嫌いなあいつの婚約者

みー

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9話

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 週末の今日、空にはほどよく雲が浮いていて涼しい風が吹いている。

 過ごしやすい日に、奏多さんの提案で海に来た。

「夏の終わりの海も、意外といいね。人も少なくて過ごしやすい」

「そうですね」

 奏多さんの言う通り、海辺にはぽつぽつと人が居て、夏の賑やかな海ではなく夏と秋の狭間の穏やかな海。

 波も激しくなく、ゆっくりと押したり引いたりを繰り返している。

 空気を吸うと潮の匂いで満たされた。

 もう夏も終わるんだなと思うと、次に来る秋という季節に胸が躍って、あれこれと脳内で秋の味覚を巡らせる。

 秋って、本当に美味しいものが多くて、流石味覚の秋と言われるだけあるわ。

「砂の上、歩きにくくない?」

「大丈夫ですよ」

 歩くと自分の重さで砂が沈んで少しだけ歩きづらさを感じるけど、すごく気になるっていうわけでもなく、それよりもこの夏の終わりの匂いのする空気の匂いの方が心を満たしてくれる。

 これに夕日でオレンジ色に空が染まったら、もうここは天国みたいになるんじゃないかしら。

 今は水色の空が続いていて、これはこれでいいけれど。

「そこの岩場の奥にすごく景色のいいところがあるんだ」

「そうなんですね。ぜひ行ってみましょう」

「うん」

 きっと穴場のようなところなんだと思う。

 海の穴場と言ったら、例えば洞窟の奥にある砂浜だったり、洞窟そのものだったりロマンがある。

 自然って、どうしてこうも心を落ち着かせてくれるのかしら。ただそこにあるだけなのに。

 岩場をどんどんと進んでいくと人の姿はもう自分と奏多さん以外は見えなくなって、完全に2人だけの空間になる。

 って言っても、遠くには奏多さんの執事がいるのだけど。

「足元、少し濡れてるから気を付けてね」

「はいっ」

 たしかにぬるぬるとしていて気を抜くと滑ってしまいそう。ゆっくりゆっくり、転ばないように一歩一歩を確実に進んでいく。

 あともう少しで、岩場を抜けようとしたその時だった。

「わっ」

「桜さんっ」

 視界がぐるんと変わって頭に衝撃が走った。









「んっ」

「桜さん、ごめんあんなところ歩かせたから」

「あんなところ……」

 顔の奇麗な人が私の顔を見て安心した表情を見せる。この人は誰だろう。あんなところって、私は一体どこを歩いていたのだろう。

 あ、そうだ。

 海に行って岩場を歩いてどこかへ行こうとしていたんだ。そしたら足元が滑って……。

「桜、大丈夫?」

「杏里……」

 杏里がいるっていうことは、この人は杏里の知り合いか何かかしら?

「ごめん、杏里。こちらの方は?」

「え……。桜、分からないの?」

「うん」

「桜っ」

 と、もう1人血相を変えた同い年くらいの男子が走ってきた。この人はこの人で、整った顔をしていて王子さま、みたいな雰囲気を醸し出している。

 でも、この人も誰なのかが分からない。私の名前を呼んでいるし、呼び捨てだし、親しい人?

「杏里。ごめん、2人のことが分からないの」

「そう、なの?」

「ひとまず、確認しますので皆さま部屋を一旦出て行ってもらえますか?」

 ここの世界に来て3度目に会う医者は、こちらの顔をじっと見つめている。私、どうかしちゃったのかしら……?
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