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~ドグマ大陸の争乱篇~

~皇国レミアム争乱編~ 船出

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 ドグマ大陸の内乱からしばらくして、各国は落ち着きを取り戻し、平穏を享受していた。皇国レミアム内では、帝王ゴーデリウス一世の予見を聞き入れ、常に厳戒態勢を取っていた。各国にもその予見は伝えられ、神聖ザカルデウィス帝国と思われる者の渡航や貿易は禁止した。そもそも神聖ザカルデウィス帝国はどうやってこのドグマ大陸に渡ってきたのだろうか。ゲイオス王国の将軍ガトランによると、小さな船が飛翔してきたとの事で、船が飛ぶ事など通常ではありえない事だとしてあまり聞き入れられなかったが、総帥ゼウレアーはその言葉を重要視した。神聖ザカルデウィス帝国は鎖国していて実態を掴む事さえ難しかったが、それだけではなく、竜族と共に独自の発展を遂げた国であり、自分たちの知らない技術を持っている事は確かであろう。そう考えたゼウレアーは、各国にも常に厳戒態勢を取るように伝えた。だが、船が飛翔して、竜族が大量に押し寄せたらドグマ大陸そのものが危険である。制空権を完全に握られると、確実に負ける。ましてやそれに対しての対策を講じることが今できない。今攻められると、度重なる戦争によって疲弊したドグマ大陸は更に混乱するであろう。神聖ザカルデウィス帝国がどう動くのか、今後の動向と情勢を見守る事で落ち着いた。各国の政治家はこのまま神聖ザカルデウィス帝国の侵攻を許してしまう事を懸念したが、ゼウレアーは保身に忙しい連中には耳を貸さなかった。そもそもそんな不確定要素を取り除くためにドグマ大陸の至る場所に上級魔神を交えた部隊を派遣していたのである。皇国レミアムの錬金術を取り入れた各国の情勢は今までにないほどの繁栄を手にしたのも事実である。その潤沢な資金を惜しみなく投入して、防衛のための軍事力強化に奔走していた。ドグマ大陸に余裕などどこにもなかった。ガトランはゲイオス王国の練度を更に上げるべく、シュテーム連邦王国は魔剣士たちの力の底上げするべく動いていた。ハーティー共和国とティア王国は皇国レミアムの方針に異を唱えて何もしなかった。危機管理能力はまったくと言ってもいいほど、この二つの国にはなかった。このまま戦いが始まり、神聖ザカルデウィス帝国が攻めてくる事など何も考えていなかった。なので、ゼウレアーはハーティー共和国とティア王国に関しては捨て置いた。これは仕方なかった。

 いざとなれば、後悔するのはこの二つの国である。侵攻の際に何をされても文句は言うまい。滅びたらそれはそれで、皇国レミアムの領土に変えてしまえばいいだけである。ガトランはハーティー共和国に再三忠告していたのにも関わらず、何もしないのは明らかに怠慢である。ガトランもいつしか諦めるようになっていた。だが、その時は刻一刻と近づいてきた。予見の日が迫る。神聖ザカルデウィス帝国はいったいどのような戦力を保有しているのか。インペリウス大陸全土を支配下に置く超大国、その歴史は最古にして最大、最強と聞く。場合によっては以前のような精神制御による混乱を呼び起こし、内部から大陸を破壊しようとしてくる狡猾な一面を持っている。勝てば何でもいいという姿勢は、評価に値するべきものはあるが、正々堂々とした戦い方ができないのではないかという批判的な意見も出てきたのは確かである。だが、神聖ザカルデウィス帝国は皇国レミアムが復活したといち早く気が付いた国である。潰そうと思えばいつでも潰せたはずだが、それをしなかったのは、皇国レミアムの意力を計っていたのもある。迂闊に、無策のまま手を出せば、危険である。賢明な判断だと帝王ゴーデリウス一世は語っていた。帝王ゴーデリウス一世は、神聖ザカルデウィス帝国と戦うというのであれば、自分も出向くと言っていた。それだけ、神聖ザカルデウィス帝国という国は危険であると認識を示していた。それに、帝王ゴーデリウス一世は恐れてもいた。自分と同じ七英雄が存在している国であるという事は言うに及ばず、絶対神フェイトレイドがまだ存命なら、皇国レミアムは勝ち目がないとも思っていた。百年戦争末期に起こった知られざる決戦で、七英雄が束になっても勝てなかった存在が、フェイトレイドであると語っていた。

 そのフェイトレイドがそのまま攻めてくるとは考えにくいが、あのフェイトレイドが組織した軍が、強大でないわけがない。神聖ザカルデウィス帝国の将軍はひとりひとりが七英雄に並べるほどに強いという。そのうちのひとりがこのドグマ大陸に上陸したら、いったいどのような地獄が待っているのだろうか。民たちも皆殺しにされ、子供は焼かれ、女は犯されるだろう。神聖ザカルデウィス帝国は竜族と関りが深いのであれば、七英雄であるドラゴンロードが協力しているだろう。それだけでなく、それを活用した空中戦を展開してくる可能性もある。このままではドグマ大陸は受け身の一方である。そうならないために、皇国レミアムとゲイオス王国、シュテーム連邦王国は共同戦線を展開することで合意した。そしてそのための軍事演習も欠かさなかった。空中戦を展開された時の対処法を深く学ぶ事で、準備を整える。それを欠かさなかった。そうしてドグマ大陸は一枚岩ではないが、その予見の日を迎える準備をしていた。ゼウレアーは、その日が来るまで軍議をよく開いた。ソード・オブ・オーダーであるゼイフォゾンも含めて。帝王ゴーデリウス一世はゼイフォゾンにある事を享受するべく、ある修練を課した。それはこのドグマ大陸における重要な事であると語った。それを受け入れたゼイフォゾンは帝王ゴーデリウス一世の修練に快く応じた。その修練は過酷を極めるものだったが、これからの戦いには必要不可欠と見ていた。ドグマ大陸ではゼイフォゾンは救世主と崇められていたが、それを真実のものとするべく、帝王ゴーデリウス一世は奔走していた。一刻も早く、ゼイフォゾンを完成させる。一振りの剣を無窮の剣とするべく、そしてドグマ大陸にとって鍵となる存在とするべく動いていた。

 そして、皇国レミアムとゲイオス王国、シュテーム連邦王国の将軍たちによる会合が行われた。皇国レミアムには総帥ゼウレアー、軍師メルアーラ、アルティス、サリエッタ、エミリエル、ラーディアウス、ゼイフォゾンがテーブルの前に座り、ゲイオス王国にはガトランとゼイオン、シュテーム連邦王国にはレグレスがテーブルの前に座った。この会合は重要な意味を持った。この会合をまとめ上げていくのは、帝王ゴーデリウス一世であった。神聖ザカルデウィス帝国の侵攻まで、まだ期間があった。その間に自分たちにできる事はないかと思案した。兵の練度はこれまで以上に高まっている。それだけでなく、各地に展開している上級魔神たちの部隊が警戒しているおかげで、伝令も早い。しかし、海上からの航路を取る選択肢は、神聖ザカルデウィス帝国はやらないであろう。ならば、ドグマ大陸にはどのような軍の増設をすればいいのか、打つ手を考える必要があった。そして、その役割を持たされたのが、ゼイフォゾンであった。旅をしろという名目で、神聖ザカルデウィス帝国に入国して、彼らがどのような軍を保有しているのか、その技術はどのようなものなのか、それを収集して欲しいという結論が出された。その旅に同行するのが、アルティスであった。ガトランはゲイオス王国の取りまとめに忙しいし、他の将軍にも同じ事が言えた。なので、旅の歴が長いアルティスが選ばれた。それを承諾したゼイフォゾンとアルティスは、エルフェレイム城で身支度を整えていた。


「ゼイフォゾン、お前はソード・オブ・オーダーだからこの大切な任務を任されているんだろうが、旅のお供が俺で大丈夫か?」

「何故、私にそんな事を聞くのだ?」

「女がいないと華がないだろう?お前はそういう事を気にする質じゃないか……」

「お前が寂しいのではないのか?」

「確かにな。おい、言うなよ……そういう事を言うのは良くない。俺は任務でお前に同行するんだ」

「分かった。冗談が通じなくてすまなかったな」

「お前の冗談は冗談に聞こえないから困るんだよな。ガトランもお前と一緒にいてきっと苦労したんだろうな。なぁ、神聖ザカルデウィス帝国には航路を使って行くのか?」

「その通りだが。何だ、なにか問題か?」

「鎖国してる国に入国するのは骨を折るぞ。あのゲイオス王国がそうなった時も一筋縄ではいかなかっただろう?それにだ、神聖ザカルデウィス帝国にはあのラーディアウスの妹が住んでいるとも聞いた。その妹は暗殺術の頂点に君臨する女帝と言うじゃないか。勘づかれると終わりだぞ。お前はもうこのコル・カロリの世界で有名だ。一振りの剣ってな。俺はお前ひとりが危険な目に遭うのは嫌だが、その姿をどう隠すんだ?何か手があるのか?」

「ゴーデリウスからあらゆる術を学び、それを自由に行使する事ができるようになった今、それは心配するべき問題じゃない。大丈夫だ、何とかなる」

「前向きなのはいいな。分かった、そこまで言うなら事が上手く行く事を願おう」


 ゼイフォゾンとアルティスはエルフェレイム城を出ると、他の将軍が待ち構えていた。その列は壮観で、最上級魔神と准将も勢揃いしていた。そして、総帥ゼウレアーが前へと出た。そして、伝令役に選りすぐった最上級魔神を一体同行させると言った。その最上級魔神は威力偵察のエキスパートで、戦闘能力も皇国レミアムに住まう最上級魔神のなかでも屈指のものであるという。その最上級魔神がゼイフォゾンの前に現れた。最上級魔神の名は、デミウルゴスと言った。デミウルゴスはゼイフォゾンとアルティスに同行し、神聖ザカルデウィス帝国に入国するのを手伝い、ある時は密偵として潜入し、情報を逐一報告する事を約束した。そして、豪華な見送りを後にすると、ゼイフォゾンとアルティス、デミウルゴスは港に向って歩き始めた。陸路は馬を使わず、徒歩で行く事を選んだ。その戦力は一国では到底足りないほど強大であったが、それを自覚する事無く、堂々と港まで歩いていた。その道の途中で、シャレードに出会った。シャレードは、ゼイフォゾンが初めて会った上級魔神である。シャレードは三人にここで休息を取るように促した。それを快く引き受けたゼイフォゾンは、酒場でアルティスとデミウルゴスと談笑していた。神聖ザカルデウィス帝国は確かに油断ならないし、危険だが、これほどの超大国である。帝政を敷くのは皇国レミアムも同じだが、向こうは社会主義で、こちらは民主主義だ。最初から相容れない存在なのは手に取るように分かる。神聖ザカルデウィス帝国の戦力はもしかしたら皇国レミアムの想像を容易く超えていくだろうが、それは全面戦争に突入した場合であって、今ではない。そのためにも、向こうの戦力を計って、情報を仕入れないといけない。

 情報を収集する任務は、ゼイフォゾンにとっても初めての試みであった。それを全力で支えるのがアルティスであり、デミウルゴスはその全般を任されていた。もしも身元が明らかになった場合、ゼイフォゾンとアルティスで軍略を考え、無事にドグマ大陸に帰還する事を目的としていた。信じられない事だが、神聖ザカルデウィス帝国は鎖国しながらも、その技術力は他国よりも数万年先を行くと噂が広がっていた。それが真実ならば、ますますドグマ大陸に侵攻してきたら危険である。確かに皇国レミアムの戦力は凄まじいが、それを軽く超えていくかも知れない。社会主義国家は皇国レミアムの何が欲しいのか、それはきっと錬金術のノウハウをそのまま奪う事だろう。そんな事は絶対に認められないし、皇国レミアムの錬金術は神の領域に達している。そのノウハウを奪うには、軍師メルアーラの頭脳を借りるしかないし、他国がどうこうできる代物ではない。そういった事を話し合って、三人は談笑していた。真面目な話で笑えるようになったのは、ゼイフォゾンからしてみれば、進歩であった。シャレードはそんな姿を見て、ゼイフォゾンはもう心配いらないと思っていた。それに、ソード・オブ・オーダーという立場になったのだ、今や自分たちにとっては救世主である。休息を取った三人は、酒場を出て、港に向かった。デミウルゴスが先行して船を用意するというので、先に行かせた。アルティスはその姿を見て、その後ゼイフォゾンを見た。ガトランと戦ったのだ、心が疲弊していないか心配だったのだ。しかし、ゼイフォゾンはそんな素振りを一切見せなかった。

 ゼイフォゾンにとって、ガトランとの戦いは一つの終着点であった。ガトランがどれだけ成長したのかを確かめる重要な戦いだったのだ。ゼイフォゾンの予想を超えるような力を身に付けていたという事実さえ分かれば良かった。しかし、神聖ザカルデウィス帝国によって望まぬ形となり、ゲイオス王国の存亡に関わる事態となり、ガトランを殺してしまう事も視野に入れなければならない問題にまで発展した事を考えると、到底、神聖ザカルデウィス帝国を許せるものではなかった。このまま黙って見過ごすほど、ゼイフォゾンは甘くなかった。別に国を滅ぼしてやろうという考えのもとで動いているわけではない。ただ、無用な争いを持ち込んだのを正したかっただけである。神聖ザカルデウィス帝国が何を考えてこのような事態を引き起こしたのかは分からなかったが、それを考えるのは今ではなかった。どうせ、ろくな決断ができない。正しい判断を濁らす事になると、ゼイフォゾンは考えていた。帝王ゴーデリウス一世に課せられた修練を考えると、己の力はどれだけ強大になったのだろう。神剣エデンズフューリーのみならず、神剣ランゼイターを保有している自分の力はどれだけ、他国に脅威となるであろう。予想も想像もしていなかったが、考えてみるときっと、自分の力はこのコル・カロリという世界の均衡を容易く崩すものになっていないか。だが、考えれば考えるだけ、話が大きくなってくるので控えた。これ以上いくと慢心に繋がるので、強制的に思考を停止させた。

 考え込むゼイフォゾンを見つつ、アルティスはデミウルゴスと作戦を練っていた。港町ゲンティレウスに着いた三人は、町にある広場でデミウルゴスが用意した船の準備を待っていた。アルティスとデミウルゴスは、ゼイフォゾンの練る戦術的効果を示す道筋を助けるべく、神聖ザカルデウィス帝国の領土に着いたらどのように行動していくかを考えた。まず足の付かない移動方法を取らなければいけない、それも迅速な移動手段を見つけなければいけない。情報を手に入れたら、さっさと帰って情報を整理し、軍議に持ち込まなければいけない。予見の日に間に合うように、その時が来たら戦線に加わらなくてはいけない。時間をかけてゆっくりと情報を手にしたいわけではなく、短い時間で最大限の情報を入手しなければいけない。事態は予断を許さない。ドグマ大陸に猶予などなかった。それを証明するように、港町ゲンティレウスも船を用意していなかった。不要不急の他国への出国は、皇国レミアムの国民は控えていたのである。そういう冷静な判断を下せるのが、皇国レミアムの国民性であった。


「どうにもこうにも、俺たちの乗る船は随分と仰々しいな。これしかなかったのか?」

「はい将軍閣下、これしか手配できませんでした。ですが、性能は群を抜いております。ですが困りましたね、この船では皇国レミアムの船だと宣伝して回っているようなものです。どうすればこの飾りを取り除けましょうか」

「どうもこうもない。無駄な装飾は全て外すとしよう。この船は、帰りにも使う。その時間だけはかけていい」

「ソード・オブ・オーダーがそう言うんなら、そうしよう。おい、この船の装飾を可能な限り排除してくれないか?性能はそのままでいいから。できるか?」

「は、はぁ。かしこまりました。そのように指示しておきます」

「この船でも、神聖ザカルデウィス帝国の空飛ぶ船には到底かなわないだろう。この船が破壊された場合、神聖ザカルデウィス帝国の空飛ぶ船を強奪していく事も念頭に置いていかないといけないだろう。その時は、その時で考える。もしかしたら神聖ザカルデウィス帝国の技術力を奪えるだけで、効果のある作戦の一部になるかも知れん。その際は、アルティス、デミウルゴス……助力を頼むぞ。私はお前たちを信頼しているからな」

「信頼されましたよ。ありがとうゼイフォゾン、俺はお前の柔軟性に助けられてばかりだな。そうだ、入国審査はどうパスする?」

「そうです。まず審査を通らなければいけません。ソード・オブ・オーダーはどうお考えか?」

「審査を通すならこの書類と情報の詰まったカードが必要だろう?」

「いつそんなものを手に入れた?」

「私は帝王ゴーデリウス一世からある事を学んだのでな。魔術の一環と思ってくれて構わない。これくらいはできる。この書類とカードは本物だから、安心してくれて構わないぞ」

「最上級魔神である私にもそんな魔術は扱えない。観測のできない事は可能にはならない……まさか神術ですか?」

「それについてはまだ語るには早すぎるな。さて、船の改修が終わったようだぞ。出港の準備をしよう」


 船が改修され、無駄なものが排除されて機動力を増したように感じた。それに乗り込んでいくゼイフォゾンは、アルティスとデミウルゴスの乗船が済むのを確認したら、錨を外して出港した。海は凪いでいたので、静かな出港であった。目指す先はインペリウス大陸のアトランティスの港である。長い航海になりそうだとは思わなかった。多分、いつの間にか着いているだろうと考えていた。少なくともゼイフォゾンは、そういう楽観視を崩さなかった。邪魔する者と言えば、海賊であろうか。だが海賊は皇国レミアムの排他的経済水域にも存在しない。神聖ザカルデウィス帝国の排他的経済水域に侵入しても、海賊はほとんど駆逐されているだろう。邪魔なものと言えば、天候ぐらいであろうが、今のゼイフォゾンにとってはそんな制約はどうでも良かった。出港した直後の天候は、晴れ晴れとしていた。視界は良好であった。三人は気楽なものであった。強者の風格は隠しきれていなかったが。
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