上げていく。リベロはかなり速く、零との距離がみるみる内に離れていく。追い付けないと考えた零は、カートから飛び降り、正面から受け止め、そのままリベロよりも先のレーンへカートを投げ飛ばす。トンファーで加速して投げたカートに追い付き、着陸させつつ飛び乗って籠手の激流でカートを加速させる。リベロは口から光を吐き出し、零は氷壁で光を弾き、刀を掌底で飛ばし、氷の破片と共にリベロの視界を妨害する。リベロは加速するも、眼前に立っていた零の拳を真正面から食らう。そして零はカートへ飛び乗り、そのままゴールする。リベロも遅れてスタート地点に戻る。
「うむ。陽花里の下へ向かうがよい」
 リベロはそれだけ告げて、消え去った。
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