6 / 20
「勝利の女神の塔」編
1-1.思いがけない依頼主
しおりを挟む
冒険者ギルドの重い木の扉を開けると、まだ昼間だというのに、暗い室内からは強い酒の匂いが漂ってくる。
金貨を積み上げて仕事の余韻に浸っている奴、新しく手に入れた得物を自慢している奴、妖しいくらいの美女を口説いてる奴。
いろんな奴らがいるが、共通しているのは、ここにいるのは誰も彼もがそれなりの腕の冒険者だってことだ。
「よお、"ワンダー"! 久しぶりだな。仕事か?」
見知った顔の冒険者が声をかけてくる。そいつを聞こえないふりで無視してさっさと奥に進み、カウンターで受付嬢にこう言う。
「ギルドマスターに呼ばれてる。俺が来たと伝えてくれ」
猫耳をピンと立てた獣人の受付嬢は、にこりと笑って奥に入っていった。彼女はすぐに戻ってくると、二階に上がっていつもの部屋で待っていてください、とやはり笑顔で言った。
いつもの部屋、とは、このギルドに属する冒険者の中で「VIPルーム」と呼ばれている、ギルマス専用の応接室だ。
頷いて応えた俺は、階段に向かおうとする。そこへ、聞きなれない声がかけられた。
「おい、なんだ? その指環。上等そうじゃねえか。ちょっと貸してみろよ」
その声の主は、脇のテーブルから立ち上がって近寄ってくる。髪を汚く伸ばした髭面の醜男だ。それなりに体は大きいが、装備の質や歩き方を見れば、実力の程度はわかる。
「おい聞いてんのかよ、黒髪のお前だよ。そんなか細いでなりで本当に冒険者かよ。それに頭までトロいのか? いいからそいつをーー」
次の瞬間、奴の顔面は床に食い込んでいた。
伸びてきた手を掴んで捻り上げて足を蹴り飛ばし、重心の移動を利用して投げ転ばしてやったのだ。
誰がトロいって? 知らない奴とグダグタ話すのが好きじゃないだけだ。
倒れ込んだ男は、歯が何本か折れたらしく、結構な血が流れている。これでもうおしゃべりは無理だろう。
「馬鹿な奴だぜ、あの新入り。ワンダーにちょっかい出すなんて」
「まったくだ、やったらやり返されるだけなのにな」
「おいねーちゃん、そいつ片付けてくれ。酒が不味くなるからよ」
今の光景を見ていた冒険者達から文句を言われ、慌てて受付嬢がカウンターから出てくる。俺は彼女にチップを払って後を任せると、今度こそ二階に上がっていった。
***
俺がこの異世界に飛ばされてきたのは、もう何年前のことだったか。
自分ではどうしようもないあるきっかけがあってやむなくそうなったわけだが、その時に俺は、特別な力を手に入れた。これがなければ、今頃はとっくに地面の下で腐り果てていただろう。
ここに至るまでなんやかやあったものの、とにかく俺はその能力を活かして生きるべく、この世界独特の職業である「冒険者」となった。
ギルドに所属し、そこに持ち込まれる依頼をこなして報酬を受け取り、はたまた各地にある謎の迷宮の探索や魔物を倒すことで希少品を得て、稼いでいく。
そんな生と死とが隣り合わせの殺伐とした仕事だが、なんとかやっていけている。
今では、ギルドから与えられる冒険者ライセンスのランクもそれなりに高まり、果ては不本意な二つ名で呼ばれるようになっていた。
これは周りに言わせれば、ありえないほど破竹の勢いの成り上がりだそうで、まあ、やっかみもあるが、俺にとってはそんな名誉も嫉妬もどうでもよかった。
俺の目的は、とにかく元の世界に帰ること。その目的に近づけるかもしれないならばと、こうして気に食わない相手の呼び出しにも応えているわけだ。
「お! お前も呼ばれてきたのか。顔は知ってるが、一緒の仕事は初めてだな。俺はヴィエイラ。この依頼の間はよろしくな!」
部屋に入った俺に真っ先に声をかけてきたのは、浅黒い肌と青い目を持つ鎧男だった。魔人のヴィエイラといえばーー"後継者"ヴィエイラか。
こいつの出身国の伝説的な戦士である"悪魔"カルロスの血筋として、将来を期待されている実力者だ。
普段は名門クラン「白い巨人」のメンバーとして活動しているはずだが、今回の仕事のため、特別に呼ばれたということか。
ヴィエイラの隣には、寡黙な獅子の獣人が座っている。両手で柄を持って切っ先を床に突いている細長い剣には、見覚えがある。
確か、"青き侍"ホンダ。リーダーシップに長けた、東方諸国で十傑に数えられるほどの大太刀使いという評判だ。
俺はヴィエイラに顎で応えて、二人と机を挟んで向かい合う椅子に座り、ギルマスが来るのを待った。
ヴィエイラはそんな俺の態度に肩をすくめて、大きめの鼻歌を口ずさみ始める。やけに陽気な奴だ。
金貨を積み上げて仕事の余韻に浸っている奴、新しく手に入れた得物を自慢している奴、妖しいくらいの美女を口説いてる奴。
いろんな奴らがいるが、共通しているのは、ここにいるのは誰も彼もがそれなりの腕の冒険者だってことだ。
「よお、"ワンダー"! 久しぶりだな。仕事か?」
見知った顔の冒険者が声をかけてくる。そいつを聞こえないふりで無視してさっさと奥に進み、カウンターで受付嬢にこう言う。
「ギルドマスターに呼ばれてる。俺が来たと伝えてくれ」
猫耳をピンと立てた獣人の受付嬢は、にこりと笑って奥に入っていった。彼女はすぐに戻ってくると、二階に上がっていつもの部屋で待っていてください、とやはり笑顔で言った。
いつもの部屋、とは、このギルドに属する冒険者の中で「VIPルーム」と呼ばれている、ギルマス専用の応接室だ。
頷いて応えた俺は、階段に向かおうとする。そこへ、聞きなれない声がかけられた。
「おい、なんだ? その指環。上等そうじゃねえか。ちょっと貸してみろよ」
その声の主は、脇のテーブルから立ち上がって近寄ってくる。髪を汚く伸ばした髭面の醜男だ。それなりに体は大きいが、装備の質や歩き方を見れば、実力の程度はわかる。
「おい聞いてんのかよ、黒髪のお前だよ。そんなか細いでなりで本当に冒険者かよ。それに頭までトロいのか? いいからそいつをーー」
次の瞬間、奴の顔面は床に食い込んでいた。
伸びてきた手を掴んで捻り上げて足を蹴り飛ばし、重心の移動を利用して投げ転ばしてやったのだ。
誰がトロいって? 知らない奴とグダグタ話すのが好きじゃないだけだ。
倒れ込んだ男は、歯が何本か折れたらしく、結構な血が流れている。これでもうおしゃべりは無理だろう。
「馬鹿な奴だぜ、あの新入り。ワンダーにちょっかい出すなんて」
「まったくだ、やったらやり返されるだけなのにな」
「おいねーちゃん、そいつ片付けてくれ。酒が不味くなるからよ」
今の光景を見ていた冒険者達から文句を言われ、慌てて受付嬢がカウンターから出てくる。俺は彼女にチップを払って後を任せると、今度こそ二階に上がっていった。
***
俺がこの異世界に飛ばされてきたのは、もう何年前のことだったか。
自分ではどうしようもないあるきっかけがあってやむなくそうなったわけだが、その時に俺は、特別な力を手に入れた。これがなければ、今頃はとっくに地面の下で腐り果てていただろう。
ここに至るまでなんやかやあったものの、とにかく俺はその能力を活かして生きるべく、この世界独特の職業である「冒険者」となった。
ギルドに所属し、そこに持ち込まれる依頼をこなして報酬を受け取り、はたまた各地にある謎の迷宮の探索や魔物を倒すことで希少品を得て、稼いでいく。
そんな生と死とが隣り合わせの殺伐とした仕事だが、なんとかやっていけている。
今では、ギルドから与えられる冒険者ライセンスのランクもそれなりに高まり、果ては不本意な二つ名で呼ばれるようになっていた。
これは周りに言わせれば、ありえないほど破竹の勢いの成り上がりだそうで、まあ、やっかみもあるが、俺にとってはそんな名誉も嫉妬もどうでもよかった。
俺の目的は、とにかく元の世界に帰ること。その目的に近づけるかもしれないならばと、こうして気に食わない相手の呼び出しにも応えているわけだ。
「お! お前も呼ばれてきたのか。顔は知ってるが、一緒の仕事は初めてだな。俺はヴィエイラ。この依頼の間はよろしくな!」
部屋に入った俺に真っ先に声をかけてきたのは、浅黒い肌と青い目を持つ鎧男だった。魔人のヴィエイラといえばーー"後継者"ヴィエイラか。
こいつの出身国の伝説的な戦士である"悪魔"カルロスの血筋として、将来を期待されている実力者だ。
普段は名門クラン「白い巨人」のメンバーとして活動しているはずだが、今回の仕事のため、特別に呼ばれたということか。
ヴィエイラの隣には、寡黙な獅子の獣人が座っている。両手で柄を持って切っ先を床に突いている細長い剣には、見覚えがある。
確か、"青き侍"ホンダ。リーダーシップに長けた、東方諸国で十傑に数えられるほどの大太刀使いという評判だ。
俺はヴィエイラに顎で応えて、二人と机を挟んで向かい合う椅子に座り、ギルマスが来るのを待った。
ヴィエイラはそんな俺の態度に肩をすくめて、大きめの鼻歌を口ずさみ始める。やけに陽気な奴だ。
1
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
家族で異世界転生!!
arice
ファンタジー
普通の高校生が神のミスで死亡し異世界へ
シリアス?あるわけ無い!
ギャグ?面白い訳が無い!
テンプレ?ぶっ壊してやる!
テンプレ破壊ワールドで無双するかもしれない主人公をよろしく!
------------------------------------------
縦書きの方が、文章がスッキリして読みやすいと思うので縦書きで読むことをお勧めします。
エブリスタから、移行した作品でございます!
読みやすいようにはしますが、いかんせん文章力が欠如してるので読みにくいかもです。
エブリスタ用で書いたので、短めにはなりますが楽しんで頂ければ幸いです。
挿絵等、書いてくれると嬉しいです!挿絵、表紙、応援イラストなどはこちらまで→@Alpha_arice
フォロー等もお願いします!
異世界で引きこもり生活を始めたら、最強の冒険者になってしまった件
(笑)
ファンタジー
現代日本で引きこもり生活を送っていた大学生、翔太。ある日、不慮の事故で命を落とし、異世界に転生する。そこで、美しい女神から「この世界で第二のチャンスを与えます」と告げられ、強制的に「チート能力」を授けられる。翔太は引きこもり生活を続けたいと考え、異世界の小さな村の外れにある古い屋敷に住み着く。翔太は「物質生成」と「魔力操作」の能力を駆使して、屋敷を快適な引きこもり空間に改造し、理想的な生活を送る。しかし、村が魔物の襲撃を受けると、村人たちはパニックに陥り、翔太も不安になるが、彼は自らの能力を使って村を救うことを決意する。翔太の勇敢な行動により、彼は村の英雄として称えられる。その後、翔太は美しい剣士エリナと出会う。エリナは翔太の能力に興味を持ち、一緒に冒険することを提案する。最初は引きこもり生活を続けたい気持ちと、新しい仲間との冒険心の間で揺れる翔太だが、最終的にはエリナと共に旅立つ決意をする。旅の途中で翔太とエリナは謎の遺跡に辿り着く。遺跡には古代の力を持つアイテムが隠されており、それを手に入れることでさらなるチート能力を得られる。しかし、遺跡には数々の罠と強力な守護者が待ち受けており、二人はその試練に立ち向かう。数々の困難を乗り越えた翔太は、異世界での生活に次第に馴染んでいく。彼は引きこもり生活を続けながらも、村を守り、新たな仲間たちと共に冒険を繰り広げる。最終的には、翔太は異世界で「最強の冒険者」として名を馳せ、引きこもりと冒険者の二重生活を見事に両立させることになる。
アラサーが異世界転生して新たな人生謳歌しようと思います
杏仁豆腐
ファンタジー
30歳独身。電車事故に巻き込まれ、人の形ではなくなってしまい死亡。
しかしそれを哀れんだ神が第二の人生を用意してくれた。
転生して第二の人生を歩み始める主人公。
竜人族として転生するも、半分人族、半分竜人族という特殊な生まれ方で誕生。
幼児期から幼少期へ。
そして、時は流れ5歳の誕生日を迎えた。
様々な教育を受け、10歳で学校に入学。
友人と共に寮生活を送る。楽しい日々に満足する主人公。
しかしある日学院内で一人の魔族が現れる。
偶然その場を通りかかった主人公は魔族と対峙し撃退に成功する。学院を守ったことで有名人となってしまった。
この突発的な出来事、実は各所で発生していたのだ。魔族討伐対応に苦戦していた国王たちは主人公に白羽の矢を。巻き込まれてしまった主人公とその仲間たちはしぶしぶ討伐依頼を受けることになってしまい。
第二の人生楽しむはずだったのに、次々と厄介ごとが増え…。学校生活と魔物討伐、そして…。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる