君は少女をみたか!

一陽吉

文字の大きさ
上 下
7 / 51
二章 ミストアイドル

第1話 ライブ&トーク

しおりを挟む
「病院……」

 右手にある球体の反応を確かめながら呟く、聖名夜みなよちゃん。

 目の前にあるのは、街の中心から遠く離れたところにあるTJ病院。

 住宅地と畑が広がる場所に建てられた、四階建ての病院で、自動車が百台は停めれる駐車場があるから、規模の大きさが分かる。

 いまは夜の十時を過ぎていることもあって、街灯があたりを照らすだけ。

 しーんと静まり返りかえっている。

 入院している患者さんだって眠っているわね。

 ほむらちゃんのことが終わって、私の意識は聖名夜ちゃんの球体にシフト。

 私にできることはないけど、せめて見届けるくらいのことはしたい。

 あとで、ほむらちゃんと一緒に美味しいものをおごります。

「──中、いえ、屋上かしら」

 敷地に入る聖名夜ちゃん。

 どんな状況にあっても対処できるように、魔導服を着てる。

 そして、存在を消す魔法も展開しているから防犯カメラなんかにも映らない。

 聖名夜ちゃんは魔導士だからこれくらいはお手のもの。

 ふわわ~と、飛んで屋上へも行っちゃう。

 ストっときれいに下りて、あたりを見回す聖名夜ちゃん。

 床は平らなコンクリート製で、特に変わったところはない。

 ビルの屋上を紹介するにはちょうどいい、お手本のようなかんじ。

 広いし、障害物もないから、思いっきり運動ができそう。

 ただ、外壁にある病院名の照明がちょっとあるだけで、普通に暗いけどね。

「!」

 そこに誰かいた。

 この時間、この場所にいるのは怪しいわね。

 聖名夜ちゃんも警戒して身構える。

 肉眼では暗くて見えないから、魔力の眼で見てると思う。

 球体の私も、ぼんやりと見て取れる。

 そこにいるのは、女の子?

 年は私たちと変わらないかんじだけど、衣装を着ている。

 フリフリのミニスカート、腰にでっかい羽みたいなリボン、腰や胸元が見えるビスチェ。

 明るい茶色の髪はツーサイドアップになっていて、赤い小さな王冠が乗っかている。

 そして右手にはマイクを持っている。

 これはどう見てもアイドルだ。

 向こうも気づいたようで、こっちを見ながら微笑んだ。

 あれ?

 存在を消す魔法は発動中よね?

 疑問が解消されるまえに、彼女は向き直り両手を上げた。

 すると、彼女を中心に光がパーッと広がり、病院を明るく照らした。

 いや、照らしたっていうより、空間が明るくなった、が正解かな。

 病院全体に及んでいるような光だけど、結界みたいなもので、はたから見れば変化はないと思う。

 そして彼女はマイクを寄せて歌を歌った。

 演奏無しのアカペラ。

 流行りの曲に詳しいわけじゃないけど、聞き覚えのない歌。

 たぶん、オリジナルの曲。

 でも、相手を思いやる優しい歌。

 歌詞も声も、とても穏やかで安心感に包まれる……。

 聖名夜ちゃんも警戒を緩めて聞き入っている。

 と、病院から光の粒が舞い上がってる。

 建物ではなく、これは……、患者さんの、心?

 え、心ってヤバいんじゃ……。

 む。

 でも待って、この舞い上がる光の粒は、心は、歓喜。

 あの子の歌声に、患者さんの魂が喜んでいるんだわ。

 つまり、拍手のようなものが、こういう形で表されているのね。

 心を吸い上げているとか、そんなのじゃなくて良かった。

 私、いまは球体なんだけど、こういうのは分かる。

 父さん譲りのチカラで。

 それで困っている人を助けたり、悪者をやっつけたりしてきた。

 相手の力を支配することもできるけど、それは場合によって。

 最初からそうしたことはない。

 ──歌が終わると、広がっていた明るさが消えて、元の夜に戻った。

 余韻みたいに、光の粒はまだ少し上がっているけど……。

「すばらしい歌だったわ」

 拍手をしながら近づく聖名夜ちゃん。

 左脇に七十センチのステッキを挟みながらだけど、その言葉に嘘はない。

 興奮気味で、目が輝いている。

 音楽好きでもあるから、よけいに響いたみたい。

「ありがとう」

 その子は向き直り、笑顔とともに答えた。

 近くで見ると、ちょっと背が高いし、すごい美人だけど、親しみやすさがあるわね。

「いつもこうして歌っているの?」

「いいえ、今日が初めて。これがあると、できそうだなと思って」

 そう言ってその子は、スカートのポケットから球体を出して見せた。

 間違いない。

 あれは私だわ。

 魔女も込みだけど。

「あなたも持っているんでしょう?」

「ええ」

 聖名夜ちゃんも右手から球体を出して見せる。

 ……。

 なんかこうして見せ合うと変な気分になるわね。

「単刀直入に言うわ。その球体は友達を助けるのに必要なの。渡してくれるかしら」

「友達?」

「ええ……」

 すると聖名夜ちゃんは事のいきさつを話した。

 といっても必要最小限の範囲でね。

「──そう、分裂したのね」

「だから、全部集めて元に戻したいの」

 じっと見つめる聖名夜ちゃん。

「それじゃあ……、仕方ないわね。分かったわ」

 その子はちょっとガッカリした顔を見せたけど、それに応じてくれた。

「ただ、明日まで待ってくれないかしら」

「明日?」

「うん。さっきの見たでしょう。入院でふさぎ込んでた患者さんの心が解放されて喜んでいるのを」

「見たわ」

「じつは私の知っている患者さん、明後日に大きな手術を控えているの。だから前日にもう一度歌って、励ましてあげたいと思って」

「……」

「だめ、かな?」

 その目に嘘はないし、本心だと思う。

 慌てることもないから、私はいいわよ、聖名夜ちゃん。

「オーケー。明日また、この時間に来るわ」

「わあ、ありがとう!」

 聖名夜ちゃんが微笑んで言うと、その子はパーッと花が咲いたように笑顔をみせた。

「明日、一曲歌ったら必ず渡すわ」

「お願いね」

「うん! あ、わたしは堀北香澄ほりきたかすみ。あなたは?」

「私は、氷高聖名夜ひだかみなよ

「氷高、聖名夜……、素敵な名前ね!」

「ありがとう」

 香澄ちゃんの素直な感想に、聖名夜ちゃんも嬉しそう。

「それじゃあ、わたし、そろそろ戻らないといけないから。氷高さん、また明日!」

「ええ、明日」

 そう言うと香澄ちゃん、身体が霧みたいになって消えていっちゃった。

 ……。

 ……。

 霧?

 霧っていったら、吸血鬼。

 香澄ちゃん、吸血鬼?

 それに球体の反応。

 彼女はまだ
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

処理中です...