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三章 個人探求者
第29話 廃棄された子
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「遊びは終わったぜ。俺たちの勝ちだ」
高い位置にある鉄摩さんの画面に向かって、ほむらちゃんが言った。
「ぬぬぬ……」
怒っているような悔しいような、そんな表情の鉄摩さん。
こういうのを苦虫をかみ潰したような顔っていうのかな。
──正直なところ、女都羅さんの戦闘経験が少なく、魔法が効きすぎたから勝てた。
スピードとパワーは圧倒的だったけど、聖名夜ちゃんが不意打ちの魔法を放ってから流れが変わったからね。
それに、ほむらちゃんが龍の炎や真紅の炎を使ったことで、繰り出される未知の技・魔法に対し、より慎重になったんだ。
もともと、起動させて戦わせるつもりがなかったから、魔法なんかを防御する能力がほとんど備わっていなかったんじゃないかな。
だって、いくら隙をついたとはいえ、聖名夜ちゃんの魔法が球体を出したのはすごくスムーズだったし、身体についたインクから文字の魔法にかかっていたのだって、ちょっとの間で効果を発揮した。
鉄摩さんに指摘されるまで分からなかったようだし、魔法を解くために漢字の左手を体内に引っ込めたことからも間違いないと思う。
利羅ちゃんなんて、刀を振っただけでほむらちゃんの炎を消したもんね。
「……」
立ち上がりながら見回して、状況を把握してる瑠羅ちゃん。
自分を含め、ラ行の五人が排出され、女都羅さんは片膝をついて動かなくなっている。
床や壁が大きく壊れて破片があるから、戦闘の激しさも分かるわね。
まあ、破片は二つの結界に挟まれて、整列しているから何かの儀式みたいになっているけど。
「ほむら、聖名夜、あんたたちが勝ったのね」
「ああ」
「なんとかね」
警戒したまま答える二人。
この警戒は瑠羅ちゃんに対してのものじゃない。
鉄摩さんに対してのもの。
秘蔵の女都羅さんを引っ張り出したくらいだから、もう終わりだと思うけど「試作の新型と戦いたまえ」なんて言ってきてもおかしくない。
いちおう、五人を再び女都羅さんに入れて、再起動させる方法もあるんだろうけど、すでに聖名夜ちゃんの魔法で支配されているから、やったところで無意味ね。
「父様、これ以上は損害を増やすだけです」
瑠羅ちゃんが言った。
「ああ……、そうだね。引き際が肝心。私もやれるだけのことはやったからね。君たちの方が戦いにおいて上手だったということか」
ため息ついて、諦めたように話す鉄摩さん。
「それじゃあ、二人を帰しますね?」
「うむ」
頷いて答える鉄摩さんだけど、なんか様子がおかしい。
「ただね、瑠羅。わたしは彼女に球体を返すと言ったが、無事に帰すとまでは言っていないんだよ」
「え?」
「それにいま、試技場内にあるもの全て、私の黒歴史を残すものでしかない。見るたびに不快になるのはごめんだからね。廃棄するよ」
鉄摩さんがそう言うと、場内がガクンと揺れた。
いや、空間が外れたというのが正解かな。
何か浮遊しているような、不安定なかんじ。
「と、父様、まさか!」
「瑠羅、他の四人と女都羅もいいデータになったよ。さらばだ」
そう言い残して、鉄摩さんの画面は消えた。
すると、まわりにある壁、全部が塵になって消えていき、そのまま床を飲み込んで中央に迫っていった。
天井もそれにならって消えているから、円が縮小しながら消滅しているみたいなイメージ。
しかも駆け足のような速さで進んできてる。
まずい。
このままじゃ、一緒に消えて無くなっちゃう!
パンッ!
瑠羅ちゃんが合掌ポーズをすると、球形の結界を展開してみんなを中に入れた。
と同時に、周囲は建物と言える物が完全になくなり、真っ黒な無の世界になった。
床がないから、意識のある瑠羅ちゃん、伶羅ちゃん、ほむらちゃん、聖名夜ちゃんは立ったまま浮いているかんじ。
雷羅ちゃん、利羅ちゃん、狼羅ちゃんは横になったまま浮いているわね。
女都羅さんもそのままなんだけど、目力があって動かないから、ちょっとおもしろい。
「父様……、試技場を研究所からパージして、空間ごと私たちを消し去ろうとしたわね」
「え? 父様が?」
ここまでの流れを知らない伶羅ちゃんは意外な様子で言った。
「残念ながら事実よ、伶羅。父様は私たちを廃棄したわ」
「そんな……」
愕然とする伶羅ちゃん。
捨てられるっていうのは、とっても惨めなものだもん。
雷羅ちゃんたちだって、気がついてこの事を知れば同じ顔をするだろう。
鉄摩さん。
私の身体が元に戻ったら、必ずグーでブッ飛ばしてやるんだから!
「落ち込んでいる暇はないわよ。いまはわたしが結界を張って存在するための空間を維持しているけど、いずれ魔力が尽きるわ。だからその前に、外の世界に転移しなければならない」
そうよね。
もともと異空間にあった研究所だったんだから、空間を切り離すこともできるんだ。
移動にも瑠羅ちゃんの力で入ったわけだし。
「ちなみに……、ほむらと聖名夜は、この状態から全員を転移させる方法、ある?」
視線を向け、二人に訊く瑠羅ちゃん。
「俺は、いざとなったら何でも焼く炎で空間をぶち抜いて脱出するつもりだったが、これじゃあな……」
渋い顔のほむらちゃん。
ほむらちゃんは敵地に乗り込むかたちだったから、逃げるときに龍の炎を考えていたんだ。
ただ、いまそれをやると瑠羅ちゃんの結界を破るだけでなく、外の世界と繋がることもできないからダメみたい。
「私、正確な位置指定をして、一人一人、順番にならできるわ」
聖名夜ちゃんは英単語を使った魔法があるから、応用して何とかできるようね。
多少、時間がかかっても、みんなが脱出できるならそれでいいんじゃないかな。
「そう。せっかく聖名夜ができても、それじゃあ間に合わないわね」
「間に合わない?」
「さっきの戦いで、私の魔力も使われたから、あんまり残っていないの。だから──」
そう言うと、瑠羅ちゃんのツインテールから伸びる光髪の先がお腹あたりで合わさり、両手で密教の印を結ぶようになった。
「わたしが全魔力を使ってみんなを外に出すわ」
高い位置にある鉄摩さんの画面に向かって、ほむらちゃんが言った。
「ぬぬぬ……」
怒っているような悔しいような、そんな表情の鉄摩さん。
こういうのを苦虫をかみ潰したような顔っていうのかな。
──正直なところ、女都羅さんの戦闘経験が少なく、魔法が効きすぎたから勝てた。
スピードとパワーは圧倒的だったけど、聖名夜ちゃんが不意打ちの魔法を放ってから流れが変わったからね。
それに、ほむらちゃんが龍の炎や真紅の炎を使ったことで、繰り出される未知の技・魔法に対し、より慎重になったんだ。
もともと、起動させて戦わせるつもりがなかったから、魔法なんかを防御する能力がほとんど備わっていなかったんじゃないかな。
だって、いくら隙をついたとはいえ、聖名夜ちゃんの魔法が球体を出したのはすごくスムーズだったし、身体についたインクから文字の魔法にかかっていたのだって、ちょっとの間で効果を発揮した。
鉄摩さんに指摘されるまで分からなかったようだし、魔法を解くために漢字の左手を体内に引っ込めたことからも間違いないと思う。
利羅ちゃんなんて、刀を振っただけでほむらちゃんの炎を消したもんね。
「……」
立ち上がりながら見回して、状況を把握してる瑠羅ちゃん。
自分を含め、ラ行の五人が排出され、女都羅さんは片膝をついて動かなくなっている。
床や壁が大きく壊れて破片があるから、戦闘の激しさも分かるわね。
まあ、破片は二つの結界に挟まれて、整列しているから何かの儀式みたいになっているけど。
「ほむら、聖名夜、あんたたちが勝ったのね」
「ああ」
「なんとかね」
警戒したまま答える二人。
この警戒は瑠羅ちゃんに対してのものじゃない。
鉄摩さんに対してのもの。
秘蔵の女都羅さんを引っ張り出したくらいだから、もう終わりだと思うけど「試作の新型と戦いたまえ」なんて言ってきてもおかしくない。
いちおう、五人を再び女都羅さんに入れて、再起動させる方法もあるんだろうけど、すでに聖名夜ちゃんの魔法で支配されているから、やったところで無意味ね。
「父様、これ以上は損害を増やすだけです」
瑠羅ちゃんが言った。
「ああ……、そうだね。引き際が肝心。私もやれるだけのことはやったからね。君たちの方が戦いにおいて上手だったということか」
ため息ついて、諦めたように話す鉄摩さん。
「それじゃあ、二人を帰しますね?」
「うむ」
頷いて答える鉄摩さんだけど、なんか様子がおかしい。
「ただね、瑠羅。わたしは彼女に球体を返すと言ったが、無事に帰すとまでは言っていないんだよ」
「え?」
「それにいま、試技場内にあるもの全て、私の黒歴史を残すものでしかない。見るたびに不快になるのはごめんだからね。廃棄するよ」
鉄摩さんがそう言うと、場内がガクンと揺れた。
いや、空間が外れたというのが正解かな。
何か浮遊しているような、不安定なかんじ。
「と、父様、まさか!」
「瑠羅、他の四人と女都羅もいいデータになったよ。さらばだ」
そう言い残して、鉄摩さんの画面は消えた。
すると、まわりにある壁、全部が塵になって消えていき、そのまま床を飲み込んで中央に迫っていった。
天井もそれにならって消えているから、円が縮小しながら消滅しているみたいなイメージ。
しかも駆け足のような速さで進んできてる。
まずい。
このままじゃ、一緒に消えて無くなっちゃう!
パンッ!
瑠羅ちゃんが合掌ポーズをすると、球形の結界を展開してみんなを中に入れた。
と同時に、周囲は建物と言える物が完全になくなり、真っ黒な無の世界になった。
床がないから、意識のある瑠羅ちゃん、伶羅ちゃん、ほむらちゃん、聖名夜ちゃんは立ったまま浮いているかんじ。
雷羅ちゃん、利羅ちゃん、狼羅ちゃんは横になったまま浮いているわね。
女都羅さんもそのままなんだけど、目力があって動かないから、ちょっとおもしろい。
「父様……、試技場を研究所からパージして、空間ごと私たちを消し去ろうとしたわね」
「え? 父様が?」
ここまでの流れを知らない伶羅ちゃんは意外な様子で言った。
「残念ながら事実よ、伶羅。父様は私たちを廃棄したわ」
「そんな……」
愕然とする伶羅ちゃん。
捨てられるっていうのは、とっても惨めなものだもん。
雷羅ちゃんたちだって、気がついてこの事を知れば同じ顔をするだろう。
鉄摩さん。
私の身体が元に戻ったら、必ずグーでブッ飛ばしてやるんだから!
「落ち込んでいる暇はないわよ。いまはわたしが結界を張って存在するための空間を維持しているけど、いずれ魔力が尽きるわ。だからその前に、外の世界に転移しなければならない」
そうよね。
もともと異空間にあった研究所だったんだから、空間を切り離すこともできるんだ。
移動にも瑠羅ちゃんの力で入ったわけだし。
「ちなみに……、ほむらと聖名夜は、この状態から全員を転移させる方法、ある?」
視線を向け、二人に訊く瑠羅ちゃん。
「俺は、いざとなったら何でも焼く炎で空間をぶち抜いて脱出するつもりだったが、これじゃあな……」
渋い顔のほむらちゃん。
ほむらちゃんは敵地に乗り込むかたちだったから、逃げるときに龍の炎を考えていたんだ。
ただ、いまそれをやると瑠羅ちゃんの結界を破るだけでなく、外の世界と繋がることもできないからダメみたい。
「私、正確な位置指定をして、一人一人、順番にならできるわ」
聖名夜ちゃんは英単語を使った魔法があるから、応用して何とかできるようね。
多少、時間がかかっても、みんなが脱出できるならそれでいいんじゃないかな。
「そう。せっかく聖名夜ができても、それじゃあ間に合わないわね」
「間に合わない?」
「さっきの戦いで、私の魔力も使われたから、あんまり残っていないの。だから──」
そう言うと、瑠羅ちゃんのツインテールから伸びる光髪の先がお腹あたりで合わさり、両手で密教の印を結ぶようになった。
「わたしが全魔力を使ってみんなを外に出すわ」
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