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第一章
門出⑧
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「大丈夫ですか?」
僕の手に触れた木本先生の口から、「は、ははっ」と乾いた笑いが漏れる。
「大丈夫。僕はやれる。我慢できる」
暗示のようにそう繰り返す姿は正にそうしないと壊れていくようで、僕は強く手を握る。
「手当してもらいましょうか」
「‥いいえ。もう、帰ります」
「そう言わずに。僕も保健室に用があるんですよ」
強引に立たせ、目を合わせる。
木本先生は呆然とした顔で僕を見る。その目の前の相手の笑顔はやはり嘘っぽく張り付いているのだろうか。
保健室に行くと、養護教諭の真野未来が、保科郁美と談笑していた。
真野先生が顔に痣を作っている木本先生を見つけて「やだっ」と驚きの声を上げた。
すぐに駆け寄り「どうしたんです?」と心配そうな顔を向ける。
事情を説明するにしても、保科がいると‥。
保科は教師陣の雰囲気を感じ取ったのか、「真野先生。私、また今度にします」と言って保健室を出て行った。
真野先生が手を振り見送る。
「すみません、急に」
「いえいえ。木本先生、どうぞこちらに」
目に精気は無く、言われるがままに椅子に腰掛け手当を受ける。
何があったのか、と僕の目を見て訴えかけて来た。
僕は首を横に振る。
何かを察したかのように無言で手当を施す。
「‥‥‥」
しばらく無言が続く。
重苦しい空気の中で、真野先生が口を開いた。
「木本先生はどうして教師に?」
「‥え?」
突然話しかけられて戸惑う木本先生だったが、真野先生は優しく微笑み話を続ける。
「ほら、子供って時に残酷じゃないですか。傷つく事も言うし、手を出す子もいる。優等生の集まりで有名なこの学校の子も例外無く、一定数いると思うんですよ。そんな子達を相手にする仕事を選んだ理由、気になってしまって」
少し迷いながらも木本先生が答える。
「‥小学生の頃、僕虐められていて。まぁ、控えめに言って地獄だったんですけど。その時の担任教師が僕を救ってくれたんです」
へぇ、と声がかぶる僕と真野先生。
「その先生に、君は教師に向いているよって。理由は教えてくれませんでしたけど、その言葉を胸に必死で勉強して教員になりました」
「素敵な先生だったんですね」
両手を合わせ、相手の目を見て話す彼女は綺麗で、思わず見てしまう。それは木本先生も同じだった。
頬を少し赤らめ、顔をそっと背ける。
「‥ま、まぁ。でも、その恩師も適当な事を言ったと思いますよ。教師に向いてる。自分ではとてもそうは思えません」
「木本先生の穏やかな雰囲気に救われる生徒は必ずいると思います。ねぇ、大門先生」
「え?えぇ」
急に振られて言葉に詰まったが、僕も続ける。
「きっと。先生は困っている人の気持ちが分かる先生になれると思いますよ」
そう言った途端、急に顔を上げて僕の方を見た。
「何かあったら僕と真野先生が手を差し伸べますから。ね」
次は真野先生が「はい」と笑顔で大きく頷いた。
この晴れやかな笑顔を、どう形容していいのかは分からないが、仮に例えるならば、ひまわりのような、人を安心させる笑顔。
髪を後ろで一本にまとめ、清潔感のある白衣姿の彼女はまさに天使だった。
ありがとうございます、と涙声になりながら木本先生が目を擦った。
僕の手に触れた木本先生の口から、「は、ははっ」と乾いた笑いが漏れる。
「大丈夫。僕はやれる。我慢できる」
暗示のようにそう繰り返す姿は正にそうしないと壊れていくようで、僕は強く手を握る。
「手当してもらいましょうか」
「‥いいえ。もう、帰ります」
「そう言わずに。僕も保健室に用があるんですよ」
強引に立たせ、目を合わせる。
木本先生は呆然とした顔で僕を見る。その目の前の相手の笑顔はやはり嘘っぽく張り付いているのだろうか。
保健室に行くと、養護教諭の真野未来が、保科郁美と談笑していた。
真野先生が顔に痣を作っている木本先生を見つけて「やだっ」と驚きの声を上げた。
すぐに駆け寄り「どうしたんです?」と心配そうな顔を向ける。
事情を説明するにしても、保科がいると‥。
保科は教師陣の雰囲気を感じ取ったのか、「真野先生。私、また今度にします」と言って保健室を出て行った。
真野先生が手を振り見送る。
「すみません、急に」
「いえいえ。木本先生、どうぞこちらに」
目に精気は無く、言われるがままに椅子に腰掛け手当を受ける。
何があったのか、と僕の目を見て訴えかけて来た。
僕は首を横に振る。
何かを察したかのように無言で手当を施す。
「‥‥‥」
しばらく無言が続く。
重苦しい空気の中で、真野先生が口を開いた。
「木本先生はどうして教師に?」
「‥え?」
突然話しかけられて戸惑う木本先生だったが、真野先生は優しく微笑み話を続ける。
「ほら、子供って時に残酷じゃないですか。傷つく事も言うし、手を出す子もいる。優等生の集まりで有名なこの学校の子も例外無く、一定数いると思うんですよ。そんな子達を相手にする仕事を選んだ理由、気になってしまって」
少し迷いながらも木本先生が答える。
「‥小学生の頃、僕虐められていて。まぁ、控えめに言って地獄だったんですけど。その時の担任教師が僕を救ってくれたんです」
へぇ、と声がかぶる僕と真野先生。
「その先生に、君は教師に向いているよって。理由は教えてくれませんでしたけど、その言葉を胸に必死で勉強して教員になりました」
「素敵な先生だったんですね」
両手を合わせ、相手の目を見て話す彼女は綺麗で、思わず見てしまう。それは木本先生も同じだった。
頬を少し赤らめ、顔をそっと背ける。
「‥ま、まぁ。でも、その恩師も適当な事を言ったと思いますよ。教師に向いてる。自分ではとてもそうは思えません」
「木本先生の穏やかな雰囲気に救われる生徒は必ずいると思います。ねぇ、大門先生」
「え?えぇ」
急に振られて言葉に詰まったが、僕も続ける。
「きっと。先生は困っている人の気持ちが分かる先生になれると思いますよ」
そう言った途端、急に顔を上げて僕の方を見た。
「何かあったら僕と真野先生が手を差し伸べますから。ね」
次は真野先生が「はい」と笑顔で大きく頷いた。
この晴れやかな笑顔を、どう形容していいのかは分からないが、仮に例えるならば、ひまわりのような、人を安心させる笑顔。
髪を後ろで一本にまとめ、清潔感のある白衣姿の彼女はまさに天使だった。
ありがとうございます、と涙声になりながら木本先生が目を擦った。
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