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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 帰還

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 集落は魔物に襲われる事無く、いたって落ち着いていた。宿も整っていて、ゼイフォゾンは眠らずとも、エミリエルにとっては居心地が良かったようである。ゼイフォゾンは皆が眠りについている間、周辺を散歩していた。そこで出会ったのが、皇国レミアムに忠誠を誓う魔神であった。魔神といっても、この間会った魔神とは違って、皇国レミアムの者と分かるように、衣服と鎧を身に纏い、背には大斧を携え、紺色の外套を身に付けていた。身のこなしも優雅で、本当に魔族が進化した存在なのか分からないほどにまとまった姿をしていたように思える。背丈もゼイフォゾンと変わりがなかった。魔神は自分の事をシャレードと名乗っていた。シャレードはゼイフォゾンの姿をまじまじと見てから、深くため息を吐いた。仮面で覆われていて素顔は確認できないが、雰囲気は怪しかった。とは言っても、ゼイフォゾンも充分怪しかったに違いはないが。ゼイフォゾンは眠らずに済んでいたが、シャレードにも同じ事が言えた。眠る必要がなかったのである。だから、集落の安全を確認するために出歩いているのであった。シャレードはゼイフォゾンの事を一振りの剣だと見抜いていたが、皇国レミアムの人間とは違って、偏見も差別もしなかった。それは、ゼイフォゾンにとってありがたい話であった。ゼイフォゾンと魔神とは似て非なるものなのかもしれない。シャレードは皇国レミアム正規の軍に入る魔神らしく、その強さは計り知れないものがあった。しかしエミリエルほどの圧迫感はなかった。シャレードが初めて口を開いた。


「一振りの剣という名で呼ぶのは止そう。真の名を訊こう」

「ゼイフォゾン……これは私が生まれた時に思い出した名だ。貴殿の名は?」

「シャレード・ヘンドリクス。この集落を守護する魔神だ。魔神にも階級があってな、私は上級魔神でこの集落のみならず、戦争となれば前線を指揮する役目も持っている」

「皇国レミアムの部隊を指揮するのがお前のような存在であれば、確かに他の国は勝てる訳がない。将軍はどうしている?戦争の陣頭指揮を取ったりしないのか?」

「しない……神聖ザカルデウィス帝国とエギュレイェル公国との外交に忙しいのでな」

「大国ならではの話だな。ここは本国から近いのか?」

「馬を駆れば一日で着くであろう。しかし、ゼイフォゾン……良いのか?貴殿は本国では歓迎されないぞ。それも我々魔神のなかでも貴殿の事を快く思わない者たちもいる。私は貴殿を歓迎するが、私のような魔神は一握りだと考えたほうがいい。人間に限っては、貴殿を処分した方が良いと考える者もいる。エミリエル将軍は庇ってくれるだろうが、他の将軍も同じとは限らない。それでも行くのか?」

「あぁ、私は真実に触れなければならない。生まれた理由も知らないまま、終われないのだ。魔神であるお前なら分かってくれるであろう。力と永遠の命を最初から与えられた、そして決して破壊できぬ肉体と苦悩だけが残るのだ。私は生まれながらにして破滅を招く存在なのだ。私は何も役目を与えられてないばかりか、友をゲイオス王国に残している。お前は魔神でありながら皇国レミアムに忠誠を誓っている。何故だ?そこまでゴーデリウス一世とは強大なのか?」

「強大にして無辺、古代文明覇者。それがゴーデリウス・レミリアム・ガイオゾンという存在だ。エミリエル将軍の父にして、皇国レミアム最強の君主。我々はその圧倒的な力と巨大な器に屈服したのだ」

「そうか……なるほどな。七英雄という言葉をよく聞くようになったのだが、それはどんな存在なのだ?私はその存在をよく知らない。そのゴーデリウス一世はその七英雄最強の存在とも言っていた。英雄が七人もいるのだろう?」

「違う。この世界で神を凌駕している者たちが七柱いる、それが七英雄だ。順に話していこう……七英雄は確かに七柱存在したが、そのうちの三柱は知られざる決戦という戦いで戦死している。そして残りの四柱は世界に霧散していった。それ以前に百年戦争という戦争があったというのも伝えておく。その戦争は四千年前に起こった。その戦争を圧倒的な力で終結させたのが七英雄という人外だ。今、残っているのは、デスロード、ドラゴンロード、ナイトロード、デーモンロード。デスロードがゴーデリウス一世の事を指す。かつての力をそのままに、彼らは国を作り上げ、大きくした。それが皇国レミアムであり、神聖ザカルデウィス帝国であり、エギュレイェル公国なのだ。その七英雄という括りのなかでも最強と謳われているのがデスロード、帝王ゴーデリウス一世だ。ここまでで分からない事はあるか?」

「いいや、ない。そうか……このコル・カロリという世界はそれほどまでに大きい歴史があるのだな。ありがとうシャレード。この世界の枠組みが少々分かったような気がする」

「皇国レミアムには気を付けて行くといい。エミリエル将軍だけではなく、きっと元帥ゼウレアーも分かってくれるだろう」


 シャレードは心優しい魔神であった。ゼイフォゾンはシャレードに感謝していた。話をしていたらもう朝になっていた。集落の住人たちは起きだしていて、各々が仕事をしに散らばっていった。シャレードは集落の外に出ていた。何かを感づいたのか、背負っていた大斧を抜いていた。ゼイフォゾンはシャレードを心配したが、後ろからエミリエルが近づいてきた。そして、洞窟の魔族と魔神が復讐しにやってきたのだと話した。ゼイフォゾンはシャレードの援護をしに行くべきだと考えたが、エミリエルがそれを阻止した。シャレードは負けないと言っているのだった。だが、相手は魔神と魔族である。それは分が悪いのではないかとゼイフォゾンは心配した。しかし、洞窟で会った魔神は下級の魔神だから、シャレードが負ける事はないと言って、エミリエルは聞かなかった。ゼイフォゾンはエミリエルの頑なな姿勢には少々辟易していた。シャレードはあんなに心優しかったのに、魔神でさえもあんなに心遣いができたのに、一国の姫はどうだろうと。しかしそんな事を考えても仕方がなかった。エミリエル自身は自分の不器用さにも辟易していた。ゼイフォゾンの頼みは全て叶えてあげたいが、それはできない。本国の帝王ゴーデリウス一世が全てを話してくれるまで待たなければいけないし、自分の知っている事は数少ない。皇女と言えども、何もかもを教えてくれたわけではないのだ。だから、エミリエルはもどかしさでいっぱいだった。

 集落の世話人が、馬の世話をしていた。二頭とも体力は充分に回復したようで、いつでも出発できる状態に整っていた。ゼイフォゾンはエミリエルの気持ちを察する事はできなかったが、それをする暇がなかった。エミリエルは馬に跨り、ゼイフォゾンもそれに続いた。ふたりは集落を後にした。シャレードが見えた。シャレードは復讐に来た魔神と魔族を殺戮した後で、返り血を浴びていた。そのシャレードの姿はまさに魔神といったもので、恐ろしかった。このような魔神が本国に行けば当たり前のようにいる。このドグマ大陸の国にはティア王国以外行ったが、それは本当に凄まじい国なのだろう。将軍も数多く、エミリエル以上の強さを誇る者まで存在している。遂に辿り着く事ができるのだ。ゼイフォゾンは恐怖を拭うのに必死だった。ゼウレアーという元帥は味方してくれるとシャレードは言っていた。何故なのだろうか、そこまで自分の事を知っているということでいいのだろうか。ゼイフォゾンはわけが分からなくなってきていた。


「シャレードから聞いたぞ。エミリーの父上は私の思っていたよりも偉大な存在らしいな!」

「そうじゃ。妾はその力を濃く受け継いだのじゃ……シャレードはどこまでお前にどこまで教えた」

「できる限りの事は順を追って教えてくれた。百年戦争の事も、七英雄という存在の何たるかを。しかしその力を身に染みて感じた事はない。本国に行けばその何たるかを教えてくれるのだろうな!」

「そうならないように無礼を働く事は止すのじゃ。妾の父上の力はお前の想像を絶する」

「不可思議な事を言うのだな。また教えてくれないつもりか!」

「残念じゃが、事の顛末は妾でも分からぬ!」


 エミリエルはこのまま休まずに本国に向かうつもりでいた。いつまで経っても休憩を取らないエミリエルにゼイフォゾンは軽く不信感を抱いていた。何をそんなに急ぐ事があるのだろう。このままでは馬が疲れ果ててしまうのではないか。だが、それでも止まらなかった。不思議と馬は疲れを知らず、そのまま走っていた。時間が経つのが早いと感じていた。走っても走っても本国の門が見える事がなかったが、エミリエルは諦めないでいた。ゼイフォゾンはそれに淡々と着いていくだけになっていた。しばらくして、本国の門がチラついてきた。その城塞都市の規模はシュテーム連邦王国のそれよりも何十倍はあるであろう。この規模になってくると、確かに大国である。奥の塔らしきものが城であるとエミリエルは語った。正確には塔ではなく、城の規模が大きいだけだとも言っていた。そして、遂に本国の門まで辿り着いた。その門も巨大だった。門番を守っていたのは魔神が二体だった。魔神はどちらも上級魔神で、皇国レミアムの門をより強固にしていたのであった。魔神はエミリエルを認めると、敬礼をした。ゼイフォゾンを見ると、仮面越しでも分かったが、冷たい眼差しを向けていたのが確認できた。


「ダキオン、アマイモン。その門を開け……一振りの剣も一緒じゃ。エルフェレイム城まで行きたい。父上も承知じゃろう」

「はっ!……アマイモン、門を開け」


 アマイモンが門に手をかざすと、不可解な力で門がゆっくりと開いた。門が開いたその時、ゼイフォゾンは言葉を失った。その広大な街である。魔族だけでなく、魔神も普通に歩いている。人間もそれに負けず、忙しく動いている。その場所はまさしく、正しく、魔と人が真に共存している世界であった。店も、酒場も、数多くある。家も大きいのが多い。人口密度が桁違いなのだ。活気のある事は言わずもがな、巨大な教会、礼拝堂、水路、路地、とにかくインフラ整備が行き届いていた。ゼイフォゾンとエミリエルは馬から降りた。そして、一番広い街道に行った。そこでは老若男女、誰もがいた。そこの街道の中央に石でできた塔があった。そこに刻まれていた文字は、ゼイフォゾンの心を著しく傷つけるものであった。


「太古に二つの神あり。そこから生み出された物質、聖遺物として降臨せん。その聖遺物、決して触れる事能わず。しかし人間の過ちがあった。その過ちは命を塵芥と化した。そして神話は終焉を迎え、一振りの剣が生まれる事となった。その名は語る事を許されず、大罪である。原罪である。皇国レミアム、我等は学ばなければいけない。決して大いなる望みを捨ててはならない」


 ゼイフォゾンの事を言っているようなものであった。それを見たゼイフォゾンは、いよいよ本格的に人間不信になっていた。皇国レミアムでは自分の名を、ゼイフォゾンの名を語る事すら許されていないのだ。それをしただけで大罪なのだと。エミリエルはゼイフォゾンの顔を覗き込んだ。その表情は悲しみに満ち溢れていた。あんまりではないか……この世に生まれて、自分の真実を確かめにやっと皇国レミアムに辿り着いたというのに、自分はいてはならない存在であったのかも知れない。街道を歩いていた。憂鬱な表情を崩さず、エミリエルの後を付いていった。エルフェレイム城という城はまさしく巨大、おおよそ人間のみの建築ではこうはならない。魔族も総動員して建造したのだろう。豪華絢爛な装飾、細かいところまで完璧な城であった。この城の玉座にはあの七英雄最強の古代文明覇者、帝王ゴーデリウス一世がいる。エミリエルが通るところには必ず道ができていた。そして、城門まで辿り着いた。だが閉じてはいなかった。このまま入ればいいだけであった。ふたりはゆっくりと、確実に歩を進めた。

 城の内部こそが豪華絢爛を誇っていた。衛兵という衛兵は全員魔神であり、それを統括するのがゲイオス王国の将軍に匹敵する力を持つ人間で、それは壮観であった。皇国レミアムの戦力は途方もなかった。ドグマ大陸最大にして最強の国らしく、戦力は強大極まりなく、ゼイフォゾンは己の見識を改めていた。こういった戦力と民を束ねる君主こそが皇国レミアムの最初にして最後の帝王ゴーデリウス一世。それに従う将軍たち、そして元帥。考えるだけで疲れる内容である。エルフェレイム城の構造は複雑で、玉座の間までは少し遠かった。エミリエルが通る道は全て空けられていた。そして途中に一際目立つ人間が立っていた。その出で立ちはまさしく将軍といった様子で、エミリエルと丁度対になるような姿をしていた。


「エミリー!久しぶりだな!お前また家出したんだったな。どうだった?シュテーム連邦王国とゲイオス王国にも行ってきたんだろ?」

「アルティスや、ゼイフォゾンがいるのじゃ。あまり気軽に話すのは……」

「一振りの剣と一緒か。本当に連れてくるとは思わなかったぞ……ゼイフォゾンって名前があるんだな。あぁ、兄上なら玉座の間で待っているぞ。帝王も一緒だ。俺は同席したいが、サリエッタとデルティーナに行く用事があるんだ。じゃ、またな!」

「これで将軍格はふたりいなくなるわけかの。まったく……気楽な奴じゃ」

「さっきの人間も将軍なのか?」

「アルティス・ジ・オード将軍。将軍のなかでは武力において比類なき人間じゃ。そして、皇国レミアムの武の象徴の片割れじゃ。おそらく人間という括りの中でも頂点を極める武を有する男じゃ」

「そんな男がいるのか……エミリーはそのアルティスに勝てるのか?」

「妾では足元にも及ばぬほど強い。いや、強いという言葉では足りぬ。妾の知っている人類の中では間違いなく最強の存在じゃ。自分の兄である元帥ゼウレアーを超えている将軍はあのアルティスだけじゃ」

「そうなのか……なるほどな。その他にもそれほど力がある将軍が存在するのか?」

「皇国レミアムの将軍にもなれば、世界を震撼させるほどの力を持っている者が当たり前のようにいるのじゃ。妾など氷山の一角にすぎぬ」


 もうすぐ玉座の間だった。空気が重くなってくる。気が流れてくるのが分かった。それも尋常ではないほどに……まるで玉座の間の空間だけが別のものになっているかのようであった。それを放っている者の正体は元帥ゼウレアーであった。玉座に座っているゴーデリウス一世は静かであった。エミリエルはゼイフォゾンを連れて、そこへと足を踏み出した。玉座の間には元帥ゼウレアーのみならず、軍師と思わしき男がひとりいた。メルアーラという名の錬金術師である。エミリエルはゼイフォゾンから離れ、自分の定位置である椅子に腰を落とした。その空間は荘厳だった。帝王ゴーデリウス一世は目を閉じたままぴくりとも動かなかった。だが、その佇まいはまさしく神であった。ゼイフォゾンは一歩前へ出ると、跪いた。元帥ゼウレアーが口を開いた。その声は不思議と安心感を覚える声で、ゼイフォゾンは恐怖心よりも安堵の気持ちが強く出ていた。ゼウレアー・ジ・オード……ゴーデリウス一世が存在していなかったら、間違いなく王の器であるとエミリエルは前に言っていた。その圧倒的な存在感はゼイフォゾンを飲み込んでいた。そして、帝王ゴーデリウス一世もその目を開いた。その目は銀色に輝いていた。


「一振りの剣よ。名を名乗れ」

「ゼイフォゾン……」

「ゼイフォゾンか。ゴーデリウス様、確かにこの男はゼイフォゾンと名乗りました。ゴーデリウス様の想像していた通りの力を持っていると思われます。姫様は仕事を果たしました」

「そうか……ならば汝の本当の名を教えねばなるまい」

「本当の名前?」

「ゼイフォゾン・ディア・ミレニア。それが汝の本当の名だ。余はゴーデリウス・レミリアム・ガイオゾン……この国の真の大罪を犯した者であり、汝を降臨させたきっかけを作った者である。余は汝と出会うのを待っていた。数千年の時を経て、こうして邂逅できた事を、まずは喜びたい。ゼイフォゾン・ディア・ミレニア……改めて汝を歓迎する。皇国レミアムで更なる力を蓄えておくとよい」

「は……はっ!」

「ゼイフォゾンよ。頭を上げよ、ゴーデリウス様の威光によりお前は許された。このエルフェレイム城の案内はこのゼウレアーがしよう。お前は真実を知りにここに来たのだろう?ならば、それを含めて街を案内させる。その役目はサリエッタにしてもらおう」

「妾ではないのだな、ゼウレアー」

「姫様はここで大人しくして欲しいのです。家出されては困りますので」

「まったく……」


 ゼイフォゾンはゼウレアーの得体の知れなさに驚愕していた。ゼウレアーは人間に見えるのに、人間とは別の存在感を放っていた。魔神ともまた違う。エミリエルと同質なのか何なのか……ゼイフォゾンには読めなかった。ゼイフォゾンは立ち上がった、そしてゼウレアーと一緒に城を見て回った。それ以前にゼイフォゾンはある考えを巡らしていた。帝王ゴーデリウス一世は自分の事を大罪人と言っていた。そして許されたとも言われた。何をどうしてそうなっているのであろうか。ゼイフォゾンは深く考えていた。ゼウレアーはゼイフォゾンの気持ちを瞬時に理解していた。だから、あえて何も言わなかった。またゼイフォゾンはゴーデリウス一世と邂逅するであろう。徐々に真実が明らかになっていくであろう。その時が来るまでは何も言わないでおくのが正解だと認識していた。ゼウレアーはゼイフォゾンをある部屋に連れていった。その部屋は客室と呼ぶには豪華で、ただ部屋と呼ぶには広すぎた。ゼウレアーはここで過ごしていいと言っていた。ゼイフォゾンは面食らっていた。もっと邪険に扱われると思っていた。ここでゼイフォゾンを待ち受けるのは、いったいどのような真実なのだろうか。それを知るのは、帝王ゴーデリウス一世のみであった。ゼウレアーは、案内は終えたとして、また玉座の間に戻っていった。ゼイフォゾンはため息を吐いた。そして、未来を憂いた。
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