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3章 変調

1話 違和

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「おはよ~、ロラン君~」
「っ……早く、降ろせ……」
「うん。おはよ――って」
「く……」
 
 5日目の朝。
 今日もトモミチの身体の上でがっちりと抱きしめられている。
 腕が解かれる気配がない――やはり、挨拶をしなければ解放されないらしい……。
 
「おは……よう」
「はい、おはよう」
 
 トモミチが僕の背中を軽く叩き、腕の拘束を解く。
 
「…………」
 
 ――最近の僕はおかしい。
 魔力供給のあと、毎回顔と身体が上気したように熱い。
「早く腕を離せ」と言いながら、そうされると何か落ち着かない……。
 
(違う、そんなこと今はどうでもいい……)
 
 考えを振り払うように頭を振り、立ち上がる。
 早く立ち去りたいが、今日はこいつに話さなければいけないことがある。
 
「おい、お前。……食事を摂っていないそうじゃないか」
 
 僕の言葉にトモミチは「ああー……」と、あくびか返事か分からない声を出しながら起き上がり、バツが悪そうに頭を掻く。
 
「……ハハッ、バレたかー」
 
 
 昨夜トモミチに魔力供給をしたあとアンソニーが僕の部屋にやってきて、「トモミチが水以外の物を摂取していないようだ」と報告してきた。
 アンソニーはニヤついた顔とふざけた態度が標準装備の男だが、職務には忠実だ。
 契約時に「特別な用事がない限り僕のところに来るな」と告げたらそれを守り、本当に報告すべきことがあるときだけ僕の部屋にやってくる。
 内容は〝泥人形ホロウ〟の状態が悪いとか、溶けたとか、良くないものが大半だ。
 今回のこれも良くないことに入ると判断してのことだろう。
 
 しかし、ホロウが食事を摂らないのは別に珍しいことではない。むしろそれが標準だ。
 10日を経るまでホロウは〝人型ひとがたの泥〟でしかない。魔力の供給さえしっかり受けていれば、生命維持のための食事は必要ない。
 そう説明するもアンソニーは何か納得がいかないようで、「本人から話を聞いてやれ」と言ってきた。
 
「……なぜ、私が。お前が聞けばいいだろう」
「だって先生が一番カレと話してるじゃない」
「は……話していない。あれはあの男が一方的に喋っているだけで」
「とにかくお願いねぇ。アタシってば、とーっても多忙なのよぉ~」
「あ、おい……!」
 
 僕の返事など聞かず、アンソニーは舞うようにその場を立ち去っていった……。
 
 …………
 ……
 
 そういうわけで、僕がこいつに事情聴取をする羽目になってしまった。
 話すと長いし抜け出せないから、接触は最低限にしたいのに。
 大体、「話を聞け」と言われても何を聞けばいいのか……。
 
「……なぜ、食べない。理由があるのか」
「うーん、食欲全然なくてさ~。……食べなヤバいかな、やっぱ」
「魔力の供給さえ受けていれば問題はないが」
「そっか」
「…………」
「…………」
「…………」
 
 ――会話が終了してしまった。
 いつもいらない情報をペラペラペラペラとよく喋るのに。
 
(……別に、それでいいじゃないか?)
 
 トモミチは食欲がないから食事をしない。魔力供給を受けていれば、食事をしなくとも問題はない。
 ゴーチエだって、ホロウの食事の管理などしていなかった。
 10日を経て人間となったあとも食事をしなければ健康を損なうだろうが、それは僕が知ったことではない。
 僕は静かに過ごしたい。
 ここで会話が終わるなら、願ったり叶ったりじゃないか――?
 
「しょ……、食欲が、湧かない、……理由はあるのか」
「え?」
「食べなくとも問題はないが、その……、レミとアンソニーが、お前が食事をしないことを気にしている」
「そっかあ……うーん」
 
 ベッドから足を下ろすと、トモミチは膝に肘をついて口元に手を当て考え込む。
 しばらくの間のあと、言いにくそうに口を開いた。
 
「あのー……、色がさあ……」
「色?」
「うん。青が多いやん? あれが、どうもな……」
 
 トモミチの言う通り、ニライ・カナイの食べ物は青系統が多い。肉も魚も野菜も卵もほとんど全てだ。
 しかしトモミチの住む国においてそれらは毒々しく、かつ食欲を削ぐ色に分類されるらしい。
 
「……食文化否定してんとちゃうんやで。ただどうしても、食う気起こらんくて」
「どんな色ならそう感じないんだ」
「せやなあ、茶色とか赤とか黄とか、あとは白とか?」
「…………」
 
 ――こちらからすれば、それらの色の方がよほどに毒々しい。
 食べろと言われたら躊躇する――つまりトモミチは今、同じ心境なのだろう。
 ニライ・カナイには異世界人の暮らす街が多数ある。その街の食材店へ行けば、ある程度は用意できるはずだが……。
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