ケーキ屋の彼

みー

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9話

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「いただきます」

 口の中に入れると、かぼちゃの甘さが口に広がる。

 甘々しすぎない自然なかぼちゃの甘さに、白砂糖ではなく甜菜糖の優しい甘さ。

 このカフェは、白砂糖を使わないことでとくに女の人に人気だ。

「大学の近くにこんなカフェがあっただなんて、知らなかったよ」

 空が知らないのも無理はない。

 このカフェは、音楽棟とは逆方向の美術棟の裏側にあり、音楽学部の人の目に入らない。

  それに加え、カフェの外見は一見古民家であり、まさかそれがカフェだとは思わないだろう。

「私と亜紀と柑菜だけの秘密だったのよ、なのに……」

 じいっと空の方を恨めしそうに見る櫻子。

「まあ、いいじゃないか」

 空は、甘く美味しい秋のパイを食べながらそう言う。

 その顔は、幸せでいっぱいそうだった。

「そういえば、渡辺くんもあそこのケーキ好きなの?」

「風の噂で美味しいって聞いたんだ」

「そう、なんだね」

 柑菜は、秋斗と空はどこか浮世離れしている雰囲気が似ていると感じていた。

 2人とも、ガツガツしたものを見せなくて、流れに身を任せているような感じ。

 けれど、秋斗はその中に強くしっかりとした芯を持っていて、一見はただの石に見えるけれどそれはもし触ってしまうととても熱い。

 空を見た柑菜は、空もまた同じようなものを持っているのかと彼の顔を見た。

「モンブラン、すごく美味しかったよ」

「秋斗さんのおすすめだから、間違いなしですね!」

 柑菜は満面の笑みを浮かべてそう話す。

「秋斗さん…………か。櫻子も行ったことがあるんだろう?」

 少し暗い表情を浮かべた空だったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「ええ、本当に美味しいわよね。柑菜ちゃんに教えてもらえてよかったわ、それに秋斗さんも良い人だし」

 3人の話題は、ケーキの話から恋の話に移る。

「柑菜ちゃん、空って昔からいろんな人のこと惚れたって言ってたのよ。恋愛においては軽いイメージだわ」

「でも付き合った人数はそんなにいないよ、だから安心して、土橋さん…………いや、柑菜さん」

 名前を呼ばれた柑菜は、一瞬ドキッとしてしまう。

「柑菜ちゃん、気にしなくていいのよ」

「う、うん」

 そういえば告白されていたことを、柑菜は今まですっかりと忘れていた。

「櫻子は好きな人いないのか?」

「……いないわ」

 好きになっても意味がない、誰に言うわけでもないが、櫻子は心の中でそう思う。

 もし運良く付き合えたとしても、それは長くは続かない。

 それなら始めから自分の中だけで終わらせた方が良い。

「櫻子も恋した方がいいよ、ね、柑菜さんもそう思うだろ?」

「うん……そうだね」

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