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5章 兄弟

2話 隊長とリーダーと黒い剣―グレン

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『グレン、次は現地集合にするから』
 別にそれはいい。……いいけど。
 この砦内の雰囲気、どうしてくれる――。
 
 レイチェルによると、ジャミルは昔嘘を言って友達の集まりに弟を連れて行かなかった。すると弟は別の所に行きそこで消えてしまったらしい。
 そしてその『弟』がカイルであると。
 そのことで思うところがあるのか奴は久しぶりに再会した兄とまともに口も聞かず、それどころか、
『お前と話すことは何もない』――吐き捨てるようにそれだけ言って飛び去ってしまった。
 
 その後ジャミルは部屋に引きこもってしまい、レイチェルは思わずカイルの名前を呼んでしまったことに責任を感じしょんぼりしている。
 というわけで一応は隊長である俺がジャミルの様子を見に来たのだが――。
 
「ジャミル? 入るぞ」

 返事がないので勝手に部屋のドアを開けると、机に突っ伏したジャミルから紫のオーラ――瘴気がわきたっていた。傍らの黒い剣とともに。

(……!)

 この黒い剣は闇の紋章の眷属らしい。
 火・水・土・風の紋章は人や動物に、そして光・闇は物に宿り持ち主を求める。
 かつて世界を救ったという勇者は光の剣と、闇の剣も携えていた。
 あえて自分の中の闇を受け入れることで闇の剣を従えることができたとか、物語で読んだことがある。
 
 剣はジャミルのわずかな心の闇を刺激する。
 しかしジャミルはなんとかそれを自制し、剣に完全には支配されず苦しんでいる。
 
 ……と、その黒い剣が言っていた。
 
 俺のような紋章を持つ人間となら意思の疎通が可能らしく、こいつは俺に話しかけてくる。
 自分の紋章がなんであるか今ひとつよく分かってはいないが、魔器ルーンなしで魔法が撃てるというだけの代物ではないらしい。
 黒い剣はジャミルに語りかけるが紋章持ちでないジャミルには聞こえず、呻くばかりで何も応えない。
 聞こえていないことは知っているらしいが、語りかけている。
 
 それで、心根のまっすぐな人間のわずかな心の闇を増幅して堕とすのが楽しい とか
 最近のジャミルは特に後ろめたいことがあるので語りかけがいがある とかなんとか俺に言ってくる。
 
 ……そういうわけで、かねてより不安定だったジャミルはより一層仕上がった感じになってしまったのだ。
 確かに最近はずっとくすぶっていた。だからストレス発散にと、剣の手合わせに付き合っていた。
 だが幼なじみのレイチェルと再会して話をしたりベルナデッタに魔法をかけてもらったりで、ある程度抑えることができていたのだ。

 ――そこへきて、これだ。

(あいつめ……何やってくれてんだ)

 最初からジャミルとレイチェルに気付いていた。相手も自分に気付いた。
 それであんな態度になるならハナから現地集合にして顔を合わせないようにすればよかったじゃないか。
 
「ジャミル、大丈夫か」
「グレン……っ、う……、うう……っ」

 剣の瘴気がなおもジャミルに圧力をかける。顔が青白い。

「やばそうだな……待ってろ。ベルナデッタを呼んでくる」

 適当な手紙やら荷物の配達に行った時に教会で聖水を分けてもらったり回復魔法をかけてもらったりしていたが、ここ最近はベルナデッタにやってもらっている。
 ルカが魔法で出した水に彼女が魔力を込めることで聖水も作れる。
 ……回復魔法はいらないといいながらもおやつ担当で雇った彼女が、ここへきて思わぬ活躍をしている。
 
 
 ◇ 
 
 
「……ふう。これで大丈夫かしら」
「わりい……助かった」

 ベルナデッタの回復魔法でジャミルは少し落ち着きを取り戻したようだ。
 部屋中を覆うような瘴気もなりをひそめた。

「それで、今日のラーメン夜会はどうするの?」

 ラーメン夜会とはベルナデッタが知らん間にやりだしたベルナデッタ作のラーメンを食べる会だ。
 なぜか毎週土曜日の夜に定番化している。

「……は? いや、ラーメンなんか食う気分じゃ……」
「こういう時はおいしい物を食べればちょっとでも落ち着くわよ。ラーメンがこってりして駄目なら、おかゆとかさ」
「……まあ、行けたら行くけど。…………あのよ、グレン」
「ん?」
「その……聞きたい、ことが」
「……ああ」
「あ、……それじゃあ、あたしはこれで失礼しますね」

 聞きたいことは十中八九カイルのことだろう……それを察してか、ベルナデッタは退室した。
 

 落ち着きはしたものの、ベッドに横たわるジャミルの顔色はやはり悪い。

「大丈夫か」
「ああ……なんとか。聞きたいことってのは、カイルのことだ……」
「……知っている範囲でいいなら」 
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