ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
上 下
66 / 82
9話

9

しおりを挟む
 少し重くなった空気を変えようと、柑菜は話題を変えた。

「そういえば、渡辺くんは作曲勉強してるんだよね?」

「そう、作曲って意外と理論的で数学や科学みたいなんだ」

「そうなんだ、初めて知ったよ」

 柑菜は、知らない分野の話に興味津々の様子だ。

 特に、音楽に関してはいつも隣に音楽棟があるのにほぼ関わりがなく、生徒が練習をしている音しか聞いていなかったために、音楽の生徒の話を聞くことができるのは貴重であった。

「柑菜さんの描く絵をイメージして作曲をすることだってできる」

「それ楽しそう……!」

「柑菜ちゃん、空の言葉に乗ってもいいことないわよ」

 呆れたように櫻子は言った。

 それに、空が本気で柑菜のことが好きなのかどうかもいまだに疑いを持っている。

「だから柑菜さん、ぼくのこと本当に真剣に考えてくれないか?」

「え……」

 『だから』の意味がいまいち分からなかった柑菜だったが、その真剣な瞳には嘘がないように思えた。

「柑菜ちゃんが困ってるじゃない」

「あはは、ごめん」

「柑菜ちゃんには……」

 櫻子はそこまで言うと、それ以上言うのをやめた。

「分かってるよ」

 櫻子が言いたいことを空は分かっているようで、ただ一言そう相槌を打つ。

 柑菜は緊張をほぐそうと、乾いた喉を潤すために、目の前の紅茶を一口飲んだ。

 それはなんだか、さっき飲んだ時よりもほろ苦く感じた……。

「そろそろ時間だ」

 空は腕にしてある時計を見ると、何か用事があるようでカフェを出る準備を始める。

「名残惜しいけど、あとは2人で楽しんで」

 その言葉を残すと、あっという間に空はカフェからいなくなった。

「柑菜ちゃん、ごめんなさい。なんだか面倒なことになって」
   
「大丈夫だよ、渡辺くんも悪い人じゃなさそうだし」

「そうね、根は悪くないからこそ、余計に柑菜ちゃんに惚れて欲しくなかったわ」

 柑菜は、残ったパンプキンパイを一口で全て食べる。

 『一緒にいたら、きっと楽しいんだろうな』と考えてしまった自分が、少し分からなくなる柑菜。

 秋斗が好きなのに、空のこともなぜか気になってしまう。

「柑菜ちゃんがどういう選択をしても、私は応援するわ」

「……うん、ありがとう」

 自分の考えていることが分かってしまったのだろうか、柑菜は櫻子の顔を見てそう思う。

「……空も結婚は自由にできないはずなの、それでもあの人は自分の心に素直でいる。」

「そう、なんだ」

 空もまた櫻子と同様、自由を奪われ籠の中に入れられた王子様。

 なのに、自分を好きだという空のことを考えると、柑菜は胸が締め付けられる。

 ーーどんな思いで私に告白してきたのか。

 柑菜は少しもその心を読み取ることなんでできなかった。

 秋斗が好きなのに、揺れてしまいそうな心に柑菜は自己嫌悪に陥る。

 でも、心は簡単にコントロールできるものではないことを、柑菜は知っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...