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第五章
救いの手を払う者⑩
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「一ノ瀬唄は、自慰行為を含めた性的行為を経験した事は無かった筈なんだよね。だから、処女膜はあるはずなんだよ」
で、どうだった?と聞いてくるその何か。
思い出したくもないのに、当時の生々しい感触が蘇る。
膜が破れる音も、血も、無かった。
「何が、言いたい」
目の前にいる何かは、ため息をついて答える。
「ボクの中に、悪いボクがいたって話はしたよね。そいつは復讐等の負の感情に敏感に共鳴するやつで、自殺志願者の願いがその類のものだったら前面に出てきていた。ソイツが居なくなった。ボク達は喜んだけど、よくよく考えると、有り得ないんだよ」
ありえない?
何を言っているのか、感覚でしか分からない僕に対してそいつは続ける。
「ボクの中には、複数の人格はいるけど、何て言ったらいいのかな‥。とりあえず、それらは統合される事は無いんだ。消える事は無いんだよ。ただ一つ、分離ならあり得る」
「ぶ、分離?も、もう少し分かりやすく話してくれ」
「え?無理だよ。君たち人間の尺度で分かる話じゃ無いからね。感覚で、何となくで、理解して」
なんて適当なヤツだ。
「分離されたソイツがどこに行くか、それは分からない。でも、ボクは一つ心当たりがある。最後に江口遊人が言った台詞、覚えてる?」
江口が叫びながら吐いた言葉。
『裏切り者!また裏切った!僕は死なない!僕は死なない!絶対にまた——』
「ねぇ、最近、一ノ瀬唄に変わった事はなかった?」
『最近、何だか強い吐き気がするんだけど、今日病院に行くから——』
一ノ瀬は処女では無かった。そして、体調不良。
江口のまだ死なないという台詞。
そして、消えた何か。
僕は、急激に顔が青ざめていくのが分かった。
「やっぱり、そうか‥」
何かを悟ったかのように、その何かは空を見上げた。
快晴だった空模様は、いつの間にか雲が散りばめられている。
その何かは抑揚のない声で続けた。
「頼んだよ、大門入人。情けないけど、一ノ瀬唄の事は君にしか頼めない。どうするかについても君の選択次第。でも、もし君に限界が来たら、とある商店街まで来るといい。その時は——‥」
ふらつく足取りで、その場を離れる。僕はスマホを取り出し、一ノ瀬の電話番号を開いた。
通話ボタンを押す。
プルルルル、プルルルルと、一ノ瀬を呼び出す。
「あれ?私は一体‥」
後ろから住職の戸惑う声が聞こえる。
僕の耳には、コール音と共に、先ほどの声が残っていた。
『その時は、ボクが救ってあげる』
ふざけるな。
絶対に、自殺なんかするものか。
責任を取れ。現実から、逃げるな。
最後まで、抗ってやる。
『もしもし‥』
一ノ瀬の不安そうな声。
僕は、ゆっくりと口を開いた。
で、どうだった?と聞いてくるその何か。
思い出したくもないのに、当時の生々しい感触が蘇る。
膜が破れる音も、血も、無かった。
「何が、言いたい」
目の前にいる何かは、ため息をついて答える。
「ボクの中に、悪いボクがいたって話はしたよね。そいつは復讐等の負の感情に敏感に共鳴するやつで、自殺志願者の願いがその類のものだったら前面に出てきていた。ソイツが居なくなった。ボク達は喜んだけど、よくよく考えると、有り得ないんだよ」
ありえない?
何を言っているのか、感覚でしか分からない僕に対してそいつは続ける。
「ボクの中には、複数の人格はいるけど、何て言ったらいいのかな‥。とりあえず、それらは統合される事は無いんだ。消える事は無いんだよ。ただ一つ、分離ならあり得る」
「ぶ、分離?も、もう少し分かりやすく話してくれ」
「え?無理だよ。君たち人間の尺度で分かる話じゃ無いからね。感覚で、何となくで、理解して」
なんて適当なヤツだ。
「分離されたソイツがどこに行くか、それは分からない。でも、ボクは一つ心当たりがある。最後に江口遊人が言った台詞、覚えてる?」
江口が叫びながら吐いた言葉。
『裏切り者!また裏切った!僕は死なない!僕は死なない!絶対にまた——』
「ねぇ、最近、一ノ瀬唄に変わった事はなかった?」
『最近、何だか強い吐き気がするんだけど、今日病院に行くから——』
一ノ瀬は処女では無かった。そして、体調不良。
江口のまだ死なないという台詞。
そして、消えた何か。
僕は、急激に顔が青ざめていくのが分かった。
「やっぱり、そうか‥」
何かを悟ったかのように、その何かは空を見上げた。
快晴だった空模様は、いつの間にか雲が散りばめられている。
その何かは抑揚のない声で続けた。
「頼んだよ、大門入人。情けないけど、一ノ瀬唄の事は君にしか頼めない。どうするかについても君の選択次第。でも、もし君に限界が来たら、とある商店街まで来るといい。その時は——‥」
ふらつく足取りで、その場を離れる。僕はスマホを取り出し、一ノ瀬の電話番号を開いた。
通話ボタンを押す。
プルルルル、プルルルルと、一ノ瀬を呼び出す。
「あれ?私は一体‥」
後ろから住職の戸惑う声が聞こえる。
僕の耳には、コール音と共に、先ほどの声が残っていた。
『その時は、ボクが救ってあげる』
ふざけるな。
絶対に、自殺なんかするものか。
責任を取れ。現実から、逃げるな。
最後まで、抗ってやる。
『もしもし‥』
一ノ瀬の不安そうな声。
僕は、ゆっくりと口を開いた。
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