【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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15章 祈り(後)

37話 さまよえるイリアス(3)

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 シリルの教会を立ち去ったあと、僕はポルト市街へ。
 
 僕はもうすぐ死ぬ。街を出ようとすると倒れる。
 さらに活動時間にも限界がある。意識を取り戻してから12時間ほど経過すると倒れてしまう。
 こんな状態ではできることがあるはずもない。ここ数日は倒れるまでポルト市街をあてもなく歩くのが日課になっていた。
 本当に、ただ歩くだけだ。何をするでもなく誰と話すでもなく、道行く人の"樹"や"花"を見ながら歩く。
 
 人の感情を示すその植物達は少し意識を集中すれば見ないようにもできた。だが、僕はあえて見続けてきた。
 孤児イリアス、ヨハン、ロゴス、司祭イリアス……全員、それを見るのが好きだった。
 
 街には感情があふれている。様々な感情の"樹"や"花"が地面を、建物の窓を突き破って生えて、複雑に絡み合っている。
 それは醜く汚く、しかし美しい。
 道行く人はいつも違うから、樹も花も日によって様相が違う。
 まるで原生林の中を歩いているようで、心地よかった。
 
 赤眼になってそれもできなくなるかと思ったが、紋章の力を使えば瞳の色を偽ることは容易だった。
 しかし、微弱とはいえ魔力を常に放出していなければいけないのが難点だ。
 もしかしたら、いつもより早く限界が訪れるかもしれない……。
 
 
 ◇
 
 
 歩きながら、様々な情報を整理する。
 
 なぜ、僕は死ぬのか?
 禁呪の使いすぎだ。命を無為に弄び消費した人間は精神が摩耗まもうし、やがて肉体も滅ぶ。
 先代"ロゴス"――シモンもそうだった。ニコライを壁に塗り込め僕にロゴスを押しつけたあと、ドロドロに崩れて死んでいった。僕も近いうちにそうなるのだろう。
 
 なぜ、街を出ようとすると倒れるのか?
 人里には魔物が侵入できないよう光の結界が張られている。
 結界の張られていない場所は、闇を動力源とする魔物の領域フィールド……その闇の気に身体が触れると倒れるらしい。
 
 ――僕を裁くのは"闇"だ。
 人命を利用して禁忌を犯し悪逆の限りを尽くした僕を、闇は許さない。
 さらに今、その闇の力が増大している。聖女の封印を解いたことが主な原因だが……もうひとつ、それ以上に大きい"闇"が僕の行動を阻んでいる。
 
 グレン・マクロードとカイル・レッドフォードだ。
 
 最近あの2人が魔物討伐の依頼を積極的に受けるようになった……と、ギルドマスターと酒場の店主が話しているのを聞いた。
 ここ数日で狩った魔物の数は300を優に超えるという。
 それほどの数の魔物を斬る時、奴らは果たして無心だろうか。
 ……確実に斬る対象とは違う何かをイメージしているはず。
 本当に斬りたいものはこれではない。憎しみと怨念を乗せたこの剣で貫き切り裂きたいのは、こいつではない――。
 
 闇とは何か。人間の心の後ろ暗い部分の集まり。人間がいる限りこの世から闇はなくならない。
 魔法は心の力――闇の魔力も当然、人間の心によるもの。
 怒れる戦士2人の憎悪の念は闇の力となってくうを漂い、僕にだけ作用する強大な障壁となる――。
 
「ふふ……」
 
 ――参った。人の恨みなんて、買うものではないな。
 
 今奴らはこの街にいないようだ。
 どこにいるのだろう、何をしているのだろう?
 ――ああ、奴らの"樹"を見たい。
 僕ひとりだけに向けられた憎悪の念で育った"樹"……ここ数日で、一体どれほどいびつで巨大に育っただろうか……?
 
 良い感情を示すものは、小さいが美しい。本物の植物と同じく、育つのに時間がかかる。
 それに対し、悪い感情が育つのは一瞬だ。
 あの2人は僕を憎んでいるから、最初から"樹"も大きかった。
 相手が嫌がるであろう言葉をかけてやれば、短時間でおもしろいように育つ。
 一体どこまで育つのか、限界はあるのだろうか、そのうちに爆発したりするだろうか――そう思って煽って煽って……。
 しかしその行動は全て自分に返り、計画の失敗に繋がることになった。
 ああいうものは観察にとどめておくべきだった。
 遊びで育てるものではないな……。
 
 
 ◇
 
 
「……くっ……」
 
 夜6時頃、意識が混濁し始める。
 やはりいつもより早い。さらに、いつもと症状が違う。
 身体が、頭が重い。三半規管に異常をきたしたのか、平衡感覚を保っていられない。
 歩くことも立つこともままならない。
 視界が歪む。自分がどこに立っているのか認識できない。
 目に映る景色が左右にせわしなく移動し、回転し始める。
 視界の端で何かが明滅している。
 
 ……どうやら今日は、ここで終わりらしい……。
 
 
 
 ――――――………………
 
 ――――…………
 
 ――……
 
 ……
 
 
「…………」
 
 ――鳥の鳴き声が聞こえる。
 朝だ……今日も死んでいない。
 
 寒い。空気が冷たい上、身体のあちこちが痛い。
 
「……くっ……」
 
 呻きながら身体を起こすと、そこはどこかの建物の隙間だった。
 こんなところで倒れたため誰にも発見されず、そのまま夜を明かしてしまったらしい。
 建物の隙間の地面は固くじめじめしており、淀んだ空気の何とも言えない匂いが鼻をつく。
 昔シモンに幾度となくこういう場所へ連れ込まれたことを思い出し、吐き気がしてくる。
「教会のベッドは固くて寝心地が悪い」などと考えた昨日の自分を呪った。
 
「!」
 
 立ち上がれず地べたに座り込んでいる僕の元に、一羽のカラスが飛来した。
 カァ、カァ、と大きく鳴き声を上げ、地面についている僕の手をゴツゴツとつつく。
 
「っ……やめろ。僕はまだ、"死肉"じゃない……」
 
 言いながら手で振り払おうとするが、カラスは全く動じない。
 一度地面から飛び立ってバサバサと大きく羽ばたいてから着地し、僕の手の甲をつつきながらまたカァ、カァ、とけたたましい鳴き声を上げた。
 
「…………?」
 
 何か様子がおかしい。カラスが、死んでもいない、縄張りを荒らしてもいない人間にこうまで執着するものだろうか……?
 
「あーもう、なんだよ、うるせえんだよー!」
「!!」
 
 ――男の声だ。石畳をカツコツと踏み鳴らしながら、こちらへ近づいてくる。
 
「……あっ! ちょっと、何やってんだよ兄さん! こんなとこで寝てられちゃ、こま――」
 
 言葉の途中で、男は「ヒッ」と息を呑む。それと同時に僕を威嚇いかくしていたカラスが飛び立ち、男の元へ。
 飛び立った拍子にカラスの身体から羽根が抜け落ち空を舞う――陽光に照らされた羽根はわずかに紫色に輝き、地面に落ちることなく消えた。
 明るいところに出たその生き物は、普通のカラスとは全く様相が異なっていた。黒みかかった紫色の身体に、赤く輝く瞳――あれは、闇の使い魔か……。
 
「…………」
(……ジャミル・レッドフォード……)
 
 使い魔は主人――ジャミル・レッドフォードの肩に止まり、けたたましい鳴き声を上げ再びこちらを威嚇しはじめた。
 ジャミル・レッドフォードはそれとは対照的に何も喋らない。
 驚愕の表情を浮かべたまま、ただ立ち尽くしている。
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