【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
214 / 385
10章 "悲嘆"

10話 せめぎ合い

しおりを挟む
「駄目だよ……その男について行っちゃ、駄目だ……」
「…………」
 
 息を切らしながら、アルノーという人がこちらに近づいてくる。
 ここは街じゃない。きっと砦からも離れている、どこかの森。
 どうしてわたしを見つけたんだろう?
 ……でもそんなことどうでもいい。
 わたしはもう、あんなヒトは知らない。
 
「ルカ。彼は?」
「知りません」
「え……」
「知りません。……あのヒトも、わたしを知らないって言いました」
「っ……」
「君を否定したのだね」
「はい。わたしのお兄ちゃまを否定して、わたしを知らないと怒ったヒトです」
「酷い男だ。忘れてしまえばいい」
「はい」
 
「ま……待って、駄目だよ、その男は」
「"その男"じゃない。ロゴスさま。司教さまよ。神様に一番近い方。無礼な呼び方は許さない」
「な……」
「もう、いいかな? 行こうか、ルカ」
「はい……」
 
「待って! 駄目だ、駄目なんだ! その男は、僕達から君を奪って家族を壊した人間だよ!!」
「…………?」
 
 彼は眼を見開いて、大声で叫ぶ。
 ……何を、言っているんだろう。
 ロゴスさまがわたしを奪って、彼の家族を壊して……?
 
「ルカ、耳を貸しちゃいけない」
「は……はい」
 
 ロゴスさまが、わたしの肩に手を回し囁く。
 そして彼を見据え、口を開いた。
 
「君は"ヒト"だね。僕の天使をかどわかすのはやめてもらいたいな」
「あ、あなたは……10年前に家に来て、妹を連れ去っていきました」
「…………?」
 
 彼の口から語られる事実に胸の辺りがギュッとなる。
 何? 何を言っているの?
 
「なるほど、君はルカの"兄"だというのだね。……しかし君はこの子なんか知らないと怒鳴ったのだろう?」
「そ、それは……突然のことで、困惑していて……でも、」
「ごらん、ルカ。これがヒトの所業だよ。彼らはこうやって、気分によって言うことをひるがえして惑わす。悪魔だよ」
「…………はい」
 
 あのヒト、最初会った時は「妹なんかいない」って言って怒ったのに。どうして違うことを言うの。
 ロゴスさまの言う通り。彼は悪魔だ。
 
「なぜ今になって彼女を妹と言うんだい? 彼女はずっと泣いていたのに。君の言葉で傷ついて……それは"お兄ちゃま"がすることかい?」
「…………」
「この子がどれだけ心の中の"兄"を大事にしていたか……君に会えてどれほど嬉しかったことか。しかし君はこの子の気持ちを否定し――」
「"光の塾"というのは、喜びを禁じ、食べ物を美味しいと思うことすら許さない宗教なのでしょう。なら、この子が"兄"を大事だと思い、再会を喜ぶ気持ちは"穢れ"ではないのですか? あなたがたの教義にのっとるなら、それを否定した僕の行動は別に"悪"ではないでしょう」
「…………」
 
 ロゴスさまの言葉の途中で、彼はロゴスさまを睨みながら言葉を発する。
 怒鳴った時のように大声ではないのに、なぜか頭に響いてグラグラする。
 ――これは、なんなのだろう?
 
「ルカ、ヒトはああやって詭弁きべんろうして僕達を穢す。光の塾を、我々の神を否定し、甘言に乗せられた信徒はヒトに落ちる。君はまた苦しみたいかい?」
「あ……」
「詭弁なら詭弁で、好きに取って下さい。……苦しみのない人生なんてあり得ない。度合いの違いこそあれど、生まれてきたからには人はどこかで必ず苦しむ。痛みと苦しみのない世界なんて、彼らの言うことこそ甘言だよ」
「…………っ」
「ルカ、聞いてはいけない」
「お願いだ……僕の話を聞いて」
「あ……あ……」
 
「聞いて」「聞かないで」――ロゴスさまと彼が、交互にわたしに言葉を投げかける。
 ――分からない。頭の中がぐるぐるして、どちらも受け取れない。
 眼から勝手に涙がこぼれる。わたしは何なの。何も分からない。
 
「泣かないで……やっと思い出したんだ。君は、僕の妹だ。……ひどいことを言って、傷つけてごめん」
「なに……を、」
 
 彼は泣いているわたしを見て、眼を潤ませて笑う。
 そんな顔見たくない。胸が苦しい、しめつけられる……。
 
「僕達の父さんは、君をこの男……"光の塾"に売り渡した」
「……とう、さん……?」
 
「そう。……あまり裕福じゃなかったところに突然法外な金を得た父さんは、その後高級な嗜好品を集め始めて……そのうちに夜は飲み歩いて、賭け事や女性に湯水のように金を注ぐようになった。……色んな事情で僕は縁を切られて、今はどこで何をしているか分からない」
「…………」
「母さんは、存在も記憶も奪われた君のために、ずっとケーキやかわいい小物を買い集めていた。父さんはそんな母さんを頭のおかしい人間扱いして、精神を患う人の施設にたたき込んだ。今もずっと壊れたままだ。……たまに意識が戻った時は、人形に話しかけてる」
「おとうさん、おかあさん……?」
「僕達家族はバラバラだ。何も、幸せなんかじゃない……苦しいことばかりだ。だけど、それでも……戻ってきて欲しい」
「もどる……」
「おかしな事を言う。君は妹を不幸にしたいのかな?」
「不幸になんかしたいわけがないじゃないですか! そもそも、こうなったきっかけを作ったのはあなたでしょう……!」
「…………」
 
 彼が歯噛みしながらロゴスさまを睨む。
 彼の周りに、氷の針が浮き上がって視える――凍てつくような感情を向けられてもロゴスさまは動じず、柔らかく微笑んだまま両手を広げる。
 
「『この子には無限の可能性がある。このまま埋もれさせておくのはもったいない。光の塾で魔法を学んで紋章に目覚めれば、魔術学院で特待生に迎えられる。そうなれば将来安泰ですよ』――そう言って机の上に大金を積んだら君の父親は喜んで娘を差し出したよ。動じない親もたくさんいるのに、欲深いことだ」
「くっ……」
「ロ、ロゴスさま……あの人は、本当にお兄ちゃまなんですか?」 
「そうなるのかな。でも、その事実は重要じゃないよ。君の父親はカネに眼がくらんだ原罪まみれのヒト……僕は君を救い出してあげたんだよ、悪魔の棲む家から」
「やめてください! ……僕の家は確かに正常じゃない……だけど、妹を奪ったあなたに悪魔なんて言われる筋合いはない!」
「悪、魔……ヒッ!」
 
 わたしが彼の言葉を反芻していると、唇にロゴスさまの指が当てられた。
 
「駄目だよ、ルカ。彼の言葉に惑わされては」
「やめろ、妹に触るな!」
「お、おに……」
「違うよ。彼は君の兄のふりをする悪魔だ」
「…………う、あ」
「まるで妹をずっと思っていたかのように言うけれど、君はその存在を忘れていたのではなかったかな」
「そ、それは」
「今の今まで存在を忘れていたような者が、彼女を大切になどできるかな。君は彼女にどんな幸せを与えてあげられる?」
「幸せを与えることは……できません」
 
 そう呟いて、彼は碧の眼を細め、横にそらす。でもまたすぐに眼を見開いてわたしを見た。
 
「その人の言う通りに、僕は君のことを忘れてしまっていた。たった1人の妹なのに……。ずっと自分のことしか考えていなかった……ごめん、僕を許して」
「……あ……」
「僕は神じゃないし、天使でもない。人間だ。自分勝手だし、愚かなことをする。喜びや幸せを与えるなんてできない……でも、それは自分で見つけて、感じ取っていくものだ。だから、君がそれを探すのを手伝わせて欲しい。それで、一緒に喜ばせて欲しい」
 
 彼の眼から、涙がこぼれる。
 彼の周りを飛んでいた氷のトゲは姿を消し、水の滴が姿を現した。
 あまり、綺麗とはいえない。彼の心はきっと淀んでいる。いつかのジャミルと同じだ――。
 
「もしそれが駄目でも、その人についていくのだけはやめてくれ、お願いだ。君がなくなってしまう……それは、それこそ本当に不幸なことだよ」
「お、おに…………」
「……ルカ、涙に惑わされてはいけない。ヒトはああやって相手を思うようなことを言って泣いてみせる。でもそれは自分を憐れんで流す涙なんだ。聞こえのいい台詞を言っている自分に酔っているに過ぎないんだ」
「……分かったよ、僕のことはそれでいいよ。でも、僕以外の人は? ジャミルとか、他に仲間や友達がいただろ? その人達のことは、ひとつも大事じゃない? もう会えなくなってもいいの?」
「……とも、だち……」
 
 ――砦のみんな。
 前わたしがいなくなったとき、みんなで捜してくれた。
 レイチェルも、フランツも、ベルも、カイルさんも、みんな……わたしを想って。
 
「ロ、ロゴス、さま……」
 
 隣に立つロゴスさまを見上げると、わたしの肩に手を置いたまま微笑んでいる――灰色の瞳は、澄み渡っている。
 グレンとは違う。そう、まるで清流のよう……でも、これは、綺麗なもの?
 
(ちがう……!)
 
『グレン、ヒトの世で、生きるのは……苦しい?』
『そうだな。神はいない。人間は汚いし、自分勝手だ』
『でも、そうじゃないのがいることも知ってる。そういう奴らのおかげで立っている』
『そもそも俺も人間だし、綺麗でもない。折り合いをつけて生きていかなければいけない』
 
 彼の水がどす黒くなって眼が紅く染まってしまったのは、ヒトの世で折り合いをつけながら生きて苦しんだ証。
 紅くなる前だって、決して澄んではいなかった。
 それはきっと、その眼に綺麗なものと汚いものを映しつづけてきたからだ。
 
 だけど目の前のこの人は、その眼に何も映していない。
 見ようと思うものしか映さない。だから汚れていない。だから、綺麗……、
 
(ちがう、ちがう……!)
 
 この人は、汚れていないけど、綺麗でもない。
 光、闇、どちらでもない。
 
 "無"だ――。
 
 
「ルカ、もういい。これ以上は時間の無駄だ」
「え……、ヒッ……!」
「う……っ!」
 
 ロゴスさまがわたしの思考を遮り、額の紋章を光らせた。
 頭の中にキーンという高い音が響く。眩しい、頭が痛い、動けない……。
 
「う、う…………っ!」
 
 彼もロゴスさまの放つ紋章の音が頭に響いているのか、頭を抱えてうずくまっている。
 ――だんだんと目の前が白んでいく。
 
「さあ行こうか、みんなが待っている」
 
("みんな"……?)
 
『お願いだよ……、ルカがせっかく見つけたルカを、捨ててしまわないでよ……』
 
(レイ、チェル……)
 
 眼の端から涙がこぼれる。
 いやだ、砦のみんな以外の、知らない"みんな"のところになんて行きたくない。わたしはわたしを捨てたくない。
 でも身体が動かず、声を出すこともできない。目の前で閃く紋章から目が離せない。
 光の粒が集まる。何一つ視認できないほどのまばゆい光が、わたしの意識をかき消していく――抗うことは、できない。
 
 ――もう駄目。わたしが見つけた"わたし"は消える。
 全部の感情と一緒に、何もかも忘れてしまう。
 
「ま、待って……駄目だ……連れて、行かないでくれ……」
 
 ――遠くの方で、彼の声が聞こえる。そんな彼を見てか、ロゴスさまは微笑みながらため息をついた。
 
「――もういいだろう? 僕の天使をこれ以上苦しめないでくれ」
「……ちがう! 何が、天使だ……やめろ……!」
 
 もういいの。もういい。これ以上逆らうと、あなたは消されてしまう。
 わたしのことはもう、忘れて――
 
「行かないで、!!」
 
 ――一陣の風が吹いた。
 わたしを包む光の粒が、全て霧散していく。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...