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【第1部】1章 花と少女

7話 お花の水やり 再び

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「おはようございまーす」
 週末、わたしはまた花の種を買ってから砦の厨房にやってきた。作戦室というのも一応あるんだけど、大体3人ともここに集まってることが多い。
 
「え……」
「……おう」
 グレンさんとジャミルが何故か驚いた様子で挨拶を返す。
「あの……何か変でした??」
「いや……。来てくれたんだな」
 安堵したようにグレンさんが言う。
「へ?? ああ、前の……」
 とんでもない直径の水の玉をぶつけられたのは先週のこと。
 
「大丈夫です。その……ちょっとヘコみましたけど」
「……そうか。あんなことしたけど、好きは好きらしいから……許してやってくれ」
「アイツ、ああやって『好き』『嫌い』言って、嫌いなヤツに水ぶっかけてさー。そらみんな辞めてくわ……レイチェル、これ切っといてくれ」
「あ、はい」
 カゴに大量に積まれた玉ねぎを渡される。
「切り方はどうしよう」
「くし切り」
「はーい」
 
 わたしが玉ねぎを切っている最中も話は続く。
「……そんでアンタが妙に肩持つからみんな辞めてくんじゃねーかよ」
「都度都度怒ってるじゃないか……。それなのにみんな『シスコンキモい』『お兄ちゃまとかありえないんですけど』って……」
 グレンさんが机に突っ伏してぼやく。長身のイケメンが顔をテーブルにくっつけて座って落ち込む姿は少し異様だ……。
「……かわいそうだと思わないか?」
 突然起き上がって、わたしの方に喋りかけてくる。
「え!? ……そう、です、ね……」
 急に話を振られてわたしは玉ねぎを落としそうになってしまう。
「はぁ……何故か涙まで出てきた」
「玉ねぎ切ってっからな」
 再び座り込んで目頭をおさえるグレンさんにジャミルが冷静にツッコむ。
 
「そういえば、そのルカはどうしたんですか?」
「ああ……そういえば見てないな。まあパンケーキでも焼いてればそのうち現れるだろう」
(そんな、のろしみたいな……)
「……パンケーキ」
「あっ」
 厨房の入り口にルカが立っている。
 
「……ルカ、『瞬間移動のお約束』ちゃんと守れたじゃないか。よし、褒美にこの変な形の野菜をやろう」
 と言いながらグレンさんがルカに、皮を剥いてある玉ねぎを手渡す。
(『瞬間移動のお約束』……? ていうか『変な形の野菜』って……グレンさん、まさか玉ねぎを知らない??)
「あの、生の玉ねぎをまるごとそのまんまはあんまりおいしくな……」
 シャリ。
「ああっ……」
 ルカは玉ねぎをかじりそのまま咀嚼する。
「辛い。ツンとする」
「リーダー、辛いそうです」
 グレンさんが斜め15度くらいの礼をして報告した。
「当たり前だろ、生で齧るヤツがあるか!! ってか生で渡すな!!」
(今日もハチャメチャだなぁ……)
 ルカは無言で玉ねぎをかじり続けていた……。
 
 
 ◇
 
 
 翌日。
「んー! 今日もいい天気! よーし!」
 先週のあれで花の種がどっかに流れて行っちゃったから、また買ってきて植える用意を始める。
 グレンさん達が拾い集めてくれていた植木鉢にまた土を詰めていると……。
 
「あ……ルカ」
「……」
 少し離れた所にルカが立っていた。
「お、おはよう……」
 わたしは内心ビクビクしながら挨拶する。またお水かけられたりしないよね……?
「……」
(う……また無言で立ってる……)
 するとルカは少しずつわたしに歩み寄ってきて、少し息を吸ってから「ごめんなさい」と言った。
 
「え……?」
「お兄ちゃまが『謝っておくように』と言ったわ。これは謝罪の言葉なんでしょう」
「あ……うん。わたしは大丈夫だから、気にしないで。ええと……ルカは、魔法使いなんだよね」
「そう」
「すごいなぁ。わたしも魔法使いになりたかったんだけど資質がなくて。ねぇ、魔術学院とかに通ってるの?」
「光の塾」
「ひかりの……じゅく? 塾。ふうん、そういうのがあるんだ」
 
 わたしは3つの植木鉢に土を詰め、またそれぞれに花の種をまいた。
「また……水をかけるの」
「うん……あっ! 魔法はいいからね! そんなに大量に水はいらないから――」
 と言っているそばからルカは手のひらから水の玉を出している。
(き、聞いてない……!)
 すでに直径15センチくらいの玉が出来上がってしまっている。
 
「あ、あの……! その玉、もう少し小さくできない?」
「小さく……?」
 ルカが指をつまむような動作をすると、水が少し小さくなった。
「あ……そうそう、うーん、もうちょっと小さく……」
「……こう?」
 水の玉がさらに小さくなる。
「あっ! そうそう! いい感じ! そのままそこの植木鉢にかけてみて」
「……」
 ルカが指を下にすると、植木鉢の土にポトリと小さな雫が落ちた。
 
「小さくするのは……難しいわ」
「そっか。じゃあ、じょうろを使った方が早いんじゃない?」
「じょうろ……? これは、何?」
 じょうろを手渡すと、ルカは不思議そうにじょうろを見つめる。
「これに水を入れるの」
 ルカと一緒にすぐ近くにある水道まで歩いていき、じょうろに水をくむ。
(この前気づかなかったけど、水道すぐ近くにあったんだな……)
「はい。これをちょっとずつ傾けて」
「……」
 傾けたじょうろから水が流れ、太陽の光で小さな虹ができる。ルカはそれをまた不思議そうに見つめる。
「ちょっとでいいからね。……うん、そんなかんじかな」
 残り2つの植木鉢の水やりを終える。
 
「ルカ? どうしたの?」
 ルカは何故か、本当に不思議な物を見たかのようにじょうろと鉢とわたしを交互に見る。
「これは……このあと、どうなるの」
「これ? えと、多分1週間くらいで芽が出るんじゃないかなぁ」
「芽? その後は」
「葉っぱがついて、つぼみがついて、花が咲くよ」
「それは『育つ』ということ?」
「そう……だね。そういうことだね」
「これが『ヒト』……」
「ん? うん……?」
(『ヒト』って前も言ってたような……一体なんだろ??)
「不思議……」
 藍色の瞳をキラキラさせ、頬を赤くしながらルカがつぶやく。
 表情は少ないけれど、とても綺麗な子だ。思わず見とれてしまう。
(ルカの方が不思議だけどなぁ……)
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