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8話
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しおりを挟む2人は、チョコレート展の近くにあるカフェにいる。
日曜日の昼ということもあり、そこはほぼ満席の状態だった。
「あの……」
「私と秋斗のフランスでの日々が知りたいのかしら?」
なかなか次の言葉を発しない柑菜に、まるで挑発しているかのような声の真莉。
「真莉さんは……今でも秋斗さんが好きなんですか?」
しかしそれには乗らず、柑菜は冷静にその質問をした。
真莉はそれに対し、1つふうっとため息をつく。
そして、カフェから見える外の風景を見ながら話し始めた。
外では、カップルや子供連れが整備された道を歩いている。
綺麗に高さを揃えられた芝生は、太陽に照らされていた。
「私はね、秋斗が嫌いなの」
「え?」
思いもしない言葉に、柑菜は横を向いている真莉の顔を凝視した。
「あの人は、弱いのよ。心が。私はね、1日1日とにかく美味しいチョコレートを作りたくて、どんな辛辣な言葉を投げかけられても、どんなに認められなくても逃げなかったわ」
柑菜は、目の前にある飲み物に手も付けずに、真莉の話を聞いている。
「だから、少し人から言われただけで小さくなる彼の背中が私は理解できなかった。……でもね、彼はとても優しいのよ、……繊細なの。それは彼が作るケーキにも表れていて、それは彼の師も認めていた。なのに、そんないいものを持っているくせに、彼は逃げた、…………勿体ないわ」
『勿体ないわ』という真莉の声には、確かに彼に対する愛情が込められていた。
それは、柑菜にももちろん伝わっている。
きっと、真莉は秋斗をまだ好きなんだと、柑菜は感じた。
「でも、秋斗さんはもう一度フランスに行くって……」
「ええ、そうね。次こそは逃げないでやってほしいわ……はあ、もういいかしら? 私はそろそろ行くわね」
真莉は、財布からお金を取り出し、机の上に置いた。
「真莉さん、これ……」
「あなた学生でしょ? これくらい私が出すわよ」
そう言うと、真莉は柑菜を置いて、カフェを出て行ってしまった。
その後ろ姿は、柑菜にはどこか強がっているように見えた。
腕時計を見た柑菜は、急いで3人の元へ戻る。
3人は、とくに気にしている様子はなく、話に花を咲かせていた。
「柑菜ちゃん、これすごく美味しいわよ」
それぞれ買ってきたチョコレートを、みんなで食べているようだ。
柑菜も、先ほど買った桜のチョコレートをそこに並べる。
4種類のチョコレートの味はどれもそれぞれに特徴を持っていて、それは飽きを感じさせない。
だけどやはり、柑菜には真莉のチョコレートが一番印象深く感じている。
「なんか、すっきりした感じだね」
柑菜を見た亜紀は、柑菜に笑った顔で言う。
「そう、かな?」
3人は詳しくは聞かないものの、柑菜の表情を見て何かあったんだろうなと感じ取っていた。
「私も、前に進まないと」
桜のチョコレートを1つ食べた柑菜は、みんなには聞こえない声で呟いた。
みんなのひとつのものに対する真剣な眼差しを見て、柑菜はそう思う。
自分も、そろそろ本気で向き合わないとーー。
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