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第五章
催眠学校⑨
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「‥‥は?」
その音により、僕と江口を除く全ての人間の時間が止まった。
手を伸ばしかけている教師、抱擁している男女や舌を絡み合わせている生徒達。
それぞれが快楽だけを求め合うであろう一歩手前で固まっている。
「お、おい!うごけ、うごけよ!」
唾を飛ばしながら、必死の形相で全体に向けて訴えるも反応はない。
江口もそうだが、僕自身も混乱していたその時。
「よくないなぁ。これは、よくない」
幼い声が後ろから聞こえる。
ゆっくりと振り返ると、演台の上に何かが座っていた。
全長、120cmくらいの小さな何かは、「よっと」と掛け声と共に演台から飛び降りる。
壇上に降り立ったその何かは、とても異質だった。
上から下まで黒一色で統一されているそれは、黒色のフードを深く被っておりその全貌が見えない。よく見ると、首からは黒のホイッスルがぶら下げられていた。
手に汗が滲む。本能的に距離をとる。
「お、お、おまえ‥」
江口が震えた声で、その何かに向かって口を開く。向けた人差し指も震えている。
恐怖というより、信じられないと言った感情が含まれているようだった。
「やぁ、久しぶり」
江口に対して軽い調子で右手を挙げる。
「おまえ、お前の仕業か!これれこれ全部!どういうつもりだ!」
長い髪を揺らしながら勢いよく江口が叫び声を上げた。
「それはこっちの台詞だなぁ。江口遊人」
声色が幼いものから野太い声に変わった。
場の空気が凍る。
その威圧を含む声は、聞くものの身を震わせた。
「最初に言った筈だ。催眠アプリを使う際のルールについて。
一つ、このアプリを使用するものは自殺志願者であること。
一つ、このアプリは望む願いを一つ叶えることができる。叶った時点で終わる。
一つ、このアプリを使った者は‥」
「だから!今から願いを叶えようとしてるんだろ!邪魔するな!」
そのフードの何かに近づき、血走った目で大声を上げ続ける。興奮からか、口調も荒くなっていた。
その何かは、話の腰を折られた事にムスッとしたように「最後まで話聞けよ」と呟いた。
「これから!これから、僕と入人くんの願いが叶うんだ!これから——」
「お前の願いはさっき叶っただろう」
今度は江口の話を遮った。
江口は、魚が酸素を求めるように、口をパクパクと開けている。
「君の願いは、大門入人への辱めを受けさせる事、だろ?」
「ち、ちがう‥ぼく、ぼくは」
江口が僕の顔を見る。
救いを求めるような目。
その目に、かつての僕は応えることが出来なかった。
「大体さぁ、気に入らないんだよね。復讐って」
また幼い声に戻ったその何かは、くるっと踊るように回る。
「このアプリはさ。辛い思いをした人間が、最後に人生のご褒美として使ってもらうモノなんだよね。復讐相手個人に対して使うならまだしも、関係ない人までを不幸にするなんて、反吐が出るな」
言葉とは裏腹に、その声は楽しそうに聞こえる。
「お、お前‥お前が、無茶苦茶にしてもいいって、そういったんだろ!」
「あー、それはね、ワタシじゃないのよ。いや、ワタシではあるんだけど、正確には、もう一人のワタシなのよねぇ」
大人の女性のような声色に変わる。
僕には、何が何だかわからなかった。
その音により、僕と江口を除く全ての人間の時間が止まった。
手を伸ばしかけている教師、抱擁している男女や舌を絡み合わせている生徒達。
それぞれが快楽だけを求め合うであろう一歩手前で固まっている。
「お、おい!うごけ、うごけよ!」
唾を飛ばしながら、必死の形相で全体に向けて訴えるも反応はない。
江口もそうだが、僕自身も混乱していたその時。
「よくないなぁ。これは、よくない」
幼い声が後ろから聞こえる。
ゆっくりと振り返ると、演台の上に何かが座っていた。
全長、120cmくらいの小さな何かは、「よっと」と掛け声と共に演台から飛び降りる。
壇上に降り立ったその何かは、とても異質だった。
上から下まで黒一色で統一されているそれは、黒色のフードを深く被っておりその全貌が見えない。よく見ると、首からは黒のホイッスルがぶら下げられていた。
手に汗が滲む。本能的に距離をとる。
「お、お、おまえ‥」
江口が震えた声で、その何かに向かって口を開く。向けた人差し指も震えている。
恐怖というより、信じられないと言った感情が含まれているようだった。
「やぁ、久しぶり」
江口に対して軽い調子で右手を挙げる。
「おまえ、お前の仕業か!これれこれ全部!どういうつもりだ!」
長い髪を揺らしながら勢いよく江口が叫び声を上げた。
「それはこっちの台詞だなぁ。江口遊人」
声色が幼いものから野太い声に変わった。
場の空気が凍る。
その威圧を含む声は、聞くものの身を震わせた。
「最初に言った筈だ。催眠アプリを使う際のルールについて。
一つ、このアプリを使用するものは自殺志願者であること。
一つ、このアプリは望む願いを一つ叶えることができる。叶った時点で終わる。
一つ、このアプリを使った者は‥」
「だから!今から願いを叶えようとしてるんだろ!邪魔するな!」
そのフードの何かに近づき、血走った目で大声を上げ続ける。興奮からか、口調も荒くなっていた。
その何かは、話の腰を折られた事にムスッとしたように「最後まで話聞けよ」と呟いた。
「これから!これから、僕と入人くんの願いが叶うんだ!これから——」
「お前の願いはさっき叶っただろう」
今度は江口の話を遮った。
江口は、魚が酸素を求めるように、口をパクパクと開けている。
「君の願いは、大門入人への辱めを受けさせる事、だろ?」
「ち、ちがう‥ぼく、ぼくは」
江口が僕の顔を見る。
救いを求めるような目。
その目に、かつての僕は応えることが出来なかった。
「大体さぁ、気に入らないんだよね。復讐って」
また幼い声に戻ったその何かは、くるっと踊るように回る。
「このアプリはさ。辛い思いをした人間が、最後に人生のご褒美として使ってもらうモノなんだよね。復讐相手個人に対して使うならまだしも、関係ない人までを不幸にするなんて、反吐が出るな」
言葉とは裏腹に、その声は楽しそうに聞こえる。
「お、お前‥お前が、無茶苦茶にしてもいいって、そういったんだろ!」
「あー、それはね、ワタシじゃないのよ。いや、ワタシではあるんだけど、正確には、もう一人のワタシなのよねぇ」
大人の女性のような声色に変わる。
僕には、何が何だかわからなかった。
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