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【第3部】13章 切り裂く刃

11話 牢獄より

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 ベルナデッタが砦を去って数日後、セルジュきょうと数名の聖銀騎士が砦にやってきた。
 が、これまでとちがい、とても友好的な雰囲気ではない。
 一体何事かと問えば、「あなた方が光の塾の残党であるという疑いがかかっている。話を聞きたい」と言うのだ。
 
 事態が全く把握できないまま左手に沈黙魔法サイレスの印が刻まれた白銀の腕輪をめられ、聖銀騎士の詰め所に連行された。
 今はそこの牢屋の中だ。
 
 ロレーヌはディオールやノルデンとちがい、2月も比較的温かい。
 春が近いから気温も上がり始めてはいるが……全面石で造られた牢屋となると、やはり寒い。
 
 ――嫌なことを思い出す。
 
 ノルデンの孤児院の懲罰房ちょうばつぼう、それにリューベ村の自警団の牢屋。
 冷たく暗い。出たあとは何か嫌なことが起こる。
 
 だが……。
 
「あー、なんでだよーちくしょー」
「…………」
「さみぃしベッド固ぇ。マットくらい置けよ腹立つ~~」
「…………」
「なんでだよ~セルジュ~、俺は逐一報告してたじゃないかよー」
「…………」
「服は着心地悪りぃし、メシはマッズイし……ムカつく~~、ちくしょおおお……」
「あー、うるせえんだよーさっきからー……」
「だってさああああ……」
「…………」
 
 荒れた口調でウダウダと文句を言いまくるカイルにジャミルが苦言を呈すると、カイルは「くぅうう~」とか言いながら後頭部をガシガシと掻く。
 イライラの弟とちがい、兄の方は冷静だ――いや、冷静というより心ここにあらずというのが正しいか。ベルナデッタのことで落ち込んでいるのだろう。
 ベッドにだらりと寝そべったまま、顔を起こすこともない。
 
 そんなわけで俺とカイルとジャミルは3人仲良く同じ牢に入れられている。それも、揃いの囚人服で。
 
 詰め所に着くや否や、ゴワゴワチクチクする粗雑な服に着替えるよう言われた。
 着替えて以来、自分の中の魔力を感じない。左手首にギッチリ嵌められたこの腕輪と同じく、魔力を妨害する素材で出来ているようだ。
 完全に罪人扱いだ。1人ではないからそこまで考えが後ろ向きにならないのはいいが、正直かなり不快だ。
 
「……下着まで指定されるとは」
「ホントだよちくしょおおおお、しかも着替えるとこまで見やがって、こんな屈辱あってたまるかよおお」
「……声を抑えろ。部屋にも頭にも反響する」
「だってさあ、お前だってめちゃくちゃだと思うだろ!?」
「……それは、そうだが」
「ああ……メチャクチャすぎだ。あのヤローがミランダ教の司祭なんてよ……」
「…………」
 
 ジャミルの言葉のあと、3人揃ってため息をついてしまう。
 光の塾の司教"ロゴス"――イリアスは、ミランダ教の、そして聖銀騎士団所属の司祭だった。
 
 この牢獄に入れられたあと、何を問うても黙して語らず俺達の前にたたずむのみだったセルジュ卿の元に「ご苦労様です」などと言いながらニコニコ笑顔で現れたのだ。
 聞けば10年以上前からここに所属していて、話しぶりからしてどうやらセルジュ卿よりも立場が上らしい。
 そんなわけで、カイルやベルナデッタがセルジュ卿に報告していたことは全てイリアスに筒抜け。
 結果的に俺達は奴が"ロゴス"として動きやすいように手助けをしてしまっていた形になる。
 
 聖銀騎士はこの短期間で随分と光の塾の情報を掴むものだ――と思っていたが、当然の話だった。
 全部イリアスが見つけさせていたのだ。リーダー格の司祭であるイリアスが適当に「あの辺に邪悪な気配が」とでも言えば部下は動く。
 
 俺は去年の今頃くらいに闇の剣の持ち主であるジャミルと出会い、ギルドに報告書を上げていた。
 それはミランダ教に渡り――つまり、それもイリアスが見ていた可能性が高い。
 さすがに何もかもを仕組んで見張ってはいないだろうが……いつから目を付けられていたのだろう。
 気味が悪い。不快だ。
 
 ――悪いことに、俺達はここ2ヶ月ばかりずっとイリアスを捜していた。
 "光の塾の司教"として捜していたつもりだったが、世間的には"聖銀騎士団の司祭"のことを嗅ぎ回っていたことになる。
 
 そして――意識していなかったが、俺達はどうも相当に怪しいらしかった。
 
 ジャミルは元闇の剣の持ち主。その支配を脱して剣の魂を使い魔として従えている。
 しかしそれから紋章、黒魔術と闇魔術、そして禁呪の研究を始めるようになり、日を追うごとにそれは本格化していった。
 カイル曰く自宅には大量の研究資料とレポートがあるらしい。
 自身の知的好奇心から始めたものだと聞いてはいたが、そこまでとは。
 
 俺はというと――全部"元"がつくものの、カラス、数々の二つ名を頂戴するほどに強い黒天騎士団の将軍、さらに一度死んで不死者アンデッドになり、意識の闇の世界の旅路を経て蘇った赤眼の人間。とどめに、光の塾の下位組織の出身ときている。
 
 それならカイルには何もないだろうと思えば、それもちがった。
 ここに来た時、あのミランダ教の水鏡に血を1滴垂らすよう言われたので全員それに従った。
 どういう原理か分からないが、あれに血を垂らすとその人間の術の資質と生年月日が浮き上がる。
 そしてそれは、カイルの外見年齢と全く一致しないものだった。
 カイルは本来であればレイチェルと同じ18歳。しかし、実際は29歳だ。それは一体何を意味するのか。
 この男、何かある――。
 
 というわけで、こんな3人組が信頼と実績のある司祭を嗅ぎ回っていたというのは確かに相当怪しい。
 誰かの依頼を受けたのか、もしや光の塾の残党か、復権を狙っているのか。
 数ヶ月前に心臓をえぐり取られて死んだ僧侶ネロと同じように、今度はイリアスの心臓を獲る気ではなかろうか……そんな様々な疑いをかけられ、見事御用になったというわけだ。
 
 一見筋が通っているようにも見えるが、矛盾を1つ1つ付き合わせていけばすぐさま破綻する。
 聖銀騎士だって無能ではない、誰か異論を唱える者がいてもおかしくないはずだ。
 しかし、誰もそれをしない。あのセルジュ卿ですらだ。
 正確に言えば、セルジュ卿はイリアスの口上に眉をひそめるような表情をしてはいる。
 だがイリアスの方が立場が上であるためなのか、反対意見を一切口にしない。
 
 そもそも、セルジュ卿は俺達をちゃんと覚えているのだろうか。
 彼と関わることになったのは、砦にやってきた"A"がきっかけ。
 だが"A"はロゴスとして始末され、その記憶は誰からも抜け落ちてしまっている――。
 
「ジャミル・レッドフォード……」
「!」
 
 囁き声がしたと思ったら、牢の外に聖銀騎士が3人立っていた。
 鉄格子を開け中に入り、ジャミルを引っ張り起こす。
 
「いてっ、痛えな!」
「…………」
 
 聖銀騎士が無言でジャミルの手首に手錠を嵌め、牢の外へと連れ出し階段を上っていく。
 
「兄貴……くそっ!」
 
 その様子を見ながら、カイルが鉄格子を叩く。
 
「あの聖銀騎士、随分と生気のない目をしていた」
「ゴーレムって奴か?」
「いや、人間だろう。……正気ではなさそうだが」
「……まさか拷問する気じゃないだろうな」
「それはないだろう、今時」
「でも相手は仲間だった"A"をあんな風に殺せる奴だ。無理矢理死刑にして証拠を全て隠滅なんてこともあるかもしれない」
「……また俺の魂を獲る気だろうか」
「可能性は高いな……」
「……俺は、死ぬのは嫌いだ」
「誰だって嫌いだよ」
「こちらも真実を突きつけてやりたいところだが……」
「あんな話誰が信じる? 何の証拠もないし、社会的信用はあっちが上ときてる」
「…………」
 
 ――そこにいる司祭イリアスこそが光の塾の司教"ロゴス"で、これまでの事件の首謀者です。
 仲間の女2人を使って血の宝玉を集めさせ、"A"1人に全ての罪を着せて殺しました。
 奴の目的は人間の魂を封じた"血の宝玉"を使って時を巻き戻し、新たな時代を創る神となることです!
 
「……無理だな」
 
 俺が一言そう呟くとカイルが壁に背を付けたままズルズルと座り込みため息を吐く。
 ジャミルが戻ってきたら、次は俺かカイルが取り調べなり拷問なりを受けるのだろう。
 闇堕ちと赤眼から抜け出たというのに、次々に壁が立ちはだかる。あいも変わらず捗々はかばかしくない。
 
 ――いつか、レイチェル・カイル・ベルナデッタと、黒魔術や禁呪を使う人間の話をした。
「使用者が魔術が優秀で社会的地位を得てる人間だと手に負えない」
「仮にそんな奴がいても競争の激しい貴族社会だろう」なんていう話だ。
 ……まさか、それらが現実になって襲いかかってくるとは。
 
(レイチェル……)
 
「今週末からバイトに行って良いって言われたんです」と、嬉しそうに報告してくれた。
 だが俺達はこの通り投獄され、ベルナデッタは実家に帰った。
 そしてルカは兄のアルノーと共に春から暮らす家を探すため、泊まりがけで出かけてしまった。
 このままだと彼女が来る頃、砦には誰もいない。
 やっと楽しい日々に戻れると意気揚々と砦に訪れたら1人――状況も何も分からないまま俺達の帰りをぽつんと待っているレイチェルを想像すると、胸がしめつけられる。
 
 ……もう泣き顔は見たくないのに、また泣かせてしまうことになるのか……。
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