愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

文字の大きさ
上 下
31 / 51
3章 変調

6話 倫理:まさかの宣告

しおりを挟む
「おい。何を……しているんだ」
「えっ」
 
 ロランが目を潤ませながらこちらを睨んできている。
 何かと思ったら、自分がロランの手を握っていた。
 いや、握っていたというよりは、手に取って見ていた――だろうか。
 どちらにしても同じことだ。「手がボロボロだな」と考えていただけのつもりが、いつの間にか手を握ってまじまじと見つめていたらしい。
 
「あ、あれ? うわ、ゴメン……」
 
 謝ったのと同時にロランがバッと手を離す。
 
 ――完全に無意識だった。
 魔力供給のときロランを抱き寄せ何度も唇を合わせてしまっているが、あれはまだ「魔力・生命力を求めているがゆえの生存本能」という言い訳ができる。
 だが、今回のこれは魔力供給と全く関係がない。
 
(アカン、ホンマにどないしてもうたんやオレは……)
 
 ショックが大きい。
 何もないときにまでこんな行動に出てしまうとは――手を握るくらいならまだいいが、そのうちエスカレートしてとんでもないことをしでかしてしまうのではないか。
 そう考えたところでロランが口を開いた。
 
「こ……こういうことをするのは、やめろ」
「ご、ゴメン、ホンマに……」
 
 顔が真っ赤だ。元の色が白いから、赤くなると目立つ。相当に怒らせてしまったらしい。
 当たり前だ。少し話すようにはなったが、ロランにとってトモミチは「毎日ガッと抱きしめて唇を奪ってくる上、毎日毎日ペラペラ喋りかけてくる頭がおかしい男」でしかないのだ。
 
 正直、ここ数日の自分の痛々しさは自分が一番理解している。
 確かに「製造責任者なんだから責任を取って会話で楽しませろ」とは言ったし、実際そう思っている。
 だがこんなに毎日のようにまとわりついてマシンガントークをしてしまうのは明らかにおかしい。
 こんな距離の詰め方をしたことは今まで一度としてない。
 一体自分はどうしてしまったのか――。
 
「……食材と筆記具は買ってきてやる。だがもう魔力供給のとき以外は僕に近づくな!」
「う、うん……」
「お前と話していると、体調が悪くなる!」
「そ……そこまで」
 
 鬱陶しがられていることは分かっていたが、体調が悪くなるほど嫌だったのか。
 それは本当に、配慮しなければいけない。
 しかしそんな奴を相手に唇を合わせないといけないのは変わらないが、それはいいのだろうか。
 あと5日――今朝の分はもう済ませたから、あと9回しなければならないが……。
 
「……えっと、ゴメンな。おかしいよなオレ」
「そうだ。お前といると僕は体調が悪くなる」
「に……2回も言わんといて」
「お前と話していると心臓の調子が悪い。動悸と息切れがしてくるんだ」
「…………えっ?」
 
 ――なんて??
 
 キョトン顔でロランを見上げると、ロランはまた赤い顔で目線を逸らした。
 
「お前と話していると体温が上がって顔が熱くなるし、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない!」
「な、え、ちょっと……」
 
 真っ赤な顔でありえない抗議をしてくる目の前の青年を直視できず、トモミチもまた顔を逸らす。
 
(ちょっと……ちょっと待って)
 
 ――今この子、なんつった?
 
『お前と話していると心臓の調子が悪い、動悸息切れがしてくる、体温が上がって顔が熱くなる、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない』――聞き間違いではない。確かにそう言った。
 ……もうそれは、完全に……。
 
(ウッソやろ……)
 
 トモミチは女性にモテた。
 それに気づいたのは中学生の時くらいだったか――ともかく、これまで幾度となく女性からアプローチを受け続けてきたので、相手が自分に好意を抱いていそうだということはすぐに分かる。
 だが今の今まで、こんなに突然ダイレクトかつド直球で気持ちを投げてこられたことはない。
 塾の生徒――女子中学生達ですら、分かりやすくはあるもののもっと婉曲な表現でアプローチしてきていた。
 
 こんな駆け引きも打算もない告白があるだろうか。しかも当人はこれが告白に当たるということに全く気がついていない。
「お前のせいで心と体の調子が悪い、どうしてくれる」と心の底から憤慨し、抗議してきているのだ。
 
 ――それにしたって、理由が分からない。
 自分のまとわりつき方はアタマがおかしかった。あれで好意を抱くとは到底思えない。
 毎日キスをしてはいるが、そもそも最初にいきなり唇を合わせてきたのはロランの方だ。大体自分達は出会って5日しか経ってない。
 それで「ドキドキするから近づくな (要約)」とは、そんな自分勝手でアホな話があるだろうか? いや、あるはずがない。
 
 ちら、とロランの方に視線を戻すと、潤んだ瞳を細めながら口を開くところだった。
 まだ何か「無自覚の大告白」をする気だろうか――駄目だ、これ以上喋らせてはいけない。
 本人の名誉のためにも――。
 
「大体、お前は」
「ゴメン、ホンマゴメン、ロラン君! オレが悪かったわ!」
「え……?」
「ここ環境違いすぎるし疲れてもうて。人おらんくて寂しいのもあるしで、ついつい話しかけまくってしもた。今日から部屋で大人しくしとくし、魔力供給の時以外は極力話しかけんようにするわ。……けど、分からんことあったら聞くから、そんときはまた教えてくれる?」
「…………ああ」
「ええ大人やのに何やってんねやろな。ロラン君にもプライベートがあるのに……ホンマゴメン」
「……わ、分かれば……いい」
 
 何か言おうとしたのをやめて、ロランは口をギュッと閉じて目をそらす。
 明らかにガッカリしている……いや、まさか、そんな。
 
 あまりにも分かりやすい感情表現に頭を抱えたくなる。
「面白い」とかそういう気持ちではない。
 ロランは自分の年齢を19か20くらいだと言っていた。これはおそらくどこの世界でも"成人男子"に分類される年齢だろう。
 それなのにこの感情表現はあまりにも幼い。6歳の甥ゆう君と同等か、それ以下にすら感じる。
 この子は一体、どういう人生を送ってきたのか……。
 
「申し渡しておく。夜の魔力供給の時以外は僕の部屋に来るな、分かったか!」
「ハイ」
 
 ロランが潤んだ瞳でこちらを睨み付け、ビシッと指をさしてくる。
 顔が真っ赤だ。そこからは初日の冷たさ、高慢さはまるで感じられない。
「人を指さしてはいけない」と言いたいのをぐっとこらえ、トモミチは事務的に返事を返した。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

処理中です...