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~皇国レミアムへの道~

~皇国レミアム復活編~ 黒獄

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 ゼイフォゾンはハーティー共和国を出て旅をしていた。シュテーム連邦王国へ。シュテーム連邦王国、この国は皇国レミアムの次に規模が大きい国で、通称、魔剣士たちの国とも呼ばれている。つまり、魔術と剣術を両立させた独特な戦い方をする者たちの国であるという事になる。この国は強大であると同時に、ゲイオス王国に対して唯一優勢に立ち回れていた。ゲイオス王国には三人の将軍がいたが、それらが全てを変えるほどこの戦争は甘くはなかった。シュテーム連邦王国には一人用心棒がいるという噂で、その用心棒がこれまでの戦況をひっくり返したと言われていた。ゼイフォゾンは情報収集に努めた。同じく旅をする者たちとの交流を経て、シュテーム連邦王国という国がどのような国なのかを知った。その旅の途中で、思わぬ再会を果たした。ガトランである。ゼイフォゾンを追いかけてきたという事であった。ハーティー共和国からわざわざ走って追いかけてきたというのである。流石はスパルタンの兵士、体力は充分にあるようである。だが問題はそこではなかった。これからの旅は試練である、かなりの苦難を伴うであろう。この皇国レミアムへの道はガトランを守りながら歩めるとは到底思えない。ゼイフォゾンはガトランの身を案じた。この先何が起こっても自己責任で、この先死ぬよりも辛い経験をするであろう事を伝えた。ガトランはそれを了承した。ガトランにはゼイフォゾンの行く先を見届ける役割があった。その役割を放棄する訳にはいかなかったのだった。ドグマ大陸で皇国レミアムに次ぐ国までは、かなりの距離を歩かねばならなかった。

 薔薇の野が見えた。ここはゼイフォゾンが目覚めた場所である。思えばここから全てが始まったのだ。ここがシュテーム連邦王国とハーティー共和国の間にある野である事を知ったのは最近である。この野で起きた戦争はゲイオス王国とシュテーム連邦王国の戦争である事を知ったのも最近である。その戦争の行方は、引き分けであった。両者痛み分けという事である。かなりの規模の戦争だったようで、そこにはゼハートという将軍とゼイオンという将軍がゲイオス王国の軍勢にはいた。そしてシュテーム連邦王国には噂されている用心棒が存在していたという。両者一歩も譲らず、結果的には両者の拠点が同時に潰された事で戦争は一旦終結したと言われている。聞けばその戦いは熾烈を極め、突如として天から光が差し込み、一振りの剣が降臨した事で状況は一転。それの争奪戦と化したとも言われていた。ゼイフォゾンは察した。それは自分の事ではないかと。自分が原因で戦争が激化したならとも考えると、心が痛んだ。自分のせいで人が狂っていく。あのヘヴィン将軍にも言える事である。あの男は狂っていた、自分の力が原因で。ゼイフォゾンはこの薔薇の野を見て、そしてそこに広がる死体の山を見て祈った。どうかこの戦争が自分の死によって平和になりますようにと。そう、ゼイフォゾンは悩んでいた。死のうとしても死ねないのである。自分に目覚めた力を、自分に向けてみたが何の効果も得られなかった。彼はこの事について深く思い悩んでいた。まるで死神のような力を、ただ振るうだけの何の力もない己に絶望していた。

 しかし幾ら絶望を重ねても事態は好転しなかった。自分が一振りの剣と呼ばれる事に答えを見つけなければいけなかった。何故、一振りの剣なのか。それについてガトランに聞いてみたが、ガトランはヘヴィン将軍に聞かされた事以外は何も知らないと答えた。シュテーム連邦王国は魔剣士の国。この国ならば何か知っている者がいるかも知れない。ゼイフォゾンにとっては一縷の望みをかけた旅なのであった。だが、この旅路を邪魔する者も存在した。シュテーム連邦王国の周辺に点在する山賊たちであった。ガトランはこの山賊たちを見事に片付けるほどに強くなっていたが、それ以上に、ガトランはゼイフォゾンの力に驚いていた。ゼイフォゾンの生と死の概念を吸収する力は絶大で、あらゆる障害を消し去るには充分であった。その力を使う度に、ゼイフォゾンは己の力が強化されていくのが分かった。そして、ゼイフォゾンの鎧の漆黒は禍々しさを増していき、遂にはある剣を召喚する事が可能になった。長剣であったが、その偉容と神々しさ、禍々しさは他を追随する物のない、比肩するものがないほど圧倒的な存在感があった。その剣を発現させたのは最近であったが、それを使う気にはなれなかった。ガトランは、ゼイフォゾンの悩みはその力にあると仮定して、話しかけた。


「ゼイフォゾン、お前のその力を、お前はどうして拒むんだ?お前のその力には何らかの意味があるはずだ。お前のその力が闇に彩られているのは分かる。でも、お前まで心を闇に置き去りにする必要はないはずだ。お前はその力を使えばお前自身が別の何かになると思っているようだが、それは違う。お前はいつものゼイフォゾンだ。優しいゼイフォゾンなんだ。俺の言っている事は分かるか?」

「分かっているガトラン。しかし、この力は私には過ぎたるもののように感じてしまうのだ。あらゆる生と死の概念を覆し、それを喰い尽くし、己の力にする。こんな事が許されていいのだろうか。私には分からない。だが、お前の言う通りだとして、この力に何らかの意味があるとして、それを理由に振るっていいものなのであろうか。これでは暴虐の限りを、私は尽くしてしまうかも知れない」

「そんな事にはならないさ。俺はお前を見ていたが、楽しんでその力を使っている様子なんか見たことがない。俺が言いたいのは、お前がまだ悪人ではないという事さ。お前の魂が悪に染まっていない限り、お前はその力を正しい方向に使える。俺はそれを信じている」

「ありがとう。ガトラン」


 ゼイフォゾンが優しいように、ガトランも優しかった。このガトランも苦悩していた。ゼイフォゾンの力が増していくに連れて、自分も闇に取り込まれてしまうのではないかと。だが、それは力を使うゼイフォゾンがいつもの優しいゼイフォゾンだったからこそ成り立つ苦悩でもあった。この苦悩は一生抱えてついてくるものだと、ガトランは認識した。そうすることで、心を平常に保っていた。ゼイフォゾンもガトランの苦悩を感じ取っていた。己の力が原因で心を病んでいるのではないかと思ってもいた。それは杞憂であった。それはそれで良かった。互いの関係は危うくはあったが、確かな友情で結ばれていた。ゼイフォゾンはイゼベルの言葉、最期の言葉を思い出していた。頼むと言われたのだ。何があっても守らなくてはいけない。今のガトランはオーガンを超えるほど強くなっていた。なので子供扱いする事はしなかったが、何か差し迫った危険が二人を襲うようなら、この身を差し出してでも守ってやろうと決意していた。

 その決意は固かった。ガトランもゼイフォゾンが二度と囚われの身にならぬように守ってやるつもりであった。その相互協力が、お互いの危険を守っていたし、これからもそうなっていた。シュテーム連邦王国への道のりはまだ続いていた。その間に山賊に度々襲われたが、これらもガトランの見事な剣術とゼイフォゾンの絶大な力が効果を発揮していた。見事な息の合わせ方である。ゼイフォゾンは自らの召喚する長剣を扱うようにもなった。彼の剣術はガトランのそれを上回っていた。誰に訓練された事もなく、教わった経験もないのに、ゼイフォゾンの剣術は神業のそれであった。その長剣は生と死の概念から命を解き放つ力を持っていた。対象を歴史から抹消させ、終わりと始まりを逆転させて始まりと終わりに変化させてしまう力を持っていた。ゼイフォゾンはこの長剣の力を無意識だが理解していた。その剣に触れた者がたちどころに消滅していくのである。彼はこの長剣の力を決して悪用してはならないと決心した。そして間髪入れずに新たな敵に遭遇した。魔族であった。それは醜悪な姿をしていて、ひとえに魔族と言っても下級の存在である事は確かであった。ガトランにとっては初めての魔族との戦闘であった。


「人間が引っ掛かったな。そうじゃない者もいるようだが、まぁいい。俺たちの餌になってもらうぜ、久々の人間だ……」

「ガトランに手を出す者は許さん。来い、私が相手になろう。下等生物」

「おい、ゼイフォゾン。俺は魔族相手でも怯まないぜ。何なら頼ってくれ」

「しかし……」

「やらせろよ。死にはしないさ」

「分かった。だが無理はするな。下がれる時に下がれ、良いな?」

「あぁ、分かった」


 魔族は変幻自在の攻撃を繰り出してきた。その攻撃力はガトランの予想を上回っていた。しかし、ガトランも止まらない。そしてようやくガトランの攻撃が届いた。魔族には効果があったようで、ガトランの剣は綺麗に魔族の腕を斬り裂いた。しかし、魔族はその腕を再生した。魔族には再生能力がある。これに対抗するには神官の加護を受けた特別な武器が必要になる。ガトランはそれを分かっていなかった。ハーティー共和国には神官という役職さえ存在しなかったので、魔族と戦になる事もなかった。その為の防護策を用意できる訳もなかった。仕方なかった。ガトランはこれ以上の戦いは無理だと判断して、前衛をゼイフォゾンに任せた。ゼイフォゾンは長剣を召喚した。その姿に魔族は恐怖した。ゼイフォゾンの放つ殺意は凄まじいものがあった。魔族すら相手にならないほどの威圧、それは明らかにゼイフォゾンが魔族ではない事を証明していた。別の何か、別の存在である事を、ガトランは認識した。もしも一振りの剣ならば、これは可能な事なのかも知れない。そう考えさせるほどに。

 ゼイフォゾンは長剣を一閃した。すると魔族は消え去った。圧倒的な力でゼイフォゾンは魔族を一蹴した。この有り様にガトランはある意味、ゼイフォゾンに恐怖した。もしかしたらこの男の宿命に自分が乗ったら、もしかしたら取り返しのつかない事に巻き込まれるのかも知れない。そう思わざる得なかった。しかし、この男の道に自分で選択をして、着いていくと決めたのだから。この旅路の行く末を見届けると決めたのだからと言い聞かせた。そうする事で、区切りを付けていた。それはこのガトランという男の信念そのものであった。だからこそ、ゼイフォゾンを守ると決意していた。今回は守られたかも知れないが、いつかそれに値する男になろうと、努力していた。それをするには先ず、シュテーム連邦王国にたどり着く事が先決であった。

 シュテーム連邦王国までたどり着くにはまだまだ時間が掛かりそうであった。なので、ゼイフォゾンとガトランは野宿をする事にした。山岳地帯に小さな小屋があったので、そこで寝泊まりする事にしたのだった。その小屋で、ゼイフォゾンは眠らなかった。そもそも眠る必要が、彼にはなかった。なので寝ない事にしていた。一日に数回山賊に出くわした。そして魔族とも戦ったので、さすがのガトランも眠った。疲れていたのだ、純粋に。それはゼイフォゾンもだったが、時間が経つにつれて回復していくのが手に取るように分かった。いよいよ自分が人間でない事を悟ると、心苦しくなった。ガトランには自分の存在が重荷になっていないだろうかと。心配していた。イゼベルとの約束、オーガンとの誓いを守らなければいけない。みすみす見捨てるような真似はしないが、それでも安心はできなかった。自分が一振りの剣である証拠など今の所見つかっていない。しかし、皇国レミアムに着いたらどうだろう。彼はガトランにこれ以上、自分の事について悩ませるのは気が進まなかったのである。だが、今そんな心配をしていても仕方がなかった。星空が綺麗だった。この星々が、自分たちの旅を加護してくれる事を祈った。出会った事もない全能の神に。

 夜が明けた。その陽射しは強かった。ガトランが起きてきた。疲れは残っているようであった。


「おはよう、ゼイフォゾン。今日も眠らなかったのか?」

「私には元来眠るという行為そのものがないらしいな。疲れているならまだ休んでいていい、どうする?」

「そうさせてもらうよ。おい、ゼイフォゾン。火を起こしてくれ。コーヒーが飲みたい」

「分かった」


 ゼイフォゾンは言われた通りに火を起こしに行った。そして松明をくべるとみるみるうちに炎が上がった。そこにガトランがやってきてゼイフォゾンに話しかけた。


「なぁ、ゼイフォゾン。俺はこれまでハーティー共和国での訓練場にしか世界がなかった。そこにやってきたのがお前さ。俺は感謝してるよ。父さんも母さんもあんな事になって悲しいが、お前に出会えた事で世界が広がった。見る視点と角度が変わったのさ。俺はお前に出会っていなければ、あのヘヴィン将軍の操り人形だった。一つ聞いておきたい、ヘヴィン将軍はお前が殺したのか?」

「……そうだ」

「そうか」

「聞きたいことはそれだけか?」

「それだけさ」

「コーヒーを淹れよう」


 ゼイフォゾンは麻袋からコーヒーの粉を取り出し、鍋に水を入れ沸騰させて粉を入れた。これ以上はガトランは何も聞かなかった。ゼイフォゾンは思案した。これからの旅路は必ず戦争に巻き込まれる事になるであろう。ガトランの体力は持つであろうか。無理をさせていないだろうか。もしも、無理をしているようなら、この小屋でもうしばらく休んでいてもいい。しかし、ガトランも思案していた。ゼイフォゾンは自分の無尽蔵の体力を仇として見ていないだろうか。自分が原因で速度を遅くしていないだろうか。お互いがお互いに気を使っていた。それはそれで当然であった。ゼイフォゾンは心を疲れさせているし、ガトランは物理的な体力に限界が近づいていたし、それぞれが限界を迎えそうな雰囲気であった。その気の使い方も友情あってのものでもあった。その事について、お互いは分かっていた。そして、二人はコーヒーを飲んでいた。朝は冷えた。この熱い液体が心と体を回復させていくのが分かった。ガトランはほっと一息吐いた。ゼイフォゾンも一息吐いた。ここにオーガンがいたらどんなに楽しい野宿だっただろうかと思った。それは一生叶わない夢であったが。だがそう思うのも仕方がなかった。この旅に一服の清涼剤が欲しかったのは事実である。

 ゼイフォゾンとガトランは、小屋を後にした。荷物を持ったのはゼイフォゾンであった。彼は怪力を獲得していた。そして圧倒的な防御力を獲得してもいた。あらゆる攻撃を受けても無傷で生還してくるほどに。そして殴れば山賊の内臓を破裂させる事ができた。顔を殴れば頭蓋を砕いて貫通させる事など容易かった。ゼイフォゾンはガトランの事を守るには充分過ぎるほどの力を有していた。なので、荷物を持つ事もゼイフォゾンが進んでやっていた。ガトランは腰に剣をぶら下げるだけで良かった。ゼイフォゾンの進化は留まる事を知らないようであった。ガトランにはそれが恐ろしかった。あんなに純真無垢で何も知らなかった者が、今や化け物と呼ぶにもおこがましい何かになっていく。この姿を見たオーガンは何と言うのだろう。やはり化け物として扱うのだろうか。それは違うであろう、恐らくオーガンもゼイフォゾンをゼイフォゾンとして見ていたであろう。そう思う事で、ガトランは己の恐怖心を消していた。

 シュテーム連邦王国まであともう少しであった。その道の途中で、けたたましい足音がした。シュテーム連邦王国と皇国レミアムの戦場に巻き込まれたのである。剣と剣がぶつかり合う音、鎧と鎧がぶつかり合う音、槍で心臓を貫く音、血が飛び散る音、殺戮の音楽が道を支配した。ゼイフォゾンは荷物を置いて、ガトランを守った。ガトランはこれからシュテーム連邦王国に向うのだから、敵は皇国レミアムにしておいた方がいいと忠告した。小規模な戦闘だったので、恐らく小競り合い程度の戦いであろう事は見て取れた。この先はシュテーム連邦王国に拠点を置く事になる。なので、敵を皇国レミアムに主眼を置くと、ゼイフォゾンは無慈悲にもその漆黒の腕をかざした。目に写る者全てを捉えると、そのまま生と死の概念を吸収した。皇国レミアムの兵士はその場で消滅し、この小競り合いはシュテーム連邦王国に軍配が上がった。その有り様を見ていたやたら露出度の高い女が、ゼイフォゾンの力に興味を惹かれたようで寄ってきた。ガトランは剣を抜こうとしていたが、ゼイフォゾンがそれを制止した。その女は刀を持っていて、背には斬馬刀を差していた。この女が只者ではない事が、ゼイフォゾンには分かった。その女は喋りかけた。その口調は小難しく、見た目にそぐわない印象を持たせた。


「お前たちの協力に感謝しよう。じゃが、お前の名を知らん。お前の名は何かえ?」

「私の名はゼイフォゾン。こちらは旅の友のガトラン。これからシュテーム連邦王国へ入国しに行くところだった。お前の名は何だ。こちらが名乗る前にお前から名乗るのが筋ではないのか?」

「そうじゃな。妾の名はゴーデリウス・レミリアム・エミリエル。皇国レミアムの第一継承者、帝王ゴーデリウスの一人娘じゃ。じゃが、妾は今シュテーム連邦王国に手を貸しておるのじゃ。ある理由があっての。ゼイフォゾンとガトランよ、妾がお前たちを歓迎しよう。着いて来るがいい」

「分かった。協力に感謝しよう」


 このエミリエルという女の容姿は美麗であった。その美しさは他を圧倒していて、はち切れんばかりの豊満な肉体を惜しげもなく隠さずに歩いていた。その髪は黒く、絹のような肌で、特殊な服を着ていた。この超絶的な美女にシュテーム連邦王国の兵士たちは後を着いていった。この女はカリスマ性そのものが歩いているようなものであった。シュテーム連邦王国まであと山を一つ越えれば良かった。エミリエルはゼイフォゾンの姿を見ても驚かなかった。むしろ見慣れているような素振りを見せていた。ガトランはエミリエルの美しさに目を奪われながらも、心を平常に保とうと努力していた。ゼイフォゾンはシュテーム連邦王国に一つの鍵があると予感していた。自分の正体を知る一つの手掛かりがあると予感していた。それは確かであったが、同時に不穏な空気が、その場を支配していた。
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