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3章 変調
6話 倫理:まさかの宣告
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「おい。何を……しているんだ」
「えっ」
ロランが目を潤ませながらこちらを睨んできている。
何かと思ったら、自分がロランの手を握っていた。
いや、握っていたというよりは、手に取って見ていた――だろうか。
どちらにしても同じことだ。「手がボロボロだな」と考えていただけのつもりが、いつの間にか手を握ってまじまじと見つめていたらしい。
「あ、あれ? うわ、ゴメン……」
謝ったのと同時にロランがバッと手を離す。
――完全に無意識だった。
魔力供給のときロランを抱き寄せ何度も唇を合わせてしまっているが、あれはまだ「魔力・生命力を求めているがゆえの生存本能」という言い訳ができる。
だが、今回のこれは魔力供給と全く関係がない。
(アカン、ホンマにどないしてもうたんやオレは……)
ショックが大きい。
何もないときにまでこんな行動に出てしまうとは――手を握るくらいならまだいいが、そのうちエスカレートしてとんでもないことをしでかしてしまうのではないか。
そう考えたところでロランが口を開いた。
「こ……こういうことをするのは、やめろ」
「ご、ゴメン、ホンマに……」
顔が真っ赤だ。元の色が白いから、赤くなると目立つ。相当に怒らせてしまったらしい。
当たり前だ。少し話すようにはなったが、ロランにとってトモミチは「毎日ガッと抱きしめて唇を奪ってくる上、毎日毎日ペラペラ喋りかけてくる頭がおかしい男」でしかないのだ。
正直、ここ数日の自分の痛々しさは自分が一番理解している。
確かに「製造責任者なんだから責任を取って会話で楽しませろ」とは言ったし、実際そう思っている。
だがこんなに毎日のようにまとわりついてマシンガントークをしてしまうのは明らかにおかしい。
こんな距離の詰め方をしたことは今まで一度としてない。
一体自分はどうしてしまったのか――。
「……食材と筆記具は買ってきてやる。だがもう魔力供給のとき以外は僕に近づくな!」
「う、うん……」
「お前と話していると、体調が悪くなる!」
「そ……そこまで」
鬱陶しがられていることは分かっていたが、体調が悪くなるほど嫌だったのか。
それは本当に、配慮しなければいけない。
しかしそんな奴を相手に唇を合わせないといけないのは変わらないが、それはいいのだろうか。
あと5日――今朝の分はもう済ませたから、あと9回しなければならないが……。
「……えっと、ゴメンな。おかしいよなオレ」
「そうだ。お前といると僕は体調が悪くなる」
「に……2回も言わんといて」
「お前と話していると心臓の調子が悪い。動悸と息切れがしてくるんだ」
「…………えっ?」
――なんて??
キョトン顔でロランを見上げると、ロランはまた赤い顔で目線を逸らした。
「お前と話していると体温が上がって顔が熱くなるし、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない!」
「な、え、ちょっと……」
真っ赤な顔でありえない抗議をしてくる目の前の青年を直視できず、トモミチもまた顔を逸らす。
(ちょっと……ちょっと待って)
――今この子、なんつった?
『お前と話していると心臓の調子が悪い、動悸息切れがしてくる、体温が上がって顔が熱くなる、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない』――聞き間違いではない。確かにそう言った。
……もうそれは、完全に……。
(ウッソやろ……)
トモミチは女性にモテた。
それに気づいたのは中学生の時くらいだったか――ともかく、これまで幾度となく女性からアプローチを受け続けてきたので、相手が自分に好意を抱いていそうだということはすぐに分かる。
だが今の今まで、こんなに突然ダイレクトかつド直球で気持ちを投げてこられたことはない。
塾の生徒――女子中学生達ですら、分かりやすくはあるもののもっと婉曲な表現でアプローチしてきていた。
こんな駆け引きも打算もない告白があるだろうか。しかも当人はこれが告白に当たるということに全く気がついていない。
「お前のせいで心と体の調子が悪い、どうしてくれる」と心の底から憤慨し、抗議してきているのだ。
――それにしたって、理由が分からない。
自分のまとわりつき方はアタマがおかしかった。あれで好意を抱くとは到底思えない。
毎日キスをしてはいるが、そもそも最初にいきなり唇を合わせてきたのはロランの方だ。大体自分達は出会って5日しか経ってない。
それで「ドキドキするから近づくな (要約)」とは、そんな自分勝手でアホな話があるだろうか? いや、あるはずがない。
ちら、とロランの方に視線を戻すと、潤んだ瞳を細めながら口を開くところだった。
まだ何か「無自覚の大告白」をする気だろうか――駄目だ、これ以上喋らせてはいけない。
本人の名誉のためにも――。
「大体、お前は」
「ゴメン、ホンマゴメン、ロラン君! オレが悪かったわ!」
「え……?」
「ここ環境違いすぎるし疲れてもうて。人おらんくて寂しいのもあるしで、ついつい話しかけまくってしもた。今日から部屋で大人しくしとくし、魔力供給の時以外は極力話しかけんようにするわ。……けど、分からんことあったら聞くから、そん時はまた教えてくれる?」
「…………ああ」
「ええ大人やのに何やってんねやろな。ロラン君にもプライベートがあるのに……ホンマゴメン」
「……わ、分かれば……いい」
何か言おうとしたのをやめて、ロランは口をギュッと閉じて目をそらす。
明らかにガッカリしている……いや、まさか、そんな。
あまりにも分かりやすい感情表現に頭を抱えたくなる。
「面白い」とかそういう気持ちではない。
ロランは自分の年齢を19か20くらいだと言っていた。これはおそらくどこの世界でも"成人男子"に分類される年齢だろう。
それなのにこの感情表現はあまりにも幼い。6歳の甥ゆう君と同等か、それ以下にすら感じる。
この子は一体、どういう人生を送ってきたのか……。
「申し渡しておく。夜の魔力供給の時以外は僕の部屋に来るな、分かったか!」
「ハイ」
ロランが潤んだ瞳でこちらを睨み付け、ビシッと指をさしてくる。
顔が真っ赤だ。そこからは初日の冷たさ、高慢さはまるで感じられない。
「人を指さしてはいけない」と言いたいのをぐっとこらえ、トモミチは事務的に返事を返した。
「えっ」
ロランが目を潤ませながらこちらを睨んできている。
何かと思ったら、自分がロランの手を握っていた。
いや、握っていたというよりは、手に取って見ていた――だろうか。
どちらにしても同じことだ。「手がボロボロだな」と考えていただけのつもりが、いつの間にか手を握ってまじまじと見つめていたらしい。
「あ、あれ? うわ、ゴメン……」
謝ったのと同時にロランがバッと手を離す。
――完全に無意識だった。
魔力供給のときロランを抱き寄せ何度も唇を合わせてしまっているが、あれはまだ「魔力・生命力を求めているがゆえの生存本能」という言い訳ができる。
だが、今回のこれは魔力供給と全く関係がない。
(アカン、ホンマにどないしてもうたんやオレは……)
ショックが大きい。
何もないときにまでこんな行動に出てしまうとは――手を握るくらいならまだいいが、そのうちエスカレートしてとんでもないことをしでかしてしまうのではないか。
そう考えたところでロランが口を開いた。
「こ……こういうことをするのは、やめろ」
「ご、ゴメン、ホンマに……」
顔が真っ赤だ。元の色が白いから、赤くなると目立つ。相当に怒らせてしまったらしい。
当たり前だ。少し話すようにはなったが、ロランにとってトモミチは「毎日ガッと抱きしめて唇を奪ってくる上、毎日毎日ペラペラ喋りかけてくる頭がおかしい男」でしかないのだ。
正直、ここ数日の自分の痛々しさは自分が一番理解している。
確かに「製造責任者なんだから責任を取って会話で楽しませろ」とは言ったし、実際そう思っている。
だがこんなに毎日のようにまとわりついてマシンガントークをしてしまうのは明らかにおかしい。
こんな距離の詰め方をしたことは今まで一度としてない。
一体自分はどうしてしまったのか――。
「……食材と筆記具は買ってきてやる。だがもう魔力供給のとき以外は僕に近づくな!」
「う、うん……」
「お前と話していると、体調が悪くなる!」
「そ……そこまで」
鬱陶しがられていることは分かっていたが、体調が悪くなるほど嫌だったのか。
それは本当に、配慮しなければいけない。
しかしそんな奴を相手に唇を合わせないといけないのは変わらないが、それはいいのだろうか。
あと5日――今朝の分はもう済ませたから、あと9回しなければならないが……。
「……えっと、ゴメンな。おかしいよなオレ」
「そうだ。お前といると僕は体調が悪くなる」
「に……2回も言わんといて」
「お前と話していると心臓の調子が悪い。動悸と息切れがしてくるんだ」
「…………えっ?」
――なんて??
キョトン顔でロランを見上げると、ロランはまた赤い顔で目線を逸らした。
「お前と話していると体温が上がって顔が熱くなるし、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない!」
「な、え、ちょっと……」
真っ赤な顔でありえない抗議をしてくる目の前の青年を直視できず、トモミチもまた顔を逸らす。
(ちょっと……ちょっと待って)
――今この子、なんつった?
『お前と話していると心臓の調子が悪い、動悸息切れがしてくる、体温が上がって顔が熱くなる、お前のことを考えると夜なかなか寝付けない』――聞き間違いではない。確かにそう言った。
……もうそれは、完全に……。
(ウッソやろ……)
トモミチは女性にモテた。
それに気づいたのは中学生の時くらいだったか――ともかく、これまで幾度となく女性からアプローチを受け続けてきたので、相手が自分に好意を抱いていそうだということはすぐに分かる。
だが今の今まで、こんなに突然ダイレクトかつド直球で気持ちを投げてこられたことはない。
塾の生徒――女子中学生達ですら、分かりやすくはあるもののもっと婉曲な表現でアプローチしてきていた。
こんな駆け引きも打算もない告白があるだろうか。しかも当人はこれが告白に当たるということに全く気がついていない。
「お前のせいで心と体の調子が悪い、どうしてくれる」と心の底から憤慨し、抗議してきているのだ。
――それにしたって、理由が分からない。
自分のまとわりつき方はアタマがおかしかった。あれで好意を抱くとは到底思えない。
毎日キスをしてはいるが、そもそも最初にいきなり唇を合わせてきたのはロランの方だ。大体自分達は出会って5日しか経ってない。
それで「ドキドキするから近づくな (要約)」とは、そんな自分勝手でアホな話があるだろうか? いや、あるはずがない。
ちら、とロランの方に視線を戻すと、潤んだ瞳を細めながら口を開くところだった。
まだ何か「無自覚の大告白」をする気だろうか――駄目だ、これ以上喋らせてはいけない。
本人の名誉のためにも――。
「大体、お前は」
「ゴメン、ホンマゴメン、ロラン君! オレが悪かったわ!」
「え……?」
「ここ環境違いすぎるし疲れてもうて。人おらんくて寂しいのもあるしで、ついつい話しかけまくってしもた。今日から部屋で大人しくしとくし、魔力供給の時以外は極力話しかけんようにするわ。……けど、分からんことあったら聞くから、そん時はまた教えてくれる?」
「…………ああ」
「ええ大人やのに何やってんねやろな。ロラン君にもプライベートがあるのに……ホンマゴメン」
「……わ、分かれば……いい」
何か言おうとしたのをやめて、ロランは口をギュッと閉じて目をそらす。
明らかにガッカリしている……いや、まさか、そんな。
あまりにも分かりやすい感情表現に頭を抱えたくなる。
「面白い」とかそういう気持ちではない。
ロランは自分の年齢を19か20くらいだと言っていた。これはおそらくどこの世界でも"成人男子"に分類される年齢だろう。
それなのにこの感情表現はあまりにも幼い。6歳の甥ゆう君と同等か、それ以下にすら感じる。
この子は一体、どういう人生を送ってきたのか……。
「申し渡しておく。夜の魔力供給の時以外は僕の部屋に来るな、分かったか!」
「ハイ」
ロランが潤んだ瞳でこちらを睨み付け、ビシッと指をさしてくる。
顔が真っ赤だ。そこからは初日の冷たさ、高慢さはまるで感じられない。
「人を指さしてはいけない」と言いたいのをぐっとこらえ、トモミチは事務的に返事を返した。
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