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一章:側近の苦労

四話:側近の仕事は苦労する(午後)

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 食事を済ませ、エミール王女とともに彼女の執務室へと戻る。
 また地獄の書類作業が始まるのか。そう思っていたが、王女の執務机の上に大量に積まれていると思っていた書類は、一枚も無かった。
 これには彼女も困惑しているのではないか?そう思ってエミール王女の方を見たが、彼女は顔色一つ変えずに。ただ単に顔に出ていないだけなのかもしれないが、机の方を見ながら言った。

「リュカさんはもう、ヴァルキルの街は見て回りましたか?」

僕はその問いに頭を振った。
 この二日間で王都を見て回れるぐらいの余裕なんて無かったし、今までも王都なんてすごい所に行くためのお金が無かったし。

「なら、丁度いいですね」

何がです?そう聞くより早く、彼女は続けた。

「視察も兼ねて、王都の観光をしましょう」

僕はこの時、頭の中が真っ白になった。
 エミール王女と王都を見て回る。それはつまり、いわゆるデートというものではないのか。
 その考えが一瞬、頭をよぎったことにより、さらに混乱を加速させた。

「かっ、かかか、観光ですか?!」

「はい。言った通り、視察を兼ねてですが」

「それは、エミール王女と二人でですかっ?!」

「はい。どうでしょうか?」

「はい!是非とも行かせて頂きます!」

すぐに準備して来ます!そう言って僕は自室へと戻った。
 部屋に戻ると、ベッドの上にヨルドさんの持っていた物と同じ家紋の刻まれた剣と、中身の分からない袋、手紙が置いてあった。
 内容はこうだ。

──────リュカ君。書類は頂いた。代わりに給料としての金貨十枚と剣を置いていった。エミール王女の安全を最優先に、彼女を楽しませなさい。
 なお、この手紙はエミール王女には絶対に見せないように。

 僕は読み終わった手紙を折り畳む。
 これ絶対に犯人、王様だよね。ここまでするって、あの人も本気なんだな。
 脳裏にグッ、と親指を立てる王様の姿が浮かぶ。僕は心のなかで王様にお礼を言った。
 さて、エミール王女を待たせてるんだ。急がないとね。
 僕は剣の鞘を腰に差し、金貨の入った袋を持って、エミール王女の部屋に戻った。
 僕が少し遅れても、エミール王女は嫌な顔一つせず───顔に出てないだけかもしれないが、ただ「行きましょうか」と言った。

 念のため、エミール王女は麻布を顔に巻いてから城外へ出た。
 城下町は今日も活気に溢れていた。毎日、こんな感じなのかと思うぐらいに。
 僕は周りに視線を配りながら王女の後ろを付いて行く。
 こんなに多くの人が居るにも関わらず、誰も彼女を王女と気づいていない。麻布の変装が効果あったのだろうか。

「すごい活気ですね。毎日がこうなんですか?」

「いえ。今日はちょっと活気が薄れてますね」

え、これで薄れてるんですか。毎日ここに住んでいれば活気のちょっとした違いも分かるようになるのものなのだろうか。

「原因を確かめに行きましょう」

「はい。わかりました」

と言って、向かった先は門近くに張られた天幕だった。
 中では休憩中の騎士が数人居た。彼等はエミール王女の姿が目に入った瞬間に立ち上がって敬礼した。

「これは、エミール王女!と…………」

彼等は僕を見て、表情に困惑の色を示した。たぶん、今までは女の側近が近くに居たのだろう。それが僕に変わっているのだから、疑問に思って当然のことだ。

「彼は、私の新しい側近、リュカです」

「リュカです。よろしくお願いします」

エミール王女の紹介とともに挨拶する。
 それでも怪訝な顔の人がいるのは、ぽっと出の弱そうなこいつに王女を守れるのか、と思っているからだろう。
 助け船を出したのは、そうは思っていない騎士だった。

「それで、今日はどういった御用件で?」

「今日の市場の賑わいがいつもよりも少ないので、何かあったのではと。今日、出入りした商人の記録はありますか?」

「はい。どうぞ」

エミール王女は差し出された羊皮紙を受け取り、見落としのないように凝視する。
 少しして、何か気になることがあったのか、おや?と呟いた。

「すみません。過去の分も幾つかもらえませんか?」

彼女は他の羊皮紙と先程のものとを交互に見て、何かを確信したという風に、やはり、と続けた。

「中に、不穏なものが入り込んでいるようです。急がないと、被害が大きくなるやもしれません。活気が少ないのは、その噂がすでに流れているからでしょう」

天幕の中に、戦慄が走った。
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