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「勝利の女神の塔」編

1-1.思いがけない依頼主

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 冒険者ギルドの重い木の扉を開けると、まだ昼間だというのに、暗い室内からは強い酒の匂いが漂ってくる。
 金貨を積み上げて仕事の余韻に浸っている奴、新しく手に入れた得物を自慢している奴、妖しいくらいの美女を口説いてる奴。
 いろんな奴らがいるが、共通しているのは、ここにいるのは誰も彼もがそれなりの腕の冒険者だってことだ。

「よお、"ワンダー"! 久しぶりだな。仕事か?」

 見知った顔の冒険者が声をかけてくる。そいつを聞こえないふりで無視してさっさと奥に進み、カウンターで受付嬢にこう言う。

「ギルドマスターに呼ばれてる。俺が来たと伝えてくれ」

 猫耳をピンと立てた獣人の受付嬢は、にこりと笑って奥に入っていった。彼女はすぐに戻ってくると、二階に上がっていつもの部屋で待っていてください、とやはり笑顔で言った。
 いつもの部屋、とは、このギルドに属する冒険者の中で「VIPルーム」と呼ばれている、ギルマス専用の応接室だ。
 頷いて応えた俺は、階段に向かおうとする。そこへ、聞きなれない声がかけられた。

「おい、なんだ? その指環。上等そうじゃねえか。ちょっと貸してみろよ」

 その声の主は、脇のテーブルから立ち上がって近寄ってくる。髪を汚く伸ばした髭面の醜男だ。それなりに体は大きいが、装備の質や歩き方を見れば、実力の程度はわかる。

「おい聞いてんのかよ、黒髪のお前だよ。そんなか細いでで本当に冒険者かよ。それに頭までトロいのか? いいからそいつをーー」

 次の瞬間、奴の顔面は床に食い込んでいた。
 伸びてきた手を掴んで捻り上げて足を蹴り飛ばし、重心の移動を利用して投げ転ばしてやったのだ。
 誰がトロいって? 知らない奴とグダグタ話すのが好きじゃないだけだ。
 倒れ込んだ男は、歯が何本か折れたらしく、結構な血が流れている。これでもうおしゃべりは無理だろう。

「馬鹿な奴だぜ、あの新入り。ワンダーにちょっかい出すなんて」

「まったくだ、やったらやり返されるだけなのにな」

「おいねーちゃん、そいつ片付けてくれ。酒が不味くなるからよ」

 今の光景を見ていた冒険者達から文句を言われ、慌てて受付嬢がカウンターから出てくる。俺は彼女にチップを払って後を任せると、今度こそ二階に上がっていった。

 ***

 俺がこの異世界に飛ばされてきたのは、もう何年前のことだったか。
 自分ではどうしようもないあるきっかけがあってやむなくそうなったわけだが、その時に俺は、特別な力を手に入れた。これがなければ、今頃はとっくに地面の下で腐り果てていただろう。
 ここに至るまでなんやかやあったものの、とにかく俺はその能力を活かして生きるべく、この世界独特の職業である「冒険者」となった。
 ギルドに所属し、そこに持ち込まれる依頼をこなして報酬を受け取り、はたまた各地にある謎の迷宮の探索や魔物を倒すことで希少品を得て、稼いでいく。
 そんな生と死とが隣り合わせの殺伐とした仕事だが、なんとかやっていけている。
 今では、ギルドから与えられる冒険者ライセンスのランクもそれなりに高まり、果ては不本意な二つ名で呼ばれるようになっていた。
 これは周りに言わせれば、ありえないほど破竹の勢いの成り上がりだそうで、まあ、やっかみもあるが、俺にとってはそんな名誉も嫉妬もどうでもよかった。
 俺の目的は、とにかく元の世界に帰ること。その目的に近づけるかもしれないならばと、こうして気に食わない相手の呼び出しにも応えているわけだ。

「お!  お前も呼ばれてきたのか。顔は知ってるが、一緒の仕事は初めてだな。俺はヴィエイラ。この依頼ヤマの間はよろしくな!」

 部屋に入った俺に真っ先に声をかけてきたのは、浅黒い肌と青い目を持つ鎧男だった。魔人のヴィエイラといえばーー"後継者"ヴィエイラか。
 こいつの出身国の伝説的な戦士である"悪魔"カルロスの血筋として、将来を期待されている実力者だ。
 普段は名門クラン「白い巨人」のメンバーとして活動しているはずだが、今回の仕事のため、特別に呼ばれたということか。
 ヴィエイラの隣には、寡黙な獅子の獣人が座っている。両手で柄を持って切っ先を床に突いている細長い剣には、見覚えがある。
 確か、"青き侍"ホンダ。リーダーシップに長けた、東方諸国で十傑に数えられるほどの大太刀使いという評判だ。
 俺はヴィエイラに顎で応えて、二人と机を挟んで向かい合う椅子に座り、ギルマスが来るのを待った。
 ヴィエイラはそんな俺の態度に肩をすくめて、大きめの鼻歌を口ずさみ始める。やけに陽気な奴だ。
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