愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

文字の大きさ
上 下
19 / 51
2章 ロランと泥の人形

8話 提案

しおりを挟む
「あれ? ロラン君。どうしたん?」
「『どうした』じゃない。魔力供給の時間だろう」
「えっ」
 
 その日の夜。言いつけてあった時間になってもトモミチが来ないので、僕はトモミチの部屋――安置室へ向かった。
 もしや溶けてしまっているのでは……と思ったが、ちゃんとした形でちゃんと活動していた。
 机の上に「貝がら姫」の絵本が置いてある。絵本を見ながら何か書き物をしていたようだ。
 この机とイスは、例によって「お願いがあんねんけど」と要求され用意してやったものだ。
 
「うわ……ホンマや。しまったな」
 
 トモミチは壁掛け時計と砂が落ちきった砂時計を見て苦笑いしながら後頭部をポリポリと掻く。
 
「せやけどアレやな、時間過ぎたらすぐ溶けるわけちゃうねんな」
「恐らくお前の潜在魔力が大きいからだろう」
「せんざいまりょく。ふーん……なんかよう分からんけど」
「だがあまり時間はない。早く済ませるぞ」
「はいよ」
 
 言いながらトモミチが立ち上がり、僕の方へ歩み寄ってくる。
「早く済ませるぞ」と言ったが、夜に唇を合わせる時はトモミチきっかけだ。
 何か僕がキスをねだっているように思えて気分が良くない。
 
「あのさあ、ふと気になってんけど」
「…………っ」
 
 ……その上、唇を合わせるため僕の肩や頬を持ってもなぜかすぐに唇を合わせない。
「今日はありがとう」とか「おやすみ」とか、毎回何か一言あるのだ。
 
「な……何だ? 早くしないと」
「や、これだけちょっと聞きたくてさ。魔力供給のあとオレぶっ倒れるやん? そのあとどーやってここまで運んでんのかなって。アンソニーさんが運んでんの?」
「初日だけアンソニーが運んだ。以降は私が魔法でここへ飛ばしている」
「魔法で? へー、すごいな」
「別にすごくはない。飛ばせると言っても、術の範囲はこのいおりの中にしか及ばないし」
「いやそれでも普通にすごいって。え、もしかして瞬間移動とかもできたり?」
「……瞬間移動の術はある。が、僕は使えない」
 
 転移魔法は、人・モノを飛ばす術と自身が飛ぶ術がある。
 師ゴーチエは転移魔法でニライ・カナイのどこへでも飛ぶことができたが、僕はそのどちらも不得手で、どれだけ意識を集中させても"モノを飛ばす"術しか習得できなかった。
 失敗をするたびに「なぜ言われた通りにできない、愚図が」と詰められていた……。
 
「……へぇ~、奇遇やな。オレもでけへんで」
「え?」
「いや~、昔っから転移魔法だけはアカンかってんよな~」
 
 "転移魔法"の部分を殊更ことさらに強調しながらトモミチが小さく手を広げ、首を振ってみせる。
 アンソニーがやるような芝居がかったわざとらしい動作だ。これは……。
 
「……嘘をついてるだろう」
「あ、バレた? フフッ」
「…………」
「ゴメンゴメン、怒らんといて。オレらんとこでは魔法なんかないし、瞬間移動使われへんくらい大したことちゃうやろーおもて。……で、本題やねんけど。オレをその魔法でここに運ぶのとキミが直接ここ来るのんやったら、どっちが労力使うんかな?」
「どちらもそう変わらない」
「じゃあさー、夜もロラン君がこの部屋に来て欲しいんやけど、アカンかな」
「え? ……なぜ」
「魔力供給終わったあとに受け身も取れんで石の床にぶっ倒れんの、何気に怖いんよな。ベッドに座った状態でファサーって倒れられたらエエのにーって昔から思ててん」
 
(昔から……)
 
 ――「4日しか経っていないだろう」とか、引っかかった言葉をいちいち拾い上げて指摘してはいけない。
 こいつが会話に混ぜる小さい嘘の数々は、会話を違う方向に広げて長引かせる"策"なのだ。
 昨日と今日で、嫌というほど分からされた……。
 
「……やっぱ、アカンかなあ。『オマエが来いや』って?」
 
 トモミチが眉を下げて首を傾け笑う。
 今の僕の沈黙を、僕が嫌がっているからと考えたようだ。
 
「あ……」
 
『なぜ私がお前などのために時間を割いてやらねばならん? 愚図が』
 
「っ……!」
 
 ――頭の中に響く、師ゴーチエの言葉。
 僕が何かを決めようとするときはいつもこうだ。
 脳裏にゴーチエのしかめ面が浮かび、あらゆる言葉で僕を貶め、罵倒し、僕の思考と言動を阻む。
 
『良いかロラン、私の時間は私のためだけにある。時間とは宝だ。私の宝を奪うのならば、それに見合う"対価"が必要だ。お前にそれが用意できるのか? できないだろう』
 
「…………」
 
 ――僕の時間は僕のためだけにある、時間は宝、奪うのならば対価が必要、対価を用意できないこいつのために、僕が時間を割いてやる必要など……。
 
「ロラン君? 大丈夫か」
「!」
 
 トモミチに肩を揺すられ我に返る。
 
「ゴメン、変なこと言って。やっぱもらう側が行くのが普通やんな」
「あ……」
「でも今日だけちょっと、ベッドに座ってさせてくれる? たまにはフワフワのとこで倒れたいねん」
「わ、分かっ……た」
 
 僕の返事にトモミチは微笑を浮かべ、僕の背中を軽く叩いてベッドの所へ誘導する。
 先にトモミチがベッドに座り、「やっぱ、たまには靴脱いで寝たいよな」と言いながら革靴を脱ぎ捨てた。
 その後、自分の隣を数回ポンポン叩く。そちらに座れということらしい。
 おずおずとそちらへ歩み寄りゆっくり腰掛けると、トモミチは僕の肩を持って「今日はありがとうな」と笑った。
 
「……何がだ?」
「字教えてくれたし、本もうてくれたやん」
「別に……『文字を覚えたら静かになると思う』と言うからそうしただけだ」
 
 ――全然静かにならなかったどころか、余計にうるさくなったわけだが……。
 
「ロラン君、教えんのうまいよなあ。オレ大学ん時バイトで塾の講師やっとってんけど、教えんのって結構ムズいねんよな」
「たかが30の文字を教えるのに上手いも下手もない」
「いやいや、でも色んなことよう知ってるやんか。勉強好きなん? 賢いなあ」
「勉強は日課だ、別に賢くはない」
「……めーっちゃ否定するやん」
「え?」
「褒めてんのに『自分なんか大したことない』ってめちゃめちゃプレゼンしてくるやん。なんで?」
「…………」
 
 ――『こんな当たり前のことができたからといって調子に乗るな、馬鹿め。今できていないことはいくつある? 言ってみろ』
 
 
「…………、全部、できて当たり前のことだ」
「当たり前ってことはないやろー」
「僕の知識も魔術も大したことはない。……先生に、比べたら」
「先生? えっと……屍霊術師しれいじゅつしの?」
「……そうだ。ゴーチエ・ミストラル――ニライ・カナイで彼を知らない者はいない。賢者と言われていた。魔術にも薬学にも精通していて」
「そらすごい。せやけどオレはロラン君個人をすごいって言うたんやで」
「…………」
 
 ――それに対する否定の言葉を出すよりも前に、トモミチが僕の背中をさすりながら口を開く。
 
「ロラン君は、田中君とちょっと似てるなあ……」
「タナカ君……?」
 
 聞き返したらまた長話が始まってしまうのに、つい復唱してしまった。
 
「オレが塾の講師やってるときにちょっと教えてた子やねん。めちゃめちゃ頑張り屋で成績よくてさあ、全国でトップクラスの高校狙えるんちゃうって言われてて……」
 
 ペラペラとよく喋るトモミチが、珍しく言葉に詰まる。
 おそらくそのタナカ君という奴は、「トップクラスの高校」には行けなかったのだろう。
 
「……僕は、そいつとは違う……」
「はは……せやなあ、ゴメン。田中君とロラン君は違う人間。……それと、ロラン君とその先生も違う人間やで」
「え……?」
「その"ゴーチエ先生"がどんだけすごいんか知らんけど。少なくとも"栢木先生"は、ロラン君は色んなことよう知ってるし、すごいとおもてるで。それは絶対、ウソとちゃうから……」
「!」
 
 頬に手が添えられ、唇が重なり合う。
 いつものようにトモミチの手が背中に回ってきて、僕はその手の中に収まる。
 しばらくの間のあとトモミチは腕を離し、トロンとした目で「おやすみ」と言ってベッドに崩れ落ちた。
 
「…………」
 
 用事は済んだ。さっさとこの部屋から出よう――そう思うのに、なぜか体が動かない。
 顔が熱い。心臓がドクドクと脈打っている。
 どういう現象なのか分からない。魔力供給の時刻を十数分も過ぎていたから、その分魔力が多く流れ出ていったのだろうか?
 心臓の鼓動が収まってから部屋を立ち去ろうと思ったが、いつまで経っても収まらない。
 
 結局僕はそのあとしばらく、ベッドに横たわっているトモミチの顔を見つめ続けていた。
 ふと気になって頬を触ってみると、ひんやりと冷たい――やはり彼は間違いなく"死人ホロウ"だ。
 
 当たり前のはずのその事実に、なぜか頭がグラグラした。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...