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三千世界・竜乱(2)

前編 第七話

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 エターナルオリジン
 第二帝都ドランゴ。海上の巨大な島の上に建てられたその国は、治める竜神も竜王も存在しない。存在理由はただ一つ。無限エネルギー施設、〝エターナルオリジン〟の制御である。
「ふむ。エターナルオリジンは然程小細工があるわけではないか」
 狂竜王は黒皇から降りると、巨大な鉄製の塔へ向かう。そして大扉の前で、二体のゴーレムが起動する。
「やれやれ……また奈野花に怒られるか」
 狂竜王はゴーレムを軽く小突くと、ゴーレムは爆音を立てて崩壊する。
「始源世界でなくては確実に世界が耐えられんな。……やはり、どうにかして私の見立てに合う強者を始源世界へ辿り着かせる必要があるようだ」
 ゆっくりと人差し指を大扉に触れさせると、大扉は跡形もなく消失した。幾重にも作られた隔壁も、吹き出る暗黒闘気に掠るだけで消え去っていく。そして通路を歩いていくと、途中で風の揺れを感じる。
「どうした、ブラックライダー」
『ブロケードと交戦しました』
「そうか。場所はわかるな。すぐに来い。予想に反してバロンの成長が早い。私はもうじきレッドの元へ行かねばならぬ」
『承知……』
 風は止まった。狂竜王は一切迷わずにセキュリティドアや壁を木っ端微塵にして突き進み、エレベーターのドアを突き破る。そしてエレベーターシャフトを垂直に飛び上がる。そして最上階でほぼ重力を無視した受け身を取り、エレベーターのドアに軽く触れる。そしてまた粉砕する。ドアのフレームに顔面が当たるが、構わず壊す。また幾重にも重ねられた隔壁を直進で粉砕し、緑色の光を放つ装置の前に出た。
「やはり……ここがDAAの枝の一つか。だが……エリアルは中々にこの装置に事情が通じているらしい」
 狂竜王は装置に触れる。
「しかしそれより恐れるべきはあの雌狐……やつからは空の器やバロンにも劣らぬ可能性を感じる」
 ふと気づく。
「む。いや当然と言うべきか。エリアルによってこちらの世界からの通常の干渉はブロックされているようだな。ならば」
 狂竜王が軽く握った拳で装置を突くと、凄まじい振動が塔全体を揺らす。装置は数秒沈黙し、また動き始める。
「これで支障あるまい」
 狂竜王が振り返ると、男が立っていた。
「随分派手にやってくれてるじゃん、お前」
「そなたは」
「俺はネロ。ネロ・エンガイオスだ」
「ネロよ。このエターナルオリジンに何用だ?」
「ん?それはこっちの台詞だぜ?最高級のセキュリティゴーレムを二機も瞬殺、おまけにそのデカブツを指一本で制御しやがる。一体何者《なにもん》だ?」
 ネロは手元に帯電した長槍を作り出す。
「お前が野次馬だろうが、正真正銘の狂人だろうが、とりあえず倒させてもらう」
「ふむ、凶竜か」
「だったらどうするってんだ?」
「なるほど、DAAを守り、chaos社の新人類計画を守り抜くために……」
「始めようぜ、黒騎士!」
 ネロが槍を構えて斬りかかる。狂竜王は動かず、体から緩やかに流れ出る気だけで吹き飛ばす。
「まだまだァ!」
 空中で受け身を取り、壁を蹴って突進する。それもまた軽く往なされ、ネロは距離を取って一息つく。
「お前、本当に何者だ……?都竜神や都竜王を遥かに越えてるぞ……!」
「私は何者でもない。私はただ、成すべき事を成すのみ」
「まぁいい……仕事は仕事だからな!」
 左手から電撃を放ち、狂竜王の出方を窺うも、狂竜王は微動だにしない。ネロは床を滑り、雷を纏った槍の斬撃を擦れ違い様に幾度も放つ。が、その連撃は狂竜王の気の前に虚しく失せる。
「(おかしい……殺気が感じられない……こいつは闘気で防いでいるわけじゃない。戦う意志の無い手練れが放つ無意識のエネルギーだったとしても、俺の攻撃をここまで軽く往なせるか?)」
 ネロは動きを止める。狂竜王は頷く。
「私はそなたと争うつもりはない。ここで壊したものは全て元に戻しておく。退いてはくれぬか」
 狂竜王はネロの攻撃が始まってから、一歩も動いていない。
「ちっ、わあったよ。勝ち目は無さそうだし、それにお前は触れる以上の事をしてねえ。エターナルオリジンから生み出される力を手にする時間すらあったのにだ。悪用する気のないやつを追い回してもしゃあない」
「うむ。そなたが使命に従順な凶竜で良かった。では去らばだ。また会うやも知れぬがな」
「二度目は逃がさねえからな。どれだけお前が強かろうが、凶竜の使命のもとに必ず殺す」
 狂竜王がエレベーターへ向かうと、道中の破壊された隔壁が次々と修復されていく。
「本当に元に戻しやがった……なんだアイツ」

――……――……――
 火の都・ブロケード 市街地
「うーん、ぴったりだなー」
 ホシヒメは籠手を付けた腕を眺めてはにやけている。
「さっきからずっと見てるね、それ」
 ノウンが話しかける。
「えへへー、おばあちゃんと私って体格そっくりなんだーってね」
 ルクレツィアとゼルが会話に加わる。
「凶竜の都へ行こか」
「ルクレツィアが言うには、エルデ火山を抜け、アーメレス大草原を越えればあるらしい」
 ノウンが頷く。
「一応そうだね。徒歩であそこに行くなんて、よほど体力に自信のある人だけだと思うけど、状況が状況だから仕方ないよね」
「ウチは結構歩きで世界中を回っとるけどな」
 ゼルが口を挟む。
「お前を基準に話をしたら色々おかしくなる」
「ええやん。ウチに合わせたら体力付くで?」
「とにかく、次は火山だ。単純に体力が必要な長道だから、今日は休むぞ」
 ゼルがそう言うと、ホシヒメが反応する。
「えー外泊するならゼルとおんなじ部屋は嫌だよー?」
「うるせえ。お前みたいなド汚い女とあの二人のどっちかを一緒に入れられるか!」
「汚くないよ!」
「じゃあ言わせてもらうが、お前は一回穿いたパンツを平均で十日以上変えないだろ。風呂には入らない、手も洗わんだろ」
「うん。だって自然は家族ですし?」
 ゼルが大きく溜め息をつく。
「いーじゃん!ルクレツィアもいいよね!」
「ん?ウチ?ウチは別にええけど。凶竜として傭兵の仕事をしてるとなあ、一週間以上風呂に入れんのもあるわな」
「ほら!ルクレツィアもこー言ってるよ!」
「う、うぅん……任せていいか、ルクレツィア」
「ウチもズボラやしなあ。な、ノウン」
「この話の流れで僕!?確かにルクレツィアは鍋で茹でた麺を直に食べたりするけどさ……」
「わかったわかった。宿へいくぞ」

 火の都・ブロケード 宿屋
「いやあ疲れたねえルクレツィア」
 ホシヒメは部屋に入るなりベッドに飛び込みピクリとも動かなくなった。
「ホシヒメ、風呂くらいは入りぃや。ブロケードは名湯でも有名で……って、まさかもう寝とるんけ?」
 ルクレツィアが鍵を締めた後にベッドに向かうと、ホシヒメはもう寝入っていた。
「むにゃ……ゼル……青髪染めたら黒バナナ……」
「(どういう夢を見とるんや……)」
 ルクレツィアは朗らかに一人微笑むと、装備を解き始める。
「しっかし、ブロケードが手配してくれた宿だけあって、部屋に備え付けの露天風呂とは恐れ入るわ。アルマのジャグジーもええけど、凶竜としてはこっちのがええわ」
 腰の紐をほどき、ルクレツィアは一糸纏わぬ姿になる。そしてガラス戸を開き、浴槽に浸かる。ほどよい熱が体を包み、遠くに見えるエルデ火山がただの入浴に情緒を添える。
「くくっ、火山を食材に風情を喰らうか……派手な夕食やな」
 しばらくして、火山の横に鎮座していた夕日も沈み、ルクレツィアは風呂から上がった。寝間着に着替えたルクレツィアは、ホシヒメに手刀を放つ。容赦の無いそれは、ホシヒメの頭頂部にめり込む。
「あいだぁ!?」
「ほれ起きぃや。いい湯やで?」
「えーでもめんどくさいし……」
「ほう、そうか……」
 ルクレツィアはおもむろに刀を手に取る。
「なになになに!?何する気!?」
「いや、意地でも入らんならその服ぶった切ろうかと思うてな」
「ダメだよ!?一張羅だし!」
「なら風呂入り」
「う、うぅん……まあ仕方ない」
 ホシヒメはしぶしぶ浴槽へ向かった。
 
 別室
「なあノウン」
 ゼルがベッドに腰を下ろしながら問う。
「どうしたのゼル」
 ノウンは窓の前で本を読んでいた。
「今回の事件、本当にアルマとアルメールが結託したならどうして長老を殺す必要があったんだ?」
「アカツキの使命に何か秘密があるはずだよ。長老を殺し、アミシス様を殺し、そしてホシヒメを封印箱で襲撃した。それらはすべて使命に関連したものなんだろうけど、まだその全貌はわからない」
「そうか。そう言われればそうだな。あくまでも襲撃はアカツキが行ったものであって、それをアルマとアルメールが単に利用してるって可能性もあるわけか」
「それに、凶竜の僕が言うことじゃないかもしれないけど、アカツキっていうのはかなり乱暴な人でね、誰かと手を組んだり、誰かの命令を聞くなんてことは絶対に無いよ」
「となると、詔を集めるのが至上命題だが、この事件の根本的解決を目指すにはアカツキの行動の真意を知る必要があるわけか」
「うん。アカツキの使命さえわかれば、アルマやアルメールがアカツキを利用しているのかどうかがわかるしね」
「よし。明日は早い。早めに風呂に入って寝るぞ」
「わかった」

 次の日
 火の都・ブロケード
「……と、いうことだ」
 ゼルが話し終える。
「まあ、そうなるわな。誰を斬るべきなのか、狙いを定めるためにも必要やし」
 ルクレツィアが首を縦に振る。
「どっちにしたって、私はアカツキとケリをつけるからね」
 ホシヒメが拳を握り締める。
「じゃあ行こうか、僕たちの都へ」
 ノウンが歩き始める。
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