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三千世界・竜乱(2)
後編 第五話
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死都エリファス・福禄宮
「ブラックライダー」
エリファスは未だ途切れぬ雲の流れを、血霞越しに眺める。ブラックライダーは一本の注射器を懐から取り出す。
「それが〝零血細胞〟か」
「その通りだ。異史の白金零からChaos社が抽出した、純シフル」
「だがそれは……空の器に注いで〝蛇帝零血〟とせねば生物には注げぬだろう」
「杉原明人を素体として入手するのは我らも不可能だ。この世界では既にヴァナ・ファキナに目をつけられている。レイヴンが異史でバロンと相討ちになったせいで、正史では明人に鞍替えしたようだな」
「異史の有り得ない結末だからこそ出来た奇跡の物体ということか」
エリファスは尾で霞を散らし、ブラックライダーへ向き直る。
「これをエターナルオリジンに打ち込む……我らの王への貢ぎ物に、己の住む世界そのものを手渡すか」
ブラックライダーの問いに、エリファスは深く頷く。
「アルマ、そしてアミシスとヤズ……彼らはあくまでも王龍ボーラス様のために動いていたが、私は違う。私はこの世界の本当の発展が見たい。何者にも干渉されぬ世界を作りたいのだ」
「ふん。詰まらん下策だ……と言いたいが確かにこちらの方が効率良く強者の生命力に呼び掛けることができる。パーシュパタもそれによって目覚めるはずだ。その時こそ次元の扉を開き、DAAとこの世界を繋ぐ」
「九竜を早急に抽出する必要があるな」
「皇女から消滅したと言えど、九竜自身は一度この世界に対応した規格から外さねばならん。ラータを誰かが滅ぼす必要があるのだ」
「わかっているとも……一先ずは、ホシヒメがこの世界を越えんとな。着々とそちらの役者は揃っているのだろう」
「その通りだ。最初の山場、終幕は近い」
エリファスは何かに感付き、入り口の方へ視線をやる。
「来たようだ、彼女たちが」
テーブルの上に置いていた、右に傾いている天秤を取って、ブラックライダーは踵を返す。
「私が皇女と戦う」
エリファスは返事をせず、微睡みながら空を再び見上げた。
戦火の沼
尽きることのない腐臭と、血の臭いが螺旋を描き、血霞が空へと立ち上る。死体のまま放置された無数の竜王種と竜神種の群れを横目に、ホシヒメたちは進んでいく。
「ここでルクレツィアと初めて戦ったんだよねー」
ホシヒメがあけすけに言う。
「せやなー。正直あんときはボロ勝ち過ぎてつまらんかったわ」
ルクレツィアも答え、それにノウンも乗る。
「僕は背骨を斬られたけどね」
「ええやん、ウチに斬られて嬉しかったやろ?」
「嬉しくないよ!」
辺りの景色とは不釣り合いに間の抜けた話をしていると、ホシヒメが突然立ち止まる。
「どしたんホシヒメ」
「ルクレツィア、感じない?殺気を……」
「せやな、とてつもなく恐ろしい気配ってやつや……」
「来るぞ!」
ゼルが叫ぶ。と同時に、上空から黒い馬に乗った黒い鎧の骸骨騎士が現れる。
「君は……誰?」
ホシヒメの問いに、骸骨騎士は僅かに反応する。
「我が名は黙示録の騎士、その三騎目。獣共は〈ブラックライダー〉と呼ぶ」
「そのまんまだな」
ネロが呆れ気味に答える。
「見ていたぞ、皇女。お前がアルマを遂に絆したことを。憎しみに囚われず、よくぞここまで至った」
ホシヒメが前に出る。
「退いて。私たちは急いでるの」
「そうか」
ブラックライダーは馬から降りる。具足が沼に深く沈み、背後の馬は消滅する。
「お前が急いでいようがいまいが、私のやるべきことはさせてもらおう」
天秤を掲げ、ブラックライダーは天を仰ぐ。
「天秤を傾けるは怨愛の炎。即ち、赤きは愛に傾きし、青きは憎しみに傾きし。渾然一体足るものは黒にくゆる」
全員がポカンとしているが、ブラックライダーは続ける。
「もうすぐ天は満つる。我が王の旅路も終わりを告げるのだ。その究極の終焉に、お前を招待する」
「っ……!来るぞ、ホシヒメ!」
ゼルが殺気を感じて怯む。ブラックライダーが消え、天秤と拳でホシヒメと打ち合う。
「ねえそれって殴るための物じゃないよね!?」
「愚かな。戦いとは常識に囚われた者が負けるのだ。今までの戦いで……」
背後から鋭い一撃を放つルクレツィアと片腕で応戦し、ホシヒメを吹き飛ばして上空から襲いかかるネロの槍を受け止める。
「学ばなかったか。お前自身、戦いの中で常識を越えてきたはず。実戦を経験しなかったお前が、たった数日で政府竜神を撃ち破るほどに強くなったことそのものが、常識の遥か彼方にある事実だ」
ルクレツィアとネロを放り投げ、ゼルの一撃も容易に往なす。ホシヒメの瞬速の拳も平然と受け止める。
「もちろん、君の守りもぶち抜くよ!」
闘気が拳を覆い、ドリル状に高速回転する。ガリガリと音を立ててブラックライダーの鎧を削っていく。
「背中ががら空きや!」
ルクレツィアがスパークを纏った一閃を抜き、ブラックライダーはホシヒメの攻撃を受け止めながらもう片方の腕に持つ天秤で受け止める。その真正面から大剣を持ってノウンが突っ込み、ブラックライダーは文字通り頭蓋骨で迎え撃ち、ルクレツィアの連撃を手刀で弾き返し、ホシヒメの闘気を握り潰して蹴り飛ばす。
「やはり一対一でないと個々の強みは出ないな。ふむ……」
ブラックライダーはまた黒馬に跨がると、吹き飛ばしたホシヒメを一瞥する。
「また会おう、皇女よ。時が来れば、決着を付けることになろう」
「待って!」
ホシヒメが呼び止める。
「なんだ」
「君……竜じゃないよね。それに……勘だけど、この世界の人でもない」
「む……そうか。ならば、その勘に免じて教えてやろう。我らは三千十方世界を越えてある、始源世界より来たりし者」
「しげんせかい?さんぜんじっぽうせかい?なにそれ」
「時が来れば全てわかることだ」
ブラックライダーは飛び去った。
「三千十方世界って何かわかるか、ルクレツィア」
ゼルがガンブレードを納めつつ、尋ねる。
「さあ。ウチも知らへんな。が、アイツがただもんじゃないのはわかる。ゼロ兄とは違う方向の、圧倒的な威圧感を感じた」
ネロが頭を掻く。
「俺はあいつの雰囲気に似たやつに、ついこないだ会ったぜ」
「ほんとに?」
ホシヒメが耳を傾ける。
「ああ。そいつはエターナルオリジンにゼロたちが来る前に来たんだ。あの独特の風貌、恐らく仲間で間違いないはずだぜ」
「ということは……アカツキの起こした事件を中心に、政府竜神の陰謀と、ブラックライダーたちの狙う何か」
「それに一部の凶竜が狙う、始祖凶竜の復活もあるぞ」
「とにかく、アルマの計画してたことは潰したから……」
ルクレツィアが口を挟む。
「んや。まだやで。確かに、アルマ自身はアンタに絆されてこの計画を降りたかもしれん。やけど、この計画に荷担しそうなやつを思い出してみぃ。詔を集めることで無罪にする、それが書かれたあの書類をブリューナクに渡されたとき、アイツは誰の名を呼んだ?」
「アルメール……確か、アルメールって言ってた。……ってえ、まさか!?」
「そう、ゼロ兄が急にエターナルオリジンにやってきたのも、この件にアルメールの方が入れ込んでいて、アルマはそれに唆されただけと言えば色々と話はつくはずやと思うけど」
「ということは……?」
「ホシヒメ。アンタはアルマにどんな話をされた?」
「えーっとね、詔を集めさせて九竜の力がどうたらこうたらって」
「ふむ。つまり、この旅は九竜とか言うやつを目覚めさせるために、ホシヒメを強くさせようとしたやつやったってことか。まあ、現状やとこれ以上はわからんし、アルメールとアカツキにそれぞれの目的を聞くしかないな」
「話は終わった?じゃあ、死都へ行こうか」
ノウンが促し、血の沼を進んでいく。しばらく進んでいると、だんだん血霞が濃くなって視界が無くなっていく。余りの濃さに日も陰って、数メートル先も認識できないほどになる。次第に泥濘も消えて、石畳が現れる。
「ブラックライダー」
エリファスは未だ途切れぬ雲の流れを、血霞越しに眺める。ブラックライダーは一本の注射器を懐から取り出す。
「それが〝零血細胞〟か」
「その通りだ。異史の白金零からChaos社が抽出した、純シフル」
「だがそれは……空の器に注いで〝蛇帝零血〟とせねば生物には注げぬだろう」
「杉原明人を素体として入手するのは我らも不可能だ。この世界では既にヴァナ・ファキナに目をつけられている。レイヴンが異史でバロンと相討ちになったせいで、正史では明人に鞍替えしたようだな」
「異史の有り得ない結末だからこそ出来た奇跡の物体ということか」
エリファスは尾で霞を散らし、ブラックライダーへ向き直る。
「これをエターナルオリジンに打ち込む……我らの王への貢ぎ物に、己の住む世界そのものを手渡すか」
ブラックライダーの問いに、エリファスは深く頷く。
「アルマ、そしてアミシスとヤズ……彼らはあくまでも王龍ボーラス様のために動いていたが、私は違う。私はこの世界の本当の発展が見たい。何者にも干渉されぬ世界を作りたいのだ」
「ふん。詰まらん下策だ……と言いたいが確かにこちらの方が効率良く強者の生命力に呼び掛けることができる。パーシュパタもそれによって目覚めるはずだ。その時こそ次元の扉を開き、DAAとこの世界を繋ぐ」
「九竜を早急に抽出する必要があるな」
「皇女から消滅したと言えど、九竜自身は一度この世界に対応した規格から外さねばならん。ラータを誰かが滅ぼす必要があるのだ」
「わかっているとも……一先ずは、ホシヒメがこの世界を越えんとな。着々とそちらの役者は揃っているのだろう」
「その通りだ。最初の山場、終幕は近い」
エリファスは何かに感付き、入り口の方へ視線をやる。
「来たようだ、彼女たちが」
テーブルの上に置いていた、右に傾いている天秤を取って、ブラックライダーは踵を返す。
「私が皇女と戦う」
エリファスは返事をせず、微睡みながら空を再び見上げた。
戦火の沼
尽きることのない腐臭と、血の臭いが螺旋を描き、血霞が空へと立ち上る。死体のまま放置された無数の竜王種と竜神種の群れを横目に、ホシヒメたちは進んでいく。
「ここでルクレツィアと初めて戦ったんだよねー」
ホシヒメがあけすけに言う。
「せやなー。正直あんときはボロ勝ち過ぎてつまらんかったわ」
ルクレツィアも答え、それにノウンも乗る。
「僕は背骨を斬られたけどね」
「ええやん、ウチに斬られて嬉しかったやろ?」
「嬉しくないよ!」
辺りの景色とは不釣り合いに間の抜けた話をしていると、ホシヒメが突然立ち止まる。
「どしたんホシヒメ」
「ルクレツィア、感じない?殺気を……」
「せやな、とてつもなく恐ろしい気配ってやつや……」
「来るぞ!」
ゼルが叫ぶ。と同時に、上空から黒い馬に乗った黒い鎧の骸骨騎士が現れる。
「君は……誰?」
ホシヒメの問いに、骸骨騎士は僅かに反応する。
「我が名は黙示録の騎士、その三騎目。獣共は〈ブラックライダー〉と呼ぶ」
「そのまんまだな」
ネロが呆れ気味に答える。
「見ていたぞ、皇女。お前がアルマを遂に絆したことを。憎しみに囚われず、よくぞここまで至った」
ホシヒメが前に出る。
「退いて。私たちは急いでるの」
「そうか」
ブラックライダーは馬から降りる。具足が沼に深く沈み、背後の馬は消滅する。
「お前が急いでいようがいまいが、私のやるべきことはさせてもらおう」
天秤を掲げ、ブラックライダーは天を仰ぐ。
「天秤を傾けるは怨愛の炎。即ち、赤きは愛に傾きし、青きは憎しみに傾きし。渾然一体足るものは黒にくゆる」
全員がポカンとしているが、ブラックライダーは続ける。
「もうすぐ天は満つる。我が王の旅路も終わりを告げるのだ。その究極の終焉に、お前を招待する」
「っ……!来るぞ、ホシヒメ!」
ゼルが殺気を感じて怯む。ブラックライダーが消え、天秤と拳でホシヒメと打ち合う。
「ねえそれって殴るための物じゃないよね!?」
「愚かな。戦いとは常識に囚われた者が負けるのだ。今までの戦いで……」
背後から鋭い一撃を放つルクレツィアと片腕で応戦し、ホシヒメを吹き飛ばして上空から襲いかかるネロの槍を受け止める。
「学ばなかったか。お前自身、戦いの中で常識を越えてきたはず。実戦を経験しなかったお前が、たった数日で政府竜神を撃ち破るほどに強くなったことそのものが、常識の遥か彼方にある事実だ」
ルクレツィアとネロを放り投げ、ゼルの一撃も容易に往なす。ホシヒメの瞬速の拳も平然と受け止める。
「もちろん、君の守りもぶち抜くよ!」
闘気が拳を覆い、ドリル状に高速回転する。ガリガリと音を立ててブラックライダーの鎧を削っていく。
「背中ががら空きや!」
ルクレツィアがスパークを纏った一閃を抜き、ブラックライダーはホシヒメの攻撃を受け止めながらもう片方の腕に持つ天秤で受け止める。その真正面から大剣を持ってノウンが突っ込み、ブラックライダーは文字通り頭蓋骨で迎え撃ち、ルクレツィアの連撃を手刀で弾き返し、ホシヒメの闘気を握り潰して蹴り飛ばす。
「やはり一対一でないと個々の強みは出ないな。ふむ……」
ブラックライダーはまた黒馬に跨がると、吹き飛ばしたホシヒメを一瞥する。
「また会おう、皇女よ。時が来れば、決着を付けることになろう」
「待って!」
ホシヒメが呼び止める。
「なんだ」
「君……竜じゃないよね。それに……勘だけど、この世界の人でもない」
「む……そうか。ならば、その勘に免じて教えてやろう。我らは三千十方世界を越えてある、始源世界より来たりし者」
「しげんせかい?さんぜんじっぽうせかい?なにそれ」
「時が来れば全てわかることだ」
ブラックライダーは飛び去った。
「三千十方世界って何かわかるか、ルクレツィア」
ゼルがガンブレードを納めつつ、尋ねる。
「さあ。ウチも知らへんな。が、アイツがただもんじゃないのはわかる。ゼロ兄とは違う方向の、圧倒的な威圧感を感じた」
ネロが頭を掻く。
「俺はあいつの雰囲気に似たやつに、ついこないだ会ったぜ」
「ほんとに?」
ホシヒメが耳を傾ける。
「ああ。そいつはエターナルオリジンにゼロたちが来る前に来たんだ。あの独特の風貌、恐らく仲間で間違いないはずだぜ」
「ということは……アカツキの起こした事件を中心に、政府竜神の陰謀と、ブラックライダーたちの狙う何か」
「それに一部の凶竜が狙う、始祖凶竜の復活もあるぞ」
「とにかく、アルマの計画してたことは潰したから……」
ルクレツィアが口を挟む。
「んや。まだやで。確かに、アルマ自身はアンタに絆されてこの計画を降りたかもしれん。やけど、この計画に荷担しそうなやつを思い出してみぃ。詔を集めることで無罪にする、それが書かれたあの書類をブリューナクに渡されたとき、アイツは誰の名を呼んだ?」
「アルメール……確か、アルメールって言ってた。……ってえ、まさか!?」
「そう、ゼロ兄が急にエターナルオリジンにやってきたのも、この件にアルメールの方が入れ込んでいて、アルマはそれに唆されただけと言えば色々と話はつくはずやと思うけど」
「ということは……?」
「ホシヒメ。アンタはアルマにどんな話をされた?」
「えーっとね、詔を集めさせて九竜の力がどうたらこうたらって」
「ふむ。つまり、この旅は九竜とか言うやつを目覚めさせるために、ホシヒメを強くさせようとしたやつやったってことか。まあ、現状やとこれ以上はわからんし、アルメールとアカツキにそれぞれの目的を聞くしかないな」
「話は終わった?じゃあ、死都へ行こうか」
ノウンが促し、血の沼を進んでいく。しばらく進んでいると、だんだん血霞が濃くなって視界が無くなっていく。余りの濃さに日も陰って、数メートル先も認識できないほどになる。次第に泥濘も消えて、石畳が現れる。
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