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8話
しおりを挟む本屋から出た私たちは近くのカフェに立ち寄った。お値段もそれほど高くない、高校生でも手が届きそうなくらいのお店。だけどファミレスよりはオシャレで女の子が好きそうな場所を選んだ。不思議な雑貨が置いているようなところね。
もちろん、本屋と同じようにこのお店を事前にチェックしてる。ミコトや他のお友達にもオススメのお店を聞いておいてよかった。私はあまりこういったところに詳しくないから。
「私疲れちゃった。近くにいいお店あるんだけどちょっと寄っていかない?」
染谷くんは素直に私についてきて、2人でお店に入った。薄暗い照明の中を突き進み、1番奥のテーブルに座る。
2人でそれぞれ好きなものを頼んだ。染谷くんは半熟卵の乗せられた焼きカレーで、私は小さなパンケーキとアイスティー。
「そんなに少なくていいのか」
「あまりご飯は食べられないの」
使い魔は人間のように食物からエネルギーを摂取しない。主人がいればお腹は減らないの。
「もっと食べた方がいいんじゃないのか」
「あら、心配してくれるの?」
「心配してるんじゃない。俺は」
「俺は?」
「万全な状態のお前と戦いたいだけだ」
染谷くんは綺麗なお顔を歪め、ガツガツと男らしくカレーを食べる。
「女に助けられるなんて納得がいかない」
「私は助けたつもりなんてない。偶然あそこを通りかかっただけよ」
「……いちいち癪に障る女だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
染谷くんの眉間に刻まれたシワが深くなる。不機嫌な染谷くんを見ているとなんだかワクワクしちゃう。もっとイジメたくなっちゃう。
ご飯を食べ終わった私達はレジに向かう。黒いエプロンを着た男の方が私達を見てにっこりと笑った。
「カップルの方ですね」
「は?」と顔をしかめる染谷くん。
「はい!」と答えて染谷くんに抱きつく私。
このお店がカップル割引をしていたことも、もちろんリサーチ済み。
「カップル割引させていただきますね」
「待て、俺達はそんな関係じゃ……」
「もぉ、照れないでもいいのよ」
「ふふ、仲良しなんですね」
「そうなんです。私達、とっても仲良しなんですの。ね、クリスくん?」
固まってしまった染谷くんを置いて、私はお金を払う。
店の外に出てしばらく歩いていると、染谷くんが我に返った。
「……支払いは」
「お気になさらないで。私が2人分ちゃんと払っておいたから」
染谷くんはがっくりと肩を落とす。男としてのプライドが剥がれ落ちていくのが手に取るように分かる。
「……お前と一緒にいると調子を狂わされてばかりだ」
そうでしょうね。成績優秀なあなたは、いつだって周りを振り回す側だったでしょうから。
あなたは昔からそうだった。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「もう勝手にしろ」
腕を組んでも、もう染谷くんは何も言わなかった。それはそれで、つまらない。
まだ時間はある。だけど今回のデートはこれでおしまい。ちょっと名残惜しいくらいが、恋の駆け引きには必要なの。
押してダメなら引いてみろ、ね。
店を出て少し歩いたところで染谷くんから手をはなす。
「今日は楽しかった。私のお誘いに付き合ってくれてありがとう」
染谷くんはバツが悪そうな顔をして、本の入った袋を握りしめる。
「……逆だ。お前が俺につきあってくれたんだろ」
「でもお誘いしたのは私よ」
「お前は、どうして俺にそこまでしてくれるんだ」
「それは……」
私は顔を赤く染め、俯く。小さな声で呟いて、こう言った。
「あなたのことが好きだから」
染谷くんが息を呑んだ。顔を耳まで赤くさせて固まっている。
「あなたのことが好きなの。染谷クリスくん。だからあなたのために、なんでもしてあげたい思うの」
私はあなたのことなんか大嫌い。嫌いだからこそ、私はなんだってできる。
「お返事はすぐには聞きません。私達はまだ知り合って間もない関係ですもの。だけど……これからもあなたのお傍にいてもかまいませんか?」
春を抜けた、5月の温かな風が吹く。春は恋の始まりだなんて言うけど、恋の風はいつだって起こせるものなの。私がそうしたいと思った時に。
私はもう、あの時の「弱虫」な私じゃないのよ。
染谷くんは言った。
「勝手にしろ」
真っ赤な顔。空の色をした瞳が私を見つめられずに逸らされる。
「……ありがとう、クリスくん」
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