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第五章
氷姫は機嫌良く歌わない⑪
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「文武両道、眉目秀麗、完璧超人。一番お前に相応しい肩書きは何だろうな。あぁ、氷姫という冷たさを揶揄した肩書きもあったな」
氷姫。自分が影でそう呼ばれていることは知っていた。
その肩書きは、チクリと心臓を刺している。
誰に対しても心開かない、冷たいお姫様。
そんなつもりは決してないのに。
「誰もが羨む存在。そんなお前が、どうしてカウンセラーに通っている。今までにも随分と多くの心療内科に通院しているようだが」
大門入人はポケットから一枚の紙を取り出し、上からなぞるように見ている。
どこで、そんな情報を。
「そのカウンセラー達も、僅か一度の面接で変えている。そりが合わなかったのかな?」
「‥あんたに教える義理はない」
「お前に教えてもらうつもりもない。お前じゃなくても、隣にいるじゃないか」
小刻みに笑い、隣にいる虚な表情の真野先生を指差した。
「真野、一ノ瀬の情報を」
「は、い」
眉間に皺を寄せ、何かに抗うように口を開き、閉じ、を繰り返している。
それを見た大門入人は機嫌悪そうに舌打ちをし、耳打ちをした。
ビクンっと体が一度大きく揺れ、真野先生は語り始めた。
「一ノ瀬詩。先帝高校の生徒会長。父親は大手企業会社一ノ瀬カンパニーの社長で、その御令嬢」
機械的に語る真野先生は、言葉を途切れさせずに続けた。
「母親は本児が小学1年生の時に交通事故により他界。本児が何かに気を取られて轢かれかけた所を母親に守られた形。母親が何より大切だった父親は娘のせいで母親が亡くなったと思い、以来本児に対して距離を置くようになる」
感情の無い言葉が耳に入ってくる。
私は、自然と涙が出た。
「母親の死、父親の無関心。心の拠り所がなくなった本児は、大きなトラウマを抱えながら今日まで生きる事となる。これは個人的見解に基づきますが、本児が生徒会長になり、優等生を演じているのは父親に振り向いて貰いたいからだと思われます」
真野先生は、この三年間私の秘密を唯一打ち明けた人。
二人だけの秘密。
誰にも言わないと、約束をしてくれた。
その先生が、私の秘密を機械的に話している。
暗示だとか、催眠だとか、そんなのは知らない。
その事実が、何より悲しかった。
「父、親」
消え入りそうな声でそう言ったのは、大門入人だった。
「お前、そう、だったのか」
情けない顔、或いは、慈しむような顔で私を見つめる。
直後両手で頭を抱え、「あぁぁあぁ」と苦しげにその場でうずくまった。
真野先生はその場から動かず、気にする素振りもない。
何で、こいつが苦しんでいるの?
「く、そ、頭が、割れる。痛い、痛い」
震える手でスマホを手に取り、操作をしている。
その画面はどこか見覚えがあった。
ぐるぐると回る色。
その画面を凝視した大門入人は、「おれは、かんとく、よくぼうの、かいほう」とブツブツと呟いてから、下を向いた。
「リセット、できた。この、頭の中をぐちゃぐちゃにする感覚、最高だな」
ゆっくりと立ち上がり、わたしを見下ろす。
その目はどこまでも冷たく、先ほどとは別人だった。
「真野、やれ」
スマホを受け取った真野先生は、私に例の画面を見せる。
「一ノ瀬さん。リラックスしてぇ‥」
トロける目。脳を揺らす何か。
しかし私は、そのスマホを払いのけた。
氷姫。自分が影でそう呼ばれていることは知っていた。
その肩書きは、チクリと心臓を刺している。
誰に対しても心開かない、冷たいお姫様。
そんなつもりは決してないのに。
「誰もが羨む存在。そんなお前が、どうしてカウンセラーに通っている。今までにも随分と多くの心療内科に通院しているようだが」
大門入人はポケットから一枚の紙を取り出し、上からなぞるように見ている。
どこで、そんな情報を。
「そのカウンセラー達も、僅か一度の面接で変えている。そりが合わなかったのかな?」
「‥あんたに教える義理はない」
「お前に教えてもらうつもりもない。お前じゃなくても、隣にいるじゃないか」
小刻みに笑い、隣にいる虚な表情の真野先生を指差した。
「真野、一ノ瀬の情報を」
「は、い」
眉間に皺を寄せ、何かに抗うように口を開き、閉じ、を繰り返している。
それを見た大門入人は機嫌悪そうに舌打ちをし、耳打ちをした。
ビクンっと体が一度大きく揺れ、真野先生は語り始めた。
「一ノ瀬詩。先帝高校の生徒会長。父親は大手企業会社一ノ瀬カンパニーの社長で、その御令嬢」
機械的に語る真野先生は、言葉を途切れさせずに続けた。
「母親は本児が小学1年生の時に交通事故により他界。本児が何かに気を取られて轢かれかけた所を母親に守られた形。母親が何より大切だった父親は娘のせいで母親が亡くなったと思い、以来本児に対して距離を置くようになる」
感情の無い言葉が耳に入ってくる。
私は、自然と涙が出た。
「母親の死、父親の無関心。心の拠り所がなくなった本児は、大きなトラウマを抱えながら今日まで生きる事となる。これは個人的見解に基づきますが、本児が生徒会長になり、優等生を演じているのは父親に振り向いて貰いたいからだと思われます」
真野先生は、この三年間私の秘密を唯一打ち明けた人。
二人だけの秘密。
誰にも言わないと、約束をしてくれた。
その先生が、私の秘密を機械的に話している。
暗示だとか、催眠だとか、そんなのは知らない。
その事実が、何より悲しかった。
「父、親」
消え入りそうな声でそう言ったのは、大門入人だった。
「お前、そう、だったのか」
情けない顔、或いは、慈しむような顔で私を見つめる。
直後両手で頭を抱え、「あぁぁあぁ」と苦しげにその場でうずくまった。
真野先生はその場から動かず、気にする素振りもない。
何で、こいつが苦しんでいるの?
「く、そ、頭が、割れる。痛い、痛い」
震える手でスマホを手に取り、操作をしている。
その画面はどこか見覚えがあった。
ぐるぐると回る色。
その画面を凝視した大門入人は、「おれは、かんとく、よくぼうの、かいほう」とブツブツと呟いてから、下を向いた。
「リセット、できた。この、頭の中をぐちゃぐちゃにする感覚、最高だな」
ゆっくりと立ち上がり、わたしを見下ろす。
その目はどこまでも冷たく、先ほどとは別人だった。
「真野、やれ」
スマホを受け取った真野先生は、私に例の画面を見せる。
「一ノ瀬さん。リラックスしてぇ‥」
トロける目。脳を揺らす何か。
しかし私は、そのスマホを払いのけた。
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