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第五章
救いの手を払う者②
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夏休みの生徒会室。
冷房が効いているこの部屋の窓は締まり切っているが、外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
一方生徒会室では、副会長の河合の司会によって、新学期の全校集会での内容の確認が行われていた。
「——では、来月の全校集会での議題はこれで進めたいと思います。次に、各部活動の予算の見直しについて、夢野さん」
呼ばれた夢野数理が、はーい、と眠たそうに顔を上げて説明する。
「美兎ちゃーん‥これ配ってくれる?」
「はい!」
資料を受け取った美兎ちゃんが、各生徒会メンバーに律儀に渡していく。
一部、僕の方にも手渡してきた。
先帝高校では、各部活から出された予算請求書は、学年主任の手には渡らずに生徒会に集められる。
最終、校長の承認のもと部費が割り振りされるが、形だけだ。
生徒会が決めた結論に校長が口を挟むことは無い。
夢野が作った予算請求書をざっと眺める。
‥なるほどな。
「えっとー、見て貰ったら分かると思うけど、各部活の予算は大体それでいいかなー」
「大体、という漠然とした感覚で話さないで下さい。この予算から変更する部活動があるのですか?」
「うーん、ある、よー。それはねー‥」
話の途中で、夢野はウトウトと船を漕ぎ出した。
相変わらずだ、と笑ってしまう。
そんな時にも、ノイズ。
『あっ、あっ、あっ‥だ、だめ』
生徒会室に、裸のまま、自身の性器にローターをあてている夢野の姿。
頭がクラっとし、ふらつく。
「夢野さん!会議中です!」
河合が憤慨し、そのまま寝てしまいそうになる夢野の前に立ち大声を出した。
一向に態度が変わらない夢野に向かって、身体に触れたその時、「よくまとめられているわ」と透き通る声がした。
生徒会長の一ノ瀬が紙をパラパラとめくっている。
「過去の収支データと現在の状況から、先のことを想定している。その算出された数字には説得力があるわ——‥‥」
一ノ瀬は言葉を区切り、「大門、先生」と僕を呼んだ。
「どう思いますか?」
「え、あぁ、そうだな。一ノ瀬が言うように、よくまとめられている」
初めて、素の一ノ瀬から名前を呼ばれて焦ったが、僕は自身の考えを伝える。
「この資料からも結論づけられているように、バスケ部の予算は見直されるべきだ。過去のデータもそうだが、大会を勝ち進んできているバスケ部は遠征費や消耗品などが他の部よりも余分に掛かる。新入部員も増えてきているし、バスケ部目当てで入学する生徒も多い。バスケ部が先帝高校の宣伝効果の一端を担っているのも事実だ」
僕がそこまで言うと、すんっとした態度でカップに口をつける。
「わ、私もそれくらいは分かっています!許せないのは、夢野さんの態度です!とても会議に臨む態度じゃない。今まで我慢してきましたが、これは、副会長として認めることは出来ません」
尊敬する一ノ瀬に否定された感覚になったのか、河合が必死で弁明する。
夢野が眠たそうに目を擦りながら顔を上げた。
「どう思いますか?」
また一ノ瀬が質問してくる。
何で今日はこんなに僕に関わってくるんだ。しかし、その目には期待が込められている気がした。
「そうだな‥。河合の言うことも一理ある。実際、僕が去年勤めていた会社では会議中に寝るなんて言語道断だった」
笑いながらそう言うと、河合が睨みつけてくる。
咳払いを一つして続けた。
「でも、夢野ほど数字に強い人材もいなかった。会社によっては仕事さえこなせば他の事は気にしない会社もある」
「ここは会社じゃありません!先帝高校では文武両道が求められており、一芸に秀でていたとしても、それは」
「河合さん」
僕が口を開きかけるのと同時に一ノ瀬がその先を止めた。
「夢野さんは良く働いてくれているわ。やるべき事をしっかりやっている。確かに、貴方が言うように、居眠りは多いけど、改善しようと今でも必死に努力しているでしょ」
河合は夢野の方を見る。
夢野はほっぺに洗濯バサミを挟み、「ほ、ほめんなひゃい」と多分、謝った。
「彼女に対して無理解な人は多いけど、同じ生徒会の仲間として、私たちは彼女の個性を認めてあげるべきだわ」
一ノ瀬は優しく微笑みかける。
お湯が沸騰したかのように分かりやすく河合が顔を赤くした。
「そ、そうですね。言いすぎました。あと、そこまでしなくても大丈夫です」
「そうだよぉ~数理ちゃん。可愛い顔が伸びちゃう」
美兎ちゃんが洗濯バサミを取る。
「全く、貴方には程度というものが‥」と河合が腕を組み説教口調で言う。
それを一ノ瀬は穏やかな笑みで見ていた。
変わった。
以前と比べ、明らかに一ノ瀬は変わった。
冷房が効いているこの部屋の窓は締まり切っているが、外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
一方生徒会室では、副会長の河合の司会によって、新学期の全校集会での内容の確認が行われていた。
「——では、来月の全校集会での議題はこれで進めたいと思います。次に、各部活動の予算の見直しについて、夢野さん」
呼ばれた夢野数理が、はーい、と眠たそうに顔を上げて説明する。
「美兎ちゃーん‥これ配ってくれる?」
「はい!」
資料を受け取った美兎ちゃんが、各生徒会メンバーに律儀に渡していく。
一部、僕の方にも手渡してきた。
先帝高校では、各部活から出された予算請求書は、学年主任の手には渡らずに生徒会に集められる。
最終、校長の承認のもと部費が割り振りされるが、形だけだ。
生徒会が決めた結論に校長が口を挟むことは無い。
夢野が作った予算請求書をざっと眺める。
‥なるほどな。
「えっとー、見て貰ったら分かると思うけど、各部活の予算は大体それでいいかなー」
「大体、という漠然とした感覚で話さないで下さい。この予算から変更する部活動があるのですか?」
「うーん、ある、よー。それはねー‥」
話の途中で、夢野はウトウトと船を漕ぎ出した。
相変わらずだ、と笑ってしまう。
そんな時にも、ノイズ。
『あっ、あっ、あっ‥だ、だめ』
生徒会室に、裸のまま、自身の性器にローターをあてている夢野の姿。
頭がクラっとし、ふらつく。
「夢野さん!会議中です!」
河合が憤慨し、そのまま寝てしまいそうになる夢野の前に立ち大声を出した。
一向に態度が変わらない夢野に向かって、身体に触れたその時、「よくまとめられているわ」と透き通る声がした。
生徒会長の一ノ瀬が紙をパラパラとめくっている。
「過去の収支データと現在の状況から、先のことを想定している。その算出された数字には説得力があるわ——‥‥」
一ノ瀬は言葉を区切り、「大門、先生」と僕を呼んだ。
「どう思いますか?」
「え、あぁ、そうだな。一ノ瀬が言うように、よくまとめられている」
初めて、素の一ノ瀬から名前を呼ばれて焦ったが、僕は自身の考えを伝える。
「この資料からも結論づけられているように、バスケ部の予算は見直されるべきだ。過去のデータもそうだが、大会を勝ち進んできているバスケ部は遠征費や消耗品などが他の部よりも余分に掛かる。新入部員も増えてきているし、バスケ部目当てで入学する生徒も多い。バスケ部が先帝高校の宣伝効果の一端を担っているのも事実だ」
僕がそこまで言うと、すんっとした態度でカップに口をつける。
「わ、私もそれくらいは分かっています!許せないのは、夢野さんの態度です!とても会議に臨む態度じゃない。今まで我慢してきましたが、これは、副会長として認めることは出来ません」
尊敬する一ノ瀬に否定された感覚になったのか、河合が必死で弁明する。
夢野が眠たそうに目を擦りながら顔を上げた。
「どう思いますか?」
また一ノ瀬が質問してくる。
何で今日はこんなに僕に関わってくるんだ。しかし、その目には期待が込められている気がした。
「そうだな‥。河合の言うことも一理ある。実際、僕が去年勤めていた会社では会議中に寝るなんて言語道断だった」
笑いながらそう言うと、河合が睨みつけてくる。
咳払いを一つして続けた。
「でも、夢野ほど数字に強い人材もいなかった。会社によっては仕事さえこなせば他の事は気にしない会社もある」
「ここは会社じゃありません!先帝高校では文武両道が求められており、一芸に秀でていたとしても、それは」
「河合さん」
僕が口を開きかけるのと同時に一ノ瀬がその先を止めた。
「夢野さんは良く働いてくれているわ。やるべき事をしっかりやっている。確かに、貴方が言うように、居眠りは多いけど、改善しようと今でも必死に努力しているでしょ」
河合は夢野の方を見る。
夢野はほっぺに洗濯バサミを挟み、「ほ、ほめんなひゃい」と多分、謝った。
「彼女に対して無理解な人は多いけど、同じ生徒会の仲間として、私たちは彼女の個性を認めてあげるべきだわ」
一ノ瀬は優しく微笑みかける。
お湯が沸騰したかのように分かりやすく河合が顔を赤くした。
「そ、そうですね。言いすぎました。あと、そこまでしなくても大丈夫です」
「そうだよぉ~数理ちゃん。可愛い顔が伸びちゃう」
美兎ちゃんが洗濯バサミを取る。
「全く、貴方には程度というものが‥」と河合が腕を組み説教口調で言う。
それを一ノ瀬は穏やかな笑みで見ていた。
変わった。
以前と比べ、明らかに一ノ瀬は変わった。
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