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第五章

救いの手を払う者⑧

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「…は?」

救う?救うだって?

住職は、うんうん、と頷きながら答えを待っている。

僕は間髪入れずに答える。

「断る」

「え?」

驚きの声を出し、住職はもう一度聞いてきた。

「苦しみから救われるんだよ?いま、地獄でしょ。分かる、分かるよ。君が毎晩うなされていることも、その夢が現実の事のようにフラッシュバックすることも分かる。生きていられない程の、地獄でしょ」

「その方法は、アプリを使う前提の話だろ?」

「そうだけど—‥」

僕は最後まで話を聞かずに、墓石の前に座った。

ごめん。

目を閉じて、許しを乞うように、手を合わせる。

ごめん、江口。僕さ、一つ嘘をついていた。
学生時代にお前がAVを持ってきた時に言った台詞、覚えているかな。

実は、僕はあの時人生で初めてアダルトビデオを見た。
そして、あれが最初で最後だったんだ。どうしても父も影がちらついて、あの後は見ることができなかった。

だから、僕にはその手の知識は全く無い。
お前が僕にアプリを渡したときに思い描いていた監督像とは程遠かったと思う。

昔も今も、期待に答えれなくて、本当にごめん。

「やれやれ…父親の影に囚われているのに、加えて旧友の影にも囚われるのか。呆れるを通り越して、その生き方を選ぶ君に尊敬すら覚える。こんなこと、初めてだ」

住職は僕の斜め後ろに立ち、両手を合わせた。その流れるような所作は、見るものを惹きつけるだけの力があった。

「江口遊人のことについて、少し語ろうか」

顔を上げて、墓石を見つめながら語り始める。

「酷い親の定義が世間一般的に言うと暴力等の虐待行為を指すとしたら、彼の両親は酷いを通り越して残酷だった。毎日のように浴びせられる人格否定の言葉。罵声と暴力。そんな環境でも生き続けることが出来たのは、墓石にも刻まれていた、祖母の存在だ。祖母は江口遊人を必死で守った。不幸中の幸いか、両親は祖母の前だけは暴言こそあったが暴力はしなかった。その抑止力のような祖母は、希望だったんだ」

江口の隣に一人の名前があったが、祖母だったとは。
享年から逆算すると、江口が中学校に上がる前に亡くなったようだが。

「ある日、江口遊人が勇気を振り絞って暴力をされている事を祖母に伝えた。祖母は絶句した後、すぐさま両親に詰め寄った。結果、祖母はその後事故で死ぬ」

「ちょ、ちょっと待て。何でいきなり」

「両親が祖母と暮らしていたのは単純に金が目当てだった。祖母が生命保険に加入してからの適応期日がきたから、もう用済みになったってこそさ」

「それじゃあ、事故なんかじゃなく、殺人だ」

「そうだよ?」

あっさりと口にするその言葉には、何の感情も籠っていない。

「邪魔な者は消す。人間心理として当然なんじゃないの?まぁ、結局事故とは認められずに両親は捕まって、江口遊人はそのまま養護施設に預けられるようになる。人生を変えようと必死で勉強をし、一流高校に合格。その後は君がよく知ってるだろう」

言われるまでもなく、鮮明に覚えている。
邪魔者は消す。その理屈でいくと、江口は当時の先帝高校の中では邪魔者でしかなかったのだろう。

「コミュニケーション能力も低く、運動能力も低い。唯一他の者より秀でていた数学のみの力で特例に合格した彼を周りは面白く思わなかったのだろうね」

その通りだ。
一教科だけ群を抜いて優れていた夢野が特例で合格したように、江口も特別に合格した。江口も心底喜んだに違いない。
しかし、待っていたのは過酷な日々だった。

特例の、合格?

「‥よく考えたら、おかしい」

僕の中に、一つの疑問が頭に思い浮かぶ。

「夢野は、足立の根強い推薦で特別に合格出来た。校長も苦い顔で、最後の最後まで了承しなかったと聞く。当時は今よりも文武両道が求められていた筈だ。でも、江口の場合は?」

何故、合格出来た。
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