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三千世界・黒転(3)

後編(通常版)

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 神都タル・ウォリル   カテドラル
 ガラスの向こうに見えるエレイアールの景色を見ながら、ゼナは欠伸をする。
「アルバを追ってセレナが現れたようじゃな……」
 エレイアール山地は恐ろしいほど晴れ渡り、青が空を埋め尽くす。
「いよいよこの世界は輪転を始める。主の願いが果たされるまで、あと少しじゃ」

 グランシデア王城   地下牢
「ぐっ!」
 強烈な膝蹴りを顔面に受けて、レイヴンは呻く。続く単純な殴打も、成す術なく食らい続ける。そして止めに蹴りを受けて、レイヴンは倒れる。
「君は律儀なやつだよ、ほんと」
「ふん……そうかい、ありがとよ」
 エールはレイヴンの髪を掴んで起き上がらせる。
「あの工場で感じたパワー。あれならこの牢ごとき一瞬で破壊できる。それなのに、君は行儀よくここで僕にいたぶられてる」
「予感はしてたさ……エリナが俺の事務所に来た時点でな。だが俺の命があれだけの大金に変わるなら充分だろ」
「なるほどねえ。それほどまでに君は家族を思っているのか。僕には理解できないことだ。家族は踏み台にするものだろ?」
「踏み台にしても大して飛べないやつでな」
「君の妹ならとてつもなく強そうだけどねえ」
「ま……ある意味強いかもな」
 エールは軽く頷くと、レイヴンを離す。
「簡単に抉じ開けられるものをやらないんだから、鍵をかけてもしょうがないね。君一人で躊躇うものがないから止められないだろうし」
 そう告げ、踵を返して去っていった。
「ったく、殴らねえと話もできねえのか、あいつは」
 レイヴンは口から血を吐き捨てて、寝転がる。魔力でコーティングされた独房の中はまるでサロンのような落ち着いた空間だった。
「処刑の前くらいは安心して過ごせよってことか?悪趣味なこった」
 目を閉じて、レイヴンは眠りについた。

 マーナガルム峡谷
 グランシデア王城は、アルバージュ雪谷から伸ばされた大橋の先にあるマーナガルム峡谷の山の斜面に作られている。
「兄貴、ここは危険だから、慎重に行けよ?」
 ミリンがゴーグルをかけて、周囲に注意を向ける。
「わかってるッス。マーナガルム峡谷は強力なモンスターの棲みか。なるべく会いたくないッスから」
 と、リータを含めた三人が慎重に歩いていると、目の前にロータと、彼女に仕止められたであろうモンスターの死骸が累々と積み上げられていた。
「遅い」
 それだけ言って、ロータは王城へ急いで行く。
「ワーオ」
 リータがいつも通りと言った感じで呟く。そして一行が王城の真下へ辿り着くと、ロータが振り向く。
「じゃ……歯を食い縛って……」
 ロータは三人を天象の鎖で縛り、自分は王城に天象の鎖を突き刺して浮き上がる。

 グランシデア王城   地下牢
 そしてロータが壁を蹴破り、四人は地下牢に侵入する。
「力ずくで入れるなんて、結構セキュリティがガバガバなんじゃないかな」
 リータがそう言うと、ロータが振り向く。
「無駄口は要らない……兄様がどこにいるか考えて……!」
「わわっ、怒んないでよ~。王城の最下層って言ってたから、ここがそうなんじゃないの?」
「じゃあ全部ぶち抜く……!」
 ロータが力を込めようとすると、それをミリルが止める。
「ちょっと待ってロータちゃん!流石にそれは面倒なことになるよ!だいたいの地図は作れたから、私についてきて!」
 ミリルに連れられ、一行は奥へ進んでいく。通路の突き当たりに、一つの牢屋があった。その中では、レイヴンがルーズリーフで折り紙を作っていた。
「あれ?なんか全然シリアスじゃなくない?」
 リータのコメントに、全員が頷く。
「おお、お前ら。よく来たな。何の用だ?」
 レイヴンは平然と格子を開け、牢屋から出てくる。
「兄様……逃げよう……兄様の家族を連れて、神都に……」
「ほう?中々面白そうだな。乗った」
 レイヴンは手を出すと、そこに長剣が現れる。
「流石に暇だと思ってたところだ。派手に行こうぜ!」
 長剣を籠手に変形させ、牢屋の壁を粉砕し、更に籠手を大型バイクに変えて、強引にロータたちを乗せてフルスロットルで走り出す。
「どわあああああ!?」
「わああああああ!?」
「死ぬぅー!!!!!」
「…………」
 四人の反応を余所に、レイヴンは調子づいて猛烈な速度でマーナガルム峡谷の斜面を下っていく。
「リリュールまで全力でぶっ飛ばしていくぜ!」

 オーグリアス
 一行はそのままの勢いで南下し、オアケルアを通るルートとは別のルートを通り、その途中の街、オーグリアスに辿り着いた。
「一回乗ってみたかったんだが、風を感じるってのはいいことだな!馬車とはスピード感がまるで違うぜ」
 長剣をバイクから元に戻し、背に納める。
「ここからはどう行くの?」
 リータがミリルへ問いかける。
「あー、えーっとですね。リリュールに行くなら……ここから更に南下してシビリオ高地とエンディッテ草原を抜けるとトーラ川なので、メナニスを通ると到着しますね。結構遠い道のりですけど……」
 ミリルがレイヴンの方をちらりと見る。
「ん?どうした?」
「なんでもないです。あの危険運転をまたされたら私たちは命が幾つあっても足りない気がしますから、徒歩で行きましょう。一応私たちは脱獄犯の手助けをした犯罪者ですからね」
 そう言いながら、ミリルは疲れて座り込んでいるマイケルを蹴り飛ばす。
「兄貴しっかりしろ!こっから歩くんだからな!」
「いきなり蹴ることは無いッスよー!ご無体ッス!」
 マイケルの抗議を軽くスルーして、ミリルはレイヴンへ近寄る。
「歩いていきますからね」
「わかってるさ。まあ、道中気を付けていこうぜ」
 そして一行は歩き出す。

 トーラ川
 エンディッテ草原を越え、トーラ川の川辺に辿り着く。
「まだ一週間しか経ってねえのにだいぶ久しぶりに感じるぜ」
 レイヴンが欠伸をしつつ長剣を抜く。
「兄様……」
 ロータも腰の本を手に取る。
「ああ、わかってる」
 長剣を銃に変形させ、短剣を投げ飛ばしつつ二丁の拳銃でそれを撃ち抜く。短剣は何もない空間で弾かれ、レイヴンの下へ帰ってくる。その何もない空間から、リグゥとヴェヱダが現れる。
「なんだお前らか」
「ええ、僕たちです。僕たちは常にあなたたちを見ていますからね。常にご都合主義な登場をします。どうです?僕たちはここで初めて出会いました―――そこに戻ってきたことを記念して、僕たちと死合うというのは」
 レイヴンは少し考え、口角をあげつつ長剣をリグゥへ向ける。
「いいぜ」
「では……我ら四聖典の力、とくとご覧あれ」
 リグゥが勢い良く鋏を二本抜き、ヴェヱダは槍を手元に生み出す。
「お前らは下がってろ、こいつらは俺の獲物だからな!」
 レイヴンはそう言うと、瞬間移動でヴェヱダの前に現れ、長剣をぶつける。ヴェヱダは軽く槍を振るうだけでも凄まじい蛮力を発揮するが、レイヴンには到底叶わず、吹き飛ばされる。リグゥが小さな杭を何本も投げ飛ばすが、レイヴンは造作もなくすべて打ち落とす。そしてリグゥを蹴り飛ばし、その首に長剣を添える。
「どうした?その程度か?」
「まさか」
 リグゥは霧のように消え失せ、レイヴンの背後に居た。
「あなたはグルルという鳥をご存じで?」
「さあな」
「ガルーダというものを貶めたものですが……それは見る者の立場によって善悪は相対的に変化するということを現しています」
 レイヴンが振り向く。
「歴史の授業か?それとも哲学?どっちでもいいが、言いたいことを手短に言えよ」
「相対的な善悪を中立の視点から歴史に残す、それが僕たちの使命」
 リグゥとヴェヱダが融合し、巨大な怪鳥に変身する。
「この三千世界には夥しいほどの存在がいる。人間から見てどれだけ非道であっても、他の何かからすれば欠点の無い完璧な正解であることもある」
 怪鳥は力を溜め、強烈な電撃を放つ。レイヴンは手元に作った薄い魔力の壁で凌ぎ、空中へ飛ぶ。翼の一撃を躱し、レイヴンは長剣で切りかかる。が、電撃の障壁で防がれる。そのまま威力がレイヴンに跳ね返るも、それを打ち消し、籠手に変えた長剣で殴り付ける。障壁は砕かれず、怪鳥は雷の光線を撃ち放ち、レイヴンを撃ち落とす。直ぐに受け身を取り、長剣を元に戻す。
「楽しくなってきたぜ。なあ、リグゥ、ヴェヱダ!」
「僕たちはどうとも言いかねます」
 レイヴンは長剣を構え直し、竜化する。魔力の剣を前方に大量に設置し、怪鳥の前へ瞬間移動し、空中を足場に突きを放ち、障壁を打ち砕き、魔力の剣をダーツのように投げつけ、設置した魔力の剣を怪鳥の周囲に展開して爆発させる。怪鳥が怯み、リグゥとヴェヱダに分離して地上に着地する。レイヴンも竜化を解除して地上に戻り、手を横に上げる。
「満足か?」
「ええ、とても。ではリリュールへ行くとしましょう」
 リグゥの力で、世界が暗転する。

 リリュール   万屋クロダ
 帰って来たレイヴンの脳内に、リグゥの声が響く。
「(しばらく、僕たちは手を出しません。あなたたちの行く末に、幸多からんことを)」
 リグゥの声は消えた。レイヴンは事務所の扉の前で立ち止まっている。
「兄貴、どうしたッスか?」
「いやあ、ここが俺の家なんだが……怒ってるだろうなあ……めんどくせ」
 心底嫌そうにレイヴンが扉を開けると、エルデが掃除をしていた。
「あら、ご主人様。お帰りなさいませ」
 エルデは深く礼をする。レイヴン以外の全員の視線がエルデの揺れる双丘に集中する。
「(デカい……!)」
 四人とも内心思ったが、あくまで冷静を装う。
「ふん」
 エルデは視線に気付いたのかわざと胸を張る。
「アリアは帰ってきてるか?」
「はい」
「機嫌は?」
「それはもう……うふふ」
 レイヴンはエルデの不敵な笑みに首を横に振る。
「おい、みんな。その辺に座ってろ。もうすぐしたら妹様が来るだろうからな。はぁ。まさか生きて帰ってくるとは思ってなかったからな」
 長いソファに四人が腰掛け、レイヴンが机の前の椅子に座る。
「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんの本当の妹ってどんな人?」
「すぐにわかるぜ、リータ。なんせあいつは地獄耳……」
 と、事務所の正面の扉が開け放たれ、アリアが現れる。
「お兄様覚悟!」
 アリアは榴弾砲を発射し、レイヴンはその弾頭に飛び乗りスケートボードのように空中でトリックを決める。
「エルデ!」
 レイヴンの声で、エルデは右手を真上に挙げる。すると天井が凍り、榴弾がそこで爆裂する。
「よう、久しぶりだなアリア」
 レイヴンは努めて普通に挨拶する。
「久しぶり?そりゃ久しくて当然なのです!危険な仕事はダメっていつも言ってるのです!お兄様が居なくなったら誰が私たちを養うのです!」
「は?ちょっと待てエルデ、お前アリアに話してねえな!?」
 怒り心頭のアリアから逃げるようにレイヴンはエルデに詰め寄る。
「ええ♪そっちの方が面白いかと♪」
「アホか!いや今はいい。アリア!」
 レイヴンは猛進してくるアリアを止める。
「なんなのです。謝罪は聞かないのです」
「今から神都に行く。お前も来るだろ?」
「もちろんなのです。お兄様だけでは不安なのですからね」
「いや仲間は居るが……そこに人が座ってるのが見えてるか?」
「へ?」
 アリアはゆっくりと長いソファの方を向く。ロータを除く三人が礼をする。
「うわああああ!ごめんなさいなのです!お客様の前でこんな身内の喧嘩を見せてしまったのです!」
 アリアがペコペコ謝る。その度に揺れるエルデ以上の超弩級の物体に、四人は沈黙するばかりである。上手く追求を躱したレイヴンは椅子に座り直す。
「ともかく仕事上の色々で俺は今脱獄囚なんだよ。よって、ここを捨てて神都に行く。エルデ、金はちゃんと換えたか?」
「ええ。アリア様が改造していましたよ、あのアタッシュケース」
 その会話に反応したアリアが、本棚の裏からアタッシュケースを持ってくる。
「これをちゃんと武器にしたのです!」
「ほう?かさばりそうだけどな」
「見て驚けなのです!」
 アタッシュケースはレイヴンの持つ拳銃と同じ姿になる。
「すげえな。で、金は?」
「お金は中に全部入ってるのです。それ、色々変形するのですよ。だから、お兄様が持っていきたい小ささに変えておけばいいのです」
「流石は俺の妹だぜ。よくやった」
 レイヴンは拳銃形態を余りのホルスターに入れ、他の四人を机へ来させる。
「神都へはどう行けばいいんだ?」
 ミリルがそれに答える。
「アーズィ高原とマノレ氷窟を抜けて、クラレティアとエレイアールを越えれば神都です」
 マイケルが付け足す。
「神都は難民やジャンクヤードのストリートチルドレンみたいなやつらは問答無用で受け入れるッスけど、俺たちみたいな普通のやつが入るにはちょっと厳しいッスよ」
「どういうことだ?」
「神都には神都を守る竜が居るッス。高い戦闘能力で、山賊を滅殺してるって聞くッス」
「なるほどな。警戒するのはその程度か?」
 ロータが会話に加わる。
「そう言えば……何日か前に、山賊が鎖で粉々にされる事件があったって……」
「鎖?お前が使うようなやつか?」
「さあね……でも……気を付けた方がいいかも……」
「そうか。まあ、善は急げだ。少し休憩したらすぐ行くぞ」

 アーズィ高原
 クラレティア山脈から吹き下ろす冷たい突風が流れ、肌寒さを伝えていく。クラレティアとはかなりの距離があるが、森林すらないお陰でその冷気が留まることもない。
「なあエルデ、神都について改めてご教授願いたいんだが」
 レイヴンは欠伸をしつつ話を振る。
「神都タル・ウォリルは、五十年前の戦争の時、新興国だったグランシデアの侵略から民を守るためにカオス教が作り上げた城塞都市です。ゼナという老女が大僧正と都長を兼任していて、エレイアール山地の奥に存在しています」
「大僧正ねえ。宗教はどうにも苦手だぜ」
「そう言えば、最近神都が管理していた遺跡の調査権が王都に移ったことをご存じですか?」
「あー、まあな」
「それでどうやら、王都は神都を本格的に攻め落とす準備に入っているようですよ」
 レイヴンたちはそれを聞いてエルデを二度見する。
「なんだと」
「あら、てっきり知っているかと。まあ王都の主力は古代兵器ですし、ご主人様は仕事に必要な情報以外はお気になさらない性格でしたね。お忘れくださいませ」
 レイヴンはやれやれと溜め息をつく。
「面倒なことになったもんだ。ま、適当にやろうぜ。死なない程度にな」
 マイケルがレイヴンの傍に寄る。
「兄貴、この美人さん、兄貴のメイドさんッスか?」
「ん?ああ、そうだ。十年前にジャンクヤードで拾ったのさ。あんまりアリアの面倒を見られないからな、お守りとしてリリュールまで連れ帰った」
「それってゆ……」
 マイケルが言いかけ、エルデの鋭い視線で黙る。
「ひえっ、何でもないッス!」
「はっはっは。まあ、人生色々あるのさ。お前もあるだろ?後ろめたい過去の一つくらい」
 マイケルは反応に困って苦笑いする。
「それでいいのさ。過去はほじくり返すもんじゃない。あの王様にもそれがわかればいいんだがな」
 一行が駄弁っていると、ミリルが一つの洞穴の前で立ち止まる。
「ここです。マノレ氷窟。クラレティアの中腹辺りに出ます」
「普通のダンジョンなのです?」
「はい。氷晶の産地で有名ですけど、それ以外は特に変哲のない、普通の洞窟です」
 レイヴンがその会話を遮る。
「じゃあ行くとしようぜ。立ち止まる理由はねえしな」

 マノレ氷窟
 内部は冷凍室のように冷たく、所々に生成されている氷晶が入り口から射す日光を反射して明度を保っている。
「寒い!」
 リータが叫び、レイヴンへ駆け寄る。
「お兄ちゃん暖めて!」
 レイヴンはリータを抱き寄せ、頭を撫でる。
「よしよし、いい子だ」
 それを見て、ロータもレイヴンへ擦り付く。
「私も……」
 レイヴンはロータも抱き寄せる。
「両手に花とはまさにこのことだな!なあ、エルデ」
 話を振られたエルデは半笑いのまま俯く。
「どうした?」
「いえ、なんでもございませんよ。ただ……ご主人様の楽しそうな顔を久しぶりに見たもので」
「ふん、人をそんな無愛想みたいに言われてもな。なあ、リータ、ロータ」
 レイヴンは二人を見下ろす。
「うん!お兄ちゃんは寝ぼけて椅子からずっこけるから大丈夫!」
「兄様は……まあ……うん……」
 二人からの中途半端な回答に、エルデは更に爆笑する。
「うぷぷ……!うっ!?げほっげほっ」
 そして噎せる。
「失礼、取り乱しました」
 エルデがレイヴンの方を見てお辞儀をする。そしてマイケルが叫ぶ。
「エルデさん後ろ!」
 翼の生えた巨大な蛇が、口を開いてエルデを飲み込もうとしていた。そしてそのままぱくりと食べられる。
「あ。……ちょちょちょお兄ちゃん!食べられちゃったよ!早く助けないと!」
「まあ見てな。たぶん全員びっくりするぜ」
 焦るリータと、全く動じないレイヴンが蛇を見ていると、その口が無理矢理抉じ開けられていく。エルデが腕力だけで蛇の顎の力に勝っている。 
「ほらな?あいつは可愛い顔して恐ろしい鬼婆なのさ」
 唖然としている外野を余所に、エルデは蛇の口から脱出する。
「リンドブルムですか。油断しました。ですが……」
 エルデは右手を真上に掲げる。そこに巨大な戦斧が召喚される。
「死んでもらいましょうか。邪魔なのでね」
 リンドブルムがまた噛み付こうとするも、エルデは大きく飛び上がって回避し、その頭を戦斧の一撃で真っ二つにする。
「失礼しました、皆様。先へ進みましょう」
 戦斧を消し、平然と元の態度に戻るエルデに、レイヴンは大笑いする。
「流石はエルデ。バケモンだな」
「ふふ」
 エルデは微笑む。そして一行は氷窟を進んでいく。

 クラレティア山脈
 氷窟を抜け、一行は山道を進んでいく。しばらく進み、エレイアールが見えてくる頃、一行の前に三つ首の機械犬が現れる。
「これって……!」
 ミリルの声に、レイヴンが反応する。
「どうした、こいつに何かあるのか?」
「これは一重二重戦火《ヒトエフタガサネセンカ》!グランシデアの古代兵器ですよ!」
 機械犬は合成された唸り声を上げ、明らかな敵意を向けている。
「なるほど、戦争の気運が高まってるのは間違いないらしい。で、誰が壊すんだ?」
 ロータが前に出る。
「私」
「じゃ、任せるぜ」
 レイヴンたちが身を引き、ロータが機械犬の突進を片手で止める。
「雑魚が……」
 ロータのもう片方の手から巨大な火球が生まれ、機械犬に直撃する。更に紫色の刺で串刺しにされ、空中からの手刀で粉砕される。
「終わり」
 手早く終わらせ、ロータはレイヴンの下へ戻る。
「いよいよ神都の近くまで来たってこった」
 ロータを撫でて、レイヴンは先へ進む。

 エレイアール山地
 雲の向こうに巨大な塔が見える。それを取り囲むように巨大な壁が作られており、そこの前に巨竜が座し、その麓に人の列が続く。レイヴンたちもその列に続き、次第に神都へ近付いていく。竜の前まで来たところで、竜が激しく反応する。人々の列の整理をしていた教徒たちが集まり、レイヴンたちを囲む。一触即発の雰囲気の中で、人の列の向こうから声が聞こえる。
「控えよ」
 白いローブを来た小柄な少女が現れ、教徒たちも、周りの人間も皆跪く。竜も大人しくなり、少女はレイヴンへ近付く。
「お主がレイヴンじゃな?待っておったぞ。付いてくるがよい」
 少女が踵を返すと、一行もそれについてゆく。

 神都タル・ウォリル
 城壁を抜け、中へ入る。中央の巨大な搭以外は整備されているものの、多くは難民キャンプに面積を取られている。
「お主らがここへ来た理由はわかっておる。シュバルツシルトに騙され、王女を誘拐したことになっておるのじゃろ」
 少女は振り向かずに告げる。
「だいたい合ってるな。他にも色々あったがな」
「そうじゃろう。わしは全てわかっておる。そして―――もうじき全て終わることもな」
 一行の背後で強烈な爆発が起こる。後ろを見ると、機械仕掛けの巨竜と、門番の巨竜が戦っていた。
「気にするでない。ここに居る難民は、全てお主の代わりに次元門を開く鍵となる」
「なんだと」
「幻鏡の湖を知っておるか?あれは死に絶え、シフルに分解された物体を全て溜め込み、その力を磨き上げる。どうせグランシデアがここに攻め込むのは五十年前から目に見えていた。ならば、わしらの計画を果たすための踏み台にさせてもらうのじゃ」
 レイヴンは歩みを止める。
「ふん、そうかい。あいにく、俺は自分を犠牲にするのが好きなタイプでね!行くぞ、お前ら!」
 機械仕掛けの巨竜へ向かうレイヴンに、リータたちも従う。
「まあ、それも良かろう。わしは他の準備をしておくとするのじゃ」
 少女はそのまま搭へ歩く。

 エレイアール山地
 門番の巨竜が機械仕掛けの巨竜を抑え込んでいるが、それでも熱線が人々に被害を出している。しかし、黒髪の少女が現れ、機械仕掛けの巨竜を鎖で縛り上げて神都から力ずくで引き剥がす。続けて銀髪の少女が双剣を振るい、機械仕掛けの巨竜の翼を一つ切り落とす。
「やるじゃない、アルバ。それでこそだわ」
 銀髪の少女がグッと親指を立てる。
「そんなこと……ない……です……セレナちゃんが強いから……」
 アルバは照れ臭そうにする。機械仕掛けの巨竜は息を吹き返し、二人に向けて熱線を放つ。しかしそれは、鎖の防壁に弾かれ、巨竜のもう片方の翼も赤い粒子を纏った斬擊で切り落とされる。
「何が……」
 セレナが驚いていると、後方から続々と人間が現れる。
「ロータ、お兄ちゃん!私とミリルちゃんとアリアちゃんで援護するよ!」
 リータが叫び、レイヴンは頷く。レイヴンは融合竜化状態で翼を広げ、虫の息の機械仕掛けの巨竜を赤い闘気で押し潰す。しかし、ほぼスクラップ状態でもまだ機械仕掛けの巨竜は動こうとする。
「そこの女……私があいつの上を縛るから……お前は下」
 ロータがアルバの頬を小突く。
「えっと……わかりました……」
 二人が同時に鎖を放ち、巨竜を拘束する。
「ファイアー!」
 アリアが榴弾砲を発射し、ミリルがゴーグルを付ける。
「アリアさん、もっと左です!コアを破壊しない限り、あれは壊れません!」
「了解なのです!」
 アリアは巨大なスナイパーライフルを召喚し、それを発射する。鎖の戒めを巨竜は解こうと暴れまわるが、リータの魔法で強化された二人分の鎖が、巨竜を繋ぎ止める。アリアの放った大口径の銃弾が巨竜の胸部装甲を貫きのコアを露出させる。
「止めだ!」
 レイヴンがコアへ長剣を差し込み、思いっきり引き抜く。崩れ落ちようとする巨竜を再び闘気で押し潰し、木っ端微塵になって消える。レイヴンは竜化を解き、リータたちの前に降りる。
「余裕だったな。おい、そこの二人!」
 レイヴンはセレナとアルバを呼ぶ。
「君らが相手してくれたお陰で間に合った。ありがとな」
 セレナとアルバが顔を見合わせる。
「別にいいわ。あのままだと被害が出るから放っておけなかっただけよ」
「えと……まあ……そういう……ことです……」
 二人は踵を返し、神都へと去っていく。門番の巨竜が近付き、レイヴンを舐める。
「うおっ!?」
「感謝する、人間よ。汝より感ぜしは無明の闇の力。しかし汝は己の力に溺れずその力で人々を助けた。無上の感謝をここに」
 巨竜は流暢にそう語ると、深く礼をする。人々の先導をしていたエルデとマイケルが、そこに戻ってくる。
「ご主人様、難民の皆様に被害はないようです」
「おう、ご苦労さん。よし、取り敢えず一安心だ。あの搭に行くぞ」
 その場を離れようとするレイヴンたちに、セレナとアルバは近寄る。
「私たちも行くわ。大僧正には私たちも用があるし、あちらも私たちに用があるだろうしね」
「勝手について来な。俺たちはただ逃げてきただけだからな」

 神都タル・ウォリル カテドラル
 神都の中央の搭の巨大な隔壁を開け、一行は搭の内部へ入る。更にその中央にあるエレベーターへ乗り、最上階へ出る。壁は全面がガラス張りであり、そのガラスの手前にある白い椅子に、先程の少女が座っていた。
「よう来た、レイヴン。人を助けるなどと、つまらんことにお主が時間を割くとは誤算じゃったぞ」
「あんたがゼナか?」
 少女は立ち上がり、ローブを脱ぎ捨てる。オレンジ色の美しい長髪と、エメラルドのような輝く緑色の瞳が、異彩を放つ。狐のような耳が僅かに立ち、同じく狐のような尾がゆらりと垂れる。
「いかにも。わしがこのカオス教の大僧正、ゼナじゃ」
「あんた、俺たちがここに来るのがわかってたような登場のタイミングだったな」
「当然じゃろう、お主こそがこの世界で最も重要なピース。お主以外のこの世界の存在などゴミに過ぎない」
「へえ、そうかい。あんたは次元門を開いて何をするつもりなんだ?あんたらの神でも降ろすのか?」
「いいや。お主を竜へと祭り上げるのじゃ。我らが主の力の一端としてな」
「残念ながら、俺は誰かの上に立つのは苦手でね。代わりを探した方がいいぜ?」
 ゼナはガラスへ近寄る。
「誠に遺憾じゃな。真の使命あるものが己の運命を拒絶し、力無き愚物に潰される。間違っているとは思わぬのか」
「俺は使命とか、どうでも―――」
「その通り……」
 レイヴンが言い切るより先に、ロータが口走る。
「ほう、お主が言うか」
「私には……兄様しか居ない……だから……力こそが全てだと……そう思う……」
「なるほどな。力への意志、それがお主にとって最も重要だと」
 ゼナは拍手する。
「それじゃ。我が物とし、支配し、それ以上、より強力にならんとする。それこそが人間に最も必要な意志じゃ。では、お主らに一つ教えてやろう。グランシデアのホルカンが求める、グラナディアの顛末をな」
 ゼナは椅子へ座り直し、くるりと回転させる。
「端的に言えば、シュバルツシルトがホルカンを唆したということじゃ。何せ本物のグラナディアは、既にわしが殺しておる。四十年も前にな。この世界は無数の平行世界に分かれ、僅かな違いを延々と歩み続ける。その中で、全く同じ姿、同じ能力を持って、異なる人生を歩む存在が誰にでも存在する。シュバルツシルトは、その事実をホルカンへ伝えた。そしてホルカンは曲解し、異世界にいる赤の他人を、同じ姿をしているというだけで自らの母だと信じ込んだ」
 ゼナは咳払いをする。
「ところで主ら、あの遺跡のことは知っておろう?クラレティアの遺跡のことじゃ」
「ああ、知ってるぜ。散々な目に遭ったからな」
「お主らは中央ホールでギルガメス、そしてエリナ・シュクロウプと交戦した。じゃが、中央ホールよりも奥には行っておらんじゃろ?なれば、あの遺跡にもう一度行け。でなければホルカンを止めることも、シュバルツシルトを討つことも、わしを黙らせることもできまい」
「断る、と言ったら?」
「ここでゲームオーバーということじゃ」
「ちっ、仕方ねえか」
 レイヴンたちが踵を返し外に出ようとすると、セレナが剣を向ける。
「なんのつもりだ、お嬢さん」
「私たちは身内の尻拭いに来たの。ヴァナ・ファキナの血族を全て滅ぼし、二度と生まれることの無いようにね。レイヴン・クロダ。ここで死んでもらうわ」
 セレナはもう片方の剣を抜き、構える。
「コルンツの呪われた血筋諸共に、死ね!」
「なるほどな、どうやら俺の命がご所望らしい。そう簡単にやるつもりはないけどな」
 レイヴンは長剣を抜き放つ。
「この世界のあんたは双剣使いじゃないのね。まあ、どちらでもいいけど」
 セレナが先に前に出て、右手に持つ長剣で切りかかる。レイヴンも素直に長剣で迎え撃つ。
「それで、俺がどうして殺されなきゃならねえんだ?君も次元門を開きたいってやつか?」
「これから死ぬ人に語る言葉はないわね」
 セレナの蹴りがレイヴンの脇腹を掠り、レイヴンが具足に変えた長剣で回し蹴りを放つ。左手に持つ短剣でセレナはそれを防ぎ、翻りつつ長剣で切り上げる。レイヴンは後退しつつ魔力の剣を置き、セレナはジャンプして魔力の剣を躱す。そして体を捻り横に回転して切り下ろしつつ着地する。レイヴンは魔力の壁で防ぎ、溜まった衝撃を一気にセレナへ放つ。セレナはその衝撃波を拳を床に付ける動作で姿勢を低くして躱し、連続蹴りで浮かび上がりつつレイヴンを打ち上げる。そしてそのまま右足を前に出して蹴りを放ち、レイヴンを床に叩きつける。すぐにレイヴンは起き上がり、セレナの追撃を防ぐ。
「動くな!」
 セレナは長剣をブーメランのように投げ付け、わざとレイヴンに弾かせ、それを取り戻しつつ渾身の突きを放つ。レイヴンも同じように突きを放ち、切っ先がぶつかり合って互いに後ろに飛ばされてふらつく。
「俺のは我流のはずなんだがな」
「あんたが知らないだけで、私は生まれる前からあんたを知っているもの」
 セレナは剣を納め、闘気の壁を作り出す。
「果てろ!」
 そして竜化し、レイヴンの真上に瞬間移動して長剣で切り下ろし、躱したレイヴンへ高速の突きを放つ。レイヴンはアタッシュケースで弾き、それをショットガンへ変えてセレナに放つ。セレナもまた魔力の剣を瞬時に密集させてその弾丸を全て弾き、魔力の剣を自分の左右に規則正しく並べ、レイヴンへ射出する。レイヴンも同じだけの魔力の剣で迎え撃つ。セレナはまた頭上へ瞬間移動し、切り下ろす。単調にそれだけを幾度も繰り返し、レイヴンの反撃が来た瞬間に長剣をブーメランのように投げ付け、その迎撃にレイヴンが気を取られた瞬間、セレナはレイヴンにドロップキックをぶつけて吹き飛ばす。セレナの竜化が解ける。
「まるで鏡写しだな」
「鏡写し……子が親に似るのなら、それが正しい表現ね。あんたを殺したいわけではないわ。むしろ、ここで止めるべきは叔母さん……ロータ・コルンツだから。まずあんたを殺し、彼女の執着を絶つ!」
 レイヴンが起き上がり、セレナ越しに皆を見る。
「おい待て、ロータとアルバはどこに行った」
「……?」
 セレナは振り返る。リータたちも周囲を見回すが、ロータとアルバの姿はない。
「しまっ……い、いや。私はお母さんとは違う……へまをしても、すぐに挽回すれば大丈夫なはず!」
 セレナは駆け出し、エレベーターに飛び乗る。
「クソッ、セレナを追うぞ、みんな!」
「待つのじゃ、レイヴン!」
 ゼナが呼び止める。
「わしも連れて行け。あの遺跡の仕掛けには少々心得があるのでな」
「……。いいぜ、さっさと来い」
「よし。ではこちらへ来い。エレベーターなぞ使わんでも、ここから飛び降りれば良いのじゃ」
 ゼナが手を上げると、後ろの窓ガラスが開く。そしてゼナは飛び出し、竜化する。
「わしの背に乗せてやろう」
 レイヴンたちはゼナに飛び乗り、カテドラルを一気に下る。

 神都タル・ウォリル
 セレナが駆け抜ける頭上をゼナが飛び去っていく。
「ゼナ!全く、ロータ叔母さんにはロクな記憶が無いわ!」
 そして竜化し、コートのように纏わりついている翼を広げて飛び立つ。

 クラレティア山脈
 鎖の上を滑るようにロータは進み、魔力の檻に閉じ込めたアルバの方を見た。
「申し訳ないけど……私の力の糧になってもらう……」
 その言葉に、アルバは目を覚ます。
「優しいんですね……私のお母さんは……自分のためならどんなものでも平然と犠牲にする人でした……」
「ふん……私は優しくない……兄様を手に入れるために努力しているだけ」
「だとしてもです……あなたなら……取り返しのつかないことに……なる前に立ち止まれると……思います……」
 アルバのその言葉に、ロータは困惑の表情をする。
「あなたは……私の何を知っているの……?」
「私は……異史での……あなたの暴走を……知るものです……」
「さっき兄様が……セレナに鏡写しだと言ってたけど……あなたと私もそうみたいね……一度……あなたの母親も見てみたいけど……」
「……。いえ……あんな人は……誰とも……会わない方がいいです……」
「そう……」
 ちょうど遺跡の前に着いたところで、会話が途切れる。鎖を消し、ロータはアルバの拘束を解く。
「行こう……あなたには私のための犠牲になってもらう……」
 アルバは静かに頷く。そして二人は、遺跡へ入っていく。少し遅れてセレナが着地し、竜化したまま遺跡の中へ駆ける。更に遅れてゼナの背に乗ったレイヴンたちが現れる。
「もう二人はここに着いたのか」
 焦るレイヴンを、竜化を解いたゼナが制する。
「そう急くな。お主とリータがおらねば始まらん」
 ゼナがゆっくり遺跡へと入っていく。それに続いて、一行は再び遺跡へ足を踏み入れる。

 クラレティア山脈 遺跡
 ゼナが先行し、隔壁を開けていく。最短距離を詰めて歩いていくと、ホールの前に巨大な隔壁が降りていた。そしてその前でセレナが立ち往生していた。
「どうやってその扉を……まあいい。ここが異史のChaos社の研究施設なら、ゼナが隔壁を開けられるでしょうし」
 セレナが振り返り、矢継ぎ早に話す。レイヴンが前に出て、手を横に上げる。
「今はそういう問題じゃないだろ?俺たちはロータを、君はアルバを追ってる。今争う必要があるか?」
「あるわ。この先にアルバたちがいるのなら、あんたに渡してもロクなことにならない」
「どうしてそこまで好戦的なんだか。だが仕方ねえ。俺は君と戦う。だがゼナたちは先に行かせてもらうぜ」
「……。まあ、目的はあなたとロータだから構わないけど。さっとどいて」
 レイヴンはエルデとマイケルに目配せする。二人は頷き、隔壁へ向かう。程無くして隔壁は大きな音を立てて開く。ゼナたちが通り過ぎ、セレナとレイヴンは長剣を抜く。
「ついさっき戦ったばかりなんだがな」
「どうあってもあんたを認めるわけにはいかないもの。私怨もあるし、客観的な理由もある」
「ハッ、仕事柄色んな奴の恨みを買ってると自負してるが、君はそれ以上に訳アリっぽいな、お嬢さん」
「あんたが杉原明人に成り代わり、ヴァナ・ファキナと同化する前に……殺す!」
 セレナは短剣も抜き、頭上に瞬間移動して切り下ろす。レイヴンは飛び退くが、同時にセレナは踏み込み突きを放つ。タイミングよくレイヴンは弾き返し、籠手で殴り飛ばす。短剣で防がれるも後退させ、レイヴンは凄まじい速度で二丁の拳銃を乱射する。セレナは長剣をグルグルと振り回して銃弾を全て捕らえ、レイヴンへ投げ返す。レイヴンはターンしながら魔力の剣を展開し、銃弾を弾く。
「さっきも言ったが鏡合わせだな。我流のはずなのに、ここまで同じように戦ってると、俺の戦い方も有名な流派なのかと思っちまうぜ」
「ええ。忌々しいくらいにね。私の母さんも、父さんから剣術を目で盗んでいたわ。つまりは私のお父さんが、あんたと同じ剣術を―――(そして、同じ姿と、同じ運命を)持っていると言うことね」
 セレナは闘気の壁を作り出し、剣を一旦納める。
「誰よりも近いからこそ、絶対に譲れないものがあるの(そう、それこそが、子供を単なる愛の結晶としか見ていない、子供自身に向き合わない親への復讐)。血と言う呪い。それを断ち切るためにために覚悟するの」
 そして竜化し、更に魔力の剣を自身の周りに配置する。セレナは長剣から強烈な衝撃波を生み出し、更にその衝撃波よりも早く瞬間移動しそのまま強烈な突きを放つ。突きを剣の腹で受け、衝撃波を躱す。しかし最接近の際に回転する魔力の剣に削られ、レイヴンは多少の傷を負っていた。更にセレナは続けて中空で縦に高速回転しつつレイヴンに踵落としを連続で叩き込み、回転力が死ぬ瞬間に二段蹴りでレイヴンと共に空中へ浮かび、右足の蹴りで降りつつレイヴンを叩きつけ、自分の周囲に配置した魔力の剣を一斉に射出してレイヴンを狙う。レイヴンは長剣を自分に刺して融合竜化し、魔力の剣を躱すようにセレナの下へ瞬間移動し、魔力の剣を右拳に集中させて床を殴り付ける。強烈な衝撃波でセレナは吹き飛ばされ、即座に受け身を取る。
「この闘気……!ヴァナ・ファキナの物と同じ!」
「俺は誰も失いたくない。今お嬢さんに手間取ってロータを失うわけにはいかない」
「よく言うわ。全部あんたのせいで狂ったのに」
「逆恨みは勝手だがな、今は大人しく退いてやるつもりはねえんだ」
 セレナは双剣を構え直す。
「守りたいものほど守れずに失う。だからこそ、失った者が消えた痛みを忘れない。心を貫く、幻肢痛《いたみ》をね」
 そして短剣を手放し、それが長剣に飲まれる。そのまま、セレナは自らの胸を貫く。長剣はレイヴンがそうするようにセレナと融合し、激甚な闘気を放ってセレナが更に竜化する。
「どうあってもあんただけは認めない。竜の呪いをここで絶つ!」
 二人の長剣が激突し、凄まじい衝撃が遺跡を揺らす。そして二人の戦いの場はホールへ移っていった。

 遺跡深部
 ゼナが先行し、エルデとマイケルが背後を守りながら、一行は奥へ進んでいた。
「結構深いねー」
 リータの呟きにゼナが反応する。
「もう少しじゃ。結局のところ、建造物というのはわかりやすいように同じ構造が何層にも重なっているだけなのじゃからな」
 程無く、先程と同じような巨大な隔壁が現れる。ゼナがコンソールに目を翳し、隔壁が開く。その先には、広大な砂漠と巨大な搭があった。
「どういうことなのです、これ。外に出ちゃったのですよ」
 アリアとリータは驚いているが、ミリルとマイケル、そしてエルデは動じていない。
「今更こんな程度でどうとも思わないッスね」
 マイケルが言い放ち、エルデが続く。
「肝心のロータさんはどこへ?」
「あの搭の中じゃろう。あそこには異史のChaos社のマザーAI、アガスティアが置いてある。あれも中身は膨大なシフルじゃから、力を求めるロータにとって重要なはずじゃ」
 リータが前へ出る。
「なら急ごう。大事なのは力じゃなくて、思いだと思うから」
 全員が頷き、搭へと進んでいく。

 遺跡深部   アガスティアタワー
 アルバを連れたロータが歩いているのは、搭の最上階、巨大なパイプオルガンのような装飾が施された荘厳な空間であった。そして無数のパイプの中央に、黒い円筒があった。
「物凄いシフル……こんな力を手に入れたら……壊れて……しまいますよ……?」
 ロータはアルバの方を向く。
「構わない。さあ……アルバ。この機械の動力を……私に……」
 アルバは力無く頷き、円筒の前に立つ。そして操作盤に手を翳し、円筒が白煙を上げて開く。そしてロータが中央に置いてある白い輝きを放つ球体を手にする。
「兄様……失うことを恐れる前に、全てを手に入れる力があればいい……運命を御する力が……」
「待ってロータ!」
 リータの声が反響し、ロータとアルバは振り向く。
「あの、あのね。力だけじゃ、何も変わらないと思うの。大事なのは心だって、だから、少し考え直してくれないかな!」
 リータの説得に、ロータは少し俯く。
「甘い……この世は力こそが全て……力がなければ何も手に入れられない……心も……失う恐れさえも。力無き者に心は無い……故に」
 ロータは輝く球体を喰らい、飲み干す。
「私の魂が囁くの。もっと力を……全てを滅ぼす、絶対なる力を!究極の力を手にして初めて、私は兄様を!姉様を!望んでいた全てを、手に入れる!」
 ロータは高らかに宣言し、アルバの方を見た。
「もうあなたに用はない。これ以上傷付けもしない。帰るといいわ」
 アルバはただ、その場に立ち尽くす。ロータはそれを見ると、リータたちへ向き直る。
「双子なのにね、私たち」
「双子だからこそ」
 ロータは瞬間移動し、リータへストレートを放つ。半ば転けるように崩れることでリータはそれを躱し、追撃をエルデが防ぐ。ロータは後方へ下がり、紫色の棘を床から突き出す。全員が躱し、マイケルが切りかかる。
「どうやっても止めないッスか!」
「もちろん。寧ろここまでして、どうしてやめられるの?」
 槍を弾き返し、遠くからアリアが放った銃弾ごと、魔力の衝撃波でマイケルを吹き飛ばす。
「(どうやらまだ闘気を生み出す方法を知らんようじゃな……理屈で考えていてはいつまで経っても闘気には変わらん)」
 ゼナは内心そう思いつつ、ロータと打ち合う。
「感謝する……あなたのお陰で……私は足掛かりを手に入れた……」
「それは幸いじゃ。じゃがな、その様に使っても大した力にはならんぞ」
 ロータを軽々と槍で打ち上げ、追撃で吹き飛ばす。ロータは流麗に受け身を取り、立ち上がる。
「……。どういうこと……?」
 ロータが神妙な面持ちになった瞬間に、搭に強烈な振動が伝わる。

 遺跡深部
 二人の渾身の斬擊でホールの床が抜け、砂漠の上に落ちる。
「ここは……」
 レイヴンの声に、セレナは答える。
「ここがこの遺跡の最深部。異史のあなたが残した、旧カテドラル」
「ここにロータが居るのか」
「恐らくはね。でも、あんたの相手は私」
「ちっ、アルバがどうなってても良いってのか」
「あの子もまたヴァナ・ファキナのパーツ。事が終われば消すわ」
「ふん、そういうことか。口でいくら御託を並べても、結局は自分の目的のために動いてるってわけだ」
「どちらも同じことでしょう」
 二人が瞬間移動し、砂埃が舞う。魔力の剣を展開し、長剣を何度もぶつけ合う。全く同じ剣術で、全く同じ衝撃が生まれる。

 アガスティアタワー
「くそ……兄様とセレナが……!」
 ロータが焦る様子を見せると、アルバが近付く。
「待って……ください……さっきおば……リータさんが……言った通り……その力には……心が大事なんです……!」
「心……」
「そうです……!今ここで力を振るうだけじゃ、ダメなんです……!」
 ロータは立ち竦むが、再び前を向く。

 遺跡深部
 二人が終わらぬ一進一退の戦いを繰り広げていると、二人の間に巨大なレーザーが打ち込まれる。その不意打ちで二人は竜化が解ける。ホールの大穴の更に上に、青空と、兵器が見える。
「おやおや、別の横槍が入ったらしい。お嬢さん、殺し合いはまた今度だ。まずは合流するぞ」
「私はまだやれる」
 セレナは剣を納めつつ呟く。
「けれど、もっと他に被害が出るのは間違いないわね」
「思ったより物分かりがいいんだな。感心したぜ」

 アガスティアタワー
 ゼナが轟音に反応して振り返る。
「どうやら、来たようじゃな」
「何が来たッスか?」
「もう少しでお主らの旅は終わると言うことじゃ」
 周囲の人間は合点がいっていないようだが、その背後からレイヴンとセレナが現れる。
「おいロータ!さっさと帰るぞ!」
 レイヴンの声にセレナが続く。
「ここにグランシデアの兵器がやって来てるわ!神都も危ないかもしれない!」
 リータが二人の前に立つ。
「お兄ちゃん、ロータを止めて!力だけを突き詰めてもどうしようもないって教えてあげて!」
 リータの向こうに立つロータと、レイヴンの視線が合う。
「……。今はまず、ここから脱出することを優先するぞ。話はその後だ」
 レイヴンがロータへ近付く。
「心……思い……兄様への、愛……」
 ロータは後退る。そして鎖を天井へ放ち、ホールの大穴へ消えていく。
 レイヴンはアルバの手を取り、振り向く。
「追うぞ!上だ!」

 クラレティア山脈
 ロータが山脈へ出ると、無数の古代兵器が山脈を闊歩し、神都の方角へ進んでいた。そしてその眼前に、超弩級の二足歩行兵器が堂々と佇んでいた。ロータを捕捉したその兵器は、強烈な叩きつけを行う。ロータは軽く吹き飛ばされ、クラレティアの崖に叩きつけられる。
「が……はっ……」
 ロータの体は想像以上にダメージが蓄積されていたようで、全く動けない。二足歩行兵器はなおも地響きを起こしながらロータへ近付く。
「こんなところで終われるか……動け、動け!」
 ロータの体から闘気が吹き出る。力が湧水のように湧き出し、兵器の攻撃を受け止める。闘気はまだ不安定で、気のようになりつつもヘドロのようにもなり、魔力の補助を受けて兵器を押し返す。
「なるほど、これが……力……?でも、これなら……まだ兄様に勝つには遠いけど……」
 ロータは大きく跳躍し、手刀で兵器を真っ二つにする。そして川の方角から、エールが現れる。
「やあ」
 ロータの口角が歪む。倒れた兵器から力を根刮ぎ吸収すると、エールの前に立つ。
「おお、怖いねえ。この前とはまるで違う、何かあったのかな?」
「まずはお前から……私の糧になってもらう……」
「ほう?中々いい提案だね。まあ今は神都を滅ぼすのが優先だから、あとで王城に来てくれれば、って感じだけど」
 エールはロータの相手をせず、常識外れの身体能力で山脈を飛び越えていった。
「……王城……」
 そう呟くと、ロータはエールが飛んでいったのとは別の方向へ歩き始めた。程無くして、レイヴンたちが地上へ出る。
「ゼナ、これはまずいぜ」
「そうじゃな。間違いなく、神都へ向かっておろう。まあ、カテドラルで言った通り、わしは神都など、カオス教などどうでもよい。適当に作った多神教じゃしな。じゃが、助けに行きたいのならわしも同行しよう。戦わんと体が鈍るしのう」
 ゼナが竜化する。
「乗れ。わしが運んでやろう」

 神都タル・ウォリル
 ゼナの背から一斉に飛び降り、地上を走る一つ頭の機械犬、戦火を破壊する。
「深淵、強欲を捕捉!竜鱗も居ます!」
 ミリルの声で、八人は散らばる。深淵と呼ばれたのは、最初にレイヴンに破壊された竜で、強欲は二足歩行の巨大兵器、竜鱗はロータを攻撃したものと同じ二足歩行の兵器である。レイヴンとアルバが魔力の剣と鎖で深淵の放つビームを弾く。
「お兄様!アタッシュケースくださいなのです!」
 レイヴンが放り投げたアタッシュケースを受け取り、アリアはそれを自分の持つ榴弾砲と同じ形にして、連結する。そしてそこから巨大なビームを深淵へ放つ。躱されるが、不用心な回避をしたせいでレイヴンにボコボコに叩きのめされ、止めにアルバの繰り出す大量の鎖に貫かれて果てる。
「流石はレイヴンね」
 セレナは横目に深淵が崩れるのを見る。そしてもう片方、強欲の方に視線を向ける。強欲の繰り出した拳はエルデのバトルアックスで弾き返され、マイケルが高く飛び上がる。
「兄貴!システムはあっちの深淵と同じだから、狙う場所はわかるよね!」
「もちろんッス!喰らえ!」
 マイケルが槍を投げると、幽体化して強欲をすり抜ける。そのあと、凄まじい電撃が強欲を貫き粉砕する。マイケルが着地すると、槍が手元に戻ってくる。
「エルデさん、周りの雑魚を片付けるッスよ!」
「もちろん」
 周囲で攻撃をしかける戦火の群れを、エルデのバトルアックスの一閃が薙ぎ払う。
「けりがついたようね」
 遠くから近づいてくる竜鱗に目をやる。
「そのようじゃな。わしらもそろそろ、やつらを片付けねばなるまい。正直わしは、次元門に力を集めるために神都の民を皆殺しにしたいところじゃがな」
「それはさせないわ。杉原明人の野望は、私が打ち砕く」
「まあ、今わしらが争う必要はない。互いの利益にならんからのう」
「全くだわ」
 ゼナが群がる戦火を手掴みで握り壊し、セレナが魔力の剣と長剣から放つ衝撃波で戦火を蹴散らしていく。竜鱗は二人を捕捉し、腕からレーザービームを放とうとする。が、ゼナの軽い一撃で切断され、続くセレナの一突きでコアが崩壊する。
「雑魚ね」
「全くじゃ」
 ゼナが槍を投げる。眼前に移る全ての兵器に槍が突き刺さり、内部から水が溢れ出て爆発する。辺りの兵器を全滅させ、一行は集合する。
「で、肝心のロータはどこに行ったんだ」
 レイヴンが切り出し、エルデが続ける。
「話の流れからいけば、幻鏡の湖でしょうけど……大僧正の話を聞いていたのなら、幻鏡の湖にまだそこまでの力が蓄えられているわけではないようですが……」
「元々地図に無いような場所だ。どんな秘密があるかわからねえ。ゼナ、詳しく教えてくれよ」
 ゼナが頷く。
「よかろう。あの幻鏡の湖は、異史の新生世界とこちらの新生世界を繋ぐ薄皮じゃ。二つ分の世界のエネルギーが暴れ狂う、強大なシフルの奔流。それこそが幻鏡の湖の正体じゃ。しかしあの湖面は純粋なシフルが凝固して作られた究極の硬度を持つ物体。極められた渾身の闘気で初めて叩き割れるものじゃ。じゃからこそ、こちらから大量のシフルを流し込んで割ろうと思っていたのじゃが……まあ主らに恨み言を言っても仕方あるまい」
「あー、要は今のロータには幻鏡の湖の力は手に入らないってことか?」
「その通りじゃ」
 セレナが会話に加わる。
「ゼナ、あなたは神都の人間を殺してシフルにしようとしたのよね」
「そうじゃな」
「つまり、人の命はシフルに変換できるのよね。なら、この辺りで神都以外に人がたくさんいるところに居るんじゃない?」
「神都以外か……」
「まさか!?」
 リータが声を上げる。
「王都に行ったんじゃない!?」
「だがいくらロータでもエリナやオーレリアを倒せるとは……」
 ゼナが冷静に遮る。
「いや。一人知っておるはずじゃ。ホルカンと、わしと……」
「シュバルツシルトか。だがあいつは何が目的なんだ」
「さあな。じゃがその小娘の言うとおり、王都の人口は神都を大幅に上回る。あれだけの都市を全て犠牲にすれば、幻鏡の湖をぶち抜くことなど容易じゃろうな」

 グランシデア王立学園    理事長室
「賢いわね、ゼフィルス・ナーデル。神都を滅ぼすという餌を吊るしてロータを王都へ向かわせる。そうすれば私が動くと。そうね、王自身が盤面を動かさねばつまらないもの。遊んであげるわ」
 シュバルツシルトは立ち上がる。そして傍でマフラーを編んでいたペイルライダーの肩に触れる。
「ペイルライダー。時は来たわ。今こそ混沌《カオス》を、この世界にもたらす」
 ペイルライダーは頷き、マフラーを置いて立ち上がる。
「終わらせよう、全て」
 シュバルツシルトは理事長室を出て、廊下歩いていく。

 グランシデア王立学園    屋上
 王都グランシデアは珍しく晴れており、爽やかな風が頬を撫でる。
「皮肉なことね。終わりを彩るのは、いつだって能天気な景色だわ」
 シュバルツシルトは手元に黒い槍を生み出す。
「ペイルライダー。今彼らはどこにいる?」
「セレナ、レイヴン、ゼフィルス・ナーデルの背に乗って高速で西に移動しています」
「まあ。動きが早くて助かるわ。じゃ、終焉をプレゼントしてあげる」
 槍を軽く構える。
「〈焦土核爆槍〉!」
 そして掛け声と共に軽く投げられた黒槍は、シュバルツシルトのモーションに反して恐るべきスピードで飛翔する。

 レーブル海岸
 上空を飛ぶレイヴン、セレナ、ゼナは、他の飛べない面子を背に乗せて飛んでいたが、ふと更に上空を高速で過ぎ去っていく物体に目をやる。そして、ゼナが激しく取り乱す。
「待て!あれはシュバルツシルトの槍!?まずいぞ、出来るだけ王都へ急ぐのじゃ!」
「なんだ!何があった!」
「説明はあとじゃ、とにかく急げ!」
 その言葉に圧され、二人もゼナに続いてスピードを上げる。

 神都タル・ウォリル
 教徒は難民に食事を与え、難民は祖国の平和を願い、新たな難民が神都の前に長蛇の列を作る。グランシデアの兵器もおらず、快晴でもある。ある一人の人間が、遠くから高速で飛んでくる黒い物体を指差す。それを皆が見上げた時、黒槍はカテドラルに突き刺さり、最大級の爆発が起こる。神都は消し飛び、衝撃波が大地を抉り全てを吹き飛ばしていく。

 レーブル海岸
 大地を揺るがす轟音の後、暴力的な衝撃波が続いて三人は叩き落とされる。

 マームル湿地
 レイヴンは背に乗せていたアリアとリータを、セレナはミリルを、ゼナはマイケルとアルバとエルデを抱えて着地する。
「なんだ今のは!?」
 レイヴンを含め、一行は驚愕していた。
「あれは焦土核爆槍。シュバルツシルトの、軽い戯れの技じゃ。しかし……神都はおろか、クラレティアまで消えてなくなったじゃろうな」
「そんなバカな。そんなことが現実に可能なのか?」
「シュバルツシルトはわしらの常識の範疇を遥かに越えておる。どれだけ努力しようが、やつには勝てん」
「ですが、これで証明されましたね」
 エルデが立ち上がる。
「何がだ?」
「シュバルツシルトは、幻鏡の湖に力を蓄えたいということですよ。もっとも、これはただのデモンストレーションで、他に奥の手があるのかもしれませんが」
「だが考えていても仕方ない。今はロータを追うぞ。あいつの力への渇望に火をつけたのは俺だ。なら、俺が止めないといけねえ」

 グランシデア王城    謁見の間
 扉が蹴り開けられ、シュバルツシルトが瀕死の騎士を投げ捨てる。ホルカンはその様に驚きはしないが、深く恐怖を覚えていた。
「俺の命を奪いに来たか」
「今日はいい天気ね」
「そうだな、そちが神都の雲を晴らしたからな」
「お母さんに会いたい?」
「もちろんだ。だが……そちは俺を殺すのだろう。妻から、国から、軍備から、何もかも、両親を失った俺に、そちは与えた。父と母に会うためと自分を騙して来たが……結局はそちのために踊る道化であったに過ぎない」
 シュバルツシルトは間の抜けた顔をし、肩を竦める。
「随分と潔いわね。抵抗したところでどうにもなら―――」
 その瞬間、シュバルツシルトの背に銃弾が当たる。先端が針になっており、薬品を打ち込むためのもののようだ。
「いかに強者と言えど、所詮は人間。そちもその毒薬で、眠るがよい」
 しかし、シュバルツシルトは平然としている。
「なぜ倒れぬ!たった一滴皮膚に垂らすだけでも一週間は昏倒するのだぞ!?」
「いくつか勘違いがあるわね。まず、私は人じゃないわ。それと……そんな小細工、シフルの前では敵に塩を送っているだけよ?」
「なんだと……!」
「シフルというのは魔力と闘気の丁度中央。万物を構成する根源の力。如何なる毒も、銃弾も。シフルに変えてしまえば同じエネルギーよ。この世界も、次元門も、あなたも私も、全てただのシフルに過ぎない。問題は、不純物が多いかどうかよ」
 ホルカンは意を決し、玉座から立つ。
「無抵抗で死ぬのもよくあるまい。せめて、オーレリアたちには俺が勇敢であったと伝えてくれぬか」
「そうね。見栄というのは大切だと思うし。伝えておいてあげるわ。でも、あなたは私の肩慣らしに付き合いなさいな」
 ホルカンは自分よりも巨大な剣を抱え、シュバルツシルトへ叩き付ける。が、シュバルツシルトは一切動ぜず、剣が頭の形にひしゃげていた。
「娘共々、生身にしては優秀よ。グラナディアの子孫であることも含めて、だからこそあなたを傀儡に選んだのだけれどね」
 シュバルツシルトはホルカンの三分の一ほどしかない細腕でホルカンを軽く持ち上げ、そして玉座へ放り投げる。玉座に叩きつけられたホルカンはすぐに起き上がろうとするが、瞬時に距離を詰めたシュバルツシルトの手刀で心臓を貫かれる。
「ふん……たかが心臓一つで死ぬと思うか……!」
「あら、私が窺い知れないところで何かしたようね。どうぞ、奥の手があるなら出しなさいな」
 腕を引き抜きホルカンを蹴り飛ばす。ホルカンは左胸を抑え、尋常ならざる闘気を放つ。そして凄まじい力の渦に飲まれ、竜化する。その姿は竜世界のブロケードのように、筋骨隆々かつ巨大な竜人だった。
「ブラボー、ブラボー。黒鋼に近い形態になれるとはね」
「この命燃やし尽くし、そちを倒す!」
「ハッハッハ。勇ましい戦士は嫌いじゃないわ。ならば私も、あなたに送りましょう……終焉の安息をね!」
 シュバルツシルトの手元に生み出された槍が光る。
「生きとし生ける者の安寧を、暴き責め立てる光に最後の審判を。我は願おう、零に還らぬことを。無限に到達せぬことを。我が名、〈常闇〉!」
 長々と詠唱したシュバルツシルトは槍と融合し、ホルカンと似たような竜人へと変貌する。
「隠し玉のつもりであったが……そちは何がしたいのだ」
「何がしたいか、ねえ……友達を安らかに眠らせたい、それだけかしら」
 常闇の足元からじわじわと黒い何かが滲み出し、城の床を侵食していく。
「構えて、ホルカン。一撃で殺してあげる」
「むう……!」
 ホルカンが巨大な腕を振るい拳を放つが、常闇は咆哮と共に暗黒を生み出し、ホルカンを消滅させて城ごと飲み込む。シュバルツシルトは竜化を解き、砕けた玉座に座る。
「さあおいでなさい。決着をつけましょう」
 壊れた扉から、エールが現れる。

 グランシデア王国 トップスシティ
 先程まで昼間だったのにも関わらず、街全体が帳に覆われたように闇が立ち込め、視界を潰している。ロータが一人、王城へ向けて歩いていると、足元に度々息を引き取った人間の死体がある。
「何が起こっているの……」
 ロータは学園の前まで来て、更にその先にある王城への大橋の前に立つ。守衛室のすぐ横に、重傷を負ったオーレリアと、その看病をするアーシャがいた。
「オーレリア」
 二人は突然現れたロータを警戒するが、戦える状態ではないために動かない。
「何があったの……」
 アーシャが答える。
「神都が先刻、正体不明の大爆発で消滅したんです。そして理事長が王城へ……理事長が謎のオーラを出して来ていたので、止めようと交戦したところ……」
「まるで歯が立たなかった……?」
「ええ……姉上は既に戦える体じゃありませんし、兄上はどこにいるのかもわかりません。あのままでは父上も……」
 ロータは話を聞いて少し考える。
「アーシャ。オーレリアの聖剣をくれない……?」
「クンネ・スレイマニエを、ですか。しかしそれでは姉上が……」
 渋るアーシャの手を、瀕死のオーレリアが掴む。
「アーシャ……わたくしたちはもう戦う意味を持ちませんわ……」
 酷く衰弱しているものの、腕力自体は衰えていないらしく、オーレリアは片手で傍に落ちていたクンネ・スレイマニエをロータへ差し出す。
「せめて……力あるものに受け継がれるべきですわ……アーシャ、貴方が彼に託したように……わたくしは、彼女に剣を託す……」
 ロータがスレイマニエを受けとると、オーレリアは気絶する。
「姉上……ロータ、どうかシュバルツシルトを止めてください。この闇は息苦しくて……どんどん自分が弱っていくのを感じるんです」
「わかった」
 ロータは二人をその場に残し、大橋へ進む。

 グランシデア王城
 闇に覆われた大橋を渡り、城門をスレイマニエで粉砕して進む。兵士は軒並み倒れており、しかも目立った外傷はない。が、要所ごとには、アルスヴァーグの遺跡へ行く途中で出会った黒騎士が配備されている。
「今の私なら……簡単に倒せるだろうけど……ここはなるべく見つからないように進もう……」
 黒騎士の死角を通り、大広間に出る。そこには、見慣れた金髪の美少女がいた。
「エリナ……」
 その声に気づいたエリナが顔を上げる。
「遂にここまで来たか」
「……」
「力を求めることは悪いことじゃない。だが、力を得て、レイヴンを手にして、その先に何がある」
「全て。私にとっての全てがそこにある。お前に兄様を殺されかけて……兄様の逆転を見て……誰にも私の物を奪わせない、そう思うようになった……自分の身さえも、家族も、大切な人も……力なくては守れはしない」
 エリナはふっと微笑む。
「そうか。私にはその痛みはわからない。私は自分で殺したんだ、私の両親と……そしてマイケルの両親を」
 ロータは息を呑む。
「私が初めて殺意を抱いたのは、両親が私のことを誉めてくれた時、その時に、私は初めて衝動に駆られた。この笑顔を、喜びを、破壊したらどうなるかと。そして私の中には深い闇が宿った。暖かく、包み込んでくれる闇が」
「闇……」
「光は知らなくていいことまで暴き出し、傲慢を振るう。光は無くとも生きられる。けれど、闇を無しに生きることは絶対にできない。真なる安寧をもたらすのは闇。屈託のない光が私の衝動を狂わせる。だから、私は闇の中で生きる。闇の中でしか、正気でいられない」
 ロータは固唾を飲んで見つめる。
「力だけではない。心こそがシフルに力を与える。私たち女は、男に比べて感情の幅が大きい。だから、シフルに正しい感情を注ぎ込めば、単純な筋力の差など無意味なものでしかない。本当の強さは、想いの強さだ」
 エリナは悪魔化し、片翼を広げる。
「始めよう、ロータ・コルンツ。今こそ、この戦いを終わらせるのだ」
 エリナは盾を構え、翼を広げて突進した。ロータは不完全な闘気を発してそれを受け止める。
「迷っているようだな」
 そのまま押し切り、ロータを空中へ押し出し、間髪入れずに剣の一閃を加える。鎖を無数に絡めて防ぎ、続けてエリナの盾に鎖を絡める。しかし、エリナの膂力には敵わず、逆にロータが鎖で振り回される。鎖を外してロータは壁に着地し、そのまま踏み台にしてエリナへパンチを放つ。強固な盾に受け止められ、身を翻した勢いで一閃を放ち、ロータは吹き飛ばされる。
「強大なシフルの流れを感じるが……普通の人間に、シフルそのものを活用する手段はない。闘気にも魔力にもならぬのなら、そのシフルは無駄なだけだ」
「ぐっ……」
「己の身すら守れぬ者に、他者を守る力を語る資格はない!」
 エリナは身を一気に退き、巨大な槍を構える。更に背後に無数の小型の槍を作り出し、巨大な槍の投擲と同時に射出する。避ける猶予のないロータは巨大な槍を無理矢理受け止め、小型の槍がいくつも突き刺さる。根性で堪え、巨大な槍をエリナへ投げ返す。しかし、容易に盾に弾かれる。ロータは右手にヘドロ状の闘気を生み出し、それを魔力でコーティングして発射する。当然盾に防がれるが、エリナは防いだ後にふと気付く。
「盾が腐食している……」
「私の得意魔法は攻撃……闘気がダメなら、魔力を全力で使うだけ……!」
 ロータは自身の前方に魔法陣を作り出し、そこから紫色の刺を放つ。間髪入れずに横に瞬間移動し更に魔法陣を生み出し、紫色のビームを放ち、更に重ねて床から紫色の刺が現れる。最初の刺はエリナの盾を貫き、続くビームは翼に弾かれ、最後の刺は踏み潰される。
「なるほどな、確かに学園最強の名に恥じぬ強さだ。魔法の錬成の早さ、複雑さ、威力……その全てが一級であり、なおかつ殺傷に特化している」
「兄様のために……全てを捨てて、力を手に入れる……!ハァァァァァ!」
 ロータは叫ぶと、一目でわかるほどの凄まじい魔力を放つ。
「アガスティアのコアから吸収したシフルを全て魔力に変えたのか……」
 エリナはロータを静かに見つめている。ロータの体には、鎖が巻き付く。
「そうだ……最初からこうすればよかったんだ……私には闘気を扱える心はない……だから……」
 魔力を他の物質に変えることなく、魔力の塊をエリナへ何発も発射する。エリナは一発目だけ弾き返すが、その火力を鑑みて回避に専念する。だが、その退路を塞ぐようにロータは鎖を放ち、それを弾こうとしたエリナに魔力塊が直撃して吹き飛ばされる。受け身を取るが、凄まじく鋭角な軌道を描く魔力塊がホーミングしてエリナに再度激突する。エリナは紫色のオーラを放ち、盾を再生する。そして盾で魔力塊を弾きながら突進する。
「甘い!」
 ロータが今までの魔力塊とは異なる、深い黒の魔力塊を放つ。それに触れたエリナの動きは大幅に鈍化し、それを取り囲むように光の剣が現れる。エリナの動きが元に戻ると同時に光の剣は突き刺さり、追撃の魔力塊に激突する。しかし怯まず、エリナはロータへ剣戟を放つ。ロータはヘドロ状の闘気を盾にし、エリナの剣に纏わりつかせて魔力で爆発させる。エリナは瞬間移動で距離を離し、更なる力を解放して剣を修復する。そしてエリナは光を纏いながら高速で突進し、渾身の一閃を放つ。ロータは鎖の防壁で凌ぎ、渾身のパンチでエリナを剣ごと吹き飛ばす。床を転がるエリナは悪魔化を解き、立ち上がる。
「ぐっ……見事、ロータ・コルンツ……!もはや何も言うまい、ただ、力だけを求めるがいい……」
 エリナが階段の上へ手を向けると、謁見の間の入り口を塞いでいた闇が晴れる。ロータはエリナを一瞥した後、階段を上っていった。

 王都グランシデア トップスシティ
 レイヴンたちは闇に包まれた王都に入る。
「ど、どうなってるの!?」
 リータが驚きの声を上げる。
「間違いなくシュバルツシルトの仕業じゃな」
 ゼナの一言に、ミリルが続く。
「気を付けてください、この闇……私たちの活力を削いでいってるみたいです」
 エルデも呟く。
「確かに、とても息苦しく感じますね。倦怠感も……」
 レイヴンが前に出る。
「待ってろよ、ロータ。お前の思い、全部受け止めてやる……!」
 一行は闇の中を進み、大橋の手前まで来る。守衛室の近くに、倒れたオーレリアと横で座り込むアーシャが居た。
「大丈夫か、アーシャ」
 レイヴンが駆け寄ると、アーシャは虚ろな目でレイヴンを見上げる。
「ああ―――レイヴンさん。やっと来てくれた……」
「大丈夫じゃなさそうだな。ゼナ、どうすればいい」
 ゼナは近付く。
「ふむ、どうやらこの闇にやられてしまっておるようじゃな。普通の人間はシフルエネルギーは僅かにしか使えんが、この闇はその僅かなシフルエネルギーを塞ぐ」
「具体的に言ってくれ」
「心を動かせばよいのじゃ。例えばキスとかのう。気持ち悪いでも、ときめきでも何でもよい。感情に働きかければよいはずじゃ」
 そう聞いて、レイヴンは迷わずアーシャと唇を重ねる。
「まあ実際は闘気を渡せばそれでいいんじゃがな」
「ズコー」
 リータとマイケルとミリルがそのコメントに対して律儀に転ける。アーシャの目に活力が戻ると同時に、状況を把握したのかレイヴンを突き放す。
「わっ!わわっ!同意も無しにキスなんて最低です!蛮族!放蕩野郎!脳味噌下半身!」
「随分と言ってくれるじゃねえか、〝お嬢さん〟」
「お嬢さんではありません。でも……助けてくださってありがとうございます」
 アーシャはすぐにオーレリアを起こす。
「姉上!レイヴンさんが来ました!目を覚ましてください!」
 オーレリアは朦朧とした意識を取り戻し、ふらつきつつ立ち上がる。
「……。レイヴン様、わたくしたちはもう、貴方に出来ることは何もございませんわ。もはや次元門の鍵とすることも、恐らくこの闇の中ではお父様は死んでいるでしょうし……ぐうっ!」
 オーレリアは膝をつく。その様を見たミリルが反応する。
「どうやらオーレリア様の方は単なる外傷が原因のようですね」
「そうか。リータ、出来るか?」
 リータはレイヴンにグッとガッツポーズを取る。
「まっかせて!久しぶりの出番だね!じゃオーレリア様、じっとしててくださいね!」
 オーレリアは正座で待機し、リータが手早く複数の治癒魔法を使う。すぐにオーレリアの傷は癒え、活力を取り戻す。
「よしおっけー!」
「ふふ……お上手ですわね。この王国がもっと長く続いていたら、わたくしの専属にしておきたいくらいですわ」
「ありがとうございます!」
 元気のいいリータの声が闇の中に響く。
「よし、二人はどうする?俺たちはこのまま王城へ行くつもりなんだが」
 オーレリアが答える。
「わたくしは王国の外で待っておりますわ。既に戦う力は使い果たしておりますので」
 アーシャが続く。
「私はレイヴンさんについていきます。ウーウェ・カサトを預けてますし、それに初めてを奪われましたし」
 レイヴンは苦笑する。
「よし、行くぜ。オーレリア、くれぐれも気をつけろよ」
 大橋へ駆けていく一行に深く礼をしたあと、オーレリアは王城を見上げる。
「お父様、エール……どうか生きていて……!」

 グランシデア王城
 一行が城内へ入ると、白騎士の群れに遭遇する。
「雑魚に構うな!蹴散らしていけ!」
 レイヴンの号令に従い、リータとミリルを守りながら突き進む。立ちはだかる黒騎士も勢いのまま薙ぎ倒し、謁見の間の前に辿り着く。エリナが蒼い光を灯した黒騎士を二体従え、悪魔化して待っていた。
「久しぶりだな、エリナ。わかってたことだが、お前はシュバルツシルトの部下ってことだな」
「その通りだ。こうなることも初めからわかっていた。だがそれでいい」
 エリナは翼を広げる。
「ここで果てよ、レイヴン!」

 グランシデア王城   謁見の間
 ロータが謁見の間に入ると、玉座にシュバルツシルトが座っており、更にその前にはエールが立っていた。
「よく来たわね、ロータ。私は力を求める貴方のスタンスに感動したわ」
 ロータは話を無視して近付く。シュバルツシルトもロータを無視して話し続ける。
「結末を見せてあげるわ。偉大なる決着のためにね」
 シュバルツシルトが指を鳴らす。凄まじい揺れが起こり、闇が消えていく。

 グランシデア王国領土・上空
 アルスヴァーグ氷山からリリュール、レーブル海までの広大な王国領を覆う闇が幻鏡の湖の真上に集中し、そして注がれる。

 グランシデア王城   謁見の間
 ロータはシュバルツシルトの前に立つ。
「力を……」
「力はあるわ。あの湖にね」
 シュバルツシルトの横には、巨大な黒い馬が現れる。
「来なさい、貴方の求める力をあげるわ」
 ロータは少し躊躇したが、意を決し、シュバルツシルトと共に黒馬に乗る。
「エール、後は彼と好きなだけ楽しみなさい」
 シュバルツシルトは王城の壁を破壊して去っていった。

 グランシデア王城
 闇は晴れ、両者の視界は正常に戻った。と同時にエリナとレイヴンの剣がぶつかり合う。二体の黒騎士のそれぞれエルデとセレナと交戦を始める。黒騎士は通常の個体と同じ大剣を持っているが、明らかに挙動が素早く、更には距離を離して蒼い光弾さえ放ってくる。エルデは容易に大剣の一閃を防ぎ、発勁を叩き込む。軽々とバトルアックスを振り上げ黒騎士の鎧を損傷させ、野球のバットのように振るって吹き飛ばす。飛んでいった黒騎士は王城の壁をぶち抜き、そのままマーナガルム峡谷へ落ちていった。もう一体の黒騎士がセレナへ剣を振り下ろすが、気だるげな動きで躱され、長剣の怒濤の連続突きを魔力の剣と共に叩き込まれ、縦回転から繰り出される連続踵落としからの蹴り上げ二連から切り下ろしで叩き落とされ、着地したセレナは強烈な突きを加え、更に長剣をブーメランのように飛ばし、黒騎士を引き寄せ、渾身のアッパーカットを叩き込んで粉砕する。
「どうやら相手にならないらしいな、あの程度じゃあ」
「私は所詮時間稼ぎだからな」
「えらく潔いじゃねえか。これ以上与えられた役目がねえってことか?」
 エリナとレイヴンは高速で打ち合う。しかし、エリナは悪魔化、レイヴンは生身であるにも関わらず、レイヴンが勝っていた。
「剣の腕が鈍ったんじゃねえのか?」
「さあな、前座に苦戦してはつまらんだろう」
「その通りだな。これで終わらせる!」
 レイヴンがエリナの剣を弾き飛ばし、一瞬で竜化して突きを放つ―――
「待つッス兄貴!」
 マイケルの叫びで止まる。
「二人で話がしたいッス」
 レイヴンは竜化を解き、剣を納める。
「俺たちは先に行く。後でついてこいよ」
 レイヴンたちは階段を上っていった。マイケルがエリナの前に立つ。
 エリナは意を決し、悪魔化を解く。
「マイク……」
「えーっと、一つだけ聞きたいことがあるッス」
「私が答えられることなら」
 マイケルはゆっくりと口を開く。
「俺たちの両親を殺したのは、本当は誰ッスか?」
「……」
「わかってるッス。そのこと自体はもう、俺もミリルも仕方ないと思ってるッス。でも、俺たちはエリナが自分一人でそのことを抱え込んでいた方が許せなかったッス。俺たちが居たのに、頼ってくれなかったことが、何より辛かったッス」
「マイク……でも、私は……もう多くの人を、犠牲に……騎士の仕事としても、シュバルツシルトの配下としても……」
「関係ないッス。大切なのは、生きて償うこと。それだけッス。エリナの心配してるその衝動だって、何か別の方法で抑えられるはずッスよ」
「でも……」
 戸惑うエリナの手を、マイケルは強く掴む。
「煮えきらないッスね!じゃあもう俺がエリナをここから連れてくッス!」
「え……あ、ちょっと……」
 そのまま、二人は謁見の間への階段を駆け上がる。

 謁見の間
 レイヴンたちがそこに辿り着くと、そこにロータの姿はなく、エールが玉座に座っていた。
「これはこれは王子様。壊れた城で一人で王さま気分か?」
 エールは微笑む。
「瓦礫の王ってことかい?まあやぶさかではないけれど、僕は残念ながら地位も権力もどうでもいいんだ」
「ほう?じゃなんのためにここにいる?ポエムでも書くか?」
「いいね、君たちの血をインクにしようか」
 玉座を離れ、エールはそれを切り捨てる。
「お目当てのロータはここにはいない。湖に、シュバルツシルトと一緒に行った。でも君をここから逃がしはしない」
 エールがデバイス―――聖剣ピシャペリ・カサト―――を起動し剣を展開する。
「ああ、俺もタダで通してもらおうなんて思ってねえさ……」
 レイヴンは二丁の拳銃を抜きクルクルと回転させてエールに向ける。
「こいつをお前の頭にくれてやるよ」
 エールは爆笑する。
「素晴らしいよ!そうだねえ、僕も……」
 虚空を素早く切り裂いて身を翻す。
「君たちに死を送ろう!」
「セレナ!エルデ!行くぞ!」
 レイヴンの声で決戦の火蓋は切られ、エールは視界に捉えられぬほどの猛速でレイヴンの銃弾を避けて斬撃を加える。拳銃から長剣に戻し、それを迎え撃つ。そして長剣にアーシャの魔法で電撃が宿り、エールを弾き返す。空中で受け身を取るエールへ、セレナは高度を合わせて突きを放つ。しかしエールは凄まじい反応速度でセレナを踏み台にし、着地を狙っていたエルデと打ち合う。エルデ以上のパワーとレイヴン以上のスピードを持つエールはエルデのバトルアックスを取り落とさせ、一時的にエルデを離脱させる。後方から突きを放ったレイヴンに対し、振り向くことなくそれを凌ぎ、そのままレイヴンの背後に回り込む。しかし背後から熱気を感じて飛び退き、榴弾にレイヴンは飛び乗る。エールはその光景に思わず吹き出し、セレナに肉薄される。竜化したセレナの一突きでエールは吹っ飛ぶ。そこにレイヴンの足元から解放された榴弾が着弾する。煙が晴れ、エールが起き上がる。
「やれやれ、本気で行かないとダメだね」
「ふん、そうか?流石にこの人数差で、全員手練れとなりゃお前でも苦戦するか」
 エールは落ち着いたまま、口を開く。
「聖剣……僕たち三姉弟に与えられた三つの武器……その一つ、ウーウェ・カサトがなぜ君にそれだけの力を与えたかわかるかい?」
「さあな。ご教授願えるか、先生」
「それはね、三つの聖剣はヴァナ・ファキナが生み出した力の欠片だからだよ。ウーウェ・カサトは空の器を模して、クンネ・スレイマニエは零なる刃を模して、そして僕のピシャペリ・カサトは……」
 エールから僅かに冷気が生まれる。
「九竜・雹雨、その真の名を真竜ピシャペリ・カサト。それを模しているのさ。まあ、広義で言えばヴァナ・ファキナを構成する隷王龍である僕たちは聖剣そのものと言えるけどね」
 そしてエールは竜化する。
「喰らい尽くし、全て飲み込み、貫き砕けよ」
 エールの竜化体は紫色で、巨大な口を持つ無数の触手が伸びていた。
「グロい観葉植物だな」
「君という強敵に出会えたことを嬉しく思うよ。でもここで殺さねばいけないことにこれ以上ない恐怖を感じるんだ」
 エールは触手を放つ。レイヴンは素早く躱し、接近して攻撃する。しかし更なる触手に弾かれ、更にもう一本の触手に噛まれ、そのまま壁に叩きつけられる。エルデの攻撃もアリアの砲撃も容易に凌ぎ、レイヴンへ追撃を加えようとする。だが触手は、巨大な光の槍に貫かれて切断される。エールが槍の飛んできた方を見ると、エリナとマイケルがいた。
「諦めろ、ヴァル=ヴルドル・エール!貴様はこれ以上、我が王の盤面に相応しくない!」
「さっさとケリをつけるッスよ!」
 触手の顎から解放されたレイヴンが立ち上がる。
「まさか、味方になってくれるなんてな」
 エリナはレイヴンを一瞥する。
「マイクとミリルのためよ。それ以外に理由なんてない」
「とにかく兄貴!エリナは俺たちの味方ッス!」
 レイヴンは剣を掴み直し、それをエールに構える。
「エール。そろそろお遊びは終わりだ。楽しい時間は一瞬だからいい、そうだろ?」
 エールは自分の手を見下ろす。
「確かにね……命を削り合う瞬間の喜びを楽しみすぎると、二度と君との戦いで喜べないからね」
「行くぜ、腹決めろよ!」
 レイヴンが竜化し強烈な突きを放つ。エールは防ぐが、続くエルデの渾身の一撃で触手を一本絶ち切られ、エールは触手の口から紫色の光の翼を生み出してそこから無数のビームを放つ。アルバの放つ鎖の防壁がそれを防ぎ、セレナが続いて竜化して急降下しつつキックを放つ。だが、エールの胸部が開き、そこから凶悪な口が開かれる。紫色の光が集まり、セレナを狙う。セレナは融合竜化し、蒼い闘気の壁で弾き返す。間髪入れずに強烈な一閃でエールを押し込む。エールは後退するが、なおも立ち上がる。
「準備はいい?」
「もちろんッス!」
 エリナとマイケルが息を合わせ、剣の一閃と槍の一突きがエールを切り裂く。
「行け!レイヴン!」
 レイヴンは拳銃を二つ構える。が、片方の拳銃がエールの触手で弾かれる。しかしそれをアーシャが拾い、リータと二人がかりで構える。
「さよならだ、エール」
 二つの銃弾がエールを貫き、エールの竜化が解ける。アーシャが拳銃を投げてレイヴンに返し、一行はエールに近付く。
「満足したか?」
 エールの四肢からは白い粉が零れており、虫の息だった。
「いやあ……いざ終わるとなると……もっと強かったらもっと楽しかったのかなってね……」
 王城の奥からゼナが現れ、エールの体を検める。
「ふん、しくじったようじゃな」
「はて……なんのことやら……」
 レイヴンはゼナに問う。
「こいつは今どんな状況なんだ」
「竜化したまま消費し過ぎたんじゃな。元々シフルを扱えない人の体で無理矢理全身をシフルに置き換えるのが竜化じゃ。限界を越えたエネルギーの消耗で全身が塩と化しておる」
 エールはひび割れた手をレイヴンへ伸ばす。
「持っていくといいよ……僕の、ピシャペリ・カサトを……ああ、それと……アーシャを頼むよ……姉さんは強い、けれど……」
 レイヴンが掴もうとしたとき、エールは塩になって砕け散った。そして、ピシャペリ・カサトが床に落ちる。レイヴンはそれを拾い上げる。
「墓くらいは俺が建ててやるがな」
 レイヴンは振り返ると、エリナの方を向く。
「俺たちは今から幻鏡の湖に向かうが、お前はどうする」
「私は正直、見せる顔がないと思っていたけど……」
 エリナはばつが悪そうにマイケルの方を見る。マイケルは屈託のない笑顔で返す。
「はぁ。マイクが逃がしてくれないんだもの。最後まで付き合うわ」
「フッ、まあ好きなだけのろけてな。幻鏡の湖に行くぞ」
 エリナが何か言いたそうにしたが、レイヴンはスルーした。

 ウォーレス山道
 一行が闇の晴れた王都を抜けると、山道のベンチにオーレリアが座っていた。
「よう、無事だったか」
「もちろんですわ。それで、お父様は」
「見つからなかった。エールは俺たちと戦って死んだ」
「そう、ですか。それでは、ロータを追って湖に?」
「そうだ。お前も来るか?」
「いえ。わたくしはアーシャに全て任せますわ。役割を終えた駒は、速やかに盤上を去る。いつもお父様が言っていましたから」
「わかった、怪我すんなよ」
 レイヴンたちはその場を去る。アーシャだけ、オーレリアの前に留まる。
「何をやっていますの。貴方には貴方の役目があるでしょう?」
「わかってます。でも、姉上はそれでいいんですか?あくまでも己の使命に殉じて、自分の幸せを手にすることができないなんて」
「構いませんわ。誰かの幸せが、わたくしの幸せ。貴方が幸せなら、わたくしは幸せですわ」
「姉上……」
「ほら、お行きなさいな。貴方にとって大切な方のために、全てを睹して駆け抜けるのですわ」
「ありがとうございます、姉上!」
 アーシャは踵を返して駆け出す。
「頼みましたわよ、レイヴン様……」
 オーレリアは、青空をただ眺めていた。

 幻鏡の湖
 森を抜け、迷い込むようにその湖に出る。以前鏡のように空を映し出していた湖面は割れ、凄まじいシフルの逆流が発生している。
「どう見てもおっかねえな、こりゃ」
 減らず口を叩くレイヴンにアーシャが近寄る。
「ここまで来たのに怖じ気づくんですか?がっかりです。そんな人じゃないと思っていたんですけどねえ。その調子じゃ、私が先にロータを止めてしまいますよ」
「ほう?言うじゃねえか。後で吠え面かくなよ!」
 レイヴンが穴に飛び込む。
「もちろん負けるのはレイヴンさんですよ!」
 アーシャも続けて飛び込む。
「ちょっと待ってよお兄ちゃーん!」
 リータも続く。
「遅れちゃダメなのです!行くのですよ、エルデ」
「喜んで」
 アリアとエルデも同時に飛び降りる。
「よっし、行こうッスよエリナ、ミリル!」
「ラジャー!」
「えっと、ほどほどに頼むわね、マイク」
 ミリルとマイケルに引っ張られるようにエリナが続き、三人が飛び降りる。
「私たちも行こう、アルバ。何も恐れずに」
「うん……お父さんも叔母さんも、お母さんも……みんなを助けて、元の世界に帰ろう……!」
 二人が飛び降りる。
「やれやれ、わしは一人ぼっちか。戻ったら主にとっておきの油揚げでも作ってもらうとするかのう」
 ゼナはゆるやかに落下する。

 追憶の深窓
 上へ向かう膨大な量のシフルが視界を様々な色に変えて、立ち眩みさえ催しそうな極彩色の上昇気流を生み出す。その嵐の中にある足場にレイヴンとアーシャ、リータとアリア、エルデが着地する。
「ちっ、お前と一緒だと競争にならねえな、アーシャ」
「ま、別れていたらレイヴンさんの敗けが確定しちゃいますからね」
「ふん、吹っ切れたか?これくらい反論してくれた方がこっちも張り合いがあるがな。どこかの家の妹さんもお前くらいうるさいんでね」
 レイヴンはアリアの方を向く。
「それはお兄様が昼間からお酒飲んだり机に足を乗せたりするからなのです」
「お、それを言われちゃあ何も言い返せないな」
 レイヴンは足場の端から下を見る。
「先は随分長そうだ。気負わず行こうぜ」
 その言葉に、全員が頷く。そして、螺旋状に下へ伸びる足場を下っていく。そして最初の足場から見て最も下にあった広い足場に出る。レイヴンたちが足を踏み入れると、どこからともなく大型の二足歩行兵器が現れる。強欲のように剥き出しの内部機構は無く、頑丈な装甲に覆われている。
「さて、早速歓迎してくれてるみたいだぜ」
「そうみたいですね」
 アーシャは懐から取り出したピシャペリ・カサトを左腕に装着する。
「私がいるから消耗は気にしなくていいよ!」
 リータが杖を持ち、アリアとエルデも得物を構える。兵器は咆哮し、ヘラのような大剣をレイヴンへ振り下ろす。レイヴンは人差し指で受け止める。
「ふわぁ。人は見た目によらないな」
「ふざけてないで、ちゃんと戦うのですよ、お兄様!」
 アリアがアタッシュケースを兵器の頭に叩きつけ、更にそれをショットガンに変えて至近距離、片手で乱射する。容赦ない連射で兵器が崩れ、エルデのアッパーで打ち上げられ、バトルアックスで叩き落とされる。アーシャの魔力の鎖で持ち上げられ、ピシャペリ・カサトの刃で真っ二つになる。
「俺の出番を取られちまった」
「初めに言ったじゃないですか。私がロータを止めますから」
「じゃあ、進むとしようぜ」
「あちょっと!」
 食い下がろうとするアーシャを放置し、レイヴンは目の前の岩を粉砕する。岩を砕いて出来た道の先は、鉄製のフロアがあった。
「エレベーターですね」
 アーシャが適当にコンソールを叩く。
「おい、流石に無鉄砲になりすぎだろ」
「大丈夫ですね、電源が死んでるみたい」
 エルデがエレベーターホールの壁をバトルアックスで粉砕し、もう一つ部屋が現れる。
「こちらがジェネレータールームかもしれませんね」
 アリアが先に入り、スイッチを調べていく。
「これなのです!」
 そして幾つかのスイッチを押すと、エレベーターが音を立てて動力を取り戻す。
「ナイス、アリア!」
 レイヴンがエレベーターのコンソールを弄ると、扉が開く。
「よし乗ろうぜ、みんな」
 全員が乗ったのを確認して、レイヴンは扉を閉めた。

 同時刻―――
 セレナは空中で華麗に一回転して足場に着地する。既にマイケルたちがおり、アルバとゼナも遅れて合流してくる。
「すごいシフルの波ね……ここ自体が次元門のようなもの、ということかしら」
 セレナの疑問に、ゼナが答える。
「その通りじゃ。じゃが、ここは普通の次元門とは違う特別製の次元門じゃ。次元門とは本来、酷く不安定なものじゃが……ここは異史の新生世界にのみ、安定して接続されておる。まあシュバルツシルトの目的がわからぬ以上、今のここの状況が安全とは限らぬしな」
「とにかく下に降りるッスよ!兄貴たちの足をひっぱるわけにはいかないッス!」
 マイケルは我先にと駆け出す。エリナとミリルがそれについていく。
「最後の戦いというわけじゃな」
 セレナたちもマイケルについていこうとすると、螺旋状の通路の中央を高速で何かが落ちていく。三人は足場から飛び降り、螺旋の中央の下層足場に辿り着く。その何かは四足歩行の巨大な猛獣だった。
「ほう、裂界獣か。このタイプはカゲツじゃな」
「裂界獣って何よ」
「暮柳湊のことは知っておろう。そやつの配下としてバロン・クロザキが作った機械獣じゃ」
 カゲツは金属音を鳴らすと、背中からアンテナのようなものを展開し、風を翼膜にする。少し遅れて、マイケルたちが辿り着く。
「敵ッスか!」
「Chaos社の兵器のようね」
 二人は武器を抜き、ミリルはゴーグルを被る。
「この人数で相手する必要もない雑魚じゃ。セレナ、お主が倒したらどうじゃ?」
「まあ誰が倒しても同じことだものね」
 セレナは長剣をカゲツへブーメランのように投げ、しばらく停滞させる。長剣の生み出す力場がカゲツの動きを封じ込め、セレナがカゲツの顎へ強烈なアッパーを回転しつつ叩き込み粉砕する。
「確かに」
「ま、さっさと下を目指すとするかのう」
 ミリルが会話に加わる。
「でもこれだけの力が吹き出していたら入るときみたいに飛び降りても吹き飛ばされますよ」
「まあそうじゃろうな。じゃが、アルバの鎖の力があれば容易なはずじゃ」
「えっ……私ですか……」
 完全に予想外の話の振りに、アルバは困惑する。
「天象の鎖には、感情の籠っていないシフルの物理的干渉を削ぎ取る力がある。それを盾にしつつ進めば良いはずじゃ」
「アルバ、出来る?」
 セレナに向けて、アルバは小さく頷く。
「行きます……」
 アルバが鎖を召喚し、それを足場にして全員で落下していく。

 ――レイヴンサイド――
 エレベーターから降り、一行は道なりに進んでいく。程無くして、遺跡にあったものと同じような巨大隔壁に辿り着く。その前には、ペイルライダーが佇んでいる。
「ようどうした?ママのところに戻ってねえな?」
 ペイルライダーはレイヴンを真っ直ぐに見つめる。
「我が王は別の箇所の足止めをされる。私はお前たちを止める」
「そうかい。じゃ、冥土の土産に一つ聞かせてくれよ」
「なんだ」
「俺の両親を殺したのは、間違いなくあんただな?」
「その通りだ。もうじき私たちのこの世界でやるべきことは全て終わる。そのついでに、教えてやるとしようか」
 ペイルライダーは襟元を正す。
「この世界は、五十年間の歴史が外部……次元門を越えた先の世界のChaos社という企業によって干渉されている。そして修正された五十年間の間に、我が王の計画に狂いが出ぬよう、本来の歴史通りお前の両親を殺し、エールとホルカンが死ぬように仕向け、そしてロータ・コルンツをここまで導いた」
 レイヴンはコートの裾をはたく。
「つまり、俺たちのここまでの旅路は全部お前らのママの言うとおりってこった」
「そうだ。我が王のために、お前たちにはまだ踊ってもらう」
「残念だったな。俺は美人としかダンスしない主義なのさ。そして今の俺は両手に花束を抱えてるんでね。骸骨はお断りさ」
 ペイルライダーは体の奥から響く笑い声を上げる。
「そうだ。お前は凄まじき雄。お前に選ばれたおなごは、全て子を成すに相応しい乙女。ならば私は興じよう。新たな命の芽吹きを、我が鎌の雄叫びへと変えん!」
 手元に巨大な鎌を生み出し、ペイルライダーは臨戦態勢へ入る。
「力を望む者は力を持ちすぎた者の苦悩を知らず、愛を望む者は愛され過ぎた者の苦悩を知らず」
 鎌の刃先を自分で持ちつつ回転してレイヴンへ激突し、レイヴンは魔力の壁で凌ぎ、そのまま解放する。ペイルライダーをすり抜けつつ絶大な衝撃を与えるが、ペイルライダーは鎌の石突きでレイヴンを狙う。長剣で弾かれるが、鎌を高速回転させる。レイヴンは躱し、踏み込んで強烈な突きを放つ。鎌を取り落としたペイルライダーはアーシャのドロップキックを食らい、更にエルデに放り投げられる。
「ぐっ……やはり武器を使うのは甘えでしかないか……」
「早く立てよ。あんたの強さはそんなもんじゃないだろ」
 ペイルライダーはその言葉に苦笑する。
「ハハハッ……子供の頃の記憶というものは、それほどまでに頑丈か」
 そして立ち上がると共に、ペイルライダーの鎧が弾け飛び、全身が肥大化していく。
「ああ、こんな感覚なのか。全身のシフルが励起し、無限に無限となることで零に還らんとする……」
 鎧が全て吹き飛び、骨格だけになったペイルライダーは、どこから湧いて出たのかみるみるうちに肉塊になっていき、巨大化する。そして筋骨隆々な四肢を生み出し、爆発的な轟音を上げる。
「今こそが、終演を謳歌する時」
 魔獣と化したペイルライダーは右前足を叩きつけ、その衝撃で全員が浮き上がる。
「すごいパワーですね……」
 エルデが感慨深げに呟く。
「納得している場合じゃないのです!食らえ!」
 アリアは空中で制御を取り戻し、榴弾砲を発射する。直撃するが、ペイルライダーは意にも介さない。
「グギャアアアアアアア!」
 雄叫びとも悲鳴とも取れる声を上げて、ペイルライダーは無数の鎌をレイヴンへ飛ばす。レイヴンは魔力の剣を生み出し、それを鎌一本につき一本飛ばして打ち落とす。その隙を突いてアーシャが切りかかるが、ペイルライダーの表皮は堅く、容易に弾かれる。
「グルゥァアアアアア!」
 そして突如として左半身の足の中間から生えてきた尻尾にアーシャは吹き飛ばされる。レイヴンが長剣の衝撃波と共に魔力の剣を撃ち込むが、ペイルライダーは怯みもしない。レイヴンへ突進するが、先程のように魔力の壁で凌ぎ、直接力を解放してぶつける。しかし動ぜず、タックルで吹き飛ばす。レイヴンは受け身を取り、長剣と融合する。そして融合竜化したレイヴンとペイルライダーが真正面からぶつかり合う。
「お兄ちゃん!私の力受け取って!」
 リータが作り出した魔法の力で、レイヴンの発する闘気の量が格段に増す。レイヴンがペイルライダーを押し切り、強烈な斬撃を加える。ペイルライダーは踏み留まり、前足の一撃でレイヴンを押し返す。更に増やした尻尾でレイヴンを狙うが、容易に掴まれ、無理矢理引き千切られる。ペイルライダーは続いて突進しようとするが、突如として頭上に開いた亜空間から黒い小型の槍が降ってきて中止する。そして変身が解ける。
「時間切れだ、レイヴン」
 鎧が元に戻り、ペイルライダーは鎌で時空を切り裂いてその中へ消えていった。レイヴンも竜化を解く。
「なんのつもりだ、あいつ」
 アーシャが後頭部を擦りながら近付く。
「足止めと言っていましたが、十分な時を稼いだと、そういうことでしょうか」
「まあなんでもいい。下に急ぐぞ」

 ―――セレナサイド―――
 鎖の足場で下層まで辿り着き、長大な階段の先に見える巨大な球体に目をやる。
「あれは……」
 セレナが呟く。
「恐らく、あれが死者を純粋なシフルに変換した塊じゃろう。低俗な存在であるわしらのシフルでは、あれだけ巨大化させるのにどれだけの犠牲が必要なことか……」
「グランシデア領と神都の全ての生物の魂であれだけの大きさになる?」
「いや、わしの見立てでは不可能じゃな。あの大きさならば、文字通りこの世界全ての命を凝縮しても足りんくらいじゃ。……これほどのシフルをロータに渡すつもりか、シュバルツシルトは」
「ザッツライト。ご名答ね」
 影が集まり、黒い鎧を身に纏ったシュバルツシルトが形を成す。背後に輝くシフルの球体が、まるで後光のように見える。
「我が王……」
 その姿にエリナが一歩退く。
「ふふっ、今までよく頑張ったわね、エリナ。ただいまを以て、正式に貴方の任を解くわ」
「我が王よ、あの少女にこれほどの力を授けてどうなさるおつもりですか!」
「愛が勝るか、力が勝るか。そうね、もっと端的に言うなら、闘気が勝つか、魔力が勝つか。それが見たいだけよ」
「それでは貴方はなぜここに。レイヴンとロータの戦いを見るのならば、わざわざ私たちと戦わなくともよいはずです!」
「時間が必要なのよ。いくらロータ・コルンツがヴァナ・ファキナの策略による近親相姦で生まれた計画の最終地点だとしても、その内に眠る力とあのシフルが同和するには時間が必要なの」
「ええーい、長話してる場合じゃないッス!」
 耐えきれなくなったマイケルが突っ込む。シュバルツシルトは呼吸だけでマイケルの槍を粉々にし、首を締め上げる。
「人はどれだけの時間生きれば無駄無く生活できると思う?答えは〝そんな日は永遠に来ない〟。今こうしている時間も、全ての時間も。人生の大いなる無駄の一角に過ぎない」
 そして軽々と投げ飛ばされ、マイケルはエリナに抱き止められる。
「まあ、とにかく。気が熟するまで遊ぶとしましょう。幸いここには私の強さを理解している人間がたくさんいることだし」
 シュバルツシルトはわざとらしく欠伸をして、それから闇を生み出してそれに座る。そしてシフルの球体の方を向く。
「あの程度のシフル、始源世界にはありふれているけれど。でも、ゼナの言う通り、一般的な人間を使ってあれだけの大きさまで育て上げるにはざっと二兆ほどの命が必要よ。人間はシフルエネルギーが特に少ないから、あくまでも人間換算で、ということだけど」
 セレナたちの足下にも、闇で作られた椅子が現れる。
「貴方たちも座ったら?このあとが最終戦なのに立ったままでは疲れてしまうわ」
 そう言ったシュバルツシルトの背後でシフルの光が徐々に弱まっていく。
「おや?流石は私の力の一端ともなれる子ね。飲み込みが早いわ」
 シュバルツシルトが立ち上がるのと同時に、セレナたちの背後からレイヴンたちが合流する。
「セレナ、今何をやってんだ」
「今はシュバルツシルトの足止めに遭ってたわ。それももう終わりそうだけど」
 シュバルツシルトは振り返り、微笑む。
「役者は揃ったわ。あとは貴方次第……頑張ってね。応援してるわ」
 そして現れたときと同じように影になって消える。
「この先にあいつがいるのか」
 レイヴンは呟く。
「ここで立ち止まっていても仕方ありませんよ、レイヴンさん」
「わかってるぜ、アーシャ。ケリをつけるときだ」
 一行は階段を登り、そして一番上から飛び降りる。

 壊鏡の湖
 一行は薄く張られた水の上に着地し、周囲を見回す。どこまでも平坦で、灰色の雲が空を覆い尽くし、どこまでも同じ景色が続いている。目の前に、鎖で作られた椅子に座るロータが居た。
「おい、来てやったぜ。愛しのお兄様がな」
 レイヴンがいつものように減らず口を叩く。ロータは気だるげに顔を上げ、頬杖をついてレイヴンを見る。
「帰ろうぜ。世界は広い。俺らが生きる場所なんていくらでもあるからな」
「……。そんなことは……もうどうでもいい……私が欲しいのは、力……全てを従わせる、絶対的な力、ただそれだけ……」
 レイヴンは溜め息をつく。
「どうしてそこまで力が欲しい?俺とお前はそこまで悪くない関係だったと思ってるんだがな」
「私は……兄様さえいればいい……兄様さえいれば、他の全ては消し飛ぼうが関係ない……私が欲しいのは、力……兄様を手に入れる、兄様をこの手に納めるために、他の全てを滅ぼす力が必要……」
 ロータは立ち上がる。
「今こそ……決着をつけるとき……私は兄様をも越える力を手に入れた……さあ始めよう、最後の……戦いを……!」
 レイヴンも背から長剣を抜き、全員が構える。レイヴンの先制の突きをロータは受け止め、張り手で吹き飛ばす。更に瞬時に後退してビームを放ち、瞬間移動で攻撃してきたセレナの長剣を掴んで止める。
「貴方は学ばないわね、ロータ・コルンツ!」
「なんのこと……?」
 セレナは竜化して魔力の剣を高速で投射し、ロータは魔力の鎧でそれを砕く。そして長剣を奪い取り、アッパーカットからの二連ハイキックで打ち上げる。エルデのバトルアックスがロータの頭にクリーンヒットするが、バトルアックスの刃先がロータの頭の形にひしゃげる。投げ捨てられたセレナの長剣を掴んでマイケルが切りかかり、軽く往なされて腹に蹴りを受け、すさまじく吹き飛ばされる。エルデと格闘で戦い、掌底で顎をかち上げ、肘でエルデを気絶させる。ゼナがロータへ切りかかり、ロータは魔力を常時発しながら槍を拳で弾くが、ゼナは強烈な水飛沫を起こしてロータを吹き飛ばす。
「ちっ……女狐風情が……」
「力とはそんなものじゃ」
 ロータは立ち上がり、更に魔力を解き放ち、光に包まれる。光が消えると、そこには巨大な女神像が鎮座している。
「どういうことだ?」
 レイヴンが疑問符を浮かべるが、ミリルがすぐに答える。
「ロータちゃんの周りを強大な魔力が覆っています!あの女神像の中枢に、ロータちゃんの反応があります!」
 女神像の目が輝き、周囲が爆発する。更に無数のビームを放つ。リータの作り出した魔力の壁でそれを懸命に防ごうとするが、暴力的な出力を前にひび割れる。だが、アルバもリータに力を貸して、その壁をより強固にする。
「なるほど、今は遠距離中心らしい」
 ゼナが魔力の壁までエルデとマイケルを抱えて戻ってくる。
「やつを覆う魔力の嵐……闘気でなければ打ち破れぬぞ」
 エリナとセレナがレイヴンに並ぶ。
「よし、やるぞ。あの殻をぶち壊して、中身を引きずり出す!」
 三人が前へ出て、魔力の壁も三人を守るように前に出る。エリナが悪魔化し、剣の一閃で女神像の纏う魔力の壁を抉じ開ける。セレナが続いて融合竜化し長剣を召喚して女神像に捩じ込む。そして直ぐ様飛び退き、レイヴンが融合竜化してその裂け目を引き千切る。女神像の中から巨大な腕が生えてきて、更に一本、また一本と、六本の腕が生えてくる。それに引き摺られる形で胴体が現れ、最後に頭が現れる。女神像から出現したのは、皮を剥がれた巨大なロータとでも言うべき醜悪な怪物だった。顔の半分は砕けており、虚空の中に赤く光る目だけが存在感を表している。
「やっぱりそうなるようね、おば様」
「何かあるのか?」
「異史のこの人もあの姿になって暴走したことがあるわ。あれがあの人の本性、ってことかしらね。あの状態のあの人を、私たちは邪凶鴉と呼んでいるわ」
「呼び名ねえ。まあそんなことはどうでもいいが」
 邪凶鴉が放つ殴打をレイヴンが防ぎ、セレナが長剣から三発の衝撃波を放つ。邪凶鴉は激しく頭を振り、髪らしき器官で頭に衝撃波が到達するのを防ぐ。エリナが急速に接近し、接地している腕を切り裂き、更に盾で突き崩す。倒れた邪凶鴉はもがくが、レイヴンは赤い闘気でその胴体を押し潰す。邪凶鴉の頭だけが転がり、赤い目の光が消える。三人は各々の変身を解く。
「ふぅ。これがあいつの本性なら、これで終わりだろ」
 邪凶鴉の頭に背を向けた三人に、アーシャが叫ぶ。
「後ろ!まだ余力があるみたいです!」
 三人が振り返ると、邪凶鴉の頭がひび割れ、光が射してくる。
「なんだ……!?」
 四メートルはある邪凶鴉の頭が二つに割れ、そこから見たこともない竜人が現れる。
「時は満ちた」
 竜人はロータの声を発する。
「これが私の求めた力……シフルでも、魔力でも、闘気でもない。魔力と闘気の頂点、暗黒竜闘気!」
 ロータの竜化形態は頑強な鎧に包まれており、黒い闘気が現れていた。
「(ほう?これは……)」
 ゼナが密かに口角を上げる。レイヴンたちは当然それに気付くこともなく、ロータと相対する。
「それがお前の本当の姿ってやつか?」
「いや……これは私の力。どういう格好でも、私は私。外見を変えるのはその個人の生物としての力、ただそれだけ」
「まあなんでもいいさ。俺たちはお前を止めるだけだ」
 ロータは自分の掌を見つめる。
「まだ足りない。もっと、もっと力を……!」
 三人はまたそれぞれ変身し、エリナがロータに電撃を纏った一閃を放つ。それが届くよりも先にロータが拳を振るい、一撃でエリナを叩き落として悪魔化が解ける。続く融合竜化したセレナの一撃すらノーガードで受けきり、掴んで地面に叩きつけ、地面ごとアッパーで打ち上げる。
「なるほどな。それがお前の力ってやつだ」
 ロータは手元にクンネ・スレイマニエを生み出し、それを取り込む。
「兄様だってわかっているはず。力があれば、親を失うこともなく、妹を守るために金に頼ることもなく、自分の望むままを生きられたって」
「うん?まあ、そうかもな。だが、それが無かったらアーシャにもリータにも、お前にも、ここにいる全員と、出会うことはなかった。変えられない過去を嘆くより、これからの人生をどう生きるかを考える方が断然楽しい。そうだろ?」
「どうやら、力で認めさせるしかない、みたい」
「いい響きだな。結局分かり合えていようがいまいが、暴力しかねえ。それが俺たち人間の限界ってワケだ!」
 ロータが瞬間移動で距離を詰め、光の早さで拳を振り下ろす。レイヴンは魔力の壁で凌ごうとするが、呆れるほどの高出力から生み出されるパワーが容易にバリアを粉砕し、レイヴンを遥か彼方へ吹き飛ばす。続けてロータは光弾を飛ばし、レイヴンは二丁拳銃で打ち落とす。ロータは光速移動で距離を詰め拳を振り下ろし、巧みな空中制御で躱したレイヴンへ続けて踵落としを叩き込み、地面にめり込んだレイヴンへローキックを放つ。しかしそのローキックは魔力の壁に阻まれ、レイヴンが反撃に放つ強烈な衝撃波で左足の鎧が砕ける。そしてそこから噴出する黒い闘気に、レイヴンはまた吹き飛ばされる。
「なるほど、その鎧は単なる拘束具ってこった」
「正解……!」
 ロータは左足に力を込め、強烈な回し蹴り二連を放つ。レイヴンは竜化して長剣を籠手に変え、拳でその蹴りを往なす。ロータは更に闘気で前進し、空中に漂うレイヴンへ光速のラッシュを叩き込み、止めにアッパーをぶつける。レイヴンは空中で融合竜化し、魔力の剣を拳の先に集中させて地面を叩き、赤い闘気の熱波がロータを怯ませ鎧を破壊する。右の脇腹の装甲が壊れたことで、そこから闘気が溢れ出す。
「ハァァァァァ……!」
 ロータが闘気を噴出させ、紫色の棘を一気に地面から召喚し、レイヴンを串刺しにする。そして接近し、渾身のアッパーから強烈な二連ハイキックを叩き込み、そして光速移動で接近し、両手を上に組んで叩きつけ、レイヴンはまたも地面にめり込む。更にロータは急降下して拳をレイヴンへぶつけ、レイヴンはそれを力業で押し返して赤い闘気の塊を二発発射する。ロータは容易にそれを防ぐも、レイヴンは続けて長剣から膨大な闘気を噴出させてロータへ叩きつける。胴を覆う鎧が壊れ、黒い闘気の奔流がロータの全身の鎧を破壊する。ロータはレイヴンへジャブからのボディブローを決め、ほぼ溜め無しで紫色の棘を生み出し、蹴り上げ即座に拳を振り下ろし、ローキックからの正拳突きを放つが、最後の正拳突きだけ受け止められる。
「いい力だ……今までのお前とは比べ物にならないくらいな……」
 ロータは拳に力を込める。
「だがな、この程度で俺に勝つつもりならまだまだだ!」
 レイヴンはロータの拳を押し返し、魔力の剣を集中させた右の拳でロータの頬を殴り飛ばす。ロータは多少怯むが、構わず流れるように左右の足で連続キックを放ち、更にそのまま二連キックで空中へ上がり、縦回転の連続キックを叩き込んでレイヴンを掴み、地面に叩きつけて引きずり回し、地面に何度も叩きつける。そして止めに投げ捨て、レイヴンは剣を地面に突き刺して留まる。
「もう兄様に抵抗する力が残ってないことくらいわかる。これで止め」
 ロータが闘気を集中させる。
「(まずいのう。これは想定外じゃ。ここまでロータが強力になっておるとは)」
 ゼナは瞬時に思考を巡らせ、槍を虚空へ投げる。
「(一か八かじゃ。これが成功せぬのなら、古代世界へ帰ってもわしはスクラップになるだけじゃ)」
 ロータが闘気を解放し、レイヴンへ攻撃しようとした瞬間、レイヴンも赤い闘気を全力で噴出させ、魔力の剣を伴う剣舞を繰り出す。両者の全力の闘気がぶつかり合い、ゼナの槍に共鳴して、空間が割れ、凄まじい吸引が起こる。
「なんだ!?」
「くっ……」
 気絶していたエルデやマイケル、エリナとセレナは間もなくそれに吸い込まれる。ゼナとアルバは自分から飛び込み、耐えていたリータやミリル、アーシャ、アリアも吸い込まれる。消耗していたレイヴンもあえなく吸い込まれ、ロータもそれを追って飛び込む。
 遠目に見ていた灰色の蝶が、不快な羽音を散らして消えた。
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